鉱夫剣を持つ 〜ツルハシ振ってたら人類最強の肉体を手に入れていた〜

犬斗

文字の大きさ
上 下
199 / 414
幕間

第193話 戦士たちの休息5

しおりを挟む
 太陽がちょうど頭上に来た。
 正午を迎え、釣りは終了。

 ユリアがそれぞれのチームの元へ行き、最も大きい魚の審査を始める。

「私の肩書が審査委員長って何よ? そもそも私とエルウッドしかいないじゃないの。全く……」
「ウォウォウォ」

 ユリアの愚痴を聞いたエルウッドが笑っていた。

「まあでもお祭りだものね。仕方がないからつき合うわ。エルウッドもよろしくね」
「ウォン!」

 ユリアは文句を言いつつも、もはや祭りの様相となった釣り大会を楽しむことにした。

 全チームの確認が終了。
 開始時のように全員が整列し、演説台の壇上に立つユリア。
 壇上の下には出場者たちが並ぶ。

「それでは発表するわ」

 全員が固唾を飲む。

「まずはマルコとアガスのトーマス工房チーム! ……釣果ゼロ」

 トーマス工房の職人たちから大爆笑が起こった。

「いいぞ! ボス!」
「ぎゃははは、さすがだ!」
「職人の鏡! 一生ついて行くぜ!」

 職人たちの愛ある野次が飛んだ。

「全く、釣り大会で釣りしないなんて前代未聞よ。あなたたちには罰を与えるわ」
「ば、罰ですか!」

 壇上からユリアの冷たい視線が突き刺さる。

「ええそうよ。いつでも誰でも釣りができるように、竿とリールを百セット作りなさい。代金はシド様が払うわ」
「わ、分かりました!」

 先程まで笑っていたシドの表情が変わった。

「おい! ユリア! 聞いてないぞ!」
「シド様、これも福利厚生のためです」
「ぐっ。わ、分かった。全て支払う」
「ウフフフ。さすがです、シド様」

 会場から歓声が上がった。
 ユリアが右手を上げて制する。

「続いてジョージとローザの師弟チーム! ジョージのリタイア! とはいえ魚は釣っているわ。大虹鱒オンコリ、五十セデルト!」

 大虹鱒オンコリとしてはかなりの大物で、会場で釣りが分かるものは歓声を上げていた。

「クソッ! 最後にジイさんの魚さえ釣れていれば!」
「ニャー」

 実は祭りが大好きなローザ。
 さらに負けず嫌いということもあり、非常に無念そうだ。
 だが、ローザの飼い猫五匹は、大物の大虹鱒オンコリに喜び早く食べたいと凝視していた。

「ジョージ、あなたも歳なんだから無理しないように」
「わ、分かってるのじゃ」

 ユリアがジョージに声をかける。
 そのジョージはオルフェリアに腰を治療してもらっていた。

「さあ次ね。シド様とオルフェリアの夫妻チーム! 黒鱗鮭シュラウト、二メデルト十三セデルト!」

 会場が一気に湧き上がった。
 二メデルト超えの黒鱗鮭シュラウトなんて、ギルドの釣りスコアにも記録がない。
 人類が進出していないアフラ湖で、極限まで大きく成長したのだろう。

「でかしたぞ! オルフェリア!」
「はい! 私の釣り人生で最高の手応えでした!」

 シドは優勝を確信。
 珍しく興奮しているシドを見て、微笑ましく思うユリアだった。

「さあ、では皆が応援する麗しのレイ様よ。アルとレイのSランク冒険者チーム!」
「余計なこと言わなくていいわよ!」

 レイは怒ったが、ユリアはお構いなしに発表を続ける。

一角鮪グラーダ、三メデルト三十セデルト!」

 会場が静まり返った。

一角鮪グラーダ? アフラ湖に一角鮪グラーダですか?」

 オルフェリアが疑問をぶつける。
 それもそのはず、一角鮪グラーダは海の魚だ。
 淡水である湖には生息していない。

「ええそうよ。間違いないわ。あなたも自分の目で確かめれば納得するでしょう」

 数人の騎士が荷車で運んできた。
 この騎士たちは大会運営を手伝っているようだ。
 荷車の魚を見た瞬間、オルフェリアは答えた。

「ほ、本当です! 一角鮪グラーダです!」

 会場に大歓声が上がった。

「ねえアル。これで私たちの優勝よね?」
「そうだな。でもリマのあの不敵な笑みが怖いな」

 リマが腕を組んで笑っている。

「さあ、最後はあなたたちの上司ね。ジル団長とリマ隊長の騎士団チームよ! 獣牙鮫ラジーザ、四メデルト六十八セデルト!」

 これまでで最も大きな歓声だ。

「うおおお! さすが隊長!」
「リマ様! 最高です!」
「ジル団長! おめでとうございます!」

 勝利を祝う騎士たちからの声援。

だが、オルフェリアもジョージも不思議な顔をしている。
オルフェリアの治療で、立ち上がることができるようになったジョージ。

「待つのじゃ! 獣牙鮫ラジーザじゃと?」
「ええ、そうよ。私だってモンスター事典は全て記憶してるわ。これでも冒険者ギルドの局長だったのよ?」
「お主の知識は疑っておらぬ。違うのじゃ」

