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幕間

第152話 シドとオルフェリア

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 アルとレイがフラル山の自宅へ出発。
 早朝ということもあり、気を使って私たちに声をかけず静かに行動していた。
 相変わらず優しい二人。

 だけど私は起きていた。
 二人を見送りたかったからだ。
 リビングの窓からフラル山を眺める。

「おはよう、オルフェリア」
「おはようございます、シド」
「どうした? フラル山を眺めているのか?」
「フフ、今頃あの二人が登っているかなと思いまして」
「あの二人なら世界一の山も容易く登っていることだろう。ハッハッハ」

 アルとレイは世界に二人しかいないSランク冒険者だ。
 シドの言う通りだろう。

 しばらくして、シドと宿のレストランで朝食。
 朝からとても豪華な内容だ。
 私はこういった高級宿はほとんど宿泊したことがないので、実は緊張している。

 アルは鉱夫時代、稼ぎが良かった時は高級宿でたまの贅沢をしていたそうだ。
 そのため、この高級宿にも宿泊したことがある。
 レイは元騎士団団長で、イーセ王国の実務ナンバースリーだったほどの人だ。
 常に最高級の待遇を受けていた。
 シドにいたっては、国家レベルで資産を持っているという。
 私には想像もつかない世界だ。

 私は収入の少ない解体師だったので、贅沢をしたことがない。
 皆についていくために冷静を装っているが、時折住む世界が違うと感じることがあった。

「オルフェリアよ。今日と明日は私たち二人なのだ。旅の補給も済ませたし、我々もラバウトを堪能しようではないか」
「え? そ、そんな、悪いですよ」
「ハッハッハ、誰に悪いのだ? 君の悪い癖だぞ」
「そ、そうは言っても」
「贅沢は悪いことではないぞ? 収入に見合った生活が大切なのだ。君はここまで一生懸命働いてきた。その結果、解体師で初のAランクとなった。収入も上がっただろう?」
「そ、それはアルたちが高額クエストを受注してくれるおかげです」
「何を言っておる。そのクエストはオルフェリアがいないと受けられないのだぞ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですが……」
「ギルドマスターとして、解体師や運び屋への差別を止められなかった私が言えることではないがな」

 シドの表情が少し曇った。
 そして真剣な眼差しで私を見つめる。

「オルフェリア、すまなかった。君のように若くて腕が立つ上、その容姿だ。解体師として色々と辛いことがあっただろう」

 シドが頭を下げてきた。

「ちょ、ちょっと! やめてくださいシド! 私は幸せですよ」
「そう言ってもらえると救われるな……」

 シドと視線が合う。
 シドは二千年も生きてるとは思えないほど、若々しく美しい顔立ちをしている。

「オルフェリア、私からお祝いをさせてくれ」
「え? お祝いですか?」
「そうだ。ギルド初のAランク解体師だ。まだお祝いしてなかったからな」
「いや、悪いですよ」
「だからそれが君の悪い癖だ。ハッハッハ」
「た、確かにそうかもしれませんね……。シド、私は貧困だったので、皆さんの世界について行けないことがあります。この高級宿でも緊張しています。だから……、その……、シドの世界を私に教えてくれますか?」
「ハッハッハ、任せろ! 最高級の体験をさせるぞ!」

