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第十二章

第209話 竜種の臓器

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 シドが興奮しながら、振臓アンプについて説明してくれた。
 竜種の巨体を浮かせるには、翼だけでは不可能とのこと。
 この振臓アンプの作用で身体を浮かべるそうだ。

 振臓アンプが振動すると、身体の周囲に空気の流れを作る。
 これを気流と呼ぶらしい。
 竜種は自ら作り出した気流に乗りながら、翼で速度と方向をコントロールするそうだ。
 その話を聞いて、俺はヴェルギウスとの戦いを思い出した。

「そうえいば、ヴェルギウスが羽ばたこうとすると、身体の周りの空気が揺らいでいたな」
「やはりそうか。文献の記述通り、振臓アンプの作用があれば巨体でも空を飛べるのだろう」
「ん? でもさ、臓器でしょ? ヴェルギウスは死んでるから動かないんじゃないのか?」
「……アルよ。初めてのヴェルギウス戦で、君の心臓の鼓動が止まったのは知ってるか?」
「ああ、その話は聞いたけど……。あ! ま、まさか! エルウッド!」
「その通りだ。エルウッドの雷の道ログレッシヴ振臓アンプは動くはずだ」
「でも、臓器だけを摘出して動かすことなんてできるのか?」
「これから実験するが、できるはずだ」

 確かに俺は、雷の道ログレッシヴで止まった心臓が動き出した。
 だが、臓器だけを取り出して動かすことなんて可能なのだろうか。
 俺には難しすぎて理解できない。

 食事を終え、ヴェルギウス解体に戻る。
 俺も解体を手伝い、無事に振臓アンプを摘出した。

 振臓アンプは高さ二メデルト、幅一メデルトほどの真っ黒で大きな箱のような形をしている。
 触ってみると、それは臓器とは思えないほど固く、まるで岩石のような感触だった。
 それが二つもある。

「これが振臓アンプか。思ったよりも大きいんだな」
「うむ。だがあの巨体を空に浮かべることを考えると、これくらい大きくて当然だろう」

 俺とシドは、一旦ヴェルギウスから離れた。
 オルフェリアとジョージは、引き続き解体を続けている。

「シドが読んだ古代文明の文献って、竜種の身体に詳しすぎないか? もしかして、過去にも竜種を討伐したことがあるんじゃないのか?」
「討伐に関する記述はなかったはずだ。だが、確かに内臓まで記録があったことを考えると、竜種を解体したことは間違いないだろう」
「シドって失われた文明の古代王国で王族だったんでしょ? 何も聞いてないの?」
「古代王国は一万年続いていたのだ。私が王城で文献を読んだ時点で、遥か昔に作られた物だったからな。あまりにも古くて、王城にいた学者も文献の存在すら知らなかったほどだ。それに私が生まれた時代は、王国の内部は腐敗しており滅亡寸前だった。私が不老不死になり逃亡を余儀なくされて、王国は滅亡した。それが二千年前だ」

 そうだった。
 シドは実験で不老不死にされ、時の為政者たちによってこの世の全ての拷問を受けたのだった。
 シドの壮絶な過去を思い出させてしまったかもしれない。 

「ご、ごめん」
「何を謝っている。過去のことだ。気にならぬよ、ハッハッハ」

 シドが笑っている。
 気を遣ってくれているのだろう。
 シドは横柄のようで、誰よりも優しい。
 本当に尊敬できる親友だ。

「古代書の内容は、偶然発見した竜種の亡骸を解体したのか、アルの言う通り竜種を討伐したのか、今となっては分からない。だから現代の認識としては、人類初の竜種討伐で問題ないだろう。少なくとも私が生きている二千年の間では初めてだしな」
「世界に三十一体確認されている竜種だけど、過去にはもっと存在していたかもしれないのか……」
「うむ、それは間違いない。それに今回の件で、竜種の数は三十体になった。長寿とはいえ寿命もあるのだから、時代によって個体数の増減はあるだろうな」

 シドは腕を組みながら、ヴェルギウス解体の様子を見つめている。
 時折「さすがだ。速いな」と呟いている。

「もしかしたら始祖だって、時代によって数の増減があるかもしれぬ。始祖と竜種は敵対しているようだしな」
「シドでも分からない?」
「そうだ。だから飛行船が完成したら、そういった謎も解明してみたいと思う。そのためにも、世界中を飛び回れるほどの頑丈さと快適さを持った飛空船を作りたいのだ」

 シドが振臓アンプを指差した。

「あの二つの振臓アンプを我々の飛空船に載せる」
「あんな大きな振臓アンプをエルウッドの雷の道ログレッシヴで動かすんでしょ? 飛行の度に雷の道ログレッシヴを放つとなると、エルウッドの負担が大きすぎる。大丈夫なのか?」

 シドと話していると、エルウッドが近付いてきた。
 エルウッドの頭を撫でるシド。

振臓アンプの実験はこれからだが、私の見立てでは雷の道ログレッシヴは年に一回ほどの放出で十分だろう。それほど全力の雷の道ログレッシヴは強烈なのだ」
「ウォン!」
「アルよ、しばらくは飛空船の研究でエルウッドに協力してもらう。そのつもりでいてくれ」
「分かった。でも無理させないでくれよ」
「当たり前だろう。私にとってもエルウッドは家族だ。二千年も一緒にいたのだぞ?」
「そうだったな」

 シドは俺よりも遥かに長い時間をエルウッドと共にしていた。
 不老不死となったシドの孤独を唯一救ったのがエルウッドだ。
 二人の絆は誰よりも固いだろう。

 シドがエルウッドの背中に手を置く。

「エルウッド、よろしく頼むぞ」
「ウォン!」

 エルウッドが尻尾を振っている。
 俺は二人の様子を見て、とても微笑ましい気持ちになっていた。

 その時、視線を感じた。

「シド! 手伝ってください!」
「す、すまん、オルフェリア。すぐに行く」

 オルフェリアがヴェルギウスの巨体の上で、両手を腰に当て、こちらを見ていた。
 しかし、その表情は笑顔だ。

 二つに結いた黒髪とは対象的な透き通るほどの真っ白な肌に、窓から差し込む陽の光が反射している。
 まるで身体が光っているような、神々しいまでの美しさだ。
 オルフェリアはとても解体師に見えない。
 だが、今はモンスターの皮で作った頑丈なエプロンをかけ、厚手のグローブをはめている。
 エプロンもグローブも血だらけになっており、凄腕の解体師そのものだった。

 目の前にいるのは世界一の技術を持つ解体師に、モンスター研究の世界的権威だ。
 習うことはたくさんある。

「オルフェリア、ジョージ、ごめんよ! 俺も手伝うよ!」

 その後もヴェルギウスの解体を進めた。
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