 ユリアが右手を上げると会場が静まり返った。

獣牙鮫ラジーザはBランクのモンスターじゃぞ? 海の殺し屋と呼ばれるほどのモンスターじゃ。それを釣り上げただと?」

 ジョージはBランクモンスターを釣ったことに驚いている。
 だが、ユリアは別のことを考えていた。
 大会のルールだ。

「そうね。言われてみればモンスターだわ。Bランクモンスターを釣り上げたことは驚きだけど、魚釣り大会としては……失格よ!」
「な、何だって!」
「リマ隊長、残念だったわね」
「なんでだよー! ユリアさん、なんとかしてくれよ! あんなに頑張って釣ったんだぞ!」
「ウフフフ。リマ隊長、諦めななさい」

 会場からは労いの声と同時に、笑い声も聞こえていた。

 ◇◇◇

 結局、レイが釣り上げた三メデルト三十セデルトの一角鮪グラーダが最大と判定され、俺たちが優勝した。

「レイ凄いよ! 優勝だよ!」
「ふふふ、よく分からないけど、アルの役に立てて良かったわ」

 俺たちは、ユリアからヴェルギウスの竿とリールを受け取る。
 すると、シドが拍手をしながら寄ってきた。

「オルフェリアも凄かったが今回は完敗だ。レイ、見事だったぞ」
「ふふふ、ありがとうシド」

 後ろにはオルフェリアがいた。

「優勝したと思ったのですが……。悔しいですけど、レイおめでとうございます」
「ありがとう、オルフェリア」

 俺は賞品の竿をシドへ渡す。

「竿とリールはもらったけどさ、俺たちは同じパーティーだから一緒に使おうよ」
「そうだな。これだけの業物だ。ありがたく使わせてもらうぞ」
「ああ、たまには皆で釣りに行こう!」
「アルも釣りにハマったようだな。ハッハッハ」

 表彰式が終わり、打ち上げの準備が始まる。
 今回の大会のために、サルガから大量の麦酒や葡萄酒を仕入れていた。

 テント内では、腰痛から復帰したジョージがオルフェリアと話している。
 海水魚の一角鮪グラーダや、獣牙鮫ラジーザの出現理由を議論していた。

 そもそもアフラ湖には川がないので、川から遡上はできない。
 解明には時間がかかりそうだが、恐らく湖底のどこかで海に繋がっているとのことだった。
 海から五百キデルトも離れている内陸部で海の魚が捕れるということは、今後街の発展に大きく貢献するだろう。

 打ち上げ会場の設営が終わると、オルフェリアが一角鮪グラーダ獣牙鮫ラジーザの解体を始めた。
 凄まじいスピードと手際の良さで、見学している騎士たちが唸る。

 オルフェリアが解体した食材は、調理担当の騎士たちが調理していく。
 モンスター食の文化がないイーセ王国だが、ここに滞在している騎士たちはモンスター食に慣れていた。
 抵抗なく獣牙鮫ラジーザを食べるだろう。

「儂も解体を手伝うのじゃ」
「ジョージ様は無理なさらず」
「オルフェリアにはまだまだ教えることがたくさんあるのじゃよ」
「本当ですか! ありがとうございます! 嬉しいです!」

 オルフェリアは、ジョージのことをモンスター学の権威として、そして解体師として心から尊敬している。
 そして、二人の解体師が解体している横で、レイが今回の大会で釣れた数十匹の魚を捌いていた。

「私だって魚は捌けるのよ?」

 オルフェリアほどのスピードではないが、レイも驚くほどのスピードと美しさで魚を捌いていく。

 魚を捌くレイの姿。
 騎士たちにとって、一生に一度見られるかどうかというほどレアな機会だ。
 そのため、レイの周りに騎士たちが集まり始める。
 だがレイの横にいるジルやリマは、特にその行為を止めなかった。
 今日は無礼講だし、常に全力で働く騎士団にレイも感謝している。

 夕焼けが始まる頃には、全ての準備が整った。
 大量の料理、大量の酒が用意され、もはや祭りと言っても過言ではない状態だ。

「さて。ではアルよ。乾杯するぞ。壇上に立つがよい」
「え? 俺が?」

 シドの言葉に驚く。

「そうよ。ヴェルギウス討伐の主役でしょ?あなたが挨拶するのよ」

 俺はシドとレイに促され、俺は乾杯の挨拶をすることになった。

「皆さん、いつもご協力いただき本当にありがとうございます。ささやかですが、食事と飲み物を用意しました。たくさん食べて飲んで英気を養ってください。明日からはまた、ヴェルギウス討伐の準備です。俺は……俺たちは絶対に負けません。だから、皆さんの力を貸してください!」

