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第十三章

第237話 シドへの疑い

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 リアナとの特訓翌日、俺とレイは騎士団に新設された討伐隊へ、対モンスターの講義を行った。
 隊長のデイヴ・ジョンソンを筆頭に、小隊長クラスが参加。
 皆熱心に聞いてくれた。
 今後の騎士団は、モンスターにも対応できる組織になっていくだろう。
 この柔軟性は俺たちも見習うべき点だ。

 そして、その翌日、俺とレイは王城の会談の間へ案内された。

 部屋には女王ヴィクトリア、宰相、そして騎士団長ジルという王国の実務トップスリーが揃っている。
 非公式な会談ではあるが、我々の建国のことで話し合う予定だ。
 これも俺たちが王都に来た理由の一つだった。

「改めて自己紹介いたします。宰相のエレセン・シーレと申します」

 国王暗殺事件の首謀者とされた前宰相のミゲルは、一族含めて死罪となった。
 その後、宰相に就任したのがこのエレセンだ。
 年齢は四十五歳とのこと。

 身長は俺と同じくらいで、体格は中肉中背。
 短い黒髪に、口の周りを覆う黒い髭が特徴的だ。
 顔つきは優しく、晩餐会で話した感じでは人の良さそうな男性だった。

「アル殿、レイ殿、建国の話は伺っております。我が国で建国を知っているのは、ここにいる私どもと数人の騎士団隊長のみだけです。この情報が漏れることはありません」
「ご配慮感謝いたしますわ、宰相殿」
「さて、結論から申し上げますと、貴殿の建国に関して、王国は最大限の援助と支援を行います。その上で、建国の暁には条約を結びたいと考えております」

 こういった政治的な話になると、俺は緊張して何も頭に入ってこない。
 シドはレイがいれば大丈夫と言っていたので、完全にレイに任せている。
 だが、俺だってレイやシドに頼ってばかりではいけない。
 国と国のやり取りを勉強して、しっかり吸収しようと姿勢を正す。

 するとヴィクトリアが溜息をついた。

「ねえ、エレセン。やめない?」
「へ、陛下! 何を仰るのですか!」
「今は非公式の場よ。レイは明日王都を出るの。話す機会はもうないのよ? だから普通にしましょう。公式の場ではちゃんとするから。ね、いいでしょう?」
「ふうう、仕方ないですね。かしこまりました。陛下の仰せのままに」

 エレセンがヴィクトリアに一礼する。
 すると俺の横で、レイが笑顔を浮かべていた。

「ふふふ、あなたも苦労してるのね、エレセン」
「レイ様、あなただけです。私の苦労を分かってくれるのは」
「本当よね。全く……ヴィクトリアはすぐ甘えるのだから」

 ヴィクトリアがテーブルを軽く叩く。

「ちょっと! 聞き捨てならないわよ!」
「陛下!」

 エレセンがヴィクトリアを嗜める。

 結局、普段の会話になってしまった。
 話を聞くと、宰相のエレセンは、レイが団長時代の財務長官だったそうだ。
 当然ながら騎士団団長よりも地位は低い。
 さらに数々の場面で予算の都合をつけたレイに、エレセンは頭が上がらないとのこと。

「レイ様、建国の件は先ほどお伝えした通りです。ただ、援助というのは金銭ではありません。シド様がいらっしゃれば資金は不要でしょうから」
「うーん。でも、それはあくまでもギルドの資産だもの。シドのものではないわよ?」

 レイの返答がおかしい。
 以前、シドは世界中に土地を持っていると言っていた。
 これはもしかしたら、王国側がシドの素性を探っているかもしれない。
 レイは警戒しているのだろう。

 ヴィクトリアが、レイの顔を見つめている。

「ここだけの話だけど……どうもね、シド様って不審な点が多いのよ」
「シドが? 確かにあの若さでギルドマスターだったのは、おかしいといえばおかしいわね。でもそれはヴィクトリアだって同じでしょう?」
「ええ、そうね。私も二十歳で女王の座についたわ。でも、世襲制だもの。冒険者ギルドは世襲制じゃないでしょう? それに、各国家の土地の名義は冒険者ギルドになっているけど、シド様はあまりに詳しすぎるのよ」
「そう言われればそうかもしれない……」

