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第十二章

第196話 亜種との戦い

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 その日の夜は、オルフェリアが豪華な夕食を作ってくれた。

「アル、レイ、エルウッド。本当に気をつけてくださいね」
「ああ、ありがとう。オルフェリア」
「ウォン!」

 シドは角大羊メリノのステーキを食べている。

「偵察だけという約束だからな」
「もちろんよシド。今回は偵察だけ。アルが無理しないように見張っておくわ」

 角大羊メリノを食べる手を止めないシド。
 まるで心配していないかのような素振りだ。
 この自然な態度が逆に嬉しい。

 そして夕食後、シドに一枚の地図を渡された。

「アルよ、これはアフラ火山の地図だ。以前私たちが登った場所や、飛空船の実験で空から確認した部分を記している。だが、この地図は山の東側が中心だ。もし西側へ行ったら地図を書いて欲しい」
「分かった」
「助かるぞ。だが本当に無理はするなよ」
「もちろんだよ。ありがとう」

 ――

 翌日の早朝、俺とレイとエルウッドはアフラ火山へ出発。
 まず最初に、以前ヴェルギウスと戦った標高二千メデルト付近の住処へ向かった。

「ここにはもういないか」
「そうね。気配も完全になくなったわね。別の場所へ移ったのでしょう」
「それにしても、ここは本当に良い鉱石ばかりだよ。あの岩壁には……こ、金剛石! 凄いな」
「ふふふ、鉱夫の目になっているわよ?」
「アハハ、そりゃそうだよ。俺は今でも鉱夫だもん」
「世界最強の鉱夫ね。ふふふ」

 レイが笑っている。
 本当に美しい笑顔だ。
 レイの瞳を見つめていると、俺はあることを思いついた。
 今度またシドを連れてここに来よう。

 リュックを下ろし、シドが作ってくれた地図を広げる。
 レイも横から地図を覗き込む。

「あの時は西の方角へ飛び去ったわよ」

 レイが地図を指でなぞり、ヴェルギウスが飛び去った方向を指す。

「よく覚えてるね。さすがレイだ」
「ふふふ、褒めても何も出ないわよ」

 地図には火山の西側の記載がない。
 アフラの街は火山の東側にあるのだが、どうやら飛空船の飛行テストでは西側まで飛べなかったようだ。

「それじゃあ、確認がてら西側へ行ってみようか」
「そうね。行ってみましょう」
「ウォン」

 俺たちは赤褐色の岩盤を歩き、崖を越え、山を登って行く。

 アフラ火山は標高約五千メデルトの単独峰だ。
 だが、単独峰とはいえ広大なので、遭難したら確実に帰ることはできないだろう。
 確認した地形を地図を記し、真紅のツルハシで岩盤に目印をつけながら進む。

 そろそろ夕焼けが始まる時間帯だ。
 暗くなってからでは遅いので、早めに就寝場所を探す。

 しばらく歩くと、人が入れる大きさの洞窟を見つけた。
 入り口は縦横約二メデルト。
 中に入ると少し広がっていて、縦横三メデルト、奥行きは四メデルトもある。

「ちょうどいい洞窟があるな。レイ、今日はここで宿泊しよう」
「ええ。場所もいいし、しばらくここを拠点としましょうか」
「そうだね。じゃあ、数日はこの周辺を探索してみよう」

 火山には至るところに燃石が落ちている。
 それを拾い集めキャンプの用意。
 俺が火をおこす横で、レイが夕食を作り始めていた。

 今日のメニューは水角牛クワイの干し肉スープ。
 水角牛クワイの旨味が凝縮された濃厚なスープは、疲れた身体にとても効く。
 そして、煮込むことで、硬い干し肉は簡単に崩れるほど柔らかくなる。
 さらに乾燥パンをスープに浸すことで、腹を満たすことが可能。
 手軽で美味く、ボリュームもあるので、冒険者のキャンプやクエスト中の代表的なメニューの一つだ。
 エルウッドは硬いままの干し肉を喜んで食べている。

 食料は約二週間分持ってきているが、可能であれば水や食料は現地調達したいところだ。
 ただ、食料が底をつくようであれば、帰還すればいいので無理はしない。

 夕飯後、珈琲を飲む。
 山の上で飲む珈琲は格別だ。

「レイ。俺はこれまで二回ヴェルギウスと戦って、二回とも大怪我している。いや、一回目は……」
「結果はどうであれ、竜種と戦って撃退するなんて信じられないことなのよ?」
「そうなんだけどさ……。俺は強くなって大切な存在を守りたいんだ。以前の王都の事件でそれを痛感した」
「……そうだったわね」
「レイに誓うよ。次は絶対に負けないし、決着をつける」
「ええ、もちろんよ」
「ウォン!」

 レイもエルウッドも応えてくれた。

「そして……レイに」

 俺は誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
 ヴェルギウスを討伐したらレイにプロポーズするつもりだ。

