34 / 414
第二章
第34話 王都へ
しおりを挟む
ラバウトを出発して二十二日目。
ついにイーセ王国の中心地、王都イエソンがあるロンハー地方に入った。
イエソンまでは残り約百キデルト。
あと二日の距離だ。
宿場町の宿へ行き、受付を済ませた。
昼過ぎから雨が降ってきたので、外出せず宿の食堂で夕食を取る。
カウンターで麦酒を飲みながら食べていると、フロアで若い男たちが騒いでいた。
「今年の騎士団試験の正式スケジュールが出たぞ!」
「一週間後だってよ」
「よし! 今年こそは合格するぞ!」
「あの地獄の試験だ。頑張れよ!」
「レイ・ステラー様に会いてえ!」
「合格を祈願して乾杯するぞ!」
盛り上がる若い男たち。
入団試験を受ける者もいるようだ。
「入団試験は一週間後か」
あと二日でイエソンに着く予定だから、ちょうど良いタイミングだ
俺も騎士団に合格できることを願って、一人麦酒で乾杯した。
――
ラバウトを出発して二十四日目。
予定では今日、王都イエソンに到着する。
俺は何度も地図に視線を落とす。
街道は徐々に賑やかになり、道幅も広くなってきた。
行き交う隊商や旅人の数も、これまでで最も多い。
街道沿いは街でもないのに、屋台や露店を見かける。
王都が近づいている証拠だろう。
そして前方に、巨大な城門が姿を現した。
城壁は地平線の彼方まで続いている。
「あ、あれが……王都」
あまりの巨大さに、俺は自然と声が漏れた。
城門へ近づくにつれ、達成感がこみ上げる。
ついに王都イエソンに到着した。
二十四日間の旅も終わりだ。
「エルウッド! 王都に着いたよ!」
「ウォウウォウ!」
エルウッドも嬉しそうだ。
南方の街道から来た俺たちは、そのまま南大門へ進む。
南大門は高さ三十メデルト、幅二十メデルトはあるだろう。
「お、大きい……」
圧倒的な存在感の大門を前にして、ありきたりの言葉しか出ない。
城壁は幅十メデルトほどの堀に囲まれており、跳ね上げ式の橋を渡る。
そして、南大門の検問所で、入都手続きを行う。
「観光か?」
「騎士団の入団試験に来ました」
「おお、そうか。では一ヶ月の滞在証明書を出す。半銀貨四枚だ。資金に余裕はあるか?」
「はい、大丈夫です」
イーセ王国はこういった警備も騎士が行っている。
検問所の若い騎士は、俺の滞在理由が入団試験と分かり嬉しそうな表情を浮かべていた。
「試験は五日後だ。受付を忘れるな。今年は特に倍率が高いから頑張れよ!」
「はい! ありがとうございます!」
半銀貨四枚を支払い、滞在証明書を発行してもらった。
イエソンの人口は三百万人と言われており、世界一の超巨大都市だ。
これほどの巨大都市の治安を維持し、環境を整備するには莫大な国費がかかる。
そのため、外部から来た人間は、滞在期間に応じた税金を支払う。
商人の場合は、さらに関税がかかるそうだ。
南大門をくぐり抜けると石畳の広場があり、大勢の人々で賑わっていた。
広場中心の大きな噴水は、旅人を歓迎するかのような美しい彫刻が施されている。
広場の周囲には、石造や木造の建物が立ち並ぶ。
デザインも様々で、俺は見たことのない街並みに目を奪われていた。
さすが大都市だ。
しかし、すぐ我に返った。
まずは宿を決めなければならない。
試験のために、長期滞在する必要がある。
しかし、これだけの巨大都市だ。
どこに泊まっていいのか分からない。
イエソンは大きく六つの区に分かれている。
南区、西区、北区、東区、中央区、イエソン城。
一つ一つの区画が、地方の最大都市以上の大きさだ。
そのため各区画は、さらに小さい区画で管理されている。
南大門から入った俺は、そのまま南区をうろつく。
このまま南区で宿を探すべきなのか……。
馬の手綱を引き、落ち着きなく歩いていると、通行人とぶつかってしまった。
「兄さん、危ないよ。気をつけな」
「ご、ごめんなさい」
まさに右も左も分からない状態で街を彷徨っている。
