鉱夫剣を持つ 〜ツルハシ振ってたら人類最強の肉体を手に入れていた〜

犬斗

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第109話 メイド エルザ・ルーイ

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 私がこの家でメイドを担当して約半年が経過。
 この家のご主人様は二人。

 一人は話題の冒険者アル・パート様。
 そして、もう一人のご主人様であるレイ・ステラー様は、一時的にイーセ王国へ帰国されている。

 アル様はその間も、単独でクエストを受注していた。
 単独で高難度のクエストを受けること自体があり得ないのだけど、アル様は一人でも簡単にクエストをクリアしてしまうそうだ。
 私が所用でギルドへ行くと、冒険者の皆さんはアル様の噂ばかり。
 嫌でも耳に入るのだった。

 もちろん、アル様のお話を聞くのは嫌ではない。
 むしろたくさん聞きたい。
 そんな話題のアル様だけど、普段の生活は普通というか、とても質素で勤勉だった。
 クエストがない日は庭で剣を振ったり、書斎で勉強されている。

 今日は書斎にいらっしゃるので、私は紅茶をお持ちした。
 アル様が読んでる本に目を向けると、モンスター事典や世界事典、薬草事典、数学書、語学書、フォルド帝国の地図や歴史資料など、私には全く分からない高度な本ばかりだった。

 アル様は珈琲を好む。
 ただ、私の紅茶も美味しいと飲んでくださる。

「やあ、エルザ。いつも美味しい紅茶をありがとう」
「アル様、お勉強の邪魔をして申し訳ございません」
「邪魔なんてとんでもない。エルザの紅茶を飲むと集中力が上がるんだ」
「まあ! 嬉しいお言葉ありがとうございます。今日の夕飯は腕によりをかけますわ!」
「アハハ、やったね!」
「それにしても、アル様はいつも難しい本を読んでいらっしゃいますね。私にはさっぱり分かりません」
「この家はギルドの持ち家で、書斎には貴重な本がたくさんあるんだ。どれもクエストに役立つものばかりだよ」
「そうなのですね」
「エルザも何か興味があったら読むといいよ」
「わ、私は辛うじて字が読める程度なので、本は難しくて……」
「そうか。でも、エルザだったらすぐに読めるようになると思うんだけどな。エルザの好きなものは何?」
「実は私、薬草に興味があります。料理に取り入れたいと思っておりまして、料理面でアル様の栄養面や体力回復などのサポートができればと考えてました」
「ええ! 本当に? ありがとうエルザ!」
「と、とんでもないです。私の実家はレストランなので、いつかそういったメニューも出せればと思っています」
「そうなんだね! 分かった。じゃあ今度、料理に使えそうな薬草の本を探しておくね」
「そ、そんな! アル様のお手を煩わせるなんて」
「でも、それがあれば俺の料理にも使えるでしょ?」
「た、確かにそうですが」
「大丈夫。これはエルザのためというより、俺のためだよ。アハハ」

 アル様は本当にお優しい。
 使用人の私たちまで、お心遣いくださる。

 そして、ご主人様とこれほど気軽に話せるのも、アル様がそのように望んでくださったからだ。
 私たちは年齢も近く、アル様はこの地に友人がいらっしゃらないので、気軽に接して欲しいとのことだった。
 もちろん、そのお言葉もアル様なりのお気遣いなのは承知している。

 私は二十三歳、アル様は二十歳、もう一人のメイド、マリン・バイスキンは二十一歳だった。

 レイ様も二十三歳なので私と同世代だ。
 しかし、レイ様は世界的なAランク冒険者で、最強と名高いイーセ王国のクロトエ騎士団の元団長様だ。

 アル様もレイ様も、私なんかと住む世界が違う。
 それでも優しく接してくださる二人だった。

 ――

 季節は秋。
 少しずつ肌寒い日が増えてきた。

 そういえば、アル様はこの地に来て初めての秋。
 そして冬を迎えるはずだ。
 この地に定住されるご様子なので、私はアル様の冬服を心配していた。

「ねえ、マリン。アル様って、冬服をお持ちではないわよね?」
「そうね。どう見ても軽装でこの地へいらしたもの。持ってないと思う」
「大丈夫かしら?」
「レイ様がいらっしゃれば、そういった心配はないけどね。レイ様が戻ってこなければ私たちで買いに行く?」
「そうね。今度アル様にお伝えしてみるわ」

