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第五章

第82話 夜を引き裂く咆哮

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 翌朝、日の出と共に起床。

「アル、おはよう」
「おはようシーラ」
「今日も採掘する?」
「そうだね。採掘しながら岩食竜ディプロクスの出現を待とうか」

 シーラが作ってくれた朝食を取り、採掘場へ出発。
 丸一日採掘したが、結局ディプロクスは出現しなかった。
 今日は希少鉱石の採掘もなし。

 駅へ戻ると、今夜もシーラが夕食を作ってくれた。

「ねえ、シーラ。もしかして、俺が料理できないと思ってる?」
「え? 君料理できるの?」
「十年以上一人暮らししてたもん。当然さ」
「なんだよー。君が料理できないと思って僕がやってたよ」
「アハハ、だと思った。でも、ありがとう」
「まあ、採掘頑張ってくれてるからご褒美だ」
「良かった。シーラの料理は美味しいからね。嬉しいよ」
「ちょ、君って自然にそういうこと言えちゃうんだ。そうやって女を落としてきたのかい?」
「な、何それ! そんな意図ないし、シーラにそんなことしないよ!」
「はああ。君は本当に失礼だね」

 シーラはなぜか少し怒っていた。

 食事を終え、少し早めに就寝。
 眠りについてしばらくしたところで、異変を感じて目を覚ました。
 僅かに振動を感じたのだ。
 俺は起きて、シーラの部屋の扉をノックした。

「シーラ起きてる? 来たかもしれないよ」
「ほんと? 何も分からないけど」
「僅かな振動と気配を感じた」
「君、凄いというか、キモいよね」
「うるさいな。支度して行くよ」
「分かった。着替えるからちょっと待ってて。それとも着替え見たい?」
「な、何バカなこと言ってんだよ!」

 俺たちは駅を出発。
 燃石に火をつけたランプを持って登山道を歩く。
 月は頭上の手前まで来ていた。
 これから深夜帯に入っていく時間帯だ。

「夜の山って怖いよね」

 シーラが呟いた。
 俺は慣れているが、確かに夜の高山地帯は不気味だ。 
 この地方の森林限界を越えているため木々は一切なく、岩肌が剥き出しで、大小様々な岩石が転がっている。
 この殺風景な風景が、不気味さに拍車をかけていた。

 燃石が燃える音、自分たちの足音、それ以外は全て闇に飲まれたような静寂の中を歩く。
 採掘場に近付くにつれ、少しずつ岩と岩がぶつかるような音や、岩が砕ける音が聞こえてきた。

「シーラ、間違いないね」
「そうだね」
「ここからは本当に危険だから離れていて。何があっても絶対に近付かないように」
「それはAランク冒険者としての忠告?」
「もちろん」
「かしこまりました。冒険者様」

 俺は松明をシーラに渡し、片刃の大剣ファラゴンを抜く。
 そのまま岩食竜ディプロクスへ近付く。

 夜目が利く俺は、今日の月明かりで十分見えるのだった。

 ディプロクスの体長は約八メデルトほど。
 太くて短い二本の足で立つ。
 足の先には鋭い爪が四本、踵の部分に大きな爪が一本。

 二本の腕の先には湾曲した爪が四本ある。
 腕は身体に対し小さく、ほぼ使用しないと思われる。

 背中から中型の翼が二枚生えている。
 尻尾は三メデルトほどの長さで、根本は太く先端は細い。

 頭部は大きく、上顎よりも下顎が突き出ている。
 巨大な牙が下顎に四本、上顎に二本、合計六本。
 隙間には小さくて平たい無数の歯が生えている。
 岩を噛み砕くことに特化した顎のようだ。

