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第二章

第32話 その手にツルハシ 胸に金貨を2

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 翌朝、日の出前に起床。

「アル、ごめんね。こんなものしか出せないけど」

 ファステルが朝食を作ってくれた。
 ジャガイモのスープだ。
 一人暮らしの俺も同じ様な食事だから、全く気にならない。

「え? 凄く美味しいよ?」
「ほ、本当に? ごめんね」
「なんで謝るの。こんなに美味しいスープなら毎日食べたいよ。アハハ」
「もう! アルったら!」

 和やかな雰囲気で朝食を終え、ファステルと採掘の準備。
 ファステルの弟デイヴのツルハシを二本と、鉱石を入れる厚手の麻袋を数枚用意。
 それらを荷車に積んだ。

 デイヴの荷車は人間が引く二輪タイプなので、俺がいる間は馬で引く。

 俺は馬にまたがり、ファステルとエルウッドが荷台に乗る。
 村から五キデルトほど移動すると、デイヴが採掘していた鉱山に到着。
 俺の第一印象では、この付近に希少鉱石はなさそうだ。
 そうなると、一番稼げるのは燃石になる。

 特に冬の間の燃石は、採れば採っただけ売れる。
 単価は温暖なラバウトで、十キルク銅貨七枚ほどだ。
 ラバウトよりも北にあるここキーズ地方なら、もう少し単価は高いだろう。

「ファステル、燃石はいくらで売ってるの?」
「今は冬だから、十キルク半銀貨一枚ってところね」

 デイヴの手術代が金貨五枚。
 入院代もかなりかかるし、当面の生活費もあるだろう。
 それらを含めて合計で金貨十枚必要だとしたら、燃石だけで一万キルクもの量が必要になる。
 個人で一万キルクの採掘は不可能だ。

 もし仮にその量を採掘して販売したら、この地域の燃石の市場価格は一気に下がることになる。
 そうなると、鉱夫ギルドから制裁があるだろう。

 デイヴの荷車で