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第三章
第56話 期待と不安を胸に
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一頭の大牙猛象が牛鶏に興味を持ち、罠に寄ってきた。
特に警戒してないようだ。
長い鼻を器用に使い、牛鶏を持ち上げ口へ運ぶ。
牛鶏を軽々と持ち上げる力と、一口で食べる口の大きさに驚いた。
エレモスが牛鶏を食べた瞬間、その右前足がロープの輪に入る。
「今だ!」
俺は叫び、ロープを引っ張る。
狙い通りに右前足を拘束するロープ。
逃げようするエレモスの力は強烈だ。
俺を引きずりながらも歩き始めるが、負けじと引っ張り返す。
エレモスと綱引き状態になった。
力は均衡している。
その時、群れの一頭が俺に向かって突進。
長い鼻で俺を薙ぎ払った。
「グッ!」
全身に凄まじい衝撃を受け、俺の身体は宙を舞う。
「アル!」
レイの叫ぶ姿が上空から見えた。
空に向かって二十メデルトは飛ばされただろうか。
だが、俺はロープを離さない。
ロープがかかったエレモスは、俺が宙に浮くと走り出した。
エレモスに引っ張られたことで、ロープの遊びがなくなり急落下。
「くそっ! ロープを離したら死ぬ!」
なんとか上手く着地。
俺は両足を広げ、かかとに体重をかける。
そして、再度エレモスと綱引き状態になった。
「レイ! 急いで!」
「分かったわ!」
先程俺を吹き飛ばしたエレモスが、もう一度俺に向かって走ってきた。
飛ばされるのを覚悟して、全身に力を入れ構える。
その時、エルウッドが飛び出した。
「エルウッド! 危険だ! 離れろ!」
エルウッドはエレモスをスピードで翻弄する。
エレモスが進む方向を遮り、牽制し、巧みな誘導でエレモスをその場から追い払った。
さすがは固有名保有特異種だ。
「エルウッド! ありがとう!」
エレモスの群れは散開し、ロープで捕まえているエレモス以外は逃げた模様。
俺とエルウッドは、エレモスを群れから完全に孤立させた。
◇◇◇
「一人でエレモスを止めるなんて、本当に信じられないわね」
アルの力を信じているとはいえ、たった一人でエレモスを引き止める姿は圧巻だった。
アルだからこんな無茶な作戦を立てたけど、改めてこの子は化け物だと思い知る。
エレモスの動きが止まった瞬間、私はエレモスへ向かって走り出し細剣を抜いた。
エレモスの正面で大きくジャンプし、頭部へ飛び乗る。
バランスを取りながら、迅速かつ確実に狙いすまし、眉間の急所に向かって突きを放った。
「この剣は凄いわね。エレモスの硬い皮膚と頭蓋骨をこうも簡単に貫くとは」
深く刺さったレイピアを抜くと、エレモスはその場に崩れ落ちる。
その衝撃は、まるで地震が発生したかのようだった。
◇◇◇
エレモスを華麗に仕留めたレイ。
さすがだ。
レイは崩れ落ちるエレモスから飛び降り、軽やかに着地。
すかさず俺の方へ走ってきた。
「アル! 怪我は?」
レイが俺の両腕を掴む。
「ああ、大丈夫だよ。どこも痛くない」
「良かった。あなたが宙に舞った時は、心臓が止まるかと思ったわよ」
怪我がないことを確認できた瞬間、レイの表情が緩む。
「これほど簡単にエレモスを倒せるなんて! あなたのおかげよ!」
レイが抱きついてきた。
「レイだって揺れるあの足場で、エレモスの急所を正確に狙えるなんて本当に凄いよ! しかも一撃だよ!」
エルウッドも俺たちに近づいてきた。
「エルウッドも凄かった! 圧倒的なスピードだったぞ!」
「ウォン!」
「アルもエルウッドも凄いわ! エレモスの狩猟がこんな短時間なんて! 普通はもっと時間がかかるのよ!」