確かに邪魔だっただろう。
俺は素直に謝った。
だが、エルウッドがぶつかってきた男に飛びかかってしまった。
「いてえっ! な、何すんだ! このクソ犬!」
「キャー!」
通行人が悲鳴を上げる。
「エルウッド! どうしたんだ!」
エルウッドが突然人に噛みつくなんて初めてのことだ。
エルウッドは噛みついたまま男を離さない。
男は地面を転げ回る。
辺りは騒然とした。
騒ぎを聞きつけた騎士が、笛を吹きながら走ってくる。
「貴様ら! 何をやっている!」
「くそっ!」
男は走って逃げようとする。
しかし、エルウッドは離さない。
「君はさっき門を通った受験生じゃないか。ん? こいつは」
「離せ!」
男の顔を見て騎士の表情が一変。
「こいつはスリだ! 君、何か取られてないか?」
「あ! 財布がない!」
「やはりな。この狼牙が気づいて飛びかかったのだろう。主人想いの賢い子だ」
騎士が財布を取り戻してくれた。
「今の時期は受験生を狙ったスリが増える。嫌な思いをさせて申し訳ない。試験頑張ってな」
気遣いの言葉をかけてくれた騎士は、スリの男を引っ張っていった。
「エルウッド、助かったよ。ありがとう」
「ウォン!」
お礼を伝えると、嬉しそうに尻尾を振るエルウッド。
しかし、まさかスリに遭遇するなんて。
都会は怖い。
「お兄さん、大丈夫だった?」
突然一人の少女が話しかけてきた。
スリの直後だ。
仲間かもしれない。
「お兄さんも入団試験?」
無視してこの場を離れようとしているのに、構わず話しかけてくる少女。
「さっき話してるのが聞こえたからさ。お兄さんも騎士団受験するの?」
「……そうですけど」
「そんな堅苦しく話さないで! ウチも入団試験を受けに来た仲間なの!」
少女は百五十セデルトほどの小柄な体型をしていた。
赤髪で癖のあるショートヘア。
黒く丸い大きな瞳は、まるで小動物のような印象だ。
「ウチの名前はリアナ・サンドラ。よろしくね」
こんな小さな少女が受験って、騎士団は年齢や身長に制限はないのだろうか。
でも、レイさんは十五歳で騎士団に入団したと言っていたし、年齢は問題ないのだろう。
「ちょっと! 無視しないで!」
少女が叫んでいた。
しかし、俺はどうしても拒否感が否めない。
スリにあったばかりだし、この子には盗み聞きされている。
「ウチも宿を探してるんだ。どう、一緒に探さない?」
雰囲気はセレナに似ていて元気な子だ。
「……俺はアル・パート」
「やっと喋ってくれた! ねえ、アル。一緒に宿探そ?」
大きな旅の荷物も持っているし、警戒しなくても大丈夫だろう。
「分かった。一緒に宿を探そうか」
「そうこなくちゃ! ねえアル。この子は狼牙?」
「そうだよ。エルウッドっていうんだ」
「エルウッドもよろしくね!」
「ウォン」
エルウッドが頷く。
「アルはイエソン初めて?」
「うん。リアナは?」
「ウチも初めて。だから緊張しちゃって……」
俺はここで警戒心を解いた。
王都で緊張している同志を見つけたからだ。
「分かる! 俺も田舎から来て緊張してる。スリにもあったし」
「やっぱりキョロキョロしちゃうよね! でも、それだとナメられちゃう。都会は怖いよ」
田舎者同士、一瞬で意気投合した。
「アルはどうして騎士団に?」
「知り合いに勧められたんだ」
「へー、そうなんだね」
「リアナは?」
「ウチはザイン・フィリップ様に憧れてるんだ。ザイン様の元で働きたいの」
「へえ、ザインさんって人気あるんだな」
「ちょっと! アンタ失礼よ!」
二人で話しながら、南門に近い商業区まで来た。
門から近いこともあり、旅人相手の宿泊街になっている。
「ウチの予算は銀貨五枚が限度かな」
「俺も同じく」
本当はもう少し余裕がある。
しかし、節約することに越したことはない。
俺たちは一軒の宿屋に入った。
宿の主人に騎士団試験で来たことを伝えると、二十日間は宿泊することを勧められた。
試験結果の発表に時間がかかるらしい。