 マリンとそんな話をした数日後。

 アル様がリビングでくつろいでいらっしゃった。
 私は紅茶をお持ちした。

 今日の茶葉はいつもと少し違うものを使用した。
 さらに身体が温まる柑橘系の果物の香りも追加している。

「ん? 今日の紅茶は凄くいい香りだね」
「よくお分かりで。さすがアル様です」
「これ美味しいなあ」
「ありがとうございます。この地方の果物を使用しています。秋が旬なんです」
「へえ、そうなんだ。エルザの紅茶は本当に美味しいよ」
「ありがとうございます」

 その時、アル様が私の顔をまじまじと見つめてきた。

「ねえ、エルザ。今度一緒に冬服を買いにつき合ってくれないかな?」
「え? わ、私がですか?」
「うん。レイもいないし、俺は服とか分からないから……」
「もももも、もちろんです!」
「ありがとう! 助かるよ!」

 私は冷静を装いながらキッチンへ下がった。
 トレーを持つ手が震え、ポットがカタカタと震えている。

「ね、ねえ、マリン。今、アル様に冬服を買いにつき合って欲しいって言われてしまったわ」
「え! ちょっ、ちょっと何それ! ズルい!」
「マリン! 大きい声出さないの!」
「だ、だって、エルザだけズルいよ!」
「もう、分かってるわよ。マリンも一緒に行くようにお願いするわ」
「え? いいのエルザ! ありがとう!」

 マリンが私に抱きついてきた。

 ――

 それからしばらくして、アル様がクエストから帰還された。
 書斎でアル様に紅茶をお出しする。

「エルザ。明日の予定は?」
「明日はお休みをいただきます」
「そうか。休みの日じゃ悪いか」
「どうされましたか?」
「あ、いや、寒くなってきたから、そろそろ冬服を買いに行きたいと思って」
「それでしたら、明日行きますわ」
「え? 休みでしょ? 悪いよ」
「うふふ、実は明日の休みを利用して、私も冬服を買いに行こうと思っていました」
「え? そうなの。じゃあお願いしてもいいかな?」
「もちろんです! あとマリンも連れていきたいのですが、よろしいですか?」
「ありがとう! そうだね。マリンも一緒に連れて行こう。ステムにはあとで俺から伝えるよ」
「お手数おかけします」

 翌日、私はアル様とマリンと買い物へ行くことになった。

「ステムさん、いってまいります」
「エルザ、アル様のご迷惑にならないようにね」

 出発する前に執事のステムさんに挨拶した。

「マリンも今日は楽しんでくるといい」
「はい! ありがとうございます!」

 ステムさんが気を使ってくれて、今日はマリンも休みとなった。

「ステム、ありがとう。留守番させて申し訳ないね」
「とんでもないことでございます。屋敷のことは全てお任せください」
「うん、ありがとう。じゃあ、行ってくるね」

 わざわざアル様が馬車を手配してくださった。
 馬車に揺られながら外を眺めるていると、いつの間にか高級商業区画に入っていた。

「アル様。ここは……」
「うん、俺は服のことがよく分からないから、ここなら何でも揃ってるかなと思って。ここでエルザとマリンに選んでもらえないかな?」
「も、もちろんですが、この区画は、その……」
「ああ、お金のことは大丈夫だよ。普段ほとんど使わないから、こういう時に使おうと思ってね」

 確かにアル様は、クエストで莫大な報酬を得ていると噂でも聞く。
 そんなアル様であれば大丈夫かとは思うけど、私たちの年齢でこの区画に来ることはほとんどない。
 大都市のウグマで、最も高級な店が並んでいる区画だった。

