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第四章
第75話 走馬灯
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眼前に迫るダーク・ゼム・イクリプスの牙。
このままでは死ぬ。
いや、これはもう死ぬだろう。
俺はこれまで会った人々、ラバウトの人々、ギルドの人々、カミラさん、ファステル、そして両親の顔が脳裏に浮かんだ。
これが走馬灯というやつか。
全ての映像がゆっくりと流れている。
十九年と短い人生だったが悪くはなかった。
最後に浮かぶエルウッドの顔。
そしてレイの顔。
エルウッドともっと話したかった。
レイともっと旅を続けたかった。
エルウッドに会いたい。
レイに会いたい。
レイに会いたい!!
俺は生への想いを繋ぎ止めた。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
俺は叫び、奥歯を噛み締め、振り上げたままの片刃の大剣を全力で下段へ振り下ろす。
あまりにも無理な動きをしたのか、腕の血管から血が吹き出す。
それでも構わず、ダーク・ゼム・イクリプスの顎へ剣を振り下ろした。
腕がちぎれてもいい。
俺は生きる。
持てる力を全て出し切り、凄まじい速度で剣を振り下ろす。
それと同時にダーク・ゼム・イクリプスの上顎と下顎が分離していく。
全力で振り下ろす片刃の大剣の勢いは止まらない。
ダーク・ゼム・イクリプスの口角を斬り、顎を裂き、後頭部まで両断。
上顎から上の頭部を全て失ったダーク・ゼム・イクリプス。
その巨体は突進の勢いを保ったまま、俺の身体を素通りしていく。
巨大な漆黒の肉塊は、砂埃を上げ、二十メデルトほど滑り転がった。
自らの意思に反して大きく痙攣している。
顔面を真っ二つに斬られて生きている生物などいない。
地面が真っ赤に染まるにつれ、痙攣も細かく小さくなっていく。
そして、ダーク・ゼム・イクリプスは息絶えた。
「アル!」
レイが駆け寄ってきた。
「アル! 大丈夫?」
「はああ……はああ……」
あまりに限界を超えた動きのためか、空気が足りない。
俺は大きく息を吸い込む。
そしてすぐさま、エルウッドの元へ走り出す。
「エルウッド、大丈夫か?」
「クゥゥン」
「傷は?」
エルウッドの動きは鈍い。
「これは……骨折だな?」
エルウッドは首をそっと縦に振った。
「肋骨か?」
「ウォン」
「ごめん、危険なことをさせてしまった」
そこへ医療機関の医師と看護師に肩を支えられながら、女将が歩いてきた。
「アル。アンタ、本当にダーク・ゼム・イクリプスを討伐したんだね」
「ああ、女将。危なかったが、なんとか倒したよ」
「アルの傷は?」
「大丈夫、エルウッドのおかげで無傷だよ」
「む、無傷でダーク・ゼム・イクリプスを討伐……」
無言となる女将。
その横で医師がエルウッドを診てくれた。
「アル君の言う通り肋骨が折れてるな。街のシグ・シックスは壊滅したが、薬や包帯は残ってる。すぐに治療しよう」
「ありがとうございます。お願いします」
医師はエルウッドの治療とともに、俺の腕も診てくれた。
どうやら腕の毛細血管と筋繊維がズタズタに切れているそうだ。
「アル君の強靭な肉体がこれほどまでにボロボロになるとは。ダーク・ゼム・イクリプスの頭部を一刀両断するほどだ。相当な力を出したのだろう」
幸いにも腕に大きな問題はないが、しばらくは腕を動かさず安静が必要と言われた。
「これから徐々に腕の痛みが出る。痛み止めの薬草を飲んでいくといい」
看護師が煎じてくれた薬草を飲む。
そして腕を洗い流し、薬を塗り包帯を巻いてくれた。
その様子を見ていた女将が軽く手を叩く。
「アル、レイちゃん。アンタたちは宿へ行きなさい。まずはしっかり休むこと。いいね」
ダーク・ゼム・イクリプスに襲われたメドの街は、街の入口からギルドがある市街地まで壊滅していた。
しかし、それ以外の区画は無事だったため、俺たちは女将に紹介してもらった宿で宿泊することになった。
部屋に入ると、俺はソファーに倒れるように座り込む。
そして、背もたれに身体を預けた。
「ふうう」
天井に顔を向け、大きく息を吐く。
レイが珈琲を淹れてくれた。
腕の痛みはあるが、カップは辛うじて持てる。
珈琲を少し飲み、目の前に座ったレイの顔を見つめる。