料金は一人部屋で一泊半銀貨四枚。
二十日分だと銀貨八枚になる。
リアナは諦めようとしたが、特別に二十日間銀貨五枚でいいとのこと。
宿の主人も昔騎士団を受験したことがあり、今は受験生を応援しているそうだ。
俺たちはここに泊まることにした。
「じゃあ、アル。次は入団試験の受付へ行こ」
「受付ってどこに行けばいいのかな?」
「アンタ本当に何も知らないのね。よくそれで試験受けに来たわね」
「う、うるさいな……」
「ちょっと! アンタのそういう態度良くないわよ!」
リアナは文句を言いつつ、説明してくれた。
面倒見がいいようだ。
きっと長女に違いない。
リアナの説明によると、受付は騎士団の出張所でも可能らしい。
俺たちは南区の騎士団出張所へ行き、入団試験の受付を済ませた。
これで後戻りできない。
あとは全力で試験を受けるだけだ。
受付を済ませ出口へ向かうと、ちょうど数人の騎士とすれ違う。
「アルじゃないか!」
突然、先頭にいる騎士が声をかけてきた。
「ザ、ザインさん! お久しぶりです!」
「そうか、ここにいるってことは……入団試験に来たのか」
「はい! そうです!」
「今年の試験は倍率が高いと聞いている。お前は大丈夫なんだろうな?」
「可能な限りやってきました。入団できるように頑張ります!」
「お前のことだから大丈夫だと思うが、全力を出すのだぞ」
「はい! ありがとうございます! ザインさんも一番隊隊長就任おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
挨拶を交わすと、ザインさんは奥の部屋に入っていった。
「ちょ、ちょっと! ちょっとアンタ! ザイン・フィリップ様と知り合いなの? ねえ! ズルくない?」
「少し面識があるだけだよ」
「ああ、ザイン様格好良かったなあ。はあ、こんな距離で見られて幸せだなあ。私も一番隊に入りたいなあ」
完全に舞い上がっているリアナ。
「まずは受からないとね」
「ちょっとアンタ! バカじゃないの! 現実に戻さないでよ! バカ!」
言い争いながら宿へ帰る。
王都イエソンの初日の夜は、リアナと宿の食堂で食事をした。
リアナの騎士団への意気込みを延々と聞かされただけだったが。
そして、実際にザインさんを目撃したことで、ザインさんへの愛が爆発したようだ。
その姿は、もはやただのファンと化していた。
◇◇◇
その夜、王城の騎士団団長室にて。
「団長、アル・パートが王都に来ました」
「……そうか。どこにいた?」
「南区です。そのまま南区の宿で宿泊しています」
「分かった。宰相殿に報告しなければ……」
団長と呼ばれた女騎士は窓際に立ち、南区の方向を眺めていた。
◇◇◇
ついにイーセ王国の中心地、王都イエソンがあるロンハー地方に入った。
イエソンまでは残り約百キデルト。
あと二日の距離だ。
宿場町の宿へ行き、受付を済ませた。
昼過ぎから雨が降ってきたので、外出せず宿の食堂で夕食を取る。
カウンターで麦酒を飲みながら食べていると、フロアで若い男たちが騒いでいた。
「今年の騎士団試験の正式スケジュールが出たぞ!」
「一週間後だってよ」
「よし! 今年こそは合格するぞ!」
「あの地獄の試験だ。頑張れよ!」
「レイ・ステラー様に会いてえ!」
「合格を祈願して乾杯するぞ!」
盛り上がる若い男たち。
入団試験を受ける者もいるようだ。
「入団試験は一週間後か」
あと二日でイエソンに着く予定だから、ちょうど良いタイミングだ
俺も騎士団に合格できることを願って、一人麦酒で乾杯した。
――
ラバウトを出発して二十四日目。
予定では今日、王都イエソンに到着する。
俺は何度も地図に視線を落とす。
街道は徐々に賑やかになり、道幅も広くなってきた。
行き交う隊商や旅人の数も、これまでで最も多い。
街道沿いは街でもないのに、屋台や露店を見かける。
王都が近づいている証拠だろう。