俺たちはお互いの無事を確認し、健闘を称え合う。
しばらくすると、解体師と運び屋がやってきた。
狩猟系クエストは、基本的に解体師一人と運び屋二人が同行する。
解体師はモンスターを細かく部位ごとに解体していく。
彼らの装備はモンスターの皮や素材で作られており、全身覆われている。
また、マスクを被ってるため素顔は見えない
正直に言うと不気味な姿だ。
そして、大きな荷車に乗った運び屋が二人。
運び屋はその名の通りモンスターの素材を運ぶ。
その他にも解体師のサポートや、素材の防腐処理を行う。
荷車を引くのは、Eランクモンスターの甲犀獣。
約五メデルトの巨体で、猛烈なパワーと無尽蔵のスタミナで荷車を引く。
硬い甲羅のような鱗は、鉄と同じくらいの硬度を誇る。
非常に防御力が高いモンスターで有名だ。
解体師が特殊な道具を使用して、素早くエレモスを解体している。
まるで魚を捌くかのような、驚異的なスピードだ。
運び屋の二人は、解体された素材を荷車へ載せ、迅速に防腐処理を行う。
素晴らしい連携だ。
この解体師と運び屋は、いつも同じチームなのだろう。
「解体が終わりました。それにしても圧倒的な狩猟でした」
「ありがとうございます。あなたこそ凄まじい解体技術ですね。今度教えて欲しいです」
俺の言葉で、解体師の動きが止まった。
表情は見えないが、少し驚いたようだ。
「そ、そんな言葉をかけてもらったのは初めてです」
「そうなんですね。でも本当に凄いです」
「ありがとうございます。では我々はこれをギルドへ運びます」
「よろしくお願いします」
「ギルドには大鋭爪鷹を飛ばして、討伐終了を連絡しておきます」
「ありがとうございます」
解体師と運び屋が去った。
その様子を見ていたレイが、俺の肩に手を置く。
「アル。あのね、基本的に解体師と話す冒険者はいないのよ」
「え? どうして?」
「それはね、冒険者の多くが解体師を見下したり嫌っているからよ」
「そうなの?」
「ええ。あってはならないことだけど、解体師や運び屋は冒険者から差別されているの」
「差別? どうして? 解体師のあの技術を学べば、狩猟はもっと早く的確にできると思うんだけどなあ」
「そうね。アルの言う通りよ。解体師のモンスターに対する知識は本当に深い。実際、私は若い頃に解体師からモンスターの弱点や臓器の場所を教えてもらったわ。私がAランクになれたのも、解体師のおかげといっても過言ではないのよ」
俺は去って行く解体師と運び屋の姿を、しばらくその場で眺めていた。
職業での差別。
俺も鉱夫だったことでバカにされたことがある。
そんなくだらないことは、なくすべきだと思う。
その後、近くの宿場町にもう一泊。
翌日の早朝、アセンへ向かって出発した。
「アル、モンスターの素材について教えるわね」
馬を並走するレイ。
「クエストの採取素材は依頼主に渡すけど、それ以外の素材はギルドが使用したり販売するのよ。それらも含めて報酬金額が計算されているの。もし私たち討伐者に欲しい素材がある場合は購入することもできるし、ギルドの許可があれば貰えることもあるわ。モンスターの素材は高価で貴重だから、しっかりと管理されてるのよ」
「へえ、そうなんだね」
「腕のいい解体師が担当すると、ギルドの素材収入が上がる。だから、高ランククエストに同行する解体師は皆腕が良いのよ」
「さっきの解体師はどうだった?」
「私が見た中ではトップクラスね。相当な技術を持ってるわ」
「やっぱり! 俺も素人ながら凄いと思ったんだよ。また彼に担当してもらいたいな」
「うーん、アル。あのね……あの人は多分女性よ?」
「え! で、でも声が」
「マスクを被ってるからそう聞こえただけね。解体師は女性も多いのよ?」