「さて、じゃあ二人ともよろしく」

 アル様といくつかの店に入った。

「こ、これはアル・パート様。まさかご来店いただけるとは。光栄でございます」

 店によってはアル様のことを知っている店員もいた。
 それほどウグマでは有名人になっているアル様だった。

 マリンは楽しそうに服を選んでいる。
 こういう時のマリンは、物怖じせずに行動できるから頼もしい。

「ねえ、エルザ。アル様はこういう服がお似合いよね?」
「それもいいけど、こっちの感じもお似合いよ」

 マリンと話しながらアル様の服を選ぶ。
 アル様もそんな私たちに、嫌な顔せずつき合ってくださる。

「そうだ、エルザ。クエストで使用できるようなコートも欲しいんだ」
「アル様。クエストに使用する服となると、この区画では扱ってませんわ」
「そうか、じゃあ後で道具屋に寄ってもいいかな?」
「もちろんです」
「じゃあ、この区画は離れちゃうから二人の服も買うね」
「え?」
「今日のお礼だ」
「い、いや、お礼というにはここの服は……」
「大丈夫。この間のクエストでたくさん報酬をもらったから」

 アル様が店員に話しかけた。

「すみません。この二人に似合う服をお願いします。二人はこんなに美人だから、どんな服でも似合うと思いますが」
「かしこまりました。最高級のものをお選びいたします」
「お願いします」

 私はどうしていいか分からずマリンの顔を見る。
 マリンは……目を輝かせていた。

「二人とも、他にも選んでいいよ? 好きなだけ買うといい」 
「アル様、ありがたいのですが」
「え! アル様よろしいのですか?」

 私の言葉にマリンが被せてきた。

「アハハ。こういう時のマリンは本当に生き生きしてるね。エルザも遠慮しないで。俺は二人にとても感謝してるんだ。でも返せるものがない。だからこうやって服とか物になってしまうけど、少しでも感謝を伝えたいんだ」
「そんな感謝だなんて」
「いいんだ。いつも本当にありがとう」

 私は恐縮しながらも、気になっていたコートを手に取った。

 マリンは……何着か選んでいた。
 マリン、あなたって子は……。

 結局アル様はご自身の服以外に、店員が選んだ私たちの最高級の服、私たちが自分で選んだ服、そしてバッグやアクセサリー類まで購入してくださった。
 これほどの高級店だと、購入したものは全て自宅に配送してくれるそうだ。
 私も全てが初体験で驚いた。

 続いて道具屋へ移動。
 この区画になると、少し親近感が湧く。
 店内に入ると、何人かの冒険者がいた。

「ア、アル・パートだ!」
「アルさん、ファンなんです!」

 アル様は冒険者に声をかけられ、そして店主にも話しかけられていた。

「アルさんモデルの防具が爆発的に売れてますぜ。追加発注しても開発機関シグ・ナインは製造が間に合わないほどだそうで。稼がせてもらってますぜ」
「あの鎧は新技術も組み込まれてますからね。俺の名前なんてなければもっと売れるでしょうに」
「いやいや、アルさんの名前がついてるから売れてるんですぜ? みんなアルさんが使ってるからって買ってくんですよ。ところでアルさん、サインを書いてもらってもいいですかい?」

 店主までサインをもらっていた。
 そしてアル様は、クエストに使える頑丈な赤頭熊グリーズの革コートを購入。

「さて、じゃあ買い物は終わりだ。ご飯を食べて帰ろう」 
「帰ってお作りしますわ」
「いいんだ。ステムにも伝えてある。今頃ステムとミックは、久しぶりにバーにでも行ってるんじゃないかな? 男同士の話ってものがあるんだろうね」

 きっとアル様は二人にもお金を渡しているはずだ。
 今日は召使い全員、アル様のお世話になっている。

「アル様、本当になんとお礼をお伝えすればいいのか……」
「気にしないで。今日は特別だからね」
「特別というと?」
「ああ、俺の両親の命日なんだ」
「そ、それは……」
「あ、本当に気にしないで。両親が死んでもう十年以上経ってるから」
「そうなんですね」
「両親から、感謝は常に伝えろと言われていたんだ。だから今俺にできることをやろうと思って。こんなことしかできないけど」
「とんでもないです。アル様にも、ご両親様にも感謝いたします」
「ありがとう、エルザ」