 笑いながら、シドが部屋から出ていく。
 しばらくすると満面の笑みを浮かべ戻ってきた。

「オルフェリア、今日は私が君をエスコートする。全て私について来るだけでいい」
「は、はい」

 私は発言を後悔した。
 シドが異常なほど張り切っている。
 シドを調子に乗せてはいけないと、レイに言われていたことを思い出す。
 しかし後の祭りだ。

 まずは外出の用意。
 朝から部屋のお風呂に入るように言われた。
 お風呂から出ると、服が用意されている。

「え? これを着るのですか?」

 ドアの外からシドの声が聞こえる。

「そうだ。この宿で売っている服を購入しておいた。まずはそれを着るのだ」
「これは……高いんじゃないですか?」

 花柄のワンピースだ。
 こんなに華やかな服なんて着たことがない。
 バスルームから出ると、シドが感嘆の声を上げていた。

「うむ、予想以上だ。やはりオルフェリア、君は美しい」
「え いや、あの……」

 顔が熱い。
 宿の外へ出ると、馬車が待機していた。
 それも驚くほど高級な馬車だ。
 馬車の御者がエスコートしてくれて客席に座る。
 シドも続く。

「あ、あの、馬車でどこへ行くのですか?」
「まあ任せろ」

 しばらくして、馬車はどう見ても高級な洋服店の前で停まった。

「店を貸し切った。どれでも好きなものを買うがよい」
「え? か、貸し切り?」
「うむ、オルフェリアがゆっくり緊張せず選べるように貸し切ったぞ」
「そ、そんな。貸し切りなんて……。それに、私は服のことなんて全然分からないです……」
「まあそうだろうな。そう思って服飾師を呼んである。恐らく今後は君もドレスを着て、晩餐会に出ることもあるだろう。慣れておく必要があるぞ」
「え? そうなんですか?」
「そうだ。アルもレイもオルフェリアも、これから相応の活躍をするんだ。国家レベルの招待や表彰など、そういった機会が増えて行くだろう」

 話が壮大過ぎて分からない。

「それに、ドレスを着たレイと並ばなければならないのだぞ。少しでもドレスに慣れておかないとな。レイのドレス姿は本気で凄いぞ」

 レイは女性の私から見ても驚くほど美しい。
 あれほど容姿端麗な女性は見たことがない。

「ドレスを着たレイと並ぶなんて……考えるだけでも恐ろしいです」
「うむ。世界で最も求婚されている女性だからな。ハッハッハ。だがオルフェリアもレイに劣ってないぞ? 君も相当美しい。自信を持つのだ」
「え? あ、ありがとうございます」

 シドの言葉は常に温かい。
 表情と声質のせいだろうか。
 私はシドの言葉だったら受け入れられるようになっていた。

 店員が化粧もしてくれた。
 化粧なんて初めてのことだ。
 そして、服飾師が選んだドレスを着る。

 服飾師も店員も感嘆の声を上げた。
 鏡を見る私。

「こ、これが私?」
「やはりオルフェリアも驚くほど美しいな。レイ以上かもしれん」
「そ、そんなレイ以上なんて。で、でも、これが本当に私ですか?」
「ハッハッハ、そうだぞ。だから自信を持つのだ。君は美しい」

 その後も服飾師が数着選び、シドはその全てを購入した。
 続いて、ドレスを着たまま馬車に乗り昼食へ行く。
 案内されたのは高級レストランの個室だ。

「ふむ、君は基本的なテーブルマナーを知ってるようだな。それは王国式か」
「だ、大丈夫ですか? 本で勉強したのですが……よく分からなくて」
「問題ないぞ。どこへ出しても恥ずかしくない」
「良かったです」
「それにしても面白いな。君とレイは王国式、私とアルは帝国式だ」
「アルは本当に何でもできるんですね」
「うむ。アルの礼式作法は完璧だぞ。まあアルの父親が元々帝国の宮廷医師だったからな。様々なマナーを教わっていたのだろう。アルは本当に面白い」
「え! アルのお父様って宮廷医師だったのですか!?」
「そうだぞ。その上、医療機関シグ・シックスの局長だったからな。現代医療はアルの父親バディが作り上げたと言っても過言ではない」
「そんな凄い方だったとは……。そういえば、麻酔薬を開発したのもアルのお父様と言ってましたね」
「そうだ。バディは医師として歴史に名を残すほどの天才だったぞ」