そして前方に、巨大な城門が姿を現した。
城壁は地平線の彼方まで続いている。
「あ、あれが……王都」
あまりの巨大さに、俺は自然と声が漏れた。
城門へ近づくにつれ、達成感がこみ上げる。
ついに王都イエソンに到着した。
二十四日間の旅も終わりだ。
「エルウッド! 王都に着いたよ!」
「ウォウウォウ!」
エルウッドも嬉しそうだ。
南方の街道から来た俺たちは、そのまま南大門へ進む。
南大門は高さ三十メデルト、幅二十メデルトはあるだろう。
「お、大きい……」
圧倒的な存在感の大門を前にして、ありきたりの言葉しか出ない。
城壁は幅十メデルトほどの堀に囲まれており、跳ね上げ式の橋を渡る。
そして、南大門の検問所で、入都手続きを行う。
「観光か?」
「騎士団の入団試験に来ました」
「おお、そうか。では一ヶ月の滞在証明書を出す。半銀貨四枚だ。資金に余裕はあるか?」
「はい、大丈夫です」
イーセ王国はこういった警備も騎士が行っている。
検問所の若い騎士は、俺の滞在理由が入団試験と分かり嬉しそうな表情を浮かべていた。
「試験は五日後だ。受付を忘れるな。今年は特に倍率が高いから頑張れよ!」
「はい! ありがとうございます!」
半銀貨四枚を支払い、滞在証明書を発行してもらった。
イエソンの人口は三百万人と言われており、世界一の超巨大都市だ。
これほどの巨大都市の治安を維持し、環境を整備するには莫大な国費がかかる。
そのため、外部から来た人間は、滞在期間に応じた税金を支払う。
商人の場合は、さらに関税がかかるそうだ。
南大門をくぐり抜けると石畳の広場があり、大勢の人々で賑わっていた。
広場中心の大きな噴水は、旅人を歓迎するかのような美しい彫刻が施されている。
広場の周囲には、石造や木造の建物が立ち並ぶ。
デザインも様々で、俺は見たことのない街並みに目を奪われていた。
さすが大都市だ。
しかし、すぐ我に返った。
まずは宿を決めなければならない。
試験のために、長期滞在する必要がある。
しかし、これだけの巨大都市だ。
どこに泊まっていいのか分からない。
イエソンは大きく六つの区に分かれている。
南区、西区、北区、東区、中央区、イエソン城。
一つ一つの区画が、地方の最大都市以上の大きさだ。
そのため各区画は、さらに小さい区画で管理されている。
南大門から入った俺は、そのまま南区をうろつく。
このまま南区で宿を探すべきなのか……。
馬の手綱を引き、落ち着きなく歩いていると、通行人とぶつかってしまった。
「兄さん、危ないよ。気をつけな」
「ご、ごめんなさい」
まさに右も左も分からない状態で街を彷徨っている。
確かに邪魔だっただろう。
俺は素直に謝った。
だが、エルウッドがぶつかってきた男に飛びかかってしまった。
「いてえっ! な、何すんだ! このクソ犬!」
「キャー!」
通行人が悲鳴を上げる。
「エルウッド! どうしたんだ!」
エルウッドが突然人に噛みつくなんて初めてのことだ。
エルウッドは噛みついたまま男を離さない。
男は地面を転げ回る。
辺りは騒然とした。
騒ぎを聞きつけた騎士が、笛を吹きながら走ってくる。
「貴様ら! 何をやっている!」
「くそっ!」
男は走って逃げようとする。
しかし、エルウッドは離さない。
「君はさっき門を通った受験生じゃないか。ん? こいつは」
「離せ!」
男の顔を見て騎士の表情が一変。
「こいつはスリだ! 君、何か取られてないか?」
「あ! 財布がない!」
「やはりな。この狼牙が気づいて飛びかかったのだろう。主人想いの賢い子だ」
騎士が財布を取り戻してくれた。
「今の時期は受験生を狙ったスリが増える。嫌な思いをさせて申し訳ない。試験頑張ってな」
気遣いの言葉をかけてくれた騎士は、スリの男を引っ張っていった。
「エルウッド、助かったよ。ありがとう」
「ウォン!」
お礼を伝えると、嬉しそうに尻尾を振るエルウッド。
しかし、まさかスリに遭遇するなんて。
