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第十四章

第241話 地上に舞い降りた天使

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 翌日、女が言っていた通り冒険者ギルドに顔を出す。
 馴染みの冒険者が、アタシの顔を見て薄ら笑いを浮かべていた。

「おい、リマ。おめーまた昨日も負けたんだって?」
「うるせーな。調子が悪かったんだよ」
「おめーに調子が良かった日なんてあったか?」
「うるせー!」

 ロビーに冒険者たちの笑い声が広がる。

「オマエら全員ぶっ殺すぞ!」
「はいはい、そこまでよ」

 受付嬢が場を収めるかのように、手を叩きながら声をかけてきた。

「リマ、ご指名よ?」
「指名?」
「ええ、そうよ。モンスターの討伐で、上位ランクのパーティーから参加依頼が来たわ」
「本当かよ! モンスターは?」
大牙猛象エレモスよ」
「エ、大牙猛象エレモスだと! Bランクモンスターだぞ! アタシはDランクだ!」
「いや、このクエストは支部長の承認が下りているのよ。それに、リマの実力はBランクと言われてるもの」

 そこへ一人の女と、一人の少女が現れた。

「おはよう、リマ」
「あ、アンタはナタリー!」
「お前を指名させてもらった。エレモスの討伐には腕力が必要だ。私もこの子も腕力はそれほど強くなくてね」
「この子って……。 は? この子もクエストへ? 正気か! エレモスだぞ! Bランクモンスターだぞ! この子を殺す気か!」
「心配無用だ。この子はお前より強い。Bランク冒険者だからな」
「え? な、何を言って?」

 ナタリーの言ってる意味が理解できなかった。
 こんな女の子がBランク冒険者?
 アタシは目の前の美しい少女を見つめる。
 すると少女が一礼した。

「レイ・ステラー」
「あ、ああ。リマ・ブロシオンだ。よろしく」

 初めてちゃんとした声を聞いた。
 なんという美しい声。
 表情は硬いが、全てにおいて完璧な美少女だ。

「さて、リマ。お前の力を貸してもらおう。エレモス四頭の狩猟で、大牙を八本納品する。失敗できない狩猟だ」
「エレモスを四頭も! しかも大牙八本って、一本も傷付けられないじゃないか!」

 エレモスの大牙は、一頭から二本しか採取できない。
 そして、指定数を超えた狩猟は禁止されている。

「そうだ。だからお前のパワーが必要なんだ。あともう一人パワー系の冒険者に依頼している。本当は女冒険者がいいのだが、さすがにパワー系で女冒険者は、リマ以外この街にいなかった」
「なぜ女冒険者にこだわるんだ?」
「レイがいるからな」
「そ、そうか。確かにそうだな」

 レイは美しすぎる。
 十三歳の子供とはいえ、この美貌なら男は黙ってないだろう。
 いや、子供だからこそ何をされるか分からない。

「リマに頼みがあるのだが、レイを見ていてくれ」
「その必要はないだろ? 大抵の冒険者よりレイの方が強いんだから」
「だからだ。だからこそ相手が心配なのだ」
「な、なるほど。分かったよ」

 強いと言っても十三歳の少女だ。
 相手を傷付けるわけでもないだろうし、トラブルが起こらない程度で見てようと思った。

 エレモスの報酬は一人金貨五十枚。
 このクエストが終われば大金持ちだ。
 さらに、ギャンブルで十倍にすれば金の心配なく生きていける。

 クエスト当日、アタシ、ナタリー、レイ、そして大男のBランク冒険者が集合。
 ナタリーは、この男の身元や経験をしっかりと確認したそうだ。
 少しでもレイに不審な行動を取ったら、莫大な報酬は全て没収と契約に織り込んでいる。
 いくらなんでも、命懸けのクエストで得る金貨五十枚もの大金を失う行為はしないだろう。

 出発から一週間、目的地に到着。
 キャンプを張りミーティングを重ね、クエストの基本である調査、発見、追跡を行う。
 そして五日後、狩猟決行の日が来た。
 餌を用意し、罠にかかったエレモスをアタシと大男のパワー系冒険者がロープで足止めする。
 そして、ナタリーとレイが的確にエレモスの命を刈っていった。