「そうだったんだ。知らなかったよ」
狩猟クエストをやれば、また解体師の技術が見られるのか。
俺もレイのように、解体師の技術を学びたい。
次にクエストへ出たら、今度はもっとたくさん話しかけてみよう。
楽しみだ。
――
俺たちは無事にアセンへ戻ってきた。
ギルドの受付でクエスト終了を報告。
ギルド支部長案件ということで、ピットが対応することになった。
「お二人で大丈夫でしたか?」
「はい、無事に狩猟できました」
「それにしても、これほどまでに早く狩猟するとは……」
信じられないと言いたげな表情を浮かべているピット。
「運び屋はもう少し時間がかかるでしょうけど、エレモスの大牙は問題ないわ」
「はい。解体師からも、狩猟と大牙の剥ぎ取りは無事に完了したと連絡が来ています」
「ふふふ、良かった。アルもこれでBランクね」
ピットが約束通り、Bランクの冒険者カードを発行してくれた。
そして、スコアには以前倒した霧大蝮と、大牙猛象の名前が記録された。
「レイ様、アル君、今回はお疲れ様でした。早くても一週間以上はかかると思っていましたが、まさかたった三日で帰還するとは本当に驚きです。しかもあの試験の翌日に出発ですからね。アル君の身体は一体どうなっているのか……」
隻眼のピットは、片目を大きく見開き俺を観察していた。
そしてレイに視線を向ける。
「レイ様、この先はどうするのですか? 活動拠点はここアセンですか? 王都イエソンですか?」
「私たちは国外へ出ようと思ってるわ」
「え? この国で活動されないんですか?」
「そうね、私の場合は国外の方が落ち着いてクエストできるでしょう」
「それはそうですが……。はああ、またこの国から優秀な冒険者が国外へ行ってしまう……」
「何かあれば戻ってくるわよ」
「そう願います」
全ての手続きを終え、報酬の金貨二十枚を受け取った。
「特殊な状況だったとはいえ、初クエストがBランクで、金貨二十枚もの大金を手にしたのはアル君が初めてだろう」
「そ、そうなんですか?」
「アル君。君はきっと凄い冒険者になる。今後の活躍を期待してるよ」
「ありがとうございます」
ピットと握手してギルドを出発し、カミラさんの宿へ戻る。
Bランクの冒険者カードを取得したことを伝えると、カミラさんもファステルも喜んでくれた。
夜はカミラさんがパーティーを開催。
「アルさん! Bランクの冒険者なんて本当に凄いです!」
何度も褒めてくれるカミラさん。
ちょっと恥ずかしい気持ちはあるが、俺は本当に嬉しかった。
パーティーが終わり、俺はバルコニーに出て夜風にあたる。
「アル、私は先に部屋へ戻るわね」
「ああ、俺はもう少しここにいるよ」
俺たちがアセンに来た目的は冒険者試験だ。
目的は達成したので、明日アセンを発つ。
「アル、本当におめでとう」
ファステルがバルコニーに出てきた。
「ファステル、今日はありがとう」
「ふふ、カミラさんがアルの合格祝いだって張り切っていたのよ」
月光を浴びた笑顔のファステルは、とても神秘的に見える。
まるで月の妖精だ。
「アルはいつまでアセンにいるの?」
「俺たちは明日アセンを出発するよ」
「え? あ、明日! も、もう行っちゃうの?」
「……うん、これから冒険者として国外で活動するんだ」
「そ、そうなのね……」
ファステルが胸に飛び込んできた。
「アル、私も一緒に……」
一瞬の静寂の後、優しい夜風が木々を揺らす。
ゆったりとした円舞曲のようだ。
「ううん、何でもない。私は……私はここで頑張る! ここはアルが用意してくれた私の場所だもの!」
「ファステル……」
「……アル、また必ず来てよね」
「もちろんだよ」
ファステルは俺の首に手を回し、キスをしてきた。
「あ、あのファステル……」