「レイ。今回は本当に死を覚悟した。もうダメだと思った。でも、レイのおかげでダーク・ゼム・イクリプスを倒すことができたんだ」
「え? 私は……悔しいけど何も役立てなかった……」
「違うんだ。もうダメだと思った時、レイとエルウッドの顔が浮かんだんだ。そこで力を振り絞ることができた。レイがいなかったら死んでいたよ」
「わ、私は何も……」
「レイ、ありがとう」
「……そうね。アルの力になれたのなら嬉しいわ」
今回は本当に死を覚悟した。
諦めかけた俺に、生を繋ぎとめてくれたエルウッドとレイは本当に感謝している。
疲労を感じていた俺はそのまま就寝。
夜になると腕に激しい痛みが発生。
しかし、それは生きてる証拠でもある。
腕の痛みで寝られなかったが、レイが煎じてくれた痛み止めを飲む。
痛みが和らぐと同時に、深い眠りについた。
――
翌日から冒険者ギルド、自警団、駐屯している騎士団、住人など総出で街の片付けが始まった。
もちろん、死者の埋葬も行う。
俺も手伝いたかったが、腕が動かないので安静にしていた。
翌々日、まずウグマの冒険者ギルドから各機関と救助隊が到着。
冒険者で編成された救助隊は、帝国が依頼主のようだ。
救助隊は避難キャンプを設置し活動を開始。
俺とレイは各機関の調査に協力していた。
討伐から四日が経過。
医療機関で診察してもらったところ、断裂していた腕の筋繊維や毛細血管は完治していた。
エルウッドの肋骨の骨折も、何事もなかったかのように完治。
俺とエルウッドの治癒力があまりに異常だと驚く医師。
その言葉を聞き、俺とエルウッドは顔を見合わせ、レイは笑っていた。
討伐から一週間が経過。
帝都サンドムーンから、騎士団本隊と冒険者ギルド本部が到着した。
騎士団は街の復興を担当。
ギルドの本部は、すでに調査を開始していた各機関と合流。
そして、討伐から十日。
街はひとまず落ち着いた。
今日はギルドへ顔を出す日だ。
エルウッドは宿で休んでもらい、俺とレイはギルドの仮建物へ向かった。
「アル。待っていたさ」
「こんにちは女将。身体はどう?」
「おかげさまでもう大丈夫さ。アルは?」
「俺もエルウッドも完治したよ」
「治癒力まで人間離れしてるとはね。アッハッハ」
「それ、医師にも言われたよ……」
女将は笑いながら、今回の調査内容をまとめた書類を渡してきた。
「これはまだ速報だけど、読むといいさ」
俺がダーク・ゼム・イクリプスを撃退した二ヶ月前から、ギルドの調査機関と研究機関は、共同で各地の調査を開始していたそうだ。
◇◇◇
調査内容(速報版)
ダーク・ゼム・イクリプスは八年ぶりの出現。
ウグマ州西部地方の直径五百キデルトの範囲で、いくつもの活動痕跡を発見。
活動期に入っていたことを確認。
なお、活動期の周期に規則性はない。
活動期を終え休眠期に入ると完全に姿や痕跡を消すため、出現時期や出現場所の予測は不可能。
今回の被害は死者約二千人、負傷者数五千人以上。
四つの村が壊滅し、メドの街は三割崩壊。
冒険者アル・パートによって発見、撃退、討伐。
なお、ダーク・ゼム・イクリプスに子はなく、個体特性継承の可能性はない。
完全なる一代のみの突然変異を確認。
◇◇◇
一通り読んで、気になった点を女将に聞いてみる。
「子がいないということは、ダーク・ゼム・イクリプスの恐怖はもう完全に終わったと思っていいのかな?」
「ああ、そうさ。同じような突然変異個体が出現しない限りね」
「突然変異体なんて、そう簡単に出ないでしょ?」
「もちろんさ。特にダーク・ゼム・イクリプスはネームドの中でも上位だった。あのレベルは数百年、数千年レベルで出現しないだろうさ」
百年もの間、帝国内で破壊の限りを尽くしたダーク・ゼム・イクリプス。
もう被害はないとのことで俺は安心した。
「アル、レイちゃん。各機関のトップである局長が本部から来てる。この後局長たちと面談の予定さ。会議室で待っていて」
「ああ、分かった」
俺とレイは会議室へ入った。
このままでは死ぬ。
いや、これはもう死ぬだろう。
俺はこれまで会った人々、ラバウトの人々、ギルドの人々、カミラさん、ファステル、そして両親の顔が脳裏に浮かんだ。
これが走馬灯というやつか。
全ての映像がゆっくりと流れている。
十九年と短い人生だったが悪くはなかった。
最後に浮かぶエルウッドの顔。
そしてレイの顔。
エルウッドともっと話したかった。
レイともっと旅を続けたかった。
エルウッドに会いたい。
レイに会いたい。
レイに会いたい!!