「お、おい! 強すぎるだろ! マジかよ」

 十三歳とは思えない強さだ。
 確かにアタシよりも強い。
 一緒にロープを掴んでいた男も驚いていた。
 いや、驚いていたのか、レイの容姿に見惚れていたのかは分からない。

 ナタリーとレイは、目にも止まらぬ速さの突きで、確実に急所を突いていく。
 アタシはあれほどの突きを見たことがない。

「まさに、神速の突きだな」

 とはいえ、さすがにエレモス四頭には苦戦。
 命の危険を何度も感じるほどだ。
 Dランクのアタシにとって、Bランクのクエストは非常に難易度が高かった。
 ナタリーとレイ、大男の活躍があり、なんとか狩猟は完了。
 アタシは泥だらけで疲労困憊だ。

「ああ、風呂に入りてえ」

 アタシはその場に座り込む。
 エレモスの大牙を剥ぎ取るため、解体師と運び屋が処理を開始。
 その様子を眺めていると、レイが解体師に話しかけた。
 差別の対象である解体師と話す冒険者なんて珍しい。

「レイが自分から話しかけてる? ってか、相手は解体師だぞ?」
「ああ、レイはモンスターの生体構造に興味があるんだ。あの子のやりたいことをやらせたい。娘のためなら何でもするよ」

 驚いた。
 もっとクレバーだと思っていたナタリーだが、レイを見つめる瞳は慈愛に満ちている。

 レイは二人の解体師と会話していた。
 解体師は不気味なマスクを被っているので分かりにくいが、二人とも恐らく女性だ。
 解体師には女性が多い。
 しかも一人は身長からして、少女のようだった。
 師匠と弟子という印象だ。

 レイたちの様子を見ながら、アタシはずっと疑問に思っていたことをぶつけることにした。

「ナ、ナタリー。その……レイとは血が繋がってないんだろ? どう見ても親子だとは思えないんだが……」
「そうだ。それでもあの子は私の全てだ」

 解体師と話すレイ。
 表情は変わらないが、なんとなく楽しそうである。
 その姿を優しく見つめるナタリー。

「リマ。お前はレイをどう思う?」
「ん? 美しいよ。あんなに綺麗な子は見たことがない。ただちょっと……人見知りが激しいのかな?」

 アタシは言葉を濁した。
 レイの表情は常に固い。
 美しいが故に冷たくも感じる。
 そして、その視線は恐ろしいほど鋭い。

「気を使ってくれてありがとう」
「そ、そんなこと……」
「分かってる。レイの表情は乏しい。それには理由があるのだ……」
「ま、まあ、人には事情ってもんがあるだろ? 気にしてないよ」

 ナタリーは少し悲しげに微笑んだ。

「レイはな、笑うと本当に可愛いんだ」
「レイが?」
「あの子は地上に舞い降りた天使だ」

 そういえばレイの笑った顔を見たことがない。
 確かにあの子が笑えば、それはもう天使のように可愛いだろう。

「私はあの子に、笑顔を取り戻したいと思っている」
「うん、ナタリーだったらできるさ。フハハハ」
「ふふふ、ありがとう。リマは優しいな」
「え! そ、そそそそそんなことねーよ!」
「はははは」

 珍しくナタリーが声を上げて笑っていた。

 クエストを無事に終えたアタシたちは、街へ帰るため街道を進む。
 この日は宿に宿泊せず、街道から外れた草原でキャンプを張ることになった。

 テントはナタリーとレイ、アタシ、男の三つ。
 見張りの順番はレイ、ナタリー、男、アタシで、男とレイが遭遇しないようにした。
 子供のレイでも冒険者だ。
 しっかりと役割は担う必要はある。

 アタシは朝方の見張りなのだが、深夜に目が覚めてしまった。
 寝付けずテントから出る。

「こういう時は星空を見るに限るぜ」

 満点の星空を眺めていると、見張りの焚き火に向かって、男が身をかがめながら動いているのが見えた。

「声を出すな! 二人は寝ている! ちょっとこっち来い! もう我慢できん! 誘惑するお前が悪いんだ!」

 男がレイに迫っていた。
 レイの手を掴み、茂みに連れて行こうとしている。

 だがレイは表情を変えない。
 悲鳴どころか声も出さずに、掴まれた自分の手を静かに眺めていた。
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