「いいのよ、これは挨拶なんだから」
その後、しばらくファステルと話をした。
――
翌朝、出発する俺たちをカミラさんとファステルが見送ってくれる。
今回も、旅に必要な消耗品を提供してくれたカミラさん。
レイが丁寧にお辞儀をした。
「カミラさん、何から何まで本当にありがとうございます。大変お世話になりました」
「と、とんでもないです」
カミラさんが両手を身体の前で振る。
レイのお礼に焦っているようだ。
「元とはいえ、騎士団団長のレイ様に協力できるなんて光栄なことですから」
「感謝します。カミラさんとファステル、そして宿の皆さんに祝福を」
騎士団流の別れの挨拶をしたレイ。
「カミラさん! いつも本当にありがとうございます!」
「こちらこそ。アルさんには感謝してもしきれません。あなたは私に幸運を運んでくれる人ですから。またいつでも来てくださいね」
俺もカミラさんへ感謝を伝えた。
そして、ファステルが笑顔で俺の前に立つ。
「アル、また絶対に来てよ!」
「もちろん! ファステルが元気だと俺も嬉しいからね。また絶対会いに来るよ!」
ファステルと握手をした。
「アルさん、頑張ってくださいね!」
「アル、頑張って!」
「はい! ありがとうございます!」
別れの挨拶を済ませ、俺たちはアセンを出発。
しばらく進んだところで、レイが馬を寄せ、俺の腕に手を乗せてきた。
「いよいよアルも冒険者のスタートね」
「緊張するよ」
「アルなら大丈夫よ。ピットも言っていたけど、本当に凄い冒険者になると思うわ」
「ちょっと、おだてないでよ」
「ふふふ、本心よ。これからの旅が本当に楽しみよ」
「そうだね、頑張るよ」
「ウォン!」
Bランクの冒険者カードを取得した俺は、ついに本格的な冒険者として活動を開始することになる。
期待と不安を胸に、街道を東へ進む。
特に警戒してないようだ。
長い鼻を器用に使い、牛鶏を持ち上げ口へ運ぶ。
牛鶏を軽々と持ち上げる力と、一口で食べる口の大きさに驚いた。
エレモスが牛鶏を食べた瞬間、その右前足がロープの輪に入る。
「今だ!」
俺は叫び、ロープを引っ張る。
狙い通りに右前足を拘束するロープ。
逃げようするエレモスの力は強烈だ。
俺を引きずりながらも歩き始めるが、負けじと引っ張り返す。
エレモスと綱引き状態になった。
力は均衡している。
その時、群れの一頭が俺に向かって突進。
長い鼻で俺を薙ぎ払った。
「グッ!」
全身に凄まじい衝撃を受け、俺の身体は宙を舞う。
「アル!」
レイの叫ぶ姿が上空から見えた。
空に向かって二十メデルトは飛ばされただろうか。
だが、俺はロープを離さない。
ロープがかかったエレモスは、俺が宙に浮くと走り出した。
エレモスに引っ張られたことで、ロープの遊びがなくなり急落下。
「くそっ! ロープを離したら死ぬ!」
なんとか上手く着地。
俺は両足を広げ、かかとに体重をかける。
そして、再度エレモスと綱引き状態になった。
「レイ! 急いで!」
「分かったわ!」
先程俺を吹き飛ばしたエレモスが、もう一度俺に向かって走ってきた。
飛ばされるのを覚悟して、全身に力を入れ構える。
その時、エルウッドが飛び出した。
「エルウッド! 危険だ! 離れろ!」
エルウッドはエレモスをスピードで翻弄する。
エレモスが進む方向を遮り、牽制し、巧みな誘導でエレモスをその場から追い払った。
さすがは固有名保有特異種だ。
「エルウッド! ありがとう!」
エレモスの群れは散開し、ロープで捕まえているエレモス以外は逃げた模様。
俺とエルウッドは、エレモスを群れから完全に孤立させた。
◇◇◇
「一人でエレモスを止めるなんて、本当に信じられないわね」
