鉱夫剣を持つ 〜ツルハシ振ってたら人類最強の肉体を手に入れていた〜

犬斗

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第六章

第92話 再会

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 開発機関シグ・ナインから研究機関シグ・セブンへ移動。
 受付嬢が声をかけてきた。

「アルさん! 支部長がアルさんに会いたがっていましたよ」
「分かりました! 支部長室へ行きますね」
「はい、お願いします!」

 支部長室へ入り、ギル・リージェンに挨拶。

「アル君、イーセ王国から解体師のオルフェリア・コルトレが到着してます。知り合いの運び屋に頼んで、急いで来てくれたそうです」
「本当ですかギルさん!」
「ええ。今は職員と一緒にウォール・エレ・シャットの解体をしています。会いに行ってあげてください」
「ありがとうございます!」

 シグ・セブンはウォール・エレ・シャットの解体や研究のため、フォルド帝国内はもちろん、他国のギルドからも腕のいい解体師を呼び寄せていた。

 冒険者ギルドには悪しき習慣が残っている。
 冒険者による解体師や運び屋の差別だ。
 ほとんどの冒険者は、彼らを一方的に見下し嫌悪している。
 ギルドはこれを改善するための施策として、今回初めてシグ・セブンと解体師が共同で解体や研究を行うことになっていた。

 屋外にある解体場へ行くと、シグ・セブンの研究員や解体師が十五人ほど集まって、ウォール・エレ・シャットの解体をしていた。

 討伐してから日数が経っているが、まだ解体は終わっていない。
 それほどウォール・エレ・シャットの皮膚は硬く、解体は難しいようだ。
 実際に戦った俺は痛いほど知っている。

 死骸にはしっかりと防腐処理を施してるため、腐敗は進んでいない。
 そのため腐臭などはなく、見た目も生きていたころと全く同じだった。

 解体の様子を見ていると、一人の女性が近付いてくる。

「アル様! 解体師のオルフェリア・コルトレと申します。イーセ王国のエレモス討伐の際に、アル様の解体を担当しました。覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんです! 覚えてます! 本当に凄い解体でした。俺もあの技術を学びたいと思っていたんです」
「あ、ありがとうございます」
「それにしても……。あの……本当に女性だったんですね」
「そうですね。今はマスクを被ってないので……」

 解体師はモンスターの皮で作ったマスクを被る。
 高い防毒効果を誇るのだが、正直不気味な見た目だ。
 それも解体師が嫌われる要因の一つであった。

 それにしても、オルフェリアの容姿は解体師のイメージとかけ離れていた。

 長い黒髪を二つに結いている。
 その黒髪とは対象的な、透き通るほどの真っ白な肌。
 普段はマスクを被ってるので、一切日に焼けていないのだろう。
 黒く大きな瞳に、薄い桃色をした唇。
 身長は俺より少し低い程度だが、手足は長く抜群なスタイル。

 年齢は二十代半ばだろう。
 若く見えるが、俺やレイより年上だ。

 素顔の状態で解体師と言われても、正直信じられない。
 いや、解体の現場を見ても信じられないほどだ。
 驚くほど美しく清楚な女性だった。
 服飾モデルと言われても納得するだろう。

 俺は思わずオルフェリアに見惚れてしまった。

「どうかしましたか?」
「あ、いえ……。あの、俺のことはアルと呼び捨てにしてください」
「フフ、分かりました」
「解体を見ていてもいいですか?」
「ええ、もちろんです。アルが狩ったのですから」
「ありがとうございます!」
「フフ、私のこともオルフェリアと呼んでくださいね。敬語もいりませんから」
「分かったよ、オルフェリア」
「アルが一人でこのウォール・エレ・シャットを討伐したんですよね?」
「うん」
「どうやって尻尾を切ったんですか?」
「一晩かけて尻尾に亀裂を作って、そこから切ったんだ」
「一晩……。そ、そうだったんですね。この体内生成された純度の高い黒深石の皮膚を、どうやって切ったのか不思議だったのです……。理解できました」
「おかげで剣は使えなくなったけどね」
「確かに。この皮膚に一晩打ち込んでいたら、どんな剣でもダメになってしまうでしょう」
「でも、ダーク・ゼム・イクリプスとウォール・エレ・シャットの素材で、これから新装備を作ってもらうんだ」
「え! そ、それって凄いですね。ネームド二頭から作られた装備なんて、この世にないですよ?」

 オルフェリアと話をしていると、シグ・セブンの職員が申し訳なさそうな表情で俺の前に立つ。

「アルさん。大変申し訳ないのですが、この皮膚の黒深石を削っていただけませんか? 黒深石の影響で解体が進まないのです」
「分かりました。ツルハシをお借りしますね」

 俺が鉱夫という話はギルド内で広まっている。
 どうやらここにいる人達も全員知っているようだ。

 俺はツルハシを大きく振り下ろし、皮膚の黒深石を一気に削る。
 解体場に響く鉄と石がぶつかる甲高い音。
 これはもはや採掘だ。
 久しぶりの採掘だが、徐々に感覚を取り戻しスピードを上げていく。

