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幕間
第109話 メイド エルザ・ルーイ
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私がこの家でメイドを担当して約半年が経過。
この家のご主人様は二人。
一人は話題の冒険者アル・パート様。
そして、もう一人のご主人様であるレイ・ステラー様は、一時的にイーセ王国へ帰国されている。
アル様はその間も、単独でクエストを受注していた。
単独で高難度のクエストを受けること自体があり得ないのだけど、アル様は一人でも簡単にクエストをクリアしてしまうそうだ。
私が所用でギルドへ行くと、冒険者の皆さんはアル様の噂ばかり。
嫌でも耳に入るのだった。
もちろん、アル様のお話を聞くのは嫌ではない。
むしろたくさん聞きたい。
そんな話題のアル様だけど、普段の生活は普通というか、とても質素で勤勉だった。
クエストがない日は庭で剣を振ったり、書斎で勉強されている。
今日は書斎にいらっしゃるので、私は紅茶をお持ちした。
アル様が読んでる本に目を向けると、モンスター事典や世界事典、薬草事典、数学書、語学書、フォルド帝国の地図や歴史資料など、私には全く分からない高度な本ばかりだった。
アル様は珈琲を好む。
ただ、私の紅茶も美味しいと飲んでくださる。
「やあ、エルザ。いつも美味しい紅茶をありがとう」
「アル様、お勉強の邪魔をして申し訳ございません」
「邪魔なんてとんでもない。エルザの紅茶を飲むと集中力が上がるんだ」
「まあ! 嬉しいお言葉ありがとうございます。今日の夕飯は腕によりをかけますわ!」
「アハハ、やったね!」
「それにしても、アル様はいつも難しい本を読んでいらっしゃいますね。私にはさっぱり分かりません」
「この家はギルドの持ち家で、書斎には貴重な本がたくさんあるんだ。どれもクエストに役立つものばかりだよ」
「そうなのですね」
「エルザも何か興味があったら読むといいよ」
「わ、私は辛うじて字が読める程度なので、本は難しくて……」
「そうか。でも、エルザだったらすぐに読めるようになると思うんだけどな。エルザの好きなものは何?」
「実は私、薬草に興味があります。料理に取り入れたいと思っておりまして、料理面でアル様の栄養面や体力回復などのサポートができればと考えてました」
「ええ! 本当に? ありがとうエルザ!」
「と、とんでもないです。私の実家はレストランなので、いつかそういったメニューも出せればと思っています」
「そうなんだね! 分かった。じゃあ今度、料理に使えそうな薬草の本を探しておくね」
「そ、そんな! アル様のお手を煩わせるなんて」
「でも、それがあれば俺の料理にも使えるでしょ?」
「た、確かにそうですが」
「大丈夫。これはエルザのためというより、俺のためだよ。アハハ」
アル様は本当にお優しい。
使用人の私たちまで、お心遣いくださる。
そして、ご主人様とこれほど気軽に話せるのも、アル様がそのように望んでくださったからだ。
私たちは年齢も近く、アル様はこの地に友人がいらっしゃらないので、気軽に接して欲しいとのことだった。
もちろん、そのお言葉もアル様なりのお気遣いなのは承知している。
私は二十三歳、アル様は二十歳、もう一人のメイド、マリン・バイスキンは二十一歳だった。
レイ様も二十三歳なので私と同世代だ。
しかし、レイ様は世界的なAランク冒険者で、最強と名高いイーセ王国のクロトエ騎士団の元団長様だ。
アル様もレイ様も、私なんかと住む世界が違う。
それでも優しく接してくださる二人だった。
――
季節は秋。
少しずつ肌寒い日が増えてきた。
そういえば、アル様はこの地に来て初めての秋。
そして冬を迎えるはずだ。
この地に定住されるご様子なので、私はアル様の冬服を心配していた。
「ねえ、マリン。アル様って、冬服をお持ちではないわよね?」
「そうね。どう見ても軽装でこの地へいらしたもの。持ってないと思う」
「大丈夫かしら?」
「レイ様がいらっしゃれば、そういった心配はないけどね。レイ様が戻ってこなければ私たちで買いに行く?」
「そうね。今度アル様にお伝えしてみるわ」
マリンとそんな話をした数日後。
アル様がリビングでくつろいでいらっしゃった。
私は紅茶をお持ちした。
今日の茶葉はいつもと少し違うものを使用した。
さらに身体が温まる柑橘系の果物の香りも追加している。
「ん? 今日の紅茶は凄くいい香りだね」
「よくお分かりで。さすがアル様です」
「これ美味しいなあ」
「ありがとうございます。この地方の果物を使用しています。秋が旬なんです」
「へえ、そうなんだ。エルザの紅茶は本当に美味しいよ」
「ありがとうございます」
その時、アル様が私の顔をまじまじと見つめてきた。
「ねえ、エルザ。今度一緒に冬服を買いにつき合ってくれないかな?」
「え? わ、私がですか?」
「うん。レイもいないし、俺は服とか分からないから……」
「もももも、もちろんです!」
「ありがとう! 助かるよ!」
私は冷静を装いながらキッチンへ下がった。
トレーを持つ手が震え、ポットがカタカタと震えている。
「ね、ねえ、マリン。今、アル様に冬服を買いにつき合って欲しいって言われてしまったわ」
「え! ちょっ、ちょっと何それ! ズルい!」
「マリン! 大きい声出さないの!」
「だ、だって、エルザだけズルいよ!」
「もう、分かってるわよ。マリンも一緒に行くようにお願いするわ」
「え? いいのエルザ! ありがとう!」
マリンが私に抱きついてきた。
――
それからしばらくして、アル様がクエストから帰還された。
書斎でアル様に紅茶をお出しする。
「エルザ。明日の予定は?」
「明日はお休みをいただきます」
「そうか。休みの日じゃ悪いか」
「どうされましたか?」
「あ、いや、寒くなってきたから、そろそろ冬服を買いに行きたいと思って」
「それでしたら、明日行きますわ」
「え? 休みでしょ? 悪いよ」
「うふふ、実は明日の休みを利用して、私も冬服を買いに行こうと思っていました」
「え? そうなの。じゃあお願いしてもいいかな?」
「もちろんです! あとマリンも連れていきたいのですが、よろしいですか?」
「ありがとう! そうだね。マリンも一緒に連れて行こう。ステムにはあとで俺から伝えるよ」
「お手数おかけします」
翌日、私はアル様とマリンと買い物へ行くことになった。
「ステムさん、いってまいります」
「エルザ、アル様のご迷惑にならないようにね」
出発する前に執事のステムさんに挨拶した。
「マリンも今日は楽しんでくるといい」
「はい! ありがとうございます!」
ステムさんが気を使ってくれて、今日はマリンも休みとなった。
「ステム、ありがとう。留守番させて申し訳ないね」
「とんでもないことでございます。屋敷のことは全てお任せください」
「うん、ありがとう。じゃあ、行ってくるね」
わざわざアル様が馬車を手配してくださった。
馬車に揺られながら外を眺めるていると、いつの間にか高級商業区画に入っていた。
「アル様。ここは……」
「うん、俺は服のことがよく分からないから、ここなら何でも揃ってるかなと思って。ここでエルザとマリンに選んでもらえないかな?」
「も、もちろんですが、この区画は、その……」
「ああ、お金のことは大丈夫だよ。普段ほとんど使わないから、こういう時に使おうと思ってね」
確かにアル様は、クエストで莫大な報酬を得ていると噂でも聞く。
そんなアル様であれば大丈夫かとは思うけど、私たちの年齢でこの区画に来ることはほとんどない。
大都市のウグマで、最も高級な店が並んでいる区画だった。
「さて、じゃあ二人ともよろしく」
アル様といくつかの店に入った。
「こ、これはアル・パート様。まさかご来店いただけるとは。光栄でございます」
店によってはアル様のことを知っている店員もいた。
それほどウグマでは有名人になっているアル様だった。
マリンは楽しそうに服を選んでいる。
こういう時のマリンは、物怖じせずに行動できるから頼もしい。
「ねえ、エルザ。アル様はこういう服がお似合いよね?」
「それもいいけど、こっちの感じもお似合いよ」
マリンと話しながらアル様の服を選ぶ。
アル様もそんな私たちに、嫌な顔せずつき合ってくださる。
「そうだ、エルザ。クエストで使用できるようなコートも欲しいんだ」
「アル様。クエストに使用する服となると、この区画では扱ってませんわ」
「そうか、じゃあ後で道具屋に寄ってもいいかな?」
「もちろんです」
「じゃあ、この区画は離れちゃうから二人の服も買うね」
「え?」
「今日のお礼だ」
「い、いや、お礼というにはここの服は……」
「大丈夫。この間のクエストでたくさん報酬をもらったから」
アル様が店員に話しかけた。
「すみません。この二人に似合う服をお願いします。二人はこんなに美人だから、どんな服でも似合うと思いますが」
「かしこまりました。最高級のものをお選びいたします」
「お願いします」
私はどうしていいか分からずマリンの顔を見る。
マリンは……目を輝かせていた。
「二人とも、他にも選んでいいよ? 好きなだけ買うといい」
「アル様、ありがたいのですが」
「え! アル様よろしいのですか?」
私の言葉にマリンが被せてきた。
「アハハ。こういう時のマリンは本当に生き生きしてるね。エルザも遠慮しないで。俺は二人にとても感謝してるんだ。でも返せるものがない。だからこうやって服とか物になってしまうけど、少しでも感謝を伝えたいんだ」
「そんな感謝だなんて」
「いいんだ。いつも本当にありがとう」
私は恐縮しながらも、気になっていたコートを手に取った。
マリンは……何着か選んでいた。
マリン、あなたって子は……。
結局アル様はご自身の服以外に、店員が選んだ私たちの最高級の服、私たちが自分で選んだ服、そしてバッグやアクセサリー類まで購入してくださった。
これほどの高級店だと、購入したものは全て自宅に配送してくれるそうだ。
私も全てが初体験で驚いた。
続いて道具屋へ移動。
この区画になると、少し親近感が湧く。
店内に入ると、何人かの冒険者がいた。
「ア、アル・パートだ!」
「アルさん、ファンなんです!」
アル様は冒険者に声をかけられ、そして店主にも話しかけられていた。
「アルさんモデルの防具が爆発的に売れてますぜ。追加発注しても開発機関は製造が間に合わないほどだそうで。稼がせてもらってますぜ」
「あの鎧は新技術も組み込まれてますからね。俺の名前なんてなければもっと売れるでしょうに」
「いやいや、アルさんの名前がついてるから売れてるんですぜ? みんなアルさんが使ってるからって買ってくんですよ。ところでアルさん、サインを書いてもらってもいいですかい?」
店主までサインをもらっていた。
そしてアル様は、クエストに使える頑丈な赤頭熊の革コートを購入。
「さて、じゃあ買い物は終わりだ。ご飯を食べて帰ろう」
「帰ってお作りしますわ」
「いいんだ。ステムにも伝えてある。今頃ステムとミックは、久しぶりにバーにでも行ってるんじゃないかな? 男同士の話ってものがあるんだろうね」
きっとアル様は二人にもお金を渡しているはずだ。
今日は召使い全員、アル様のお世話になっている。
「アル様、本当になんとお礼をお伝えすればいいのか……」
「気にしないで。今日は特別だからね」
「特別というと?」
「ああ、俺の両親の命日なんだ」
「そ、それは……」
「あ、本当に気にしないで。両親が死んでもう十年以上経ってるから」
「そうなんですね」
「両親から、感謝は常に伝えろと言われていたんだ。だから今俺にできることをやろうと思って。こんなことしかできないけど」
「とんでもないです。アル様にも、ご両親様にも感謝いたします」
「ありがとう、エルザ」
アル様の優しさや礼儀正しさは、ご両親の教えなのだろう。
とてもご立派なご両親だったに違いない。
私がアル様のことを考えていると、アル様はマリンの顔を見た。
「さあ、マリン! 食事へ行くよ!」
「ふふふふ、アル様はご存知ですか? 今ウグマで最も流行っているオシャレで人気のレストランを! そして物凄く美味しいと評判のそのレストランを!」
「そ、そんなレストランがあるのか! じゃあそこへ行こう!」
「アル様、そう思って昨日の時点で予約をしていたんです! 私に抜かりはありません!」
「さすがマリン! 凄いよ!」
マリン、あなたって子は……。
私たちは三人でレストランへ向かう。
マリンの言う通り、とても美味しい料理の数々。
久しぶりの外食を楽しんだ。
これはマリンを褒めるしかない。
「マリンの情報力は大したものね」
「ふふふふ、エルザ。私はアル様のために日々情報収集を怠らないのよ」
エルザは得意げに話していた。
しかし帰りの馬車の中で、私の肩に寄りかかりマリンは寝てしまった。
少し葡萄酒も飲んだことで眠くなってしまったのだろう。
「アル様、マリンが失礼してしまって申し訳ございません」
「いいんだって。疲れてたんだろうね。それに友人と遊んでるみたいで楽しいよ?」
「ご配慮ありがとうございます」
「仕事上のつき合いではあるけどさ、俺たちは年齢も近いし楽しくできたらいいな」
「はい、私もそのように思っております」
「アハハ、エルザは本当にしっかりしてるね」
「うふふ、今はレイ様がいらっしゃらないので、レイ様の代わりのつもりでおりますわよ」
「ほんと? それは助かるよ。俺はまだまだ帝国のことを知らないからね」
「はい、お任せください。でも、もちろんレイ様とは比べ物になりませんけど」
「そんなことないよ? エルザはとても優秀だし、容姿もレイに似ているよ。頼りにしてるさ」
「え? そ、そんな。レイ様の美しさはもう女神様レベルですよ」
「エルザもマリンもとても美人だよ。アハハ」
絶世の美女と謳われているレイ様に似ていると言われてしまった。
嘘でも嬉しい。
私と同い年のレイ様だけど、本当に憧れているお方だから。
私はふと、今日の買い物のことが気になった。
マリンが遠慮しなかったから、かなりの金額になっていると思う。
「あの、アル様。つかぬことをお聞きしますが、今日はおいくら使われたのですか?」
「えーと、金貨十枚くらいかな」
「じゅ、十枚! ア、アル様、金貨十枚って恐ろしいほどの大金ですよ?」
「まあ正直に言うと、俺って物凄く報酬が多いんだよ」
「そ、そうだとしても、私たちに使っていい金額ではありません!」
「でも普段全く使わないからさ。みんなが楽しくなってくれればいいんだよ。あ、でもレイには内緒だよ?」
「分かりました。でも今日みたいなことは、もうダメですよ? 次はレイ様にご報告しますからね?」
「え? そ、それは……勘弁して」
アル様と私はお互い笑い合った。
――
翌日、リビングでくつろぐアル様に紅茶をお出しする。
そこへステムさんがいらっしゃった。
「アル様」
「どうしたのステム?」
「昨日の買い物の品が届いたのですが。いくらなんでも買い過ぎかと……」
「ほら、俺はウグマで初めての冬でしょ? それに、これからここを拠点にするから、色んな服を持ってないと」
「いえ、アル様の買い物はいいのです。実際必要ですから。しかしどう見ても、エルザとマリンの物が……」
「ああ、それは俺が無理やり買ったんだ。二人は遠慮していたよ? だから何も言わないであげて」
ステムさんが私の顔を見た。
「まあ、エルザがいたから問題ないと思いますけどね」
「はい。アル様のご厚意には感謝してもしきれません」
「となると、問題はマリンか……」
アル様が会話に入ってきた。
「アハハ、ステム。俺はああいう時のマリンが一番好きだよ。彼女はしっかり空気を読むから助かってるよ」
「アル様がそう仰るのならいいのですが」
「ああ。本当にエルザとマリンの存在はありがたいよ。クエストの合間の安らぎになってるからね」
とは言うものの、私たちはキッチンでステムさんと話すことになった。
「二人とも、アル様は優しい方だからね。少しは遠慮しなさい。と言いたいところだが、アル様は遠慮するほうが嫌がるからなあ」
「はい、存じ上げております」
「うむ。アル様は軽々とこなしているが、命がけのクエストをされている。アル様も仰っていたが、二人は年齢が近いから本当に心休まる存在になっているのだろう」
「はい。今はレイ様もいらっしゃらないですしね」
「そうだな、エルザ」
ステムさんはマリンの顔を見た。
マリンは怒られるのかしら?と思っていたけど。
「マリンもよろしく頼む」
「もちろんです! 私はしっかりと空気を読んでますからね!」
「分かっているよマリン。私もマリンの雰囲気はとても素晴らしいと思ってる。だから今回のような場合は、本当に遠慮は不要だ。たくさんごちそうになるといい。ハハハハ」
「えー! いいんですか?」
「ああ。私も冒険者をやっていたから分かるが、命がけのクエストは本当にストレスがかかる。買い物や食事でストレスが発散できるんだよ」
「ふふふふ。ステムさん、お任せください」
「とはいえ、度を超えてはいかんよ?」
「はい!」
こういうことをサラッと言えてしまうステムさんも、私は素晴らしいと思う。
「うふふ、ステムさんもアル様大好きですね」
「オ、オホン。さあ持ち場に戻りなさい」
「かしこまりました」
――
楽しかった買い物から数ヶ月が経ち、季節は完全に冬を迎えた。
私はいつものように、書斎で本を読むアル様に紅茶をご用意する。
「ああそうだ、エルザ。これを君にプレゼントするよ。もしよかったら読んで」
「これは?」
「薬草の本だ。街の本屋やステムと相談して、簡単な文字で新しい図鑑を作った。難しい文章を分かりやすいようにしたり、画家に頼んで薬草のイラストも書いてもらったよ」
「え?」
「ステムは小説も書いてるくらいだし、俺も薬草のことは少し詳しいんだ。エルザ、少しずつ一緒に勉強していこう」
「そ、そんな。私のために本を一冊作ったということですか?」
「いやそれがさ、当初はエルザのために作ったんだけど、本屋の店主が気に入って販売したんだ。そしたら物凄く売れて儲かっちゃったんだよ。ほら、この本にステム・ソーガンやアル・パートの名前も入ってるでしょ? しかもまだ売れてるらしいんだ。今は第二弾としてモンスターの図鑑も作ってるよ」
私は頬に伝わる雫を感じていた。
「さすがアル様ですね。商魂たくましいです」
「アハハ、ありがとうエルザ」
「これでたくさん勉強して、美味しい薬草料理を作りますね」
アル様が笑っている。
とても優しい笑顔だ。
「でも涙を拭かないと、綺麗な顔が台無しだよ?」
「もう! 女性にそんなことを言うものではありません」
「ご、ごめんよ。本当にエルザはレイにそっくりだね」
「レイ様に言いつけますわよ?」
「わっ! それは内緒で!」
「うふふ。アル様、本当にありがとうございます。大切にします」
「うん、これからもよろしく」
それから私はこの本で必死に薬草を勉強した。
アル様の期待に応えたい、そして冒険者としてのアル様を支えたい一心で。
アル様との勉強は楽しかった。
薬草学にも精通しているアル様から、たくさんのことを教わる。
おかげで私は薬草に詳しくなった上に、字も読み書きできるようになっていた。
◇◇◇
アルが作ったこの薬草の本は、かなりのヒットとなった。
その影響で、アルは出版社を立ち上げる。
そして、次に出版したアルのモンスター図鑑が大ヒット。
有名画家ロズ・ディールのイラストを大量に使用したことで、子供や文字が読めない層に爆発的に売れた。
この本がきっかけで、文字を覚える帝国民が増えたほどだ。
まさかアルも、帝国の識字率を上げる一端を担うとは思わなかっただろう。
アルは書籍でも収益を上げるようになっていた。
そして、アルの出版社から一冊の本が発売された。
薬草料理の本だ。
もちろんそこには知っている名前がある。
エルザ・ルーイ著書。
◇◇◇
この家のご主人様は二人。
一人は話題の冒険者アル・パート様。
そして、もう一人のご主人様であるレイ・ステラー様は、一時的にイーセ王国へ帰国されている。
アル様はその間も、単独でクエストを受注していた。
単独で高難度のクエストを受けること自体があり得ないのだけど、アル様は一人でも簡単にクエストをクリアしてしまうそうだ。
私が所用でギルドへ行くと、冒険者の皆さんはアル様の噂ばかり。
嫌でも耳に入るのだった。
もちろん、アル様のお話を聞くのは嫌ではない。
むしろたくさん聞きたい。
そんな話題のアル様だけど、普段の生活は普通というか、とても質素で勤勉だった。
クエストがない日は庭で剣を振ったり、書斎で勉強されている。
今日は書斎にいらっしゃるので、私は紅茶をお持ちした。
アル様が読んでる本に目を向けると、モンスター事典や世界事典、薬草事典、数学書、語学書、フォルド帝国の地図や歴史資料など、私には全く分からない高度な本ばかりだった。
アル様は珈琲を好む。
ただ、私の紅茶も美味しいと飲んでくださる。
「やあ、エルザ。いつも美味しい紅茶をありがとう」
「アル様、お勉強の邪魔をして申し訳ございません」
「邪魔なんてとんでもない。エルザの紅茶を飲むと集中力が上がるんだ」
「まあ! 嬉しいお言葉ありがとうございます。今日の夕飯は腕によりをかけますわ!」
「アハハ、やったね!」
「それにしても、アル様はいつも難しい本を読んでいらっしゃいますね。私にはさっぱり分かりません」
「この家はギルドの持ち家で、書斎には貴重な本がたくさんあるんだ。どれもクエストに役立つものばかりだよ」
「そうなのですね」
「エルザも何か興味があったら読むといいよ」
「わ、私は辛うじて字が読める程度なので、本は難しくて……」
「そうか。でも、エルザだったらすぐに読めるようになると思うんだけどな。エルザの好きなものは何?」
「実は私、薬草に興味があります。料理に取り入れたいと思っておりまして、料理面でアル様の栄養面や体力回復などのサポートができればと考えてました」
「ええ! 本当に? ありがとうエルザ!」
「と、とんでもないです。私の実家はレストランなので、いつかそういったメニューも出せればと思っています」
「そうなんだね! 分かった。じゃあ今度、料理に使えそうな薬草の本を探しておくね」
「そ、そんな! アル様のお手を煩わせるなんて」
「でも、それがあれば俺の料理にも使えるでしょ?」
「た、確かにそうですが」
「大丈夫。これはエルザのためというより、俺のためだよ。アハハ」
アル様は本当にお優しい。
使用人の私たちまで、お心遣いくださる。
そして、ご主人様とこれほど気軽に話せるのも、アル様がそのように望んでくださったからだ。
私たちは年齢も近く、アル様はこの地に友人がいらっしゃらないので、気軽に接して欲しいとのことだった。
もちろん、そのお言葉もアル様なりのお気遣いなのは承知している。
私は二十三歳、アル様は二十歳、もう一人のメイド、マリン・バイスキンは二十一歳だった。
レイ様も二十三歳なので私と同世代だ。
しかし、レイ様は世界的なAランク冒険者で、最強と名高いイーセ王国のクロトエ騎士団の元団長様だ。
アル様もレイ様も、私なんかと住む世界が違う。
それでも優しく接してくださる二人だった。
――
季節は秋。
少しずつ肌寒い日が増えてきた。
そういえば、アル様はこの地に来て初めての秋。
そして冬を迎えるはずだ。
この地に定住されるご様子なので、私はアル様の冬服を心配していた。
「ねえ、マリン。アル様って、冬服をお持ちではないわよね?」
「そうね。どう見ても軽装でこの地へいらしたもの。持ってないと思う」
「大丈夫かしら?」
「レイ様がいらっしゃれば、そういった心配はないけどね。レイ様が戻ってこなければ私たちで買いに行く?」
「そうね。今度アル様にお伝えしてみるわ」
マリンとそんな話をした数日後。
アル様がリビングでくつろいでいらっしゃった。
私は紅茶をお持ちした。
今日の茶葉はいつもと少し違うものを使用した。
さらに身体が温まる柑橘系の果物の香りも追加している。
「ん? 今日の紅茶は凄くいい香りだね」
「よくお分かりで。さすがアル様です」
「これ美味しいなあ」
「ありがとうございます。この地方の果物を使用しています。秋が旬なんです」
「へえ、そうなんだ。エルザの紅茶は本当に美味しいよ」
「ありがとうございます」
その時、アル様が私の顔をまじまじと見つめてきた。
「ねえ、エルザ。今度一緒に冬服を買いにつき合ってくれないかな?」
「え? わ、私がですか?」
「うん。レイもいないし、俺は服とか分からないから……」
「もももも、もちろんです!」
「ありがとう! 助かるよ!」
私は冷静を装いながらキッチンへ下がった。
トレーを持つ手が震え、ポットがカタカタと震えている。
「ね、ねえ、マリン。今、アル様に冬服を買いにつき合って欲しいって言われてしまったわ」
「え! ちょっ、ちょっと何それ! ズルい!」
「マリン! 大きい声出さないの!」
「だ、だって、エルザだけズルいよ!」
「もう、分かってるわよ。マリンも一緒に行くようにお願いするわ」
「え? いいのエルザ! ありがとう!」
マリンが私に抱きついてきた。
――
それからしばらくして、アル様がクエストから帰還された。
書斎でアル様に紅茶をお出しする。
「エルザ。明日の予定は?」
「明日はお休みをいただきます」
「そうか。休みの日じゃ悪いか」
「どうされましたか?」
「あ、いや、寒くなってきたから、そろそろ冬服を買いに行きたいと思って」
「それでしたら、明日行きますわ」
「え? 休みでしょ? 悪いよ」
「うふふ、実は明日の休みを利用して、私も冬服を買いに行こうと思っていました」
「え? そうなの。じゃあお願いしてもいいかな?」
「もちろんです! あとマリンも連れていきたいのですが、よろしいですか?」
「ありがとう! そうだね。マリンも一緒に連れて行こう。ステムにはあとで俺から伝えるよ」
「お手数おかけします」
翌日、私はアル様とマリンと買い物へ行くことになった。
「ステムさん、いってまいります」
「エルザ、アル様のご迷惑にならないようにね」
出発する前に執事のステムさんに挨拶した。
「マリンも今日は楽しんでくるといい」
「はい! ありがとうございます!」
ステムさんが気を使ってくれて、今日はマリンも休みとなった。
「ステム、ありがとう。留守番させて申し訳ないね」
「とんでもないことでございます。屋敷のことは全てお任せください」
「うん、ありがとう。じゃあ、行ってくるね」
わざわざアル様が馬車を手配してくださった。
馬車に揺られながら外を眺めるていると、いつの間にか高級商業区画に入っていた。
「アル様。ここは……」
「うん、俺は服のことがよく分からないから、ここなら何でも揃ってるかなと思って。ここでエルザとマリンに選んでもらえないかな?」
「も、もちろんですが、この区画は、その……」
「ああ、お金のことは大丈夫だよ。普段ほとんど使わないから、こういう時に使おうと思ってね」
確かにアル様は、クエストで莫大な報酬を得ていると噂でも聞く。
そんなアル様であれば大丈夫かとは思うけど、私たちの年齢でこの区画に来ることはほとんどない。
大都市のウグマで、最も高級な店が並んでいる区画だった。
「さて、じゃあ二人ともよろしく」
アル様といくつかの店に入った。
「こ、これはアル・パート様。まさかご来店いただけるとは。光栄でございます」
店によってはアル様のことを知っている店員もいた。
それほどウグマでは有名人になっているアル様だった。
マリンは楽しそうに服を選んでいる。
こういう時のマリンは、物怖じせずに行動できるから頼もしい。
「ねえ、エルザ。アル様はこういう服がお似合いよね?」
「それもいいけど、こっちの感じもお似合いよ」
マリンと話しながらアル様の服を選ぶ。
アル様もそんな私たちに、嫌な顔せずつき合ってくださる。
「そうだ、エルザ。クエストで使用できるようなコートも欲しいんだ」
「アル様。クエストに使用する服となると、この区画では扱ってませんわ」
「そうか、じゃあ後で道具屋に寄ってもいいかな?」
「もちろんです」
「じゃあ、この区画は離れちゃうから二人の服も買うね」
「え?」
「今日のお礼だ」
「い、いや、お礼というにはここの服は……」
「大丈夫。この間のクエストでたくさん報酬をもらったから」
アル様が店員に話しかけた。
「すみません。この二人に似合う服をお願いします。二人はこんなに美人だから、どんな服でも似合うと思いますが」
「かしこまりました。最高級のものをお選びいたします」
「お願いします」
私はどうしていいか分からずマリンの顔を見る。
マリンは……目を輝かせていた。
「二人とも、他にも選んでいいよ? 好きなだけ買うといい」
「アル様、ありがたいのですが」
「え! アル様よろしいのですか?」
私の言葉にマリンが被せてきた。
「アハハ。こういう時のマリンは本当に生き生きしてるね。エルザも遠慮しないで。俺は二人にとても感謝してるんだ。でも返せるものがない。だからこうやって服とか物になってしまうけど、少しでも感謝を伝えたいんだ」
「そんな感謝だなんて」
「いいんだ。いつも本当にありがとう」
私は恐縮しながらも、気になっていたコートを手に取った。
マリンは……何着か選んでいた。
マリン、あなたって子は……。
結局アル様はご自身の服以外に、店員が選んだ私たちの最高級の服、私たちが自分で選んだ服、そしてバッグやアクセサリー類まで購入してくださった。
これほどの高級店だと、購入したものは全て自宅に配送してくれるそうだ。
私も全てが初体験で驚いた。
続いて道具屋へ移動。
この区画になると、少し親近感が湧く。