アルの力を信じているとはいえ、たった一人でエレモスを引き止める姿は圧巻だった。
アルだからこんな無茶な作戦を立てたけど、改めてこの子は化け物だと思い知る。
エレモスの動きが止まった瞬間、私はエレモスへ向かって走り出し細剣を抜いた。
エレモスの正面で大きくジャンプし、頭部へ飛び乗る。
バランスを取りながら、迅速かつ確実に狙いすまし、眉間の急所に向かって突きを放った。
「この剣は凄いわね。エレモスの硬い皮膚と頭蓋骨をこうも簡単に貫くとは」
深く刺さったレイピアを抜くと、エレモスはその場に崩れ落ちる。
その衝撃は、まるで地震が発生したかのようだった。
◇◇◇
エレモスを華麗に仕留めたレイ。
さすがだ。
レイは崩れ落ちるエレモスから飛び降り、軽やかに着地。
すかさず俺の方へ走ってきた。
「アル! 怪我は?」
レイが俺の両腕を掴む。
「ああ、大丈夫だよ。どこも痛くない」
「良かった。あなたが宙に舞った時は、心臓が止まるかと思ったわよ」
怪我がないことを確認できた瞬間、レイの表情が緩む。
「これほど簡単にエレモスを倒せるなんて! あなたのおかげよ!」
レイが抱きついてきた。
「レイだって揺れるあの足場で、エレモスの急所を正確に狙えるなんて本当に凄いよ! しかも一撃だよ!」
エルウッドも俺たちに近づいてきた。
「エルウッドも凄かった! 圧倒的なスピードだったぞ!」
「ウォン!」
「アルもエルウッドも凄いわ! エレモスの狩猟がこんな短時間なんて! 普通はもっと時間がかかるのよ!」
俺たちはお互いの無事を確認し、健闘を称え合う。
しばらくすると、解体師と運び屋がやってきた。
狩猟系クエストは、基本的に解体師一人と運び屋二人が同行する。
解体師はモンスターを細かく部位ごとに解体していく。
彼らの装備はモンスターの皮や素材で作られており、全身覆われている。
また、マスクを被ってるため素顔は見えない
正直に言うと不気味な姿だ。
そして、大きな荷車に乗った運び屋が二人。
運び屋はその名の通りモンスターの素材を運ぶ。
その他にも解体師のサポートや、素材の防腐処理を行う。
荷車を引くのは、Eランクモンスターの甲犀獣。
約五メデルトの巨体で、猛烈なパワーと無尽蔵のスタミナで荷車を引く。
硬い甲羅のような鱗は、鉄と同じくらいの硬度を誇る。
非常に防御力が高いモンスターで有名だ。
解体師が特殊な道具を使用して、素早くエレモスを解体している。
まるで魚を捌くかのような、驚異的なスピードだ。
運び屋の二人は、解体された素材を荷車へ載せ、迅速に防腐処理を行う。
素晴らしい連携だ。
この解体師と運び屋は、いつも同じチームなのだろう。
「解体が終わりました。それにしても圧倒的な狩猟でした」
「ありがとうございます。あなたこそ凄まじい解体技術ですね。今度教えて欲しいです」
俺の言葉で、解体師の動きが止まった。
表情は見えないが、少し驚いたようだ。
「そ、そんな言葉をかけてもらったのは初めてです」
「そうなんですね。でも本当に凄いです」
「ありがとうございます。では我々はこれをギルドへ運びます」
「よろしくお願いします」
「ギルドには大鋭爪鷹を飛ばして、討伐終了を連絡しておきます」
「ありがとうございます」
解体師と運び屋が去った。
その様子を見ていたレイが、俺の肩に手を置く。
「アル。あのね、基本的に解体師と話す冒険者はいないのよ」
「え? どうして?」
「それはね、冒険者の多くが解体師を見下したり嫌っているからよ」
「そうなの?」
「ええ。あってはならないことだけど、解体師や運び屋は冒険者から差別されているの」
「差別? どうして? 解体師のあの技術を学べば、狩猟はもっと早く的確にできると思うんだけどなあ」