 アル様の優しさや礼儀正しさは、ご両親の教えなのだろう。
 とてもご立派なご両親だったに違いない。

 私がアル様のことを考えていると、アル様はマリンの顔を見た。

「さあ、マリン! 食事へ行くよ!」
「ふふふふ、アル様はご存知ですか? 今ウグマで最も流行っているオシャレで人気のレストランを! そして物凄く美味しいと評判のそのレストランを!」
「そ、そんなレストランがあるのか! じゃあそこへ行こう!」
「アル様、そう思って昨日の時点で予約をしていたんです! 私に抜かりはありません!」
「さすがマリン! 凄いよ!」

 マリン、あなたって子は……。

 私たちは三人でレストランへ向かう。
 マリンの言う通り、とても美味しい料理の数々。
 久しぶりの外食を楽しんだ。
 これはマリンを褒めるしかない。

「マリンの情報力は大したものね」
「ふふふふ、エルザ。私はアル様のために日々情報収集を怠らないのよ」

 エルザは得意げに話していた。

 しかし帰りの馬車の中で、私の肩に寄りかかりマリンは寝てしまった。
 少し葡萄酒も飲んだことで眠くなってしまったのだろう。

「アル様、マリンが失礼してしまって申し訳ございません」
「いいんだって。疲れてたんだろうね。それに友人と遊んでるみたいで楽しいよ?」
「ご配慮ありがとうございます」
「仕事上のつき合いではあるけどさ、俺たちは年齢も近いし楽しくできたらいいな」
「はい、私もそのように思っております」
「アハハ、エルザは本当にしっかりしてるね」
「うふふ、今はレイ様がいらっしゃらないので、レイ様の代わりのつもりでおりますわよ」
「ほんと? それは助かるよ。俺はまだまだ帝国のことを知らないからね」
「はい、お任せください。でも、もちろんレイ様とは比べ物になりませんけど」
「そんなことないよ? エルザはとても優秀だし、容姿もレイに似ているよ。頼りにしてるさ」
「え? そ、そんな。レイ様の美しさはもう女神様レベルですよ」
「エルザもマリンもとても美人だよ。アハハ」

 絶世の美女と謳われているレイ様に似ていると言われてしまった。
 嘘でも嬉しい。
 私と同い年のレイ様だけど、本当に憧れているお方だから。

 私はふと、今日の買い物のことが気になった。
 マリンが遠慮しなかったから、かなりの金額になっていると思う。

「あの、アル様。つかぬことをお聞きしますが、今日はおいくら使われたのですか?」
「えーと、金貨十枚くらいかな」
「じゅ、十枚! ア、アル様、金貨十枚って恐ろしいほどの大金ですよ?」
「まあ正直に言うと、俺って物凄く報酬が多いんだよ」
「そ、そうだとしても、私たちに使っていい金額ではありません!」
「でも普段全く使わないからさ。みんなが楽しくなってくれればいいんだよ。あ、でもレイには内緒だよ?」
「分かりました。でも今日みたいなことは、もうダメですよ? 次はレイ様にご報告しますからね?」
「え? そ、それは……勘弁して」

 アル様と私はお互い笑い合った。

 ――

 翌日、リビングでくつろぐアル様に紅茶をお出しする。
 そこへステムさんがいらっしゃった。

「アル様」
「どうしたのステム?」
「昨日の買い物の品が届いたのですが。いくらなんでも買い過ぎかと……」
「ほら、俺はウグマで初めての冬でしょ? それに、これからここを拠点にするから、色んな服を持ってないと」
「いえ、アル様の買い物はいいのです。実際必要ですから。しかしどう見ても、エルザとマリンの物が……」
「ああ、それは俺が無理やり買ったんだ。二人は遠慮していたよ? だから何も言わないであげて」

 ステムさんが私の顔を見た。

「まあ、エルザがいたから問題ないと思いますけどね」
「はい。アル様のご厚意には感謝してもしきれません」
「となると、問題はマリンか……」

 アル様が会話に入ってきた。

「アハハ、ステム。俺はああいう時のマリンが一番好きだよ。彼女はしっかり空気を読むから助かってるよ」
「アル様がそう仰るのならいいのですが」
「ああ。本当にエルザとマリンの存在はありがたいよ。クエストの合間の安らぎになってるからね」

