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第四章

第68話 撃退の報酬

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 診察室に入り、医師に傷を見せた。

「こ、これは何ということだ!」
「え? ど、どうしたんですか?」

 医師の言葉に不安を覚える。

「す、すまない。あまりに驚いてしまったよ。君は傷の治りが異常なほど早い」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、こんなことは初めてだ」

 医師の驚きは悪い方ではなかった。
 俺は胸をなでおろす。

「これなら明日には抜糸できそうだ。今日一日安静にするように」
「まだ移動はできませんか?」
「通常なら二週間以上は絶対安静で、下手すれば腕が使えなくなるくらいの大怪我なんだよ?」
「す、すみません」
「強靭な肉体とはいえ焦ってはダメだ。君はこれから素晴らしい活躍をする冒険者になるのだから、無理しないように」
「はい。ありがとうございます」

 そして看護師が薬を塗り、薬草と包帯を巻いてくれた。

「本当に凄いですね。高ランクの冒険者になると異常な治癒能力な人はいますが、これほどまでに早い人は初めてですよ」
「ははは、頑丈だけが取り柄なので」
「何言ってるんですか。アルさんは見た目だってかっこいいですよ」
「え? え? そ、そんなこと言われたの、は、初めてです」
「えー、そうなんですか? 絶対モテますよ」
「い、いや」
「フフ、私だってもうファンですから」
「あ、あの……ありがとうございます」

 一通りの処置を終えた。
 熱は下がったはずなのに顔が少し熱い。
 待合室でレイと合流。

「どうだった?」
「えーと、明日抜糸できるって。だから今日まで安静だって」
「あら、治りが早いわね」
「うん」
「ん? どうしたの? 顔赤いわよ?」
「え? い、いや、なんでもないよ」
「ふふふ、変なアル」

 ――

 昨日に引き続き、ギルドの宿泊施設で一泊することになった。
 施設で連泊の手続きをして部屋へ戻る。

「実家を出てから、こんなにゆったりしているのは初めてだね」
「ええ。ずっと移動していたし、ここ最近はクエストだってしたもの」
「引退したら、こんな感じになるのかなあ」
「ふふふ、そうね。引退したらこうして二人でゆっくりしましょうか」
「ウォン!」
「もちろんエルウッドも一緒にね」

 レイがエルウッドの頭を撫でている。

「そうだ、レイ!」
「どうしたの?」
「装備品を整えたいんだ。防具を新調したい」
「そうだったわね。あなたの軽鎧ライトアーマーはダーク・ゼム・イクリプスに壊されたものね」
「ああ、防具の重要性が分かったよ」
「そうね。いくら強靭な肉体でも、防具なしでは戦えないもの」

 レイの話によると、目的のウグマにはギルドの主要九機関が全て揃っている。
 当然、開発機関シグ・ナインもある。
 防具屋で買うより、冒険者専用の防具を開発しているシグ・ナインで購入した方がいいそうだ。

 とはいえ、ウグマへ移動する際に鎧がないのは危険だ。
 取り急ぎ、メドの街で鎧を購入することにした。

 この日は、医師の言いつけを守り一日部屋で安静に過ごす。
 翌日、医療機関シグ・シックスで抜糸。

「信じられん。これなら乗馬も大丈夫だ」
「お世話になりました」

 医師は俺の治癒力に驚いていた。

 続いて、街の防具屋へ向かう。
 ウグマで本格的な鎧を購入する予定なので、繋ぎの鎧として比較的安価な革鎧レザーアーマーを購入。
 それでも金貨三枚した。

 冒険者は金がかかることを実感。
 なお、ダーク・ゼム・イクリプスに傷付けられた鎧は下取りに出せなかったため、ウグマへ持って行くことにした。

 最後に俺たちは、ギルドで女将に挨拶。

「レイちゃん、気をつけて」
「女将、お世話になったわね。ありがとう」

 女将はレイと女将が抱き合った後、俺の顔を見る。

「アル、アンタは絶対に凄い冒険者になるよ。レイちゃんのこと、よろしく頼むさ」
「アハハ、レイは俺の師匠だよ? でも分かったよ。女将、色々とありがとう」

 俺は女将と握手した。

 メドの街を出て、目的地のウグマへ向かう。
 道中はモンスターや犯罪者に遭遇することなく、三日間の移動で無事ウグマに到着。

 ウグマはこのウグマ州の州都で、帝国でも有数の大都市だ。
 その歴史は古く、石造りの建造物が多い。
 素材は建物用石材の代表格、灰硬石だ。
 安価で硬度も高く、建築用石材に欠かせない。

 また純白の白理石の建物も散見される。
 白理石は建築物に使用する岩石の中では、非常に高価だ。
 建物の柱などには繊細な彫刻がされており、見るだけでも楽しめる。

 街道は美しい石畳。
 数区画に一つにある広場には噴水があり、住民の憩いの場になっているようだ。
 俺は街並みに目を奪われていた。

「アルの気持ちは分かるわ。ここは本当に美しい街だもの。私も凄く好きな街よ」
「イーセ王国とは全然違うね。王国は木造建築が多いから」
「ええそうね。確かに帝国は石造りの建物が多いわね。戦争も多かったし、王国とは歴史が違うもの。帝都サンドムーンはもっと凄いわよ」
「へえ。行ってみたいなあ」

