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第十三章

第214話 ローザの剣

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「おはよう、アル。朝食の用意ができてるわよ」
「お、おはよう……」
「どうしたの?」
「あ、いや、……結婚したんだなって」
「ふふふ、そうね。夫婦になったのよね。なんだか不思議ね」

 いつもより爽やかな朝。
 太陽の光も柔らかく感じる。

 窓から差し込む光が照らすのは最愛のひと
 世界で一番綺麗だと思う。
 本当にこんなひとと俺は結婚したのか。
 信じられない気持ちでいっぱいだ。

 とはいえ、以前からレイと同じ家に住んでいるので、生活は変わらない。
 だが、気持ちの面で変化がある。
 俺はこれまで以上に、レイのために生きていこうと思っていた。

「アル。ひとまず私たちの婚姻届はイーセ王国に出すわ。王都へ行ったら手続きしましょう」
「分かった。そういえばさ、シドたちは婚姻届を出したのかな?」
「……そもそもシドは出生届も出されてないと思うし。どうしてるのかしらね?」
「今度聞いてみようかな」

 俺たちの国はまだ立ち上がっていないので、イーセ王国に婚姻届を出す。
 俺の出生届はラバウトで出されているからだ。

「アル、今日の予定は?」
「今日はローザから剣と鎧を受け取るんだ。レイの分も完成してるから一緒に行こう」
「分かったわ」

 テーブルにはレイが用意してくれたパンとスープ。
 いつも同じだが、いつもより幸せな香りがする。

 ――

 ヴェルギウス討伐から一ヶ月以上経過し、新年を迎えた。
 季節は冬だが、温暖な気候のアフラでコートは不要だ。
 長袖のシャツ一枚で過ごすことができる。

 南風は暖かく、作業をしている騎士たちは、時折タオルで汗を拭っていた。

 街にはクロトエ騎士団十番隊の小隊百人が常駐して、街の建設を行ってくれている。
 費用に関しては、王国とシドで折半となった。
 なお噂では、この地で勤務を希望する十番隊の隊員があとを絶たないそうだ。
 レイの影響だろう。

 週に数回サルガの街と交易を行なうことで、この辺境の地でも物資に困ることはない。
 街道は日々拡張され整備されている。
 しかし、ここはモンスター領ということで、交易の道中は非常に危険だ。
 そのため、交易も当面は騎士団が担当することになった。

 ヴェルギウスの解体が終わり、シドとトーマス工房は飛空船の開発に全力を注いでいる。
 オルフェリアとジョージはヴェルギウスの論文に取りかかった。

 レイとユリアは、新国家について様々なことを決めている。
 国家の法典に関してもだ。
 専門家に意見を仰ぎつつ、イーセ王国やフォルド帝国の法典を参考にするそうだ。
 なお、フォルド帝国の法典は、そのほとんどをシドが手掛けたとのこと。

 そして、ローザは新装備を完成させた。

 ヴェルギウスの素材を使い、研究から開発まで全てを行ったローザ。
 これまで二回もヴェルギウスの素材で剣を作っていたことで、素材の特徴を完全に把握していた。
 そのため、これほど早く完成したのだった。

 俺とレイは、ローザの工房の前に立つ。
 ドアをノックすると、ローザが待っていたかのように出迎えてくれた。

「お前たち。改めて結婚おめでとう」

 レイの姿を見たローザから、笑みがこぼれている。

「やはりレイに蒼星石は似合うな。本当に美しいぞ」
「ふふふ、ありがとう、ローザ」

 工房の中に入ると、ローザがテーブルの上に置いてある二本の剣を指差した。

「これがお前たちの新しい剣だ」

 ローザは片方の剣を手にする。
 刃は純白で、柄の色は紺青色。
 形状は細剣レイピア

「レイの剣だ。刃はヴェルギウスの角を使用。全部位の硬度計測したところ、最も硬かったのが角だった。硬度は十以上で、現行の硬度法では正確に計れなないほどだ。実験ではヴェルギウスが吐き出した溶岩も突き通した。柄も同じく角を加工し、他の素材で装飾してある。柄の色は、アルが採った蒼星石を顔料にしたんだ。指輪と同じ色だろう? 世界に一本の、まさにレイのための剣だ」
「ありがとう。アルが採ってくれた蒼星石の色はとても素敵ね。本当に綺麗」

 レイが剣を持つ。

「か、軽い」
「そうだろう。全部位の密度比較で、角が最も軽かったのだ。最も固くて、最も軽い。ヴェルギウスの角は世界最高の素材だ。私も信じられなかったよ」

 レイが軽く剣を振る。
 だが、あまりにも速く、剣筋が見えない。
 音が遅れて聞こえるほどの剣速だった。

 剣の全長は約百五十セデルトで、刃の身幅は約五セデルト。

「以前作ったヴェルギウスの剣とほぼ同じ形状で、レイピアとしては長い部類だ。だがあまりにも軽いので、影響はないだろう。突きは鋭く、この剣で貫けないものはない。もちろん切れないものもない。本当に何でも切るぞ。取り扱いに注意しろ」
「分かったわ」
「この剣の名前は蒼彗の剣エルスだ」
「素敵な名前ね。ありがとう、ローザ」