「そうね。アルの言う通りよ。解体師のモンスターに対する知識は本当に深い。実際、私は若い頃に解体師からモンスターの弱点や臓器の場所を教えてもらったわ。私がAランクになれたのも、解体師のおかげといっても過言ではないのよ」
俺は去って行く解体師と運び屋の姿を、しばらくその場で眺めていた。
職業での差別。
俺も鉱夫だったことでバカにされたことがある。
そんなくだらないことは、なくすべきだと思う。
その後、近くの宿場町にもう一泊。
翌日の早朝、アセンへ向かって出発した。
「アル、モンスターの素材について教えるわね」
馬を並走するレイ。
「クエストの採取素材は依頼主に渡すけど、それ以外の素材はギルドが使用したり販売するのよ。それらも含めて報酬金額が計算されているの。もし私たち討伐者に欲しい素材がある場合は購入することもできるし、ギルドの許可があれば貰えることもあるわ。モンスターの素材は高価で貴重だから、しっかりと管理されてるのよ」
「へえ、そうなんだね」
「腕のいい解体師が担当すると、ギルドの素材収入が上がる。だから、高ランククエストに同行する解体師は皆腕が良いのよ」
「さっきの解体師はどうだった?」
「私が見た中ではトップクラスね。相当な技術を持ってるわ」
「やっぱり! 俺も素人ながら凄いと思ったんだよ。また彼に担当してもらいたいな」
「うーん、アル。あのね……あの人は多分女性よ?」
「え! で、でも声が」
「マスクを被ってるからそう聞こえただけね。解体師は女性も多いのよ?」
「そうだったんだ。知らなかったよ」
狩猟クエストをやれば、また解体師の技術が見られるのか。
俺もレイのように、解体師の技術を学びたい。
次にクエストへ出たら、今度はもっとたくさん話しかけてみよう。
楽しみだ。
――
俺たちは無事にアセンへ戻ってきた。
ギルドの受付でクエスト終了を報告。
ギルド支部長案件ということで、ピットが対応することになった。
「お二人で大丈夫でしたか?」
「はい、無事に狩猟できました」
「それにしても、これほどまでに早く狩猟するとは……」
信じられないと言いたげな表情を浮かべているピット。
「運び屋はもう少し時間がかかるでしょうけど、エレモスの大牙は問題ないわ」
「はい。解体師からも、狩猟と大牙の剥ぎ取りは無事に完了したと連絡が来ています」
「ふふふ、良かった。アルもこれでBランクね」
ピットが約束通り、Bランクの冒険者カードを発行してくれた。
そして、スコアには以前倒した霧大蝮と、大牙猛象の名前が記録された。
「レイ様、アル君、今回はお疲れ様でした。早くても一週間以上はかかると思っていましたが、まさかたった三日で帰還するとは本当に驚きです。しかもあの試験の翌日に出発ですからね。アル君の身体は一体どうなっているのか……」
隻眼のピットは、片目を大きく見開き俺を観察していた。
そしてレイに視線を向ける。
「レイ様、この先はどうするのですか? 活動拠点はここアセンですか? 王都イエソンですか?」
「私たちは国外へ出ようと思ってるわ」
「え? この国で活動されないんですか?」
「そうね、私の場合は国外の方が落ち着いてクエストできるでしょう」
「それはそうですが……。はああ、またこの国から優秀な冒険者が国外へ行ってしまう……」
「何かあれば戻ってくるわよ」
「そう願います」
全ての手続きを終え、報酬の金貨二十枚を受け取った。
「特殊な状況だったとはいえ、初クエストがBランクで、金貨二十枚もの大金を手にしたのはアル君が初めてだろう」
「そ、そうなんですか?」
「アル君。君はきっと凄い冒険者になる。今後の活躍を期待してるよ」
「ありがとうございます」
ピットと握手してギルドを出発し、カミラさんの宿へ戻る。