 ディプロクスは岩壁を一生懸命砕いている。
 俺の存在に気付かないのか?
 少しずつ近付くも、こちらを気にする気配がない。

 俺はディプロクスに一メデルトほどの距離まで近付く。
 せっかくなので、ディプロクスの皮膚をよく観察してみることにした。

 想像以上に真っ黒だ。
 モンスター事典だと薄灰色と書いてあったが、これほどまでに黒いとは思わなかった。

 身体のいたるところで、黒深石に似た結晶が生成されている。
 ツルハシがあれば、このまま採掘したいくらいだ。

「ここで拾った黒い結晶って、このディプロクスのものだったんだ」

 俺は恐る恐る触ってみた。
 本当に黒深石の結晶だ。
 身体から鉱石が生えるなんて不思議で仕方がない。

 ディプロクスは脇目も振らず、鉱石を貪っている。
 危害はないような気もするが、こいつが出現したせいで希少鉱石が採れなくなったのは明白。
 鉱山にとっては大損失だ。

 ディプロクスはモンスターの中でも上位のBランク。
 さらに皮膚は岩石と同等以上の硬度を誇る。

 危険な相手だ。
 しかし、撃退の依頼を受けている。

「よし、やるか!」

 俺は覚悟を決めて、片刃の大剣ファラゴンを背中に振り下ろす。
 暗闇に火花が散り、山中に甲高い音が鳴り響いた。
 岩と鉄がぶつかる音だ。

「硬っ!」

 手応えは完全に岩石。
 これが生物だとは思えない。

 さすがに片刃の大剣ファラゴンが刃こぼれしていないか不安になる。
 ツルハシならこの岩石を削れるのだが、それでも剣でやるしかない。

 ディプロクスはまだ岩を食べ続けている。
 火花が飛ぶほどの衝撃があったのに全く意に介さない。

「もう一回!」

 次は尻尾の付け根を狙ってみた。
 火花が飛び、高音が響く。
 すると、ディプロクスはゆっくりと俺の方に顔を向ける。

 温厚なモンスターかと思ったら、そこはモンスターの分類学上で最強を誇る竜骨型だ。
 恐ろしい目つきだった。
 眼球は全て真っ青で、月光を反射し薄っすらと光っている。

「うっ!」

 こんなに恐ろしい目だとは思っておらず、俺は一瞬たじろぐ。

「ギィィイエェェェェェェ!」

 ディプロクスは俺の姿を認識したと同時に、凄まじい叫び声を上げた。
 夜を引き裂くような咆哮。
 耳を塞ぎたくなる轟音だ。

 食事の邪魔をされて怒ったのだろう。
 尻尾による薙ぎ払いが、凄まじいスピードで飛んできた。

 俺は片刃の大剣ファラゴンの剣身で受けるが、その威力は尋常ではなく五メデルトほど吹き飛ばされた。

「グッ!」

 なんとか身体のバランスを取り着地。
 それと同時に俺はダッシュし、再度剣を振りかぶる。
 そのまま、ディプロクスの太い脚に斬りつけた。
 ディプロクスの動きは遅く、俺の攻撃は簡単に当たる。
 だが、岩石でできた硬い皮膚でダメージが入らない。

 それに対して、ディプロクスは尻尾による薙ぎ払いで反撃してくる。
 この薙ぎ払いがとにかく危険だ。
 太い尻尾による強烈な薙ぎ払いの威力に、岩石の硬度が加わっている。
 喰らったら大怪我は免れない。
 最悪死ぬ。

 俺は薙ぎ払いを避け、時に剣で防御し、とにかく直撃だけは防ぐ。
 そして隙を見て剣撃を加える。

「クソッ! これは長期戦になるぞ!」

 その言葉通り、月はとっくに頭上を超えていた。
 俺はディプロクスの攻撃を喰らわないよう、慎重に攻撃をかわし剣を振る。

「闇雲に狙ってもダメだ!」

 一箇所に集中して攻撃を開始。
 何度も何度も尻尾の付け根を打ち付ける。
 ディプロクスには防御という概念がない様子だ。
 岩石の皮膚が、俺の攻撃を全て弾いていた。

 標高三千メデルトの暗闇。
 飛び散る火花。
 響く金属音。

 延々と繰り返される攻防。
 あまりに長く続いたため、東の空が薄っすらと明るくなってきた。
 このままだと日の出を迎える。
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