都会は怖い。
「お兄さん、大丈夫だった?」
突然一人の少女が話しかけてきた。
スリの直後だ。
仲間かもしれない。
「お兄さんも入団試験?」
無視してこの場を離れようとしているのに、構わず話しかけてくる少女。
「さっき話してるのが聞こえたからさ。お兄さんも騎士団受験するの?」
「……そうですけど」
「そんな堅苦しく話さないで! ウチも入団試験を受けに来た仲間なの!」
少女は百五十セデルトほどの小柄な体型をしていた。
赤髪で癖のあるショートヘア。
黒く丸い大きな瞳は、まるで小動物のような印象だ。
「ウチの名前はリアナ・サンドラ。よろしくね」
こんな小さな少女が受験って、騎士団は年齢や身長に制限はないのだろうか。
でも、レイさんは十五歳で騎士団に入団したと言っていたし、年齢は問題ないのだろう。
「ちょっと! 無視しないで!」
少女が叫んでいた。
しかし、俺はどうしても拒否感が否めない。
スリにあったばかりだし、この子には盗み聞きされている。
「ウチも宿を探してるんだ。どう、一緒に探さない?」
雰囲気はセレナに似ていて元気な子だ。
「……俺はアル・パート」
「やっと喋ってくれた! ねえ、アル。一緒に宿探そ?」
大きな旅の荷物も持っているし、警戒しなくても大丈夫だろう。
「分かった。一緒に宿を探そうか」
「そうこなくちゃ! ねえアル。この子は狼牙?」
「そうだよ。エルウッドっていうんだ」
「エルウッドもよろしくね!」
「ウォン」
エルウッドが頷く。
「アルはイエソン初めて?」
「うん。リアナは?」
「ウチも初めて。だから緊張しちゃって……」
俺はここで警戒心を解いた。
王都で緊張している同志を見つけたからだ。
「分かる! 俺も田舎から来て緊張してる。スリにもあったし」
「やっぱりキョロキョロしちゃうよね! でも、それだとナメられちゃう。都会は怖いよ」
田舎者同士、一瞬で意気投合した。
「アルはどうして騎士団に?」
「知り合いに勧められたんだ」
「へー、そうなんだね」
「リアナは?」
「ウチはザイン・フィリップ様に憧れてるんだ。ザイン様の元で働きたいの」
「へえ、ザインさんって人気あるんだな」
「ちょっと! アンタ失礼よ!」
二人で話しながら、南門に近い商業区まで来た。
門から近いこともあり、旅人相手の宿泊街になっている。
「ウチの予算は銀貨五枚が限度かな」
「俺も同じく」
本当はもう少し余裕がある。
しかし、節約することに越したことはない。
俺たちは一軒の宿屋に入った。
宿の主人に騎士団試験で来たことを伝えると、二十日間は宿泊することを勧められた。
試験結果の発表に時間がかかるらしい。
料金は一人部屋で一泊半銀貨四枚。
二十日分だと銀貨八枚になる。
リアナは諦めようとしたが、特別に二十日間銀貨五枚でいいとのこと。
宿の主人も昔騎士団を受験したことがあり、今は受験生を応援しているそうだ。
俺たちはここに泊まることにした。
「じゃあ、アル。次は入団試験の受付へ行こ」
「受付ってどこに行けばいいのかな?」
「アンタ本当に何も知らないのね。よくそれで試験受けに来たわね」
「う、うるさいな……」
「ちょっと! アンタのそういう態度良くないわよ!」
リアナは文句を言いつつ、説明してくれた。
面倒見がいいようだ。
きっと長女に違いない。
リアナの説明によると、受付は騎士団の出張所でも可能らしい。
俺たちは南区の騎士団出張所へ行き、入団試験の受付を済ませた。
これで後戻りできない。
あとは全力で試験を受けるだけだ。
受付を済ませ出口へ向かうと、ちょうど数人の騎士とすれ違う。
「アルじゃないか!」
突然、先頭にいる騎士が声をかけてきた。
「ザ、ザインさん! お久しぶりです!」
「そうか、ここにいるってことは……入団試験に来たのか」
「はい! そうです!」
「今年の試験は倍率が高いと聞いている。お前は大丈夫なんだろうな?」
「可能な限りやってきました。入団できるように頑張ります!」