Bランクの冒険者カードを取得したことを伝えると、カミラさんもファステルも喜んでくれた。
夜はカミラさんがパーティーを開催。
「アルさん! Bランクの冒険者なんて本当に凄いです!」
何度も褒めてくれるカミラさん。
ちょっと恥ずかしい気持ちはあるが、俺は本当に嬉しかった。
パーティーが終わり、俺はバルコニーに出て夜風にあたる。
「アル、私は先に部屋へ戻るわね」
「ああ、俺はもう少しここにいるよ」
俺たちがアセンに来た目的は冒険者試験だ。
目的は達成したので、明日アセンを発つ。
「アル、本当におめでとう」
ファステルがバルコニーに出てきた。
「ファステル、今日はありがとう」
「ふふ、カミラさんがアルの合格祝いだって張り切っていたのよ」
月光を浴びた笑顔のファステルは、とても神秘的に見える。
まるで月の妖精だ。
「アルはいつまでアセンにいるの?」
「俺たちは明日アセンを出発するよ」
「え? あ、明日! も、もう行っちゃうの?」
「……うん、これから冒険者として国外で活動するんだ」
「そ、そうなのね……」
ファステルが胸に飛び込んできた。
「アル、私も一緒に……」
一瞬の静寂の後、優しい夜風が木々を揺らす。
ゆったりとした円舞曲のようだ。
「ううん、何でもない。私は……私はここで頑張る! ここはアルが用意してくれた私の場所だもの!」
「ファステル……」
「……アル、また必ず来てよね」
「もちろんだよ」
ファステルは俺の首に手を回し、キスをしてきた。
「あ、あのファステル……」
「いいのよ、これは挨拶なんだから」
その後、しばらくファステルと話をした。
――
翌朝、出発する俺たちをカミラさんとファステルが見送ってくれる。
今回も、旅に必要な消耗品を提供してくれたカミラさん。
レイが丁寧にお辞儀をした。
「カミラさん、何から何まで本当にありがとうございます。大変お世話になりました」
「と、とんでもないです」
カミラさんが両手を身体の前で振る。
レイのお礼に焦っているようだ。
「元とはいえ、騎士団団長のレイ様に協力できるなんて光栄なことですから」
「感謝します。カミラさんとファステル、そして宿の皆さんに祝福を」
騎士団流の別れの挨拶をしたレイ。
「カミラさん! いつも本当にありがとうございます!」
「こちらこそ。アルさんには感謝してもしきれません。あなたは私に幸運を運んでくれる人ですから。またいつでも来てくださいね」
俺もカミラさんへ感謝を伝えた。
そして、ファステルが笑顔で俺の前に立つ。
「アル、また絶対に来てよ!」
「もちろん! ファステルが元気だと俺も嬉しいからね。また絶対会いに来るよ!」
ファステルと握手をした。
「アルさん、頑張ってくださいね!」
「アル、頑張って!」
「はい! ありがとうございます!」
別れの挨拶を済ませ、俺たちはアセンを出発。
しばらく進んだところで、レイが馬を寄せ、俺の腕に手を乗せてきた。
「いよいよアルも冒険者のスタートね」
「緊張するよ」
「アルなら大丈夫よ。ピットも言っていたけど、本当に凄い冒険者になると思うわ」
「ちょっと、おだてないでよ」
「ふふふ、本心よ。これからの旅が本当に楽しみよ」
「そうだね、頑張るよ」
「ウォン!」
Bランクの冒険者カードを取得した俺は、ついに本格的な冒険者として活動を開始することになる。
期待と不安を胸に、街道を東へ進む。
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彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
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