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第十一章

第179話 音なき暴君

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 シドが望遠鏡を使って日の出の方角を見る。

「あ、あれは!」

 珍しくシドが大声を出した。

「アル! ネームドだ! 暴王竜ティラキノクスのネームド、ティル・ネロだ!」
「ティル・ネロですって!」

 反応したのはレイだった。

 ◇◇◇

 ティル・ネロ

 暴王竜ティラキノクス固有名保有特異種ネームドモンスター
 名前の意味は音なき暴君。

 体長約十メデルト。
 通常個体のティラキノクスよりも二回りほど身体が小さい。
 暗褐色の鱗に覆われている。

 性格はクレバーかつ残忍。
 粗暴な通常個体とは正反対で、気配を消した狩りが得意。
 巨体に反して完全に気配を消すことができ、素早く行動する。

 パワーとスピードを持ち合わせており、ネームドの中でも最強格。
 Aランクモンスターを難なく捕食する。
 過去ネームドを捕食したという記録もある。

 数十年前にクリムゾン王国の騎士団一個師団が領地拡大のためモンスター領へ赴くも、一万人全員が行方不明となる事件が発生。
 公には発表されていないが、ティル・ネロに襲撃されたという噂がある。

 ◇◇◇

「ティル・ネロなんてネームド最強格よ!」
「レイ! 恐らくあいつの狙いはジャオ・ロンだ!」

 シドが叫んだ。

 寝台荷車キャラバンを引く甲犀獣ケラモウム
 ジャオ・ロンは、そのケラモウムのネームドだ。

 ネームドに指定されるほどの希少な個体は、超上位捕食者にとって非常に魅力的らしい。
 ジャオ・ロンの硬い甲羅のような鱗は鉄と同じ硬度を誇るが、ティル・ネロなら簡単に食い破るそうだ。

「ジャオ・ロンが捕食されたら旅は終わりだ。アルよ、死守してくれ!」
「分かった!」

 俺は日の出の方向に向かって走る。
 レイとエルウッドが後ろに続く。

 ティル・ネロは自分の存在が気付かれたことを悟ったようだ。

「ギヤアァァァアアアァァアァ!」

 隠れた狩りを諦めたようで、特大の咆哮を上げ突進してくる。

 刻一刻と明るくなる空。
 今や完全にティル・ネロの姿が視認できていた。

 昨日討伐したティラキノクスよりも小さいとはいえ、それでも十メデルトほどの巨体を誇る。
 全身は暗褐色の厚い鱗に覆われており、防御力は非常に高そうだ。

 俺は百メデルトの距離で弓を構えた。
 極限まで力を溜め、三日月のような弧を描く弓。
 矢を放つと、音が遅れて聞こえるほどの速度で飛ぶ。

 だが、ティル・ネロは右にステップし、矢を躱した。
 驚くほど素早い動きだ。

「まだ距離があるのか」
「そうね。もっと引きつけないと、いくらアルの矢の速度でも避けられるわ」

 次の弓の準備をする。

「アル! あいつは賢いぞ! 太陽を背にして襲うつもりだ!」

 キャラバンの方角からシドの声が聞こえた。
 すると、ティル・ネロの背後から日の出が始まった。

「クソッ! 見えない!」

 朝日の強烈な光で、ティル・ネロの姿が全く見えなくなってしまった。

「アル! 弓はダメ! こうなったら接近戦よ!」
「分かった!」

 俺は弓をその場に置き、ツルハシを構える。

「レイ! 相手はネームド最強格だ。もう一度仮想ヴェルギウスで討ち取るぞ!」
「ええ、もちろんよ!」

 俺はティル・ネロの突進を躱し、ツルハシで鱗を粉砕。
 レイが正確に細剣レイピアで突く。
 だが、ティル・ネロは攻撃を受けつつも、俺たちに背後を取られないようバックステップを多用。
 常に太陽を背にして戦う。
 恐ろしく戦い慣れているモンスターだ。

 ティル・ネロの動きは壮絶だった。
 スピードもパワーもこれまで戦ったどのモンスターよりも強力だ。
 強い。
 強すぎる。
 間違いなく、これまで戦ったモンスターの中で最強だ。

 もちろんヴェルギウスを除いて。

 ◇◇◇

 キャラバンの見張り台から、アルとレイの戦闘を見つめるシド。

 当初は指示を出していたが、すぐにやめた。
 不要だということに気付いたからだ。

「オルフェリア、見えるか?」
「はい、よく見えます」
「あれが現在の世界最強剣士だ」
「その言い方だと、過去にもアルとレイクラスの剣士がいたということですか?」
「いや、言葉を間違えたな。私が知る限りだが……歴史上最も強い剣士だ」
「フフ、そうでしょうね。ネームド最強格のティル・ネロですら、苦戦せずに追い詰めてますよ」
「エルウッドなんて、戦うのをやめて横で見てるだけだからな。ハッハッハ」
「はい、本当に凄いです」

 シドが考案した対ヴェルギウス用の作戦を、完璧に遂行するアルとレイ。
 シドもオルフェリアも驚きを通り越し、演舞を見ているような気持ちで戦いを見守っていた。

 太陽が地平線から完全に姿を現す頃には、ティル・ネロの討伐が完了していた。

 ◇◇◇
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