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第十章

第167話 二千年で初めての

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 翌日、俺はもう普通に歩いていた。
 身体は問題ない。
 一週間も寝ていたということで、ヴェルギウスの火球で負った火傷や骨折は完治。
 俺は長年エルウッドと一緒にいた影響で、傷の治りが早いのだった。

 レイと騎士団の元へ赴き挨拶。
 そして、王都へ帰る女王陛下を見送った。
 続いてオルフェリアが収容されている救護施設へ向かう。

 オルフェリアの病室は個室だ。
 俺もそうだったが、陛下の配慮で特別に個室を使わせてもらっていた。
 部屋に入ると、ベッドで横になるオルフェリアと、椅子に座り看病しているシドの姿があった。

 シドが振り返って俺を見る。

「やあアル。やっと起きたのか?」
「ごめんよシド。寝坊してしまったよ」
「ハッハッハ、君には困ったものだ。今後は遅刻厳禁だぞ」
「ああ、分かったよ。でも、また寝坊したら起こしてくれよ?」
「ダメだ。次はない。自分で起きろ。レイに怒られるぞ。ハッハッハ」

 実は気付いていた。
 俺は一度死んだのだろう。
 いや、厳密には心肺停止というのか。

 ヴェルギウスの尻尾の攻撃の後から、ベッドで目を開くまで一切の記憶がない。
 いや、記憶どころではない。
 その期間だけ、存在していた感覚がないのだ。
 何もない無の世界にいた。
 そこへ強烈な光と衝撃を感じ、この世界に戻って来たような印象だ。

 レイが教えてくれた話から推測すると、シドとエルウッドが蘇生処置をしてくれたのだろう。
 心肺停止から生き返るなんて信じられないが、実際に体験して分かったことがある。
 無の世界はもう二度と味わいたくない。

「シド、ありがとう」
「むっ、何のことだ?」

 シドがはぐらかしている以上、俺も追求しない。

「オルフェリアの様子は?」
「はい、私は問題ありません」

 俺はシドに聞いたのだが、オルフェリア自身が答えてくれた。

「無事で本当に……本当に良かった」
「アルのほうこそ。相当無理したようですね」
「あ、いや、無理したというか……」
「状況は理解してますが、ほどほどにしてくださいよ。レイが大変だったのですから」

 オルフェリアが笑顔でレイを見ると、レイが顔を赤くしていた。

「ちょっと! オルフェリア!」
「フフ、良かったですね。レイ」
「まったくもう。あなたも早く元気になりなさいよ」
「はい。私が生きているのも、シドとレイが即座に対応してくれたおかげですから」

 すると、シドが少し不満げな表情でオルフェリアの顔を見つめる。

「同じパーティーじゃないか。助けるのは当たり前だろう」
「フフ、あなたの手術のおかげで助かりました。自分でも分かりますよ。私の内臓は傷ついていたでしょう?」
「なんだ、気付いていたのか」
「ええ、解体師ですから、人体構造も勉強しています」
「そうか、それは凄いな」
「あの時、シドとレイの励ましがあったから生きているのですよ。……シド、ありがとう」

 シドを真っ直ぐ見つめるオルフェリア。
 シドの顔が赤くなった。
 あまり感情を出さないシドにしては珍しい。

「あれ? シド照れてるの?」
「な、何をバカなことを言っているのだアルよ! 二千歳の私がたかが三十年も生きていない小娘の言うことなぞ気になるものか!」

 凄い早口だ。
 どう見ても照れているシドだった。

 笑いながらもオルフェリアはうつむき、下腹部をさする。
 手術した部分だろう。
 オルフェリアが俺の顔を見た。

「ただ……」
「ただ?」
「下腹部に大きな傷が残ってしまいました。この傷は消えません。それに、ここに傷がつくと子を産めないでしょう。これで本当に結婚できなくなってしまいましたよ。フフ」

 オルフェリアは笑っているが、俺は言葉が出なかった。
 だが、シドがすぐに声をかける。

「仕方がない。私が結婚しようではないか」
「フフ、私なんかでいいのですか?」

 シドは耳の先まで真っ赤だ。

「ねえ、オルフェリア。シドなんかでいいの? 考え直したら? 性格は最悪よ? しかも不老不死よ?」

 レイがオルフェリアに問いかけた。

「じゃあレイ。アルを私にくれますか?」
「そ、それはダメよ!」
「フフ、でしょう? 私はシドでいいです」

 シドがムッとした表情でオルフェリアを見る。

「おいおい、私はアルの代わりか?」
「あら? 二千歳のシド様は、こんな小娘の言うことに嫉妬しているのですか?」
「ぐっ。オ、オルフェリア。君もなかなかやるではないか。ハッハッハ」

 俺だけ会話に取り残されているような気がする。

「シド。私はウグマからの旅で、あなたという人を知ることができました。あなたは誰よりも優しく、誰よりも思慮深いです。あなたほど人を愛している人物はいないでしょう」
「そうだな。その意見は正しいぞ。ハッハッハ」

 シドの強気な発言は、絶対に照れ隠しだ。
 シドは改めてオルフェリアの顔を見つめた。

「オルフェリア。私と結婚してくれ」
「はい、分かりました。私、オルフェリア・コルトレはシド・バレーと結婚します」

 シドが振り返り、俺とレイの姿を見た。

「アルとレイが証人だぞ」
「ええ、もちろんよ。二人ともおめでとう。祝福するわ」
「え? え?」

 俺は状況が飲み込めない。
 目の前でパーティーメンバーが結婚してしまった。

 レイがシドに微笑みかける。

「それにしても、初婚が二千歳って凄いわね」
「ハッハッハ、正直私にも数々のロマンスはあったが結婚しなかった。私に結婚を決意させたのはオルフェリアだけだぞ」

 直前まで笑顔だったレイの顔が豹変。

「それって今言うことじゃないでしょう? やっぱり結婚は辞めたほうがいいわよオルフェリア。あなた苦労するわよ?」
「フフ、いいのですよ。だって二千年で初めて結婚する気になったのですよ?」

 オルフェリアは笑顔だ。

「そうだぞレイ。私が二千年で最も愛した人間がオルフェリアなのだ。それとも何か? 君は嫉妬してるのか?」
「ねえ、殺すわよ?」
「ハッハッハ、昔よく言われていたな。ハッハッハ」
「もう、まったく……。でも本当におめでとうシド、オルフェリア。私たちはまだまだ旅を続けるから、あなたたちの新婚旅行になるわね」
「うむ、世界で最も危険な新婚旅行だ。ハッハッハ」

 俺は一人取り残されていると、シドが下品な笑み浮かべていた。

「次はアルの番だぞ?」
「え? え?」

 シドに続いて、オルフェリアも俺の顔を見る。

「そうですよ。アルもそろそろハッキリしたらどうですか?」
「え? え?」

 見舞いに来たのに、どうして結婚の話になっているのだろうか?

「私たちはいいのよ。アル、無理しないで」
「いや、あの……」

 レイが優しく微笑んでくれている。

「ま、待って! 皆待って!」

 俺も考えてることを伝えることにした。
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