 ローザがもう一本の剣を取った。

「そして、これがアルの剣だ。名前は紅竜の剣イグエル。素材はレイの剣と全く同じ。柄の色はヴェルギウスの鱗を顔料とした」

 白い刃に真紅の柄。

 全長は約二百セデルト。
 身幅は最大で二十五セデルトの巨大な片刃の剣。
 柄の長さは、両手でも持てるように四十セデルトもある。

「今までのアルの剣と同じ形状で、片刃の大剣だ。軽くなったことで身幅を広げた。それでもこれまでの剣よりも軽いぞ。柄の装飾はレイの蒼彗の剣エルスと対になるデザインだ。この剣はモンスターだろうが岩だろうが、簡単に斬り裂くぞ」

 手に持つと、その軽さに驚いた。
 俺専用の剣としては三本目になるが、片刃の大剣ファラゴン黒爪の剣レリクスよりも遥かに軽く、最も大きい剣だった。

 剣から発するオーラというか、圧倒的な存在感を覚える。
 この二本の剣は、現存する剣の中で間違いなく最高の二本だろう。 

 俺とレイがお互いの剣を確認していると、ローザが奥の作業場から鎧台に装着された二着の鎧を持ってきた。

「次は鎧だ。タイプは重鎧ヘビーアーマーで、ヴェルギウスの角、爪、鱗、骨の最も良質な部分を使っている。この鎧を傷つけるのは、お前たちの剣でも難しい。すなわち、竜種の攻撃にも容易く耐える鎧ということだ」

 俺たちはその場で鎧を装着した。

「サイズや可動範囲はどうだ?」
「ええ、大丈夫よ」
重鎧ヘビーアーマーとはいえ素材は軽い。それに硬度が高いから極限まで薄くしてある。普段着と変わらないレベルだろう?」
「そうね。とても鎧を着ているとは思えない。軽鎧ライトアーマーより軽いし動くもの」

 レイが身体を動かし、可動範囲を確認している。
 俺も同じように確認。

「アルは真紅の紅炎鎧ファグラム。レイは紺碧の蒼炎鎧エリオルだ」
「ダーク・ゼム・イクリプス素材の黒靭鎧ウォルムも凄かったが、比べ物にならないな」
「そうだろうな。私もヴェルギウスの素材には驚いてばかりだったよ。それとな。ヴェルギウスの素材には特殊能力があったんだ」
「特殊能力?」
「うむ。一つが熱を遮断する。まあヴェルギウスは溶岩池に浸かるほどだ。想像はできるだろう? それともう一つが凄い。素材の熱が変わらないのだ」
「え? ど、どういうこと?」
「これらの素材は、外気温が変わろうとも常に一定の温度を保つ。熱しても冷やしても素材の温度が変わらない。それも人間が快適な温度と同じなのだ。だから、この鎧を着ていれば、灼熱の火山でも極寒の雪山でも快適に過ごせるのだ」
「な、なんだって!」
「凄いだろう。しかも、鎧のインナーもヴェルギウスの皮を使っているから、剝き出しになる顔以外は溶岩を浴びたり、極寒の水中へ入っても大丈夫だ。ちなみに、この素材で飛空船を作るから、飛空船の内部も常に快適な温度になるだろう。本当に凄い素材だ」

 これまで鎧を着ると、熱帯地帯では薄手のインナーを着ても倒れそうになるほど暑かった。
 寒冷地では厚手のインナーとコートの影響で、可動範囲が狭まり動けなくなった。
 それがこの鎧だと、いつでもどこでも快適になる。
 夢のような鎧だ。

「この素材でシド様やオルフェリアの軽鎧ライトアーマーも作っている。お前たちは世界中を回ることになるからな。これ以上の素材はないだろう」
「凄いよ! ローザ、ありがとう!」
「ククク。正直言うとな、もうこれ以上の装備は作れない。剣も鎧も私の最高傑作だ」

 世界最高の鍛冶師のローザにして、そう言わしめるほどだ。
 これらもきっと国宝になるだろう。

 その後、真紅の弓、真紅のツルハシ、真紅の馬具など、ヴェルギウスの素材で作られたあらゆる装備や旅の道具を受け取った。
 もちろん、レイの分はパーソナルカラーの紺碧だ。
 さらにはオルフェリアの解体道具一式も、ヴェルギウスの素材で製作していた。

 なお、俺たちのための装備品以外は、ヴェルギウスの素材で一切の装備を作らなかった。
 盗難や紛失、流出を防ぐためだ。

 ヴェルギウスの素材は骨の一つ、鱗の一枚までユリアが帳簿をつけ、徹底的に管理している。
 金貨よりも遥かに価値がある物だった。

 ヴェルギウスの素材の特殊能力が知られたら、素材を巡って争いが起こるかもしれない。
 もしかしたら竜種の素材に秘められた特殊能力を求めて、残り三十体の竜種も狩猟の対象になるかもしれない。

 とはいえ、人類が竜種に対抗できるとは思えないので、その心配はないだろう。
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