「お前のことだから大丈夫だと思うが、全力を出すのだぞ」
「はい! ありがとうございます! ザインさんも一番隊隊長就任おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
挨拶を交わすと、ザインさんは奥の部屋に入っていった。
「ちょ、ちょっと! ちょっとアンタ! ザイン・フィリップ様と知り合いなの? ねえ! ズルくない?」
「少し面識があるだけだよ」
「ああ、ザイン様格好良かったなあ。はあ、こんな距離で見られて幸せだなあ。私も一番隊に入りたいなあ」
完全に舞い上がっているリアナ。
「まずは受からないとね」
「ちょっとアンタ! バカじゃないの! 現実に戻さないでよ! バカ!」
言い争いながら宿へ帰る。
王都イエソンの初日の夜は、リアナと宿の食堂で食事をした。
リアナの騎士団への意気込みを延々と聞かされただけだったが。
そして、実際にザインさんを目撃したことで、ザインさんへの愛が爆発したようだ。
その姿は、もはやただのファンと化していた。
◇◇◇
その夜、王城の騎士団団長室にて。
「団長、アル・パートが王都に来ました」
「……そうか。どこにいた?」
「南区です。そのまま南区の宿で宿泊しています」
「分かった。宰相殿に報告しなければ……」
団長と呼ばれた女騎士は窓際に立ち、南区の方向を眺めていた。
◇◇◇
44
お気に入りに追加
185
あなたにおすすめの小説

【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果
安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。
そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。
煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。
学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。
ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。
ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は……
基本的には、ほのぼのです。
設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

召喚されたら無能力だと追放されたが、俺の力はヘルプ機能とチュートリアルモードだった。世界の全てを事前に予習してイージーモードで活躍します
あけちともあき
ファンタジー
異世界召喚されたコトマエ・マナビ。
異世界パルメディアは、大魔法文明時代。
だが、その時代は崩壊寸前だった。
なのに人類同志は争いをやめず、異世界召喚した特殊能力を持つ人間同士を戦わせて覇を競っている。
マナビは魔力も闘気もゼロということで無能と断じられ、彼を召喚したハーフエルフ巫女のルミイとともに追放される。
追放先は、魔法文明人の娯楽にして公開処刑装置、滅びの塔。
ここで命運尽きるかと思われたが、マナビの能力、ヘルプ機能とチュートリアルシステムが発動する。
世界のすべてを事前に調べ、起こる出来事を予習する。
無理ゲーだって軽々くぐり抜け、デスゲームもヌルゲーに変わる。
化け物だって天変地異だって、事前の予習でサクサククリア。
そして自分を舐めてきた相手を、さんざん煽り倒す。
当座の目的は、ハーフエルフ巫女のルミイを実家に帰すこと。
ディストピアから、ポストアポカリプスへと崩壊していくこの世界で、マナビとルミイのどこか呑気な旅が続く。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる