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第六章

第98話 砂丘の花

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 槍豹獣サーべラルの狩猟から数日が経過。
 自宅の書斎にいると、メイドのエルザが紅茶を淹れてくれた。

「エルザ、ありがとう」
「今日は何のご本ですか?」
「ん? ああ。今日はフォルド帝国の地図を見てるんだ。森林が多い国だけど、ウグマ州には砂丘があるんだね」
「はい。このウグマの南に砂丘があります。大きさはメドの都市くらいだそうです。砂丘に興味がおありなんですか?」
「うん、そうなんだよ。俺は山に住んでいたから砂丘を見たことがないんだ。一度見たいと思ってて」
「そうだ! アル様、砂丘に咲く花をご存知ですか?」
「砂丘なのに花が咲くの?」
「はい。非常に珍しい品種だそうです。私は一度見せてもらったことがあるのですが、紺碧色でとても綺麗なんです。いい香りがして、リラックスの効果もあるんですよ」
「へー。じゃあ、もし砂丘へ行く機会があったら探してみるね」

 エルザと話していると、ノックの音が聞こえた。
 執事のステムだ。

「アル様、お話中に失礼します。研究機関シグ・セブンから連絡員が来ました。支部長ギル・リージェン様がお会いしたいそうです」
「ギルさんが? 珍しいな。分かった」

 俺はすぐにシグ・セブンへ向かう。
 受付に行くと、そのまま支部長室へ案内された。

「アル君。急に呼び出してしまって申し訳ない」
「いえ。それより、どうしたんですか?」
「急ぎでクエストをお願いしたいんです」
「クエストですか?」
「そうです。急遽研究で砂潜竜サンキロスの生体が必要になりました。確実に捕獲したいので、アル君指名で依頼したいんです」
「サンキロスですか?」
「ええ、見たことはありますか?」
「モンスター事典で見ただけですね」

 俺は事典の内容を思い出していた。

 ◇◇◇

 砂潜竜サンキロス

 階級 Cランク
 分類 竜骨型潜類

 体長約三メデルト。
 小型の潜類モンスター。

 短い手足で地上を這うように移動する四足歩行のモンスター。
 尻尾は魚の尾ビレのような形状で短い。

 名前の通り、砂漠や砂丘の砂地に生息している。
 普段は砂の中に潜り、尻尾を使い泳ぐように移動。

 獲物を捕獲する時は砂から目だけを出し周囲を観察。
 両目は別々に動かすことができる。

 最大の特徴は体長の数倍も伸びる舌。
 舌は粘着性が強く、獲物を絡め取る。
 自分より小さい生き物なら人間含め何でも捕食する。

 竜骨型の中では危険性は低いが、近付くとほぼ間違いなく長い舌で巻き取られる。
 そのため、砂漠地方では犠牲者の数が非常に多い。

 鱗の色は黄土色で、砂と同化している。
 なお、生息する砂漠地帯の砂の色によって、変化する傾向にある。

 ◇◇◇

 サンキロスは、砂漠や砂丘に生息しているCランクのモンスターだ。
 砂丘といえば今朝地図で見たばかりだった。

「ウグマの南に砂丘がありますよね?」
「よく知ってますね。その砂丘にサンキロスが生息しているんです」
「今朝ちょうどその砂丘のことを話してたんです」
「奇遇ですね。今回の狩猟地はその砂丘になります」
「そうなんですね。分かりました」
「今回はシグ・セブンの依頼になります。すでに支部長のリチャードさんと話をしており、クエスト依頼書も作成済みです。もし引き受けてくれるのであれば、もうこのまま契約書を書いてもらいクエスト開始です」

 ◇◇◇

 クエスト依頼書

 難度 Cランク
 種類 捕獲
 対象 砂潜竜サンキロス 
 内容 サンキロス三匹の捕獲
 報酬 金貨九枚 + 指名料金貨三枚
 期限 二週間以内

 編成 アル・パート指名
 解体 ギルド支払い
 運搬 ギルド支払い
 特記 出現場所は指示書参照 詳細は契約書記載 冒険者税徴収済み

 ◇◇◇

 俺はクエスト依頼書を確認し、契約書にサインした。

「今回もオルフェリアに同行を依頼しますね」
「分かりました。彼女は今講義中なので……。終わるまで、資料室を覗いてみますか?」
「え! 資料室に入ってもいいんですか?」
「いいですよ。もし興味があるなら今後いつでも来てください。受付には伝えておきますから」
「ありがとうございます!」

 シグ・セブンの資料室はモンスター研究の資料や論文などが保管されている。
 貴重な資料もあるため、シグ・セブンの職員しか入れない。
 俺は特別に許可をもらったので、資料室へ行ってみた。

