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第十三章

第216話 森の砦

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 翌日は順調に進み、三日目の昼頃から森へ入った。

 鬱蒼とした森の中を通る街道は、辛うじて道を作ったというレベルで、整備までは進んでいない。
 そのため、この森がアフラとサルガ間の街道で最も危険地帯となっていた。

「何度通ってもこの森は不気味だなあ」
「そういうこと言わないでよ」

 完璧人間のレイだが、唯一苦手なものが暗闇だった。

「ん? 音?」
「ど、どうしたの?」

 俺は馬を停めた。

「レイ。何か音が聞こえない?」
「確かに聞こえるわね。この音は……木が倒れる音?」

 振り返ると、後方から木が押しつぶされるような音が聞こえてきた。
 徐々に大きくなる音。
 俺とレイに緊張が走る。

 次の瞬間、森の大木が破裂したかのような爆発音が発生。
 次々と倒れていく大木。

「レイ! 逃げるぞ!」

 俺たちは馬を走らせた。
 後ろから木々をなぎ倒しながら、迫ってくる巨大生物の姿を確認。

「あれは何だ!」
「アル! あれは蕈砦竜サイロンよ!」
「サイロンだって!」

 ◇◇◇

 蕈砦竜サイロン

 階級 Aランク
 分類 竜骨型脚類

 体長約二十メデルト。
 超大型の脚類モンスター。

 竜骨類の中では数少ない四足歩行のモンスター。
 頭の位置が低く、常に下を向いているような姿勢。
 山のように盛り上がった背中、太くて長い尻尾、濃褐色の鱗で覆われた巨体から、森の砦と呼ばれる。
 足跡の直径は二メデルトもあり、雨が降ると足跡が小さな池になる。

 頭部にある巨大で極太の二本の角が最大の特徴。
 左右に伸びた角の長さは約十メデルト。
 この角で、進行方向にある木々をなぎ倒す。

 人類の領地に生息しておらず、モンスター領の森林内に生息。 
 巨大な角で森林の木々をなぎ倒し、葉や木の実を食べる草食モンスター。
 また、身体にキノコの胞子を蓄えており、倒木でキノコを栽培する。

 サイロンが栽培したキノコは、超高級食材として驚くほど高価で取引される。

 ◇◇◇

 俺は馬を走らせながら、モンスター事典を思い出していた。

「この森はサイロンの住処だったのか」
「そうみたいね」

 サイロンは巨体故に動きは遅く、馬の速度なら追いつかれることはない。
 だが、木々をなぎ倒しながら、俺たちを執拗に追ってくるサイロン。
 住処を荒らされらことで、怒っているのだろう。
 すでに数キデルトは進んだ。

「レイ、どうする? このまま逃げる?」
「逃げ切ることはできるけど、ここは街道になる予定だから討伐しないと危険ね」
「分かった。やってみよう」

 俺は片手で馬の手綱を握りながら、真紅の弓を取り出す。
 この弓はヴェルギウスの素材で作られた弓だ。
 長さは百五十セデルト。
 俺の力で引いても、絶対に折れない弓だった。

 レイも同じように紺碧の弓を取り出す。
 レイの弓は長さが百セデルトで、俺の弓よりコンパクトで扱いやすい。
 これもヴェルギウス素材だが、ローザが蒼星石の顔料で塗装していた。

 俺たちは一旦馬の速度を上げ、サイロンと十分に距離をとってから下馬。
 俺は右に立ち、レイが左に立つ。

「レイ、俺は左目を狙う」
「分かったわ。私は右目ね」

 後方に向かって弓を構える。
 使用する矢の鏃は、アフラ火山で採れた良質な重鉄石から作られたものだ。
 非常に鋭く、貫通力が高い。

 徐々に見えるサイロンの姿。
 森林の木々を倒しながら進んでくる。

「あれだけ木々を倒してくれると、この森林の街道整備が楽になるわね」
「そうだね。もう十キデルトは進んできたから、だいぶ楽になるだろうね」

 勢いを落とさず、森林の木々を倒しながら進むサイロンの姿は圧巻だ。
 大木がまるで小枝のように折れている。

 サイロンとの距離が百メデルトを切ったところで、俺たちは弓を撃つ。
 俺の矢は、唸りを上げて空気を切り裂く。
 レイの矢は、静かに一筋の糸となる。

「グオォォォオオオオォォォ!!」

 凄まじい声量の咆哮を上げるサイロン。
 その場に止まり、大きく頭を動かす。

 レイが放った矢が、サイロンの右目を貫いた。
 俺の矢は左目から外れてしまったものの、頬骨辺りに直撃。
 顔面の一部が抉れている。

「レイの弓は本当に正確だな」
「あ、あなたの威力はバカげてるわね……」

 そう言いながらも、レイがもう一度矢を放ち、左目に命中させた。

「グオォォォ!!!!」

 完全に視力を失ったサイロン。
 その場でのたうち回っている。
 周囲の木々は全て倒され、森林内に大きな空間が生まれた。

 俺は紅竜の剣イグエルを抜き、サイロンに向かって走る。
 サイロンは短い首を何度も左右に捻り暴れていた。
 激痛が走っているのだろう。

 サイロンの動きに注意し、剣を構える。
 そして、その極太な首に向かって剣を振り下ろすと、地響きが起きるほどの大きな音を立て、サイロンの頭部が地面に落下。
 頭部を失った巨体が痙攣している。

 紅竜の剣イグエルは、直径三メデルトはあろうサイロンの首を簡単に斬り落とした。

「す、凄い……。これほど簡単に斬ってしまうとは」

 レイが走ってきた。

「なんという剣なのかしら。何の抵抗もなく斬っていたわね」
「ああ、紙を切るような手応えで、サイロンの首を斬ったよ」

 俺は右手に持つ紅竜の剣イグエルを見つめる。
 改めてローザの剣の凄さを思い知った。

「それにしても凄い巨体だな。この場にオルフェリアやジョージがいたら、間違いなく喜んだよなあ」

 目の前に横たわるサイロンを眺める。
 その巨体は名前が示す通り砦だ。

「ふふふ、そうね。私が知る限り、サイロンの討伐記録ってないもの」
「そうなの?」
「そうよ。どうやってこんな巨体を倒すのよ? 一撃で首を落とせる剣士なんて他にいる?」

 レイが意地の悪い表情を浮かべていた。

「まあ、百メデルトも離れて、弓で両目を撃ち抜く化け物がいたからなあ」
「ちょっと! 化け物って何よ!」
「アハハ。ごめんごめん」

 レイが頬を膨らませていた。

「冗談はさておき、この素材は持っていけないよね」
「ええ、残念だけど放置しましょう。ただ、この森は交易で通るから、もし騎士団に遭遇したらこのことを伝えましょう。サルガに着いたらシドにも手紙も書くわ」

 サイロンの巨体はどうにもならないので、俺たちはその場を後にし先へ進むことにした。
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