俺は生への想いを繋ぎ止めた。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
俺は叫び、奥歯を噛み締め、振り上げたままの片刃の大剣を全力で下段へ振り下ろす。
あまりにも無理な動きをしたのか、腕の血管から血が吹き出す。
それでも構わず、ダーク・ゼム・イクリプスの顎へ剣を振り下ろした。
腕がちぎれてもいい。
俺は生きる。
持てる力を全て出し切り、凄まじい速度で剣を振り下ろす。
それと同時にダーク・ゼム・イクリプスの上顎と下顎が分離していく。
全力で振り下ろす片刃の大剣の勢いは止まらない。
ダーク・ゼム・イクリプスの口角を斬り、顎を裂き、後頭部まで両断。
上顎から上の頭部を全て失ったダーク・ゼム・イクリプス。
その巨体は突進の勢いを保ったまま、俺の身体を素通りしていく。
巨大な漆黒の肉塊は、砂埃を上げ、二十メデルトほど滑り転がった。
自らの意思に反して大きく痙攣している。
顔面を真っ二つに斬られて生きている生物などいない。
地面が真っ赤に染まるにつれ、痙攣も細かく小さくなっていく。
そして、ダーク・ゼム・イクリプスは息絶えた。
「アル!」
レイが駆け寄ってきた。
「アル! 大丈夫?」
「はああ……はああ……」
あまりに限界を超えた動きのためか、空気が足りない。
俺は大きく息を吸い込む。
そしてすぐさま、エルウッドの元へ走り出す。
「エルウッド、大丈夫か?」
「クゥゥン」
「傷は?」
エルウッドの動きは鈍い。
「これは……骨折だな?」
エルウッドは首をそっと縦に振った。
「肋骨か?」
「ウォン」
「ごめん、危険なことをさせてしまった」
そこへ医療機関の医師と看護師に肩を支えられながら、女将が歩いてきた。
「アル。アンタ、本当にダーク・ゼム・イクリプスを討伐したんだね」
「ああ、女将。危なかったが、なんとか倒したよ」
「アルの傷は?」
「大丈夫、エルウッドのおかげで無傷だよ」
「む、無傷でダーク・ゼム・イクリプスを討伐……」
無言となる女将。
その横で医師がエルウッドを診てくれた。
「アル君の言う通り肋骨が折れてるな。街のシグ・シックスは壊滅したが、薬や包帯は残ってる。すぐに治療しよう」
「ありがとうございます。お願いします」
医師はエルウッドの治療とともに、俺の腕も診てくれた。
どうやら腕の毛細血管と筋繊維がズタズタに切れているそうだ。
「アル君の強靭な肉体がこれほどまでにボロボロになるとは。ダーク・ゼム・イクリプスの頭部を一刀両断するほどだ。相当な力を出したのだろう」
幸いにも腕に大きな問題はないが、しばらくは腕を動かさず安静が必要と言われた。
「これから徐々に腕の痛みが出る。痛み止めの薬草を飲んでいくといい」
看護師が煎じてくれた薬草を飲む。
そして腕を洗い流し、薬を塗り包帯を巻いてくれた。
その様子を見ていた女将が軽く手を叩く。
「アル、レイちゃん。アンタたちは宿へ行きなさい。まずはしっかり休むこと。いいね」
ダーク・ゼム・イクリプスに襲われたメドの街は、街の入口からギルドがある市街地まで壊滅していた。
しかし、それ以外の区画は無事だったため、俺たちは女将に紹介してもらった宿で宿泊することになった。
部屋に入ると、俺はソファーに倒れるように座り込む。
そして、背もたれに身体を預けた。
「ふうう」
天井に顔を向け、大きく息を吐く。
レイが珈琲を淹れてくれた。
腕の痛みはあるが、カップは辛うじて持てる。
珈琲を少し飲み、目の前に座ったレイの顔を見つめる。
「レイ。今回は本当に死を覚悟した。もうダメだと思った。でも、レイのおかげでダーク・ゼム・イクリプスを倒すことができたんだ」
「え? 私は……悔しいけど何も役立てなかった……」