「これは凄い資料だな。お、ダーク・ゼム・イクリプスの資料もある」

 俺が討伐したダーク・ゼム・イクリプスの資料を手に取る。
 ダーク・ゼム・イクリプスの資料だけでも分厚い本が五冊もあった。

「凄いな。こんなに細かく研究するんだ」

 身体構造や通常個体との違いなどが詳しく書かれていた。

「そういえば、討伐した時にシグ・セブンのジョージ・ウォーター局長が大興奮していたもんな」

 たった一頭のモンスターをこれほどまでに研究するシグ・セブンのレベルの高さに驚くばかりだ。
 俺はしばらく資料室でモンスターの資料を読み漁っていた。

「フフ、ギル様からここにいると聞きましたよ」

 オルフェリアの声だ。

「やあオルフェリア。シグ・セブンからクエストを依頼されたんだ。同行してもらいたいけど大丈夫かな?」
「もちろんです。私も先ほどギル様に内容を聞きました。サンキロスの捕獲ですね?」
「うん。運搬はまたトーマス兄弟に頼めるかな?」
「分かりました。声をかけてみます」
「急ぎの案件だけど、いつ行けそう?」
「トーマス兄弟が問題なければ明日には行けます」
「そうか! ありがとう!」

 オルフェリアがスケジュールを調整してくれたおかげで、翌日の早朝に出発することになった。

 翌日、ウグマの郊外に集合。
 開けた場所なのに人目につかないので、集合場所には最適だった。

 日の出直後に出発。
 俺は道中で、オルフェリアからサンキロスの生態や捕獲方法を、そしてトーマス兄弟から砂丘について教わった。

 ウグマを出発して三日目。
 砂丘に到着。
 トーマス兄弟の荷車は、そのまま砂丘を進む。
 砂丘でも進めるように、車輪を幅広いタイプに変えてきたそうだ。

「す、凄い! 見渡す限り砂の丘が続いているよ!」

 俺が荷台から砂丘を眺めていると、オルフェリアが横に座る。

「砂丘を見るのは初めてですか?」
「うん。ずっと山の上に暮らしていたから、砂丘も砂漠も見たことがないんだ」
「大陸の西南には世界で最も大きい砂漠があるんですが、人間が住むことはできず、どの国も所有を主張していません。世界にはそういったモンスター領がいくつもあるのです」
「凄いなあ。いつか見てみたいよ」
「アルなら見る機会は来るでしょう」

 世界は広く、俺はまだ世界を何も知らない。
 だがオルフェリアの言う通り、冒険者をやっていればいつか行くことになるかもしれない。
 世界中を旅する冒険者になれるように、頑張っていこうと思う。

「アルさん、オルフェリアさん。この先に大岩があり日陰ができる場所があるので、そこをキャンプ地にします」
「分かりました! ありがとうございます!」

 キャンプ地に到着。
 トーマス兄弟とオルフェリアがキャンプの準備を始めた。
 その間に俺は偵察を開始する。

「じゃあ偵察に行ってきます」
「アル。何度も言ってますが、サンキロスの目と舌に気をつけてくださいね」
「分かった。ありがとう」

 俺は捕獲道具一式を持ち出発。
 人生初の砂丘を歩く。
 季節は初秋だが、遮るものがない砂丘は直射日光が強いため、とても暑く感じる。
 常に強い風も吹いており、まとわりつく空気は熱風だ。

 しばらく砂丘を進むと、不自然に盛り上がっている場所を発見した。
 腰のミニバッグから小さな望遠鏡を取り出し、その場所を確認。
 どう見ても生物の眼球だ。

「あれがサンキロスの目か」

 サンキロスは砂地から目だけを出し、周囲の様子をうかがっている。
 獲物が近くを通ると、体長の数倍も伸びる長い舌で獲物を捕食し、砂の中を泳いでその場から移動するそうだ。

「三匹の捕獲は少し大変かもな」

 俺は肩に背負っていた大きな弓を下ろす。
 そして矢筒から一本の矢を取り、細いロープを結びつけた。
 使用する矢は捕獲用で、やじりに大きな返しがついている。
 一度刺さったら抜けない。

 三十メデルトほど離れた場所から、サンキロスが潜っている場所に向かって矢を放つ。
 初回は失敗。
 風の影響で矢が流れ、目標より四メデルトも右の砂地に矢が刺さった。

「風が強いな。もっと強めに射る必要があるのか」

 ロープをたぐり、矢を引き寄せる。
 次は風に負けないように強めの力で引くことにした。
 しかし、俺の場合は弓の威力が強すぎて、貫通してしまう恐れがある。
 以前、霧大蝮ネーベルバイパーを弓で討伐した時は、硬い頭蓋骨をも貫通したのだった。

 力が強すぎると仕留めてしまう。
 目的は捕獲だ。
 力加減が難しい。

「これぐらいの力か?」

 空気を斬り裂くかのように飛ぶ矢。
 矢が刺さった直後、大きな物体が砂地から飛び出した。

「よし! かかった!」

 見事サンキロスの背中に刺さっていた。
 貫通はしてない。
 サンキロスは抵抗して砂の中に潜ろうと、三メデルトの大きな身体を左右に激しく動かしている。

 力いっぱいロープを引き、サンキロスを手繰り寄せた。
 サンキロスは抵抗するものの、矢が抜けないように力の方向を変えながら引っ張ることで、なんとかサンキロスを捕獲。
 素早くロープで口を封じ手足を縛る。

「よし、まず一頭。ひとまずキャンプへ帰ろう」

 サンキロスを大きな麻袋に押し込み、担いでキャンプ地へ戻った。
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