 大きな歓声が起こり、全員で乾杯した。

 トーマス兄弟や工房の職人は騎士と交流している。

 神の金槌シャイオンのローザや、モンスター学の権威であるジョージは騎士たちに囲まれ質問攻めにあっていた。
 ユリアの周りには女騎士が多く、何やらその美貌の秘訣を聞いているようだ。

 名誉団長リ・テインのレイも、団員たちと交流している。
 滅多にない機会ということで、レイと会話するために行列ができるほどだ。
 もちろん、ジルやリマが隣に待機している。

 俺はその姿を眺めながら、シドとオルフェリアと酒を飲んでいた。

「レイは大人気だな」
「当たり前だろう? 伝説の名誉団長リ・テインだぞ。全騎士たちの憧憬の的だ」

 シドもレイの姿を眺め、葡萄酒を飲んでいる。
 酒に酔わないオルフェリアも葡萄酒を楽しんでいた。

「あら? もしかしてアルが嫉妬ですか? 珍しいですね」
「え? 嫉妬? アハハ、それはないよ。だって……」
「だって?」

 オルフェリアが不思議そうな顔をしている。

「レイが愛してるのは、俺だけだもん」

 その途端、シドが苦虫を噛み潰したよう表情を俺に向けた。

「かああ、やってられんな」
「あらあら、アルも惚気ることがあるのですね?」
「ウォウウォウ」
「え? え? あっ! 違っ! そ、そんなつもりじゃないんだよ! 違うんだって!」

 シドとオルフェリアとエルウッドが並んで歩き始めた。

「若人はすぐ惚気けるのだな。やだやだ」
「行きましょう、シド、エルウッド」
「ウォウォウォウォ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 俺は三人を追いかけた。

 ◇◇◇

 この釣り大会以降、アフラでは釣りが大流行。
 そしてレジャーとして定着した。

 騎士たちの休日のため、トーマス工房が湖の畔に倉庫を建て、常に使用できる竿とリールを大量に置いていた。
 もちろん代金の支払いはシドだ。
 釣った魚は自由に調理していいとジルが許可を出したため、アフラでは魚料理のレパートリーが増えていった。

 これ以降、淡水魚も海水魚も釣れることで、アフラは魚料理が名物と知られていく。
 そして、釣り大会が行われたこの日は記念日となり、アフラの祝日として制定。
 毎年必ず、釣り大会と大漁祭が行われるようになるのだった。

 ◇◇◇
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

異世界でパッシブスキル「魅了」を得て無双する〜最強だけど最悪なスキルに振り回されてます〜

蒼井美紗
ファンタジー
突然異世界に飛ばされた涼太は、何故か最大レベルの魅了スキルを得た。しかしその魅了が常時発動のパッシブスキルで、近づいた全ての人や魔物までをも魅了してしまう。 綺麗な女性ならまだ良いけど、ムキムキの筋肉が目をハートにして俺に迫ってくるとか……マジで最悪だ! 何なんだよこのスキル、俺を地球に帰してくれ! 突然異世界に飛ばされて、最強だけど最悪なスキルを得た主人公が、地球への帰り方を探しながら異世界を冒険する物語です。 ※カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

クラス転移、異世界に召喚された俺の特典が外れスキル『危険察知』だったけどあらゆる危険を回避して成り上がります

まるせい
ファンタジー
クラスごと集団転移させられた主人公の鈴木は、クラスメイトと違い訓練をしてもスキルが発現しなかった。 そんな中、召喚されたサントブルム王国で【召喚者】と【王候補】が協力をし、王選を戦う儀式が始まる。 選定の儀にて王候補を選ぶ鈴木だったがここで初めてスキルが発動し、数合わせの王族を選んでしまうことになる。 あらゆる危険を『危険察知』で切り抜けツンデレ王女やメイドとイチャイチャ生活。 鈴木のハーレム生活が始まる!

無能スキルと言われ追放されたが実は防御無視の最強スキルだった

さくらはい
ファンタジー
 主人公の不動颯太は勇者としてクラスメイト達と共に異世界に召喚された。だが、【アスポート】という使えないスキルを獲得してしまったばかりに、一人だけ城を追放されてしまった。この【アスポート】は対象物を1mだけ瞬間移動させるという単純な効果を持つが、実はどんな物質でも一撃で破壊できる攻撃特化超火力スキルだったのだ―― 【不定期更新】 1話あたり2000~3000文字くらいで短めです。 性的な表現はありませんが、ややグロテスクな表現や過激な思想が含まれます。 良ければ感想ください。誤字脱字誤用報告も歓迎です。

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

処理中です...