 レイが考え込んでいる。
 いや、これはただの素振りだろう。

「でも私もシドのことは知らないのよ。だって、ずっと求婚されていて、嫌悪の対象でしかなかったから」
「そうよね。確かに求婚されてたわね。うふふふ、アルと結婚できて良かったわね。本当に……」

 ヴィクトリアはレイと話しながら、その表情を観察してるようだ。
 だが、レイは一切表情に出さす、完璧に隠している。
 そうなると俺が危ない。

「アルは知らない?」

 予想通り、ヴィクトリアが俺に話を振る。
 実はこういったことを予想していたシドに、俺は忠告を受けていた。

 ◇◇◇

「いいか、アル。各国の君主は私の年齢について疑っている」
「え? それは不老不死を疑っているってこと?」
「分からん。だが、それに近い疑念は持っているかもしれん。ただ、私は全ての資料を消滅させているから、彼らも確証が持てないのだ」
「まあ確かにシドは見た目が若いし、その若さでギルマスってのは怪しいよね」
「うむ、私も大昔にギルマスを世襲制にしようか悩んだことがあったが、世襲制にすると、常に子を作らないといけないから無理だと判断したのだ」

 確かに世襲制を敷くと系譜が必要になるから、シドの言うことは理解できる。
 だが、シドがギルマスに就任する百年周期だって、怪しまれるのではと思った。

「なに、簡単だ。預言書を作っておくのだ」
「預言書?」
「そうだ。何年何月何日にシドと名乗る男が現れる。その者はギルドの秘密を知っており、次期ギルドマスターの存在だ、とな。もちろん名前は変えるぞ。ギルドで本名のシドを名乗ったは五百年振りだ。ハッハッハ」
「そんな予言をギルドが信じるのか?」
「それが人は信じるのだよ。私は自分が書いた手紙通りに行動するだけだ。それで丸く収まる。で、私がギルマスに就任すると、そういった記録は全て処分するのだ。それを百年に一回繰り返すだけだ。簡単だろう? ハッハッハ」

 シドがギルマスになるカラクリが分かった。
 話を聞けば単純だが、シド曰く、どの時代にも予言にすがり予言を信じる人間は必ず一定数いるそうだ。
 その上、シドのカリスマ性だ。
 間違いなく成功するとのこと。

「アルに忠告するのだが、イーセ王国……特にヴィクトリア女王陛下に気をつけろ。彼女は聡い。それに彼女は不老不死の存在を知っている」
「あ!」
「そうだ。あの事件を知っているのだ。彼女が家臣に不老不死のことを話したかは分からん。だが、不老不死になり得ることをイーセ王国は情報として持っている。エルウッドのことも知っている。エルウッドだって、またいつ王国に狙われるか分からぬ」

 そうだった。
 あの事件の原因は前国王陛下が不老不死を求めたからだ。
 主犯の宰相は一族含めて死罪になってはいるが、不老不死が存在することはヴィクトリアやリマも知っている。
 以前もシドに注意されたことを思い出した。

「アルよ。もし女王陛下に、私のことを話すことになったら注意するのだぞ。人間は嘘をつく際、必ず癖が出る。目線と手の動きに注意しろ。どうしても隠し通せないと思ったら、こちらからバラせ。それで信用を得るのだ」
「え! 不老不死をバラすのか?」
「そこまでは伝えん。だが、私が古の薬を偶然一度だけ開発して、長寿になっていると話すのだ。そうだな……百五十年前から生きており、寿命は二百年ほどと伝えろ。だが、伝え方に注意しろ。絶対に内密という空気を出せ。いいな」
「わ、分かった」
「このことはレイにも伝えるなよ。レイの反応が、また信頼を生むからな。それとな、ヴィクトリア女王陛下には、王都のブラッド闘技場は私が設計したと伝えても良い。設計図に細工をしてある。それで信用するだろう」
「分かったよ。やってみる」
「まあ、バレないのが一番いいのだがな。いいか、アル。このことはレイにバレるんじゃないぞ? 身内から騙すのだ。ハッハッハ」

 ◇◇◇

 俺はシドの忠告を思い出した。

 この空気では、俺は冷静さを保てない。
 嘘をつけばヴィクトリアに見抜かれるだろう。
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