 それから二日間は洞窟周辺を探索し、地形を地図に記載していった。
 だがヴェルギウスの姿どころか、痕跡すら発見できない。

「なかなか見つからないわね」
「もっと標高を上げたほうがいいかな」
「そうね。明日はもっと上に……」

 レイの言葉が止まった。

「どうした?」
「アル! あれ!」

 レイが指差す方向を見ると、百メデルトほど先に一頭のモンスターがいた。

岩食竜ディプロクス! いつの間に!?」

 ディプロクスは竜骨型鎧類に属する、Bランクモンスターだ。
 体長は約八メデルト。
 二足歩行で太くて巨大な足、さらに太い尻尾、短い腕、二枚の中型の翼を持つ。

 ディプロクスは岩石を主食としている。
 岩石に含まれる不純物、特に微生物を栄養源とし、体内に吸収しているのだった。
 吸収されない岩石の成分は皮膚に排出されることで、結果的に純度の高い鉱石が生成される。
 そのため、非常に硬い外殻を持つ。

 俺は以前ディプロクスのネームド、ウォール・エレ・シャットを討伐したが、あまりの外殻の硬さに、当時使用していた片刃の大剣ファラゴンが使えなくなってしまったほどだ。

「ディプロクスって、性格は温厚なはずよね?」
「食事の邪魔をしなければね……。でもここはモンスターの領域だから、性格は同じかどうか分からない」

 それに、目の前のディプロクスの外殻は赤褐色だった。
 通常種は岩石と同じ薄灰色なのだが、この付近の赤褐色の岩を食べている影響だろう。
 やはりここはモンスターの領域。
 人類が知らない亜種がいる。

 ディプロクスは岩壁に噛みつきながらこちらを一瞥。

「ギィイエェェェェ!」

 突然、ディプロクスが咆哮を上げ突進して来た。

「縄張りを荒らされたと思ってるのかしら」
「かもしれないな。いずれにせよ、もうやるしかない!」

 俺は真紅のツルハシを構えた。

「レイ! ディプロクスの外殻は鉱石だ。俺がツルハシで粉砕するから、そこを狙ってくれ」
「分かったわ!」

 地響きを発生させながら突進してくるディプロクス。
 だが動きは遅い。
 俺もディプロクスへ向かって走る。

 ディプロクスは岩をも噛み砕く顎で、俺の上半身を噛みつこうと身をかがめた。
 俺は右へ飛び込み、前転しながら回避。
 起き上がると同時に、そのままディプロクスの極太の左足へツルハシを振り下ろす。

 岩石を砕く甲高い音が鳴り響く。
 直径五十セデルトほどの範囲で外殻の鉱石が吹き飛び、真っ赤な肉が見えた。
 そこへレイが突きを放つ。
 さらにエルウッドが雷の道ログレッシヴを撃つ。

 竜種ヴェルギウスにもダメージを与える俺たちの連携攻撃だ。
 高ランクモンスターとはいえ、耐えられないだろう。

 左足に致命的な傷を負ったディプロクスは、突進の勢いを保ったまま滑り込むように転倒。
 その隙を見逃さず、俺はすかさず額に向かってツルハシを振り下ろす。
 頭部の外殻が弾け飛んだ。
 そこへレイが渾身の回転突きを放つ。

「ギィイ……」

 ディプロクスは短い叫び声を上げ、絶命した。

「凄いよレイ。ディプロクスを一瞬で討伐してしまうとは……。俺が以前ウォール・エレ・シャットと戦った時は一晩かかったのに」
「亜種とはいえ、ネームドとは雲泥の差よ。というかね、あの外殻を一瞬で破壊するあなたがおかしいのよ?」
「いやいや、このヴェルギウスのツルハシが凄いんだって」
「ふふふ、いくらツルハシの性能が凄くても、ディプロクスにツルハシで立ち向かう人間なんて、世界にあなた一人よ?」
「ウォウォウォ」

 目の前に横たわるディプロクス。
 今はオルフェリアがいないし、素材として解体する必要もない。
 だが、俺はオルフェリアの言葉を思い出した。

「オルフェリアから聞いたんだけど、ディプロクスの腿肉は食べられるそうだよ。確か鉄の成分を多く含んでいるから、血液に関する栄養が取れるって言ってた」
「そうなのね。じゃあ、どうする? 食料として解体する?」
「うん、食料は現地でも調達したかったしね」

 俺は見様見真似でディプロクスの足を解体。
 ツルハシで外殻の鉱石を削り、太腿の食べられそうな部分にナイフを入れる。

「あなた解体師としても食べていけるんじゃない?」
「え? 無理だよ。やってみて分かったけど凄く難しい。オルフェリアは本当に凄いよ」
「ふふふ、そうね。彼女の技術は世界一だものね」

 オルフェリアよりも時間はかかったが、なんとか剥ぎ取りは完了した。
 
「量は二日分ほどあれば十分だよね?」
「そうね。それ以上は荷物になるし、保存ができないもの」
「エルウッドは今食べるかい?」
「ウォン!」

 切り出した生肉をちょうどいい大きさにカット。
 エルウッドへ渡すと喜んでかぶりつく。

「どう? 美味しい?」
「ウォンウォン!」

 どうやら美味しく食べてくれたようだ。

「アル。このディプロクスは亜種よね。外殻を少し持って帰りましょう。ジョージがきっと喜ぶわよ」
「そうだね」

 俺は真紅のツルハシを振り下ろし、外殻である赤褐色の鉱石を削り取った。
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