 冒険者ギルドの総本部があるという帝都サンドムーン。
 冒険者になったからには、いつか行ってみたいと思う。

「でも、レイは行くの嫌なんでしょ?」
「嫌じゃないのだけど……。その……。ギルドマスターに会いたくないの……」
「ギルマス?」
「だって、あいつ変態なのよ」
「え? どういうこと?」
「私がまだ十四歳の頃に、突然……プ、プロポーズしてきたの……」
「プロポーズ!」
「それ以来、会うたび会うたびプロポーズしてくるの」
「そ、そうなんだ」

 レイの顔に最大級の嫌悪感が見える。

「ただ、サンドムーンはギルドの総本部だし、主要機関の本部が全て揃ってるのよ。冒険者なら一度は行かなきゃね」
「ああ、いつか行ってみよう」

 ウグマの市街地に入り、まずは医療機関《シグ・シックス》へ向かう。
 俺のことはすでに伝わっていたようだ。
 傷を見せると完治と診断。
 医師は回復の早さに驚いていた。

 そして、近くにある冒険者ギルドへ行くと、支部長室に案内された。

「冒険者ギルド、ウグマ支部長のリチャード・ロートだ」
「アル・パートです」
「レイ・ステラーです。お久しぶりです」

 支部長のリチャード・ロートは六十歳くらいだろうか。
 身長は俺と変わらず、年齢の割に引き締まった身体をしている。
 白髪の短髪、顎には白い髭を生やして、威厳のある風貌だ。
 レイとは面識がある模様。

「君たちの報告はオリガ、ああ、女将から連絡を受けている。レイ、君の復活も聞いたぞ」
「ありがとうございます」
「ギルドとしては喜ばしいことだ。それに、ギルマスが喜んでいるだろう」
「困ったものです」
「すまないな、我慢してくれ。私からも注意はする」
「ええ、助かりますわ。リチャードさん」

 リチャードが俺の顔を見た。

「さて、アルよ。ダーク・ゼム・イクリプスの撃退だが、まず礼を言う。ありがとう」
「いえ、そんな」
「帝国は百年も前から、ダーク・ゼム・イクリプスの被害にあっていた。一度も撃退すらしたことがなかったのだ」
「百年間ずっとですか?」
「正確には活動期に入って殺戮を繰り返し消えていく。これを数年単位で繰り返すのだ。前回の出現は八年前だった」

 百年間も帝国を恐怖に陥れているとは、本当に恐ろしいネームドだ。

「現在、ダーク・ゼム・イクリプスの行方は調査機関シグ・ファイブが調査している。ひとまず君の撃退について報酬を支払おう」
「え? クエストのあとに偶然遭遇しただけなので不要です」
「おいおい、冒険者が金を受け取らないのはあり得ないぞ。お人好しすぎてはダメだ」
「わ、分かりました。ありがとうございます」
「ダーク・ゼム・イクリプスの撃退は前例がない。そこで、ギルマスと直々に連絡を取った」

 反応したのはレイだった。

「え? ギルマスと直接!」
「ああ、あまりに非常識だからな。研究機関シグ・セブンの局長も歓喜しておったぞ。ダーク・ゼム・イクリプスの素材なら金なんていくらでも出すとな。わっはっは」

 リチャードは改めて俺の顔を見た。

「アルよ。ダーク・ゼム・イクリプスの耳をギルドで買い取ろう。撃退の報奨金と合わせて、金貨三百枚出す」
「さ、さ、三百枚!」

 俺は思わず大声を出してしまった。

「驚くのも無理はないか。まだBランクだし、クエストの数も直請け入れてたったの二回だからな」

 俺はリチャードにダーク・ゼム・イクリプスの耳を渡した。

「これがダーク・ゼム・イクリプスの耳か。素晴らしい。うむ、防腐加工もしっかりしてるな。大鋭爪鷹ハーストで送るから、今日中には帝都へ着くだろう」

 リチャードから金貨三百枚を渡された。

「それで、君たちはこれからどうするのだ?」
「リチャードさん。私たちはしばらくの間ウグマで活動します」
「そうか! それはありがたい。君たちにやってもらいたい高難度クエストはたくさんあるからな」
「ふふふ、お任せください」
「それでは君たちに、長期滞在用の家を貸し出そう。家賃はそうだな、一ヶ月金貨六枚でどうだ? レイも知ってるあの家だ。格安だぞ」
「え? あの家を?」
「もちろんだ。君たちには世話になるから、快適に暮らしてもらいたい。係の者に連絡しておくが、準備もあるだろう。日没頃に行ってみてくれ」
「ご配慮に感謝します」

 一通りの報告や手続きが終わり、俺たちは冒険者ギルドを出た。
 家を貸してもらえることになったが、俺はレイに疑問をぶつける。

「ねえ、レイ」
「なあに?」
「一ヶ月の家賃が金貨六枚って高すぎると思うんだけど……」
「ふふふ、そんなことないわよ。家を見れば分かるわ」
「へえ、見るのが楽しみだな」

 レイが納得しているのであれば俺も異論はない。
 日没まではまだ時間があるので、俺たちは防具のことを相談するため開発機関シグ・ナインへ向かった。
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