店内に入ると、何人かの冒険者がいた。
「ア、アル・パートだ!」
「アルさん、ファンなんです!」
アル様は冒険者に声をかけられ、そして店主にも話しかけられていた。
「アルさんモデルの防具が爆発的に売れてますぜ。追加発注しても開発機関は製造が間に合わないほどだそうで。稼がせてもらってますぜ」
「あの鎧は新技術も組み込まれてますからね。俺の名前なんてなければもっと売れるでしょうに」
「いやいや、アルさんの名前がついてるから売れてるんですぜ? みんなアルさんが使ってるからって買ってくんですよ。ところでアルさん、サインを書いてもらってもいいですかい?」
店主までサインをもらっていた。
そしてアル様は、クエストに使える頑丈な赤頭熊の革コートを購入。
「さて、じゃあ買い物は終わりだ。ご飯を食べて帰ろう」
「帰ってお作りしますわ」
「いいんだ。ステムにも伝えてある。今頃ステムとミックは、久しぶりにバーにでも行ってるんじゃないかな? 男同士の話ってものがあるんだろうね」
きっとアル様は二人にもお金を渡しているはずだ。
今日は召使い全員、アル様のお世話になっている。
「アル様、本当になんとお礼をお伝えすればいいのか……」
「気にしないで。今日は特別だからね」
「特別というと?」
「ああ、俺の両親の命日なんだ」
「そ、それは……」
「あ、本当に気にしないで。両親が死んでもう十年以上経ってるから」
「そうなんですね」
「両親から、感謝は常に伝えろと言われていたんだ。だから今俺にできることをやろうと思って。こんなことしかできないけど」
「とんでもないです。アル様にも、ご両親様にも感謝いたします」
「ありがとう、エルザ」
アル様の優しさや礼儀正しさは、ご両親の教えなのだろう。
とてもご立派なご両親だったに違いない。
私がアル様のことを考えていると、アル様はマリンの顔を見た。
「さあ、マリン! 食事へ行くよ!」
「ふふふふ、アル様はご存知ですか? 今ウグマで最も流行っているオシャレで人気のレストランを! そして物凄く美味しいと評判のそのレストランを!」
「そ、そんなレストランがあるのか! じゃあそこへ行こう!」
「アル様、そう思って昨日の時点で予約をしていたんです! 私に抜かりはありません!」
「さすがマリン! 凄いよ!」
マリン、あなたって子は……。
私たちは三人でレストランへ向かう。
マリンの言う通り、とても美味しい料理の数々。
久しぶりの外食を楽しんだ。
これはマリンを褒めるしかない。
「マリンの情報力は大したものね」
「ふふふふ、エルザ。私はアル様のために日々情報収集を怠らないのよ」
エルザは得意げに話していた。
しかし帰りの馬車の中で、私の肩に寄りかかりマリンは寝てしまった。
少し葡萄酒も飲んだことで眠くなってしまったのだろう。
「アル様、マリンが失礼してしまって申し訳ございません」
「いいんだって。疲れてたんだろうね。それに友人と遊んでるみたいで楽しいよ?」
「ご配慮ありがとうございます」
「仕事上のつき合いではあるけどさ、俺たちは年齢も近いし楽しくできたらいいな」
「はい、私もそのように思っております」
「アハハ、エルザは本当にしっかりしてるね」
「うふふ、今はレイ様がいらっしゃらないので、レイ様の代わりのつもりでおりますわよ」
「ほんと? それは助かるよ。俺はまだまだ帝国のことを知らないからね」
「はい、お任せください。でも、もちろんレイ様とは比べ物になりませんけど」
「そんなことないよ? エルザはとても優秀だし、容姿もレイに似ているよ。頼りにしてるさ」
「え? そ、そんな。レイ様の美しさはもう女神様レベルですよ」
「エルザもマリンもとても美人だよ。アハハ」
絶世の美女と謳われているレイ様に似ていると言われてしまった。
嘘でも嬉しい。
私と同い年のレイ様だけど、本当に憧れているお方だから。
私はふと、今日の買い物のことが気になった。
マリンが遠慮しなかったから、かなりの金額になっていると思う。
「あの、アル様。つかぬことをお聞きしますが、今日はおいくら使われたのですか?」
「えーと、金貨十枚くらいかな」
「じゅ、十枚! ア、アル様、金貨十枚って恐ろしいほどの大金ですよ?」
「まあ正直に言うと、俺って物凄く報酬が多いんだよ」
「そ、そうだとしても、私たちに使っていい金額ではありません!」
「でも普段全く使わないからさ。みんなが楽しくなってくれればいいんだよ。あ、でもレイには内緒だよ?」
「分かりました。でも今日みたいなことは、もうダメですよ? 次はレイ様にご報告しますからね?」
「え? そ、それは……勘弁して」
アル様と私はお互い笑い合った。
――
翌日、リビングでくつろぐアル様に紅茶をお出しする。
そこへステムさんがいらっしゃった。
「アル様」
「どうしたのステム?」
「昨日の買い物の品が届いたのですが。いくらなんでも買い過ぎかと……」
