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第十二章

第202話 竜種と始祖

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 ついにヴェルギウスの住処に到着。
 あとは目の前にある二十メデルトの崖を登るだけだ。

 リュックに折りたたんで入れていたクッションを取り出し、地面に広げる。
 そして、俺は気配を消して慎重に崖を登り始めた。
 崖の頂上に手をかけ、そっと頭を出す。

「いたぞ」

 前回と同じように、ヴェルギウスは溶岩に浸かって首だけ出していた。
 目は閉じている。
 寝ているようだ。

 崖を登りきり、リュックからヴェルギウスの鱗を取り出す。
 プライドの高いヴェルギウスは、自身の鱗を持つ人間を許さない。
 さらに、俺のことを完全に敵と認識しているはずだ。
 鱗を右手に持ち、大きく深呼吸。

「よし、やるか」

 俺は立ち上がり、ヴェルギウスに向かって歩き始める。
 十メデルトほど歩くと、ヴェルギウスの左目が開いた。

「グルゥルゥゥ」

 右目は俺に潰されており、永遠に光を失っている。

「グォオオォォオオォォォォ!」

 俺の姿を見た瞬間、咆哮を上げた。

 俺はまだその場から離れない。
 それどころかヴェルギウスへ近付く。

 ヴェルギウスがゆっくりと溶岩から身体を出す。
 真っ赤に溶けた溶岩が身体を覆っていた。
 滴り落ちる溶岩。
 地面に触れると、水分を蒸発させる音を立て岩盤を焦がす。

 ヴェルギウスは完全に立ち上がり、二枚の巨大な翼を大きく羽ばたかせた。
 翼に付着していた溶岩が飛び散る。

「グォオオォォ!」

 もう一度咆哮を上げるヴェルギウス。
 完全に俺を認識したようだ。

 俺はリュックをその場に置く。
 少しでも軽くするためだ。
 そして、持っていた鱗をヴェルギウスに向かって全力で投げつける。
 こんなものでダメージを与えるとは思っていない。
 ヴェルギウスを怒らせ、誘い出すための煽り行為だ。

 俺はヴェルギウスに背を向け、崖に向かって走り飛び降りた。
 二十メデルト下に用意していたクッションに着地。
 そのまま斜面を全速力で駆け下りる。
 後ろを振り返ると、ヴェルギウスは上空から俺を追って来ていた。

「よし!」

 思惑通り誘い出すことができて安心した。
 しかも、ヴェルギウスは尻尾を失っており上手く飛べないようだ。
 だがその瞬間、爆音とともに地面が揺れた。

「火球か!」

 走る俺には当たらないと思うが、これは厄介だ。
 何度も後ろを振り返り、細心の注意を払いながら走る。

 火球を二発吐き出したところで、ヴェルギウスも諦めた様子。
 残りはあと四発。
 街に着くまでに全てを吐き出させれば、戦いは楽になるだろう。

「はあ、はあ」

 標高三千メデルト付近まで下りてきた。
 これほどまでに全力で山を駆け抜けたことはない。
 山に慣れた俺でも、さすがに呼吸は荒くなる。

 だが、ペース配分なんて言ってられない。
 とにかく全力で走らないと追いつかれる。

「街まで誘い出すんだ!」

 岩を飛び越え、崖を飛び降り、ひたすら走る。
 すると突然霧が出てきた。
 霧の中に影が見える。

火の神アフラ・マーズ!」

 これは想定外だ。
 火の神アフラ・マーズにまで狙われたら、ヴェルギウス討伐どころか俺の命が危ない。
 いや、間違いなく死ぬだろう。

「どうすれば!」

 今は逃げるしかない。
 ひたすら全速力で霧を駆け抜ける。

 霧を抜け、横を見ると火の神アフラ・マーズが俺に並走していた。
 全力で走る俺の速度に合わせているようだ。

「嘘だろ!」

 火の神アフラ・マーズ黒風馬ルドフィンに酷似した容姿で、身体は黒風馬ルドフィンよりも二回りほど大きい。
 体毛は燃えるような黄色から赤色のグラデーションで、まさに火の神を象徴しているようだった。