 とは言うものの、私たちはキッチンでステムさんと話すことになった。

「二人とも、アル様は優しい方だからね。少しは遠慮しなさい。と言いたいところだが、アル様は遠慮するほうが嫌がるからなあ」
「はい、存じ上げております」
「うむ。アル様は軽々とこなしているが、命がけのクエストをされている。アル様も仰っていたが、二人は年齢が近いから本当に心休まる存在になっているのだろう」
「はい。今はレイ様もいらっしゃらないですしね」
「そうだな、エルザ」

 ステムさんはマリンの顔を見た。
 マリンは怒られるのかしら?と思っていたけど。

「マリンもよろしく頼む」
「もちろんです! 私はしっかりと空気を読んでますからね!」
「分かっているよマリン。私もマリンの雰囲気はとても素晴らしいと思ってる。だから今回のような場合は、本当に遠慮は不要だ。たくさんごちそうになるといい。ハハハハ」
「えー! いいんですか?」
「ああ。私も冒険者をやっていたから分かるが、命がけのクエストは本当にストレスがかかる。買い物や食事でストレスが発散できるんだよ」
「ふふふふ。ステムさん、お任せください」
「とはいえ、度を超えてはいかんよ?」
「はい!」

 こういうことをサラッと言えてしまうステムさんも、私は素晴らしいと思う。

「うふふ、ステムさんもアル様大好きですね」
「オ、オホン。さあ持ち場に戻りなさい」
「かしこまりました」

 ――

 楽しかった買い物から数ヶ月が経ち、季節は完全に冬を迎えた。

 私はいつものように、書斎で本を読むアル様に紅茶をご用意する。

「ああそうだ、エルザ。これを君にプレゼントするよ。もしよかったら読んで」
「これは?」
「薬草の本だ。街の本屋やステムと相談して、簡単な文字で新しい図鑑を作った。難しい文章を分かりやすいようにしたり、画家に頼んで薬草のイラストも書いてもらったよ」
「え?」
「ステムは小説も書いてるくらいだし、俺も薬草のことは少し詳しいんだ。エルザ、少しずつ一緒に勉強していこう」
「そ、そんな。私のために本を一冊作ったということですか?」
「いやそれがさ、当初はエルザのために作ったんだけど、本屋の店主が気に入って販売したんだ。そしたら物凄く売れて儲かっちゃったんだよ。ほら、この本にステム・ソーガンやアル・パートの名前も入ってるでしょ? しかもまだ売れてるらしいんだ。今は第二弾としてモンスターの図鑑も作ってるよ」

 私は頬に伝わる雫を感じていた。

「さすがアル様ですね。商魂たくましいです」
「アハハ、ありがとうエルザ」
「これでたくさん勉強して、美味しい薬草料理を作りますね」

 アル様が笑っている。
 とても優しい笑顔だ。

「でも涙を拭かないと、綺麗な顔が台無しだよ?」
「もう! 女性にそんなことを言うものではありません」
「ご、ごめんよ。本当にエルザはレイにそっくりだね」
「レイ様に言いつけますわよ?」
「わっ! それは内緒で!」
「うふふ。アル様、本当にありがとうございます。大切にします」
「うん、これからもよろしく」

 それから私はこの本で必死に薬草を勉強した。
 アル様の期待に応えたい、そして冒険者としてのアル様を支えたい一心で。

 アル様との勉強は楽しかった。
 薬草学にも精通しているアル様から、たくさんのことを教わる。
 おかげで私は薬草に詳しくなった上に、字も読み書きできるようになっていた。

 ◇◇◇

 アルが作ったこの薬草の本は、かなりのヒットとなった。
 その影響で、アルは出版社を立ち上げる。

 そして、次に出版したアルのモンスター図鑑が大ヒット。

 有名画家ロズ・ディールのイラストを大量に使用したことで、子供や文字が読めない層に爆発的に売れた。
 この本がきっかけで、文字を覚える帝国民が増えたほどだ。

 まさかアルも、帝国の識字率を上げる一端を担うとは思わなかっただろう。
 アルは書籍でも収益を上げるようになっていた。

 そして、アルの出版社から一冊の本が発売された。

 薬草料理の本だ。
 もちろんそこには知っている名前がある。

 エルザ・ルーイ著書。

 ◇◇◇
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