「ほら、俺はウグマで初めての冬でしょ? それに、これからここを拠点にするから、色んな服を持ってないと」
「いえ、アル様の買い物はいいのです。実際必要ですから。しかしどう見ても、エルザとマリンの物が……」
「ああ、それは俺が無理やり買ったんだ。二人は遠慮していたよ? だから何も言わないであげて」
ステムさんが私の顔を見た。
「まあ、エルザがいたから問題ないと思いますけどね」
「はい。アル様のご厚意には感謝してもしきれません」
「となると、問題はマリンか……」
アル様が会話に入ってきた。
「アハハ、ステム。俺はああいう時のマリンが一番好きだよ。彼女はしっかり空気を読むから助かってるよ」
「アル様がそう仰るのならいいのですが」
「ああ。本当にエルザとマリンの存在はありがたいよ。クエストの合間の安らぎになってるからね」
とは言うものの、私たちはキッチンでステムさんと話すことになった。
「二人とも、アル様は優しい方だからね。少しは遠慮しなさい。と言いたいところだが、アル様は遠慮するほうが嫌がるからなあ」
「はい、存じ上げております」
「うむ。アル様は軽々とこなしているが、命がけのクエストをされている。アル様も仰っていたが、二人は年齢が近いから本当に心休まる存在になっているのだろう」
「はい。今はレイ様もいらっしゃらないですしね」
「そうだな、エルザ」
ステムさんはマリンの顔を見た。
マリンは怒られるのかしら?と思っていたけど。
「マリンもよろしく頼む」
「もちろんです! 私はしっかりと空気を読んでますからね!」
「分かっているよマリン。私もマリンの雰囲気はとても素晴らしいと思ってる。だから今回のような場合は、本当に遠慮は不要だ。たくさんごちそうになるといい。ハハハハ」
「えー! いいんですか?」
「ああ。私も冒険者をやっていたから分かるが、命がけのクエストは本当にストレスがかかる。買い物や食事でストレスが発散できるんだよ」
「ふふふふ。ステムさん、お任せください」
「とはいえ、度を超えてはいかんよ?」
「はい!」
こういうことをサラッと言えてしまうステムさんも、私は素晴らしいと思う。
「うふふ、ステムさんもアル様大好きですね」
「オ、オホン。さあ持ち場に戻りなさい」
「かしこまりました」
――
楽しかった買い物から数ヶ月が経ち、季節は完全に冬を迎えた。
私はいつものように、書斎で本を読むアル様に紅茶をご用意する。
「ああそうだ、エルザ。これを君にプレゼントするよ。もしよかったら読んで」
「これは?」
「薬草の本だ。街の本屋やステムと相談して、簡単な文字で新しい図鑑を作った。難しい文章を分かりやすいようにしたり、画家に頼んで薬草のイラストも書いてもらったよ」
「え?」
「ステムは小説も書いてるくらいだし、俺も薬草のことは少し詳しいんだ。エルザ、少しずつ一緒に勉強していこう」
「そ、そんな。私のために本を一冊作ったということですか?」
「いやそれがさ、当初はエルザのために作ったんだけど、本屋の店主が気に入って販売したんだ。そしたら物凄く売れて儲かっちゃったんだよ。ほら、この本にステム・ソーガンやアル・パートの名前も入ってるでしょ? しかもまだ売れてるらしいんだ。今は第二弾としてモンスターの図鑑も作ってるよ」
私は頬に伝わる雫を感じていた。
「さすがアル様ですね。商魂たくましいです」
「アハハ、ありがとうエルザ」
「これでたくさん勉強して、美味しい薬草料理を作りますね」
アル様が笑っている。
とても優しい笑顔だ。
「でも涙を拭かないと、綺麗な顔が台無しだよ?」
「もう! 女性にそんなことを言うものではありません」
「ご、ごめんよ。本当にエルザはレイにそっくりだね」
「レイ様に言いつけますわよ?」
「わっ! それは内緒で!」
「うふふ。アル様、本当にありがとうございます。大切にします」
「うん、これからもよろしく」
それから私はこの本で必死に薬草を勉強した。
アル様の期待に応えたい、そして冒険者としてのアル様を支えたい一心で。
アル様との勉強は楽しかった。
薬草学にも精通しているアル様から、たくさんのことを教わる。
おかげで私は薬草に詳しくなった上に、字も読み書きできるようになっていた。
◇◇◇
アルが作ったこの薬草の本は、かなりのヒットとなった。
その影響で、アルは出版社を立ち上げる。
そして、次に出版したアルのモンスター図鑑が大ヒット。
有名画家ロズ・ディールのイラストを大量に使用したことで、子供や文字が読めない層に爆発的に売れた。
この本がきっかけで、文字を覚える帝国民が増えたほどだ。
まさかアルも、帝国の識字率を上げる一端を担うとは思わなかっただろう。
アルは書籍でも収益を上げるようになっていた。
そして、アルの出版社から一冊の本が発売された。
薬草料理の本だ。
もちろんそこには知っている名前がある。
エルザ・ルーイ著書。
◇◇◇
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