 横で始祖が走っていることに驚きつつ、俺は生きた心地がしない。
 竜種と始祖に追われて無事な人間なんて、この世にいるわけないのだから。

「クソッ! こ、ここまでなのか!」

 だが、火の神アフラ・マーズは並走するだけで何もしてこない。
 むしろ俺を少しだけ追い抜き、振り返りながら、俺の顔と自分の背中へ交互に視線を向ける。

「ま、まさか?」

 まるで背に乗れと言っているようだ。

「ええい! 一か八かだ!」

 火の神アフラ・マーズの背に、俺はなんとか飛び乗る。
 そして太い首に手を回した。

「グォオオォォォォ!」

 ヴェルギウスが咆哮を上げ、俺と火の神アフラ・マーズの接触を阻止するかのように火球を吐く。
 だが、火の神アフラ・マーズは難なく避ける。

 それどころか一旦立ち止まり、上空のヴェルギウスを眺めている。
 俺は姿勢を直しながら、火の神アフラ・マーズの背の上でヴェルギウスの姿を見上げた。

「グォオオォォオオォォォ!」

 ヴェルギウスが咆哮を上げ、巨大な二枚の翼を羽ばたかせながら、上空から俺たちを睨みつけていた。

「ヒヒィィン!」

 火の神アフラ・マーズはヴェルギウスを煽っているようだ……。
 始祖と竜種は敵対しているのだろうか?
 全く分からないが、今は成り行きに身を任せるしかない。

火の神アフラ・マーズよ。俺は街までヴェルギウスを誘い出したいんだ。頼む。お願いだ」

 言葉が通じるかも分からないのに、俺は火の神アフラ・マーズに思いを伝えた。

「ヒヒィィィィン!」

 雄叫びを上げ、物凄いスピードで走り始める火の神アフラ・マーズ

「うぅ、す、凄い」

 俺は必死に首に捕まる。
 振り落とされそうだが、この速度で落ちたら間違いなく死ぬ。

「ぐうううう」

 空気が顔に当たる。
 息ができない。

 火の神アフラ・マーズは、これまで経験したことのない凄まじいスピードに到達していた。

 辛うじて後ろに目線を向けると、ヴェルギウスは身体を地面と水平にし、極限まで空気の抵抗を減らす姿勢で飛行していた。
 空を飛ぶヴェルギウスですら、地上を走る火の神アフラ・マーズに追いつくのがやっとのようだ。

「ぎ……ぎぎ」

 風圧で俺の顔が歪む。

 それもそのはず、火の神アフラ・マーズは走るというよりも、もはや空を飛んでいた。
 一歩の距離が五十メデルトほどだ。
 火の神アフラ・マーズは俺を乗せたまま山を駆け下りていく。

 ◇◇◇

 アフラの街から一キデルトほど離れた草原地帯。
 この場所でヴェルギウスと戦う予定だ、
 ここはまだ開発していない区域なので、ヴェルギウスがどれほど暴れても問題ない。

 戦うのはアルとレイとエルウッド。

 騎士団やトーマス工房の者たちは、戦闘区域から離れた場所で待機。
 いつ何が起きても対応できるように隊列を組んでいる。
 ヴェルギウス戦が決定してから一週間の間、隊列行動を訓練していた。

 戦闘区域にいるのは、ヴェルギウスと戦うレイとエルウッド。
 そして、この場をすぐに離れられるように、シドとオルフェリアが二人で一頭の馬に乗っている。
 ジルとリマはそれぞれ一頭ずつ、自分の愛馬にまたがっている。

 アルが到着次第すぐに戦う予定なので、剣、ツルハシ、弓と矢、銛など全ての武器が用意してあった。

「むっ! あれは何だ?」

 シドが指を差す。
 地面スレスレを飛ぶように走る物体。

「何かしら? ヴェルギウスではないようね。皆そろそろ持ち場へ……」

 そう言いかけながら、レイが正体に気付く。

「あ、あれは……始祖よ!」
「何だと!」
「み、皆逃げて!」

 レイがその場にいる全員に声をかけるも、時既に遅し。
 その物体は恐ろしいスピードで迫ってきていた。

 ◇◇◇
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