「おお! 凄い!」
「どんどん削れて行くぞ!」
「さすがはアルさんだ!」

 職員や他の解体師たちから歓声が聞こえる。
 結局、俺はウォール・エレ・シャットの黒深石を全て削り落とした。

「アル! あなたは本当に凄いですね。私たちが何日かけても全く削れなかった黒深石を一人で全部削ってしまうとは……」
「まあ採掘は慣れてるからね」
「そうだとしても、これは凄すぎます。これで皮膚の剥ぎ取りから、内蔵の解体までできますよ」

 さっそくオルフェリアの解体が始まった。
 まるで魚を捌くかのように、素早く正確にウォール・エレ・シャットを解体していく。
 職員や解体師たちは、腕を止めてオルフェリアの解体を食い入るように見つめていた。
 芸術作品を作るかのように、迅速に美しく解体していく。
 イーセ王国でナンバーワンと言われているオルフェリアの実力は凄まじかった。

 しばらくするとオルフェリアが腕を止めた。

「皆さん、ここからはもう簡単です。内臓に強めの防腐処理をしながら進めましょう」

 職員や解体師が反応した。

「す、凄いですね、オルフェリアさん」
「内臓は記録を取りながら解体しましょう」
「さすが噂のオルフェリアだ。よし、俺が内臓をやろう」

 どうやら職員や他の解体師も、オルフェリアの技術には一目置いているようだ。
 夕焼けを迎える頃にはウォール・エレ・シャットの解体が終わった。

「アル! あなたのおかげで解体が終わりました!」
「俺は黒深石を採っただけだよ。やっぱり解体師の皆さんの技術は凄いね。特にオルフェリアは別格だったよ」
「い、いえ、私なんてまだまだです。でも、あの、……ありがとうございます」

 オルフェリアの頬が紅潮している。
 真っ白な肌のため、とても目立つ。

「ねえ、オルフェリアはウォール・エレ・シャットの処理が終わったらイーセ王国へ戻るの?」
「まだ未定です。帰って解体師を続けるつもりなんですが、ウグマのシグ・セブンから解体学の講師の打診をいただきました。正直悩んでいます」
「ええ! 講師って凄くない?」
「はい。解体師の地位向上のためにも受けたいとは思っているのですが……」
「地元のこと?」
「い、いえ。私は独り身なので、どこにいても大丈夫なんです。長期出張になるから自宅も引き払って、荷物もほとんど持って来ています」
「そうなんだ。じゃあ、迷ってる原因は何?」
「……講師とはいえ、まだ差別されている解体師です。知らない土地で生活していくのは少し怖いというか……」

 確かにオルフェリアの言うことは納得ができる。
 これまでも解体師ということで、不遇な扱いを受けてきたのだろう。

 その上ただでさえ知らない土地で、しかも外国でいきなり生活するのは辛い。
 さらにオルフェリアは一人だ。
 レイと一緒だった俺とは違う。
 俺はこの時、自分が恵まれた環境だったことに気付く。
 それでも俺は、オルフェリアにこの地で生活することを提案したいと思った。

「オルフェリアはフォルド語も話せるよね」
「はい。独学ですが、日常会話は問題ないと思います」
「ねえオルフェリア。講師を受けて、しばらくウグマで活動するのはどうかな?」
「あの……、アルはウグマで活動してるのですか?」
「うん。ギルドが家を用意してくれたから、レイとウグマに住んでるよ。レイは今ちょうどイーセ王国に帰ってるけどね」
「そうだったんですね」

 オルフェリアは右手で左腕を擦り、悩んでいる様子。

「あの、ウグマの生活はどうですか?」
「皆いい人たちだし快適だよ。帝国は料理も美味しいしね」
「もし、もしですよ。相談したいことがあったら聞いてくれますか?」
「もちろんだよ! オルフェリアに何かあっても、俺とレイがいるから大丈夫!」
「……じゃあ、私もウグマで活動しようかしら。講師を受けるならシグ・セブンが宿舎を用意してくれるそうなんです」
「それは凄い! そうしようよ! オルフェリアにはたくさん教わりたいことがあるんだ!」
「そうですね。分かりました。私もアルに教わりたいことはたくさんありますから」
「え! 俺はオルフェリアに教えることなんて何もないよ?」
「フフ、たくさんありますよ!」

 清楚な印象だったオルフェリアが、可憐な少女のように無邪気な笑顔を見せる。
 先程までモンスターを解体していたとは思えない美しさだった。

 これでオルフェリアのウグマ滞在が決定した。
 俺も微力ながら、オルフェリアの目標である解体師の地位向上に少しでも協力できればと思う。
 それについて俺には考えがある。
 俺のクエストが解禁されたら、改めてオルフェリアに話してみようと考えていた。
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