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第十二章

第213話 誓いの指輪〜後編

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 街へ戻り、さっそくローザの工房へ向かった。

「ローザ、頼みがあるんだ」
「アルとシド様が揃って来るなんて珍しいな」

 ローザが出迎えてくれた。

「蒼星石を採ってきたんだ。これで、あの、ゆ、指輪を作って欲しいんだ」
「蒼星石! よくそんな希少鉱石が採れたな。指輪ということはプレゼントか?」
「うん。プレゼントというか……。その……レイに、け、結婚を申し込むんだ」
「な、なんだと! それは一大事じゃないか! ユリアにも相談だ!」
「そ、そんな大げさにすることじゃないよ!」
「バカ言うな! 新しい国の王妃になるんだぞ! いいか、これは国宝だ! 予算は度外視だ!」

 これほどまでに興奮するローザの姿は初めて見た。
 興奮を落ち着かせるかのように、一旦水を飲むローザ。
 
「ふう、しかし驚いたな。アルもついに結婚か」
「ああ、ヴェルギウスを倒したらプロポーズするって決めていたんだ」
「そうだったのか。任せろ。最高の指輪を作ってやる。実はな、いつかこういう時が来るのではないかと思って、デザインだけは起こしていたのだ。レイの美しさを引き立てる指輪だぞ。ククク」

 そして、ローザはシドの顔を見た。

「で、シド様はどうしたのですか?」
「私もな、自分で鉱石を採ってきたのだ。オルフェリアに指輪を渡すのだ」
「な! シド様が! こ、これはまた驚きましたな。シド様もそういうことができるようになったんですね」
「何を言うか。私は愛妻家だぞ。愛する妻へプレゼントするのは当然だろう。ハッハッハ」

 俺は蒼星石を、シドは緋陽石をローザへ渡した。

「どちらも立派な鉱石です。大きさも品質も最高級。これなら最高の指輪を作れます。期間は一ヶ月ほどいただきます。ちょうどヴェルギウスの装備もその頃に完成予定です」
「うむ、分かった。ローザよ、無理はするなよ」
「もちろんです」

 ローザの工房を出て、事務所へ足を運ぶ。
 リビングにはオルフェリアがいた。

「おかえりなさい。予定より早いですね」
「思いの外スムーズに調査が進んでな。早く帰って来たのだ」
「そうでしたか、良かったです。夕食はどうしますか? 今日は皆さん自宅で食べるとのことで、ここでは用意してませんが」
「では、私が作ろう」
「え? 疲れてるでしょう。私が作りますよ。シドは休んでください」

 オルフェリアが事務所のキッチンで、夕食の準備を始めた。

「アル、レイは自宅にいるので呼んできてください。一緒に食べましょう」
「分かった」

 その日は久しぶりに俺とレイ、シドとオルフェリアの四人で食事を取った。

 ――

 一ヶ月後、ローザから指輪が完成したと連絡が来た。
 俺はシドと一緒にローザの工房へ向かう。

「シド様。指輪はユリアと相談して作りました。この二つは新国家の国宝とします」
「うむ、分かった」

 さっそくローザが二つの小さな箱を取り出した。

「まずはオルフェリアの指輪です」

 シドが箱を受け取りフタを開ける。

「おお! これは凄い! 太陽だ! 太陽そのものだ!」

 シドが思わず声を上げた。

 金色に輝く指輪の台座に、球体に加工され極限まで磨かれた緋陽石。
 それはまごうことなき太陽だった。
 燃え上がる夕日のような美しい光を放っている。

「美しい。オルフェリアに似合うな。ローザ、素晴らしいぞ。ありがとう」
「シド様に褒めていただけるとは恐縮です。オルフェリアの意思の強さ、ひたむきさ、思慮深さ、全てをこの指輪に込めました」

 シドが指輪を見て感動している。

「本当に素晴らしいぞ。これほどの指輪は私でも見たことがない」
「シド様、この指輪は太陽の指輪コルトレと名付けました。私たちの国に継承されていくでしょう」
「うむ、いい名だ。太陽の指輪コルトレはその名とともに、永遠に残るだろう」