 アルのお父様の凄さを聞き、アルの地頭の良さを垣間見たような気がした。

 食事の後もシドは宝石店などで買い物を続けた。
 当然のように全て貸し切りだった。

「オルフェリア、疲れてないか?」
「フフ、大丈夫です。これでも解体師ですよ?」
「ハッハッハ、そうだな。よし、それでは最後に夕食だ」

 どう見ても最高級のレストランへ来た。
 こんなところで食事の経験なんてあるはずがない。
 私たちは最上級の個室に案内された。
 次々と運ばれてくる極上の料理。

「オルフェリアは調理も上手いからな。どうだ、口に合うか?」
「ええ、驚くほど美味しいです。私も取り入れたいと思います」
「はっはっは、頼もしいぞ」

 信じられないほど美味しい葡萄酒を飲み、食後のデザートまで食べた。

「シドだったら聞いてくれるかも」

 私は小さく呟き、シドに自分の過去を話すことにした。
 特に隠していたわけではないけど、不幸自慢みたいで言いたくなかったからだ。

「シド、私の話を聞いてくれますか?」
「オルフェリアの話?」
「はい、その、私の過去です。……嫌いになったり、軽蔑するかもしれません」
「するわけないだろう?」

 シドが真剣な表情で私を見つめている。
 少し怒ってる様にも感じた。

「私は幼い頃に両親と死別しています。それから親戚の家を転々としました。ご飯を食べさせてもらえないことは普通で……その……酷い暴力など虐待を受け……幼少期に逃げ出しました。偶然、師匠に拾われ解体師として育てられました。それからは師匠のクエストに同行して、様々なことを教えてもらい、私も必死に勉強しました。モンスター事典を読むために、イーセ語の読み書きや、フォルド語も独学で習得したのです。ですので、小さい頃からモンスター事典ばかり読んでました」
「独学か。それは凄いな。フォルド語の発音や文法は完璧だ。字も綺麗だぞ」
「あ、ありがとうございます。そして、アルのおかげで、研究機関シグ・セブンで講師を任せていただき、さらに解体師のAランクという名誉をいただきました」
「ふむ、もちろんアルとの出会いは転機だが、それをものにしたのは君の努力と実力だ。ギルド創設者の私から見ても、オルフェリアの解体技術はトップクラスだぞ」
「そ、そんな……。でも嬉しいです。ありがとうございます」

 その後も葡萄酒を飲みながら、私のこれまでの人生を話した。
 これほどまでに自分のことを話したのは、人生で初めてのことだった。

 そして、私もシドの話を聞いた。
 シドの話はとても楽しく、興味深く、勉強になり、そして悲しかった。
 二千年という気の遠くなるような時間を、エルウッドがいたとはいえ、たった一人で生きている。

 それでもシドは人に優しい。
 どうしてこれほどまでに人間性を保てるのだろうか。
 私はこうしてシドと話すことで、シドという人間の本質に触れたような気がした。
 まだ知り合って数ヶ月だし、シドの全てを知ることはできないけど、これからまだ時間はたくさんある。
 少しずつ理解できればと思う。

 結局、二人で超高級葡萄酒を三本も空けた。
 馬車に揺られ宿へ戻る。
 解体師の私は訓練で毒耐性を高めているため、お酒に酔うことはない。
 だが、シドはかなり酔っている様子で、宿に帰るとソファーに倒れ込んだ。

「もうシド、しっかりしてください」
「うう、オルフェリア。君は美しいぞ……」
「シドったら……今日は本当にありがとうございました」

 シドをベッドに寝かせ、私も自分の寝室へ入った。

「今日は本当に凄い一日でしたね」

 シドのおかげで知らない世界を体験することができた。
 私は質素な生活が身についている。
 アルが言っていた、たまの贅沢ぐらいが私にはちょうどいい。

 ただ、シドの言う通り、アルとレイは間違いなく世界を股にかけて活躍するだろう。
 きっと貴族や王族、国家に関わることもあるはずだ。
 皆に恥ずかしい思いをさせないように、私は必死でついていこうと思う。
 上流階級の世界を体験させてくれたシドには、心から感謝している。
 でも、愛するこのパーティーのメンバーといる時は、普段の質素で飾らない自分でありたい。

「シド、起きてください」
「うう、オルフェリアか」

 翌日、私は頭が痛そうなシドを無理やり起こし、シドが最初に買ってくれた花柄のワンピースでラバウトの街へ探索に出かけた。
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