「違うんだ。もうダメだと思った時、レイとエルウッドの顔が浮かんだんだ。そこで力を振り絞ることができた。レイがいなかったら死んでいたよ」
「わ、私は何も……」
「レイ、ありがとう」
「……そうね。アルの力になれたのなら嬉しいわ」
今回は本当に死を覚悟した。
諦めかけた俺に、生を繋ぎとめてくれたエルウッドとレイは本当に感謝している。
疲労を感じていた俺はそのまま就寝。
夜になると腕に激しい痛みが発生。
しかし、それは生きてる証拠でもある。
腕の痛みで寝られなかったが、レイが煎じてくれた痛み止めを飲む。
痛みが和らぐと同時に、深い眠りについた。
――
翌日から冒険者ギルド、自警団、駐屯している騎士団、住人など総出で街の片付けが始まった。
もちろん、死者の埋葬も行う。
俺も手伝いたかったが、腕が動かないので安静にしていた。
翌々日、まずウグマの冒険者ギルドから各機関と救助隊が到着。
冒険者で編成された救助隊は、帝国が依頼主のようだ。
救助隊は避難キャンプを設置し活動を開始。
俺とレイは各機関の調査に協力していた。
討伐から四日が経過。
医療機関で診察してもらったところ、断裂していた腕の筋繊維や毛細血管は完治していた。
エルウッドの肋骨の骨折も、何事もなかったかのように完治。
俺とエルウッドの治癒力があまりに異常だと驚く医師。
その言葉を聞き、俺とエルウッドは顔を見合わせ、レイは笑っていた。
討伐から一週間が経過。
帝都サンドムーンから、騎士団本隊と冒険者ギルド本部が到着した。
騎士団は街の復興を担当。
ギルドの本部は、すでに調査を開始していた各機関と合流。
そして、討伐から十日。
街はひとまず落ち着いた。
今日はギルドへ顔を出す日だ。
エルウッドは宿で休んでもらい、俺とレイはギルドの仮建物へ向かった。
「アル。待っていたさ」
「こんにちは女将。身体はどう?」
「おかげさまでもう大丈夫さ。アルは?」
「俺もエルウッドも完治したよ」
「治癒力まで人間離れしてるとはね。アッハッハ」
「それ、医師にも言われたよ……」
女将は笑いながら、今回の調査内容をまとめた書類を渡してきた。
「これはまだ速報だけど、読むといいさ」
俺がダーク・ゼム・イクリプスを撃退した二ヶ月前から、ギルドの調査機関と研究機関は、共同で各地の調査を開始していたそうだ。
◇◇◇
調査内容(速報版)
ダーク・ゼム・イクリプスは八年ぶりの出現。
ウグマ州西部地方の直径五百キデルトの範囲で、いくつもの活動痕跡を発見。
活動期に入っていたことを確認。
なお、活動期の周期に規則性はない。
活動期を終え休眠期に入ると完全に姿や痕跡を消すため、出現時期や出現場所の予測は不可能。
今回の被害は死者約二千人、負傷者数五千人以上。
四つの村が壊滅し、メドの街は三割崩壊。
冒険者アル・パートによって発見、撃退、討伐。
なお、ダーク・ゼム・イクリプスに子はなく、個体特性継承の可能性はない。
完全なる一代のみの突然変異を確認。
◇◇◇
一通り読んで、気になった点を女将に聞いてみる。
「子がいないということは、ダーク・ゼム・イクリプスの恐怖はもう完全に終わったと思っていいのかな?」
「ああ、そうさ。同じような突然変異個体が出現しない限りね」
「突然変異体なんて、そう簡単に出ないでしょ?」
「もちろんさ。特にダーク・ゼム・イクリプスはネームドの中でも上位だった。あのレベルは数百年、数千年レベルで出現しないだろうさ」
百年もの間、帝国内で破壊の限りを尽くしたダーク・ゼム・イクリプス。
もう被害はないとのことで俺は安心した。
「アル、レイちゃん。各機関のトップである局長が本部から来てる。この後局長たちと面談の予定さ。会議室で待っていて」
「ああ、分かった」
俺とレイは会議室へ入った。
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