 続いてローザが俺の顔を見た。

「これがレイの指輪だ。レイの美しさに負けぬように、そして、その美しさを引き立てるような指輪を作った」

 俺は小箱を受け取りフタを開ける。

 銀色の台座の上で、流星のように蒼く輝く蒼星石。
 まさに空から降ってきた星のかけらを集めたようだ。
 最も美しく、最も光り輝くように計算されて加工されていた。

「す、凄い。ローザ、これはレイのイメージそのものだ」 
「うむ。あのレイのための指輪だからな。指輪も究極の美しさだろう? これは流星の指輪ステラーだ。」
「ステラー。レイの名前だ……。ありがとう。本当にありがとう、ローザ」

 指輪を受け取った俺とシドは、今夜渡すと決めた。
 それを聞いたローザは興奮している。

「よし、今日は事務所で夕食を取るように伝えておこう。アルもシド様もしっかりしてくださいよ」

 夕食の時間となり、俺、レイ、シド、オルフェリア、ローザ、ユリア、ジョージで食卓を囲む。
 食事の内容は普段と同じだ。
 食後もいつものように、各々珈琲や紅茶を楽しむ。

 ここまでは普段通りなのだが、俺は見逃さなかった。
 食事中、フォークを持つシドの手が震えていたことを。

 シドは明らかに緊張している。
 だが俺は、冷静にタイミングを見計らっていた。
 珈琲を飲みながら、レイの顔に何度も視線を向ける。
 レイは優雅に紅茶を飲んでいて、俺の視線に気付かない。

 俺はこう見えてもSランク冒険者だ。
 視線を悟られるようなヘマはしない。
 そもそも気配だって消すことができるのだ。

 ◇◇◇

 ローザは紅茶を飲みながら、アルの不自然な挙動に頭を抱える思いだった。

「あ、あれでも世界最高の冒険者なのか? 不自然すぎるだろ! レイはさっきからずっと視線に気付いているというに」

 ローザは誰にも聞こえないような小さな声で呟く。

 「シド様にいたっては、紅茶を持つ手が震えすぎてこぼれてるぞ。大丈夫なのか、あの二人は……」

 ローザは事情を知っているが、それ以外の者たちは、今日この場でアルがプロポーズするなど知る由もない。
 だが、アルとシドのあまりに不自然な挙動で、リビングの空気は異様なものになっていた。

 ◇◇◇

 シドを見ると、手がガタガタと震えている。
 二千年も生きているのに緊張しすぎだ。
 俺の自然な振る舞いを参考にしろと言いたかった。

 あの状態のシドでは頼りにならない。
 このままでは無駄に時間が過ぎるだけだ。
 早くレイに声をかけねば。

「アル、どうしたの? さっきから私の顔ばかり見て」
「え! みみ、見てないよ?」
「ふーん。変なアル。で、なあに? 珈琲のおかわり?」
「う、うん。そうなんだ。珈琲が飲みたくて」

 その様子を見ていたローザが椅子から落ちそうになり、シドは紅茶カップを落としそうになっていた。

「あ、ち、違うんだ。は、話があるんだ」
「話? 急にどうしたの?」

 俺は立ち上がり、レイの前まで進み、その手を取り椅子から立たせた。
 美しい紺碧の瞳を見つめながら、俺は大きく息を吸う。

「レイ、俺と結婚して欲しい」

 レイは何が起こったのか分らないような表情だ。
 しばらく無言で、俺の顔を見つめていた。
 すると、宝石のような瞳からボロボロと大粒の涙が溢れ出す。

「……はい。レイ・ステラーはアル・パートと結婚します」

 俺はついに結婚を申し込み、レイも受け入れてくれた。
 頭の中が真っ白だ。

 だが、そうだ、指輪を渡さねば。

「レイ、これを受け取って欲しい」

 俺は小箱を取り出し、レイへ渡した。

「これは?」

 レイが涙を流しながらフタを開ける。

「ゆ、指輪。なんて綺麗なのかしら……」
「レイのために俺が採ってきた鉱石だよ」
「素敵。凄く素敵。これは蒼星石……。な、なんだか懐かしいわ……」

 涙が止まらないレイ。

「本当に……本当に綺麗」

 俺はレイの左手を取り、ゆっくりと薬指に指輪をはめた。

「嬉しい……」

 左手を見つめながら呟くレイ。
 初めて会った時からずっと美しいレイだが、今この瞬間が最も美しく、愛おしく見えた。
 俺はレイの両腕をそっと抱え、唇を重ねる。

 リビングに拍手が起こった。
 皆が祝福してくれる中、ユリアは号泣している。

「うぅ、うぅ。あのレイが結婚だなんて。本当に……本当におめでとう。ああ、もう本当に良かったわ。レイ、あなた世界で一番綺麗よ。ああ本当に嬉しい。アル、レイを頼むわよ」

 くしゃくしゃになった顔で祝福してくれた。

「これほど美しいプロポーズを見られるなんて。この場にいて良かった。……最初はダメかと思っていたが」

 最後の一言は余計だが、ローザも感極まっている様子だ。

「歳を取ると涙もろくなっていかんのじゃ。しかし、冥土の土産にいいものを見たのじゃ」

 ジョージの細い目から涙が溢れていた。

「レイ。本当に綺麗です。アルもおめでとうございます。ああ、私も自分のことのように嬉しいです。レイ、本当におめでとう」

 オルフェリアは笑顔で涙を流していた。
 その様子を見て、俺はシドに合図を送る。

「シド!」

 シドが頷き、オルフェリアの前に立つ。

「オ、オルフェリアよ。これを受け取ってくれ」
「これは?」
「君には何も渡してなかったからな。結婚指輪だ。アルと採ってきたんだ」
「シドが……私に?」
「色々と苦労をかけたな」
「苦労? 何のですか? 苦労なんてしたことありませんよ? 私はシドと一緒にいて、とても楽しいです。フフ」

 珍しくオルフェリアがシドに抱きつきキスした。
 そして、シドもオルフェリアの左手の薬指に指輪をはめる。

「これは?」
「緋陽石という石だ。オルフェリアをイメージした」
「ありがとうございます。まるで太陽のようですね。嬉しいです」
「うむ、オルフェリアよ。こ、これからも、わ、私と共に歩んでくれ」
「もちろんですよ。一生離れませんよ。フフ」

 その様子を見ていたレイ。

「オルフェリア、あなた本当に綺麗よ。シド、良かったわね。オルフェリア以上の女性なんていないわ。オルフェリアを泣かしたら、私が許さないからね?」
「それをそっくりそのまま君とアルに返すぞ。ハッハッハ」

 レイは少し落ち着いたようだ。
 レイの左手は、しっかりと俺の右手を握っていた。

 俺はレイに声をかける。

「レイ、あの、よ、よろしくお願いします」
「ふふふ。何緊張してるのよ」
「だ、だって結婚なんて初めてだから……」
「そんなの当たり前でしょう? わ、私だって初めてなんだから……」
「そ、そうだね。アハハ」

 レイと二人で手を取り合って、俺達は全員にお辞儀をした。

 ユリアがハンカチで何度も涙を拭っている。

「史上最も美しい王妃の誕生ね。ウフフフ」
「そして、史上最も強い王妃でもあるな。ククク」

 ユリアの発言にローザが続いた。

「ハッハッハ、レイの頭脳は人類でも群を抜いている。史上最も頭の切れる王妃だ」
「もはや欠点がないのが欠点じゃな。フォフォフォ」

 シドとジョージが好き勝手言っている。
 この二人がレイに怒られませんように……。

「レイほどアルを愛している人はいません。本当にお似合いです。それに……竜種を倒した夫婦なんて人類初ですよ」

 珍しくオルフェリアまで悪ノリしている。
 
「クオォォォォン!」

 最後はエルウッドが遠吠えで締めてくれた。

「皆ありがとう。ここでは俺たちが一番年下だし、まだまだ皆の力が必要だ。これからもよろしく頼むよ」
「アルよ! まだ何もないアフラで豪華な祝福はできぬが、この日のためにサルガから高級な葡萄酒を取り寄せていたのだ。祝杯を上げるぞ!」

 シドが用意してくれた高級葡萄酒を開け、祝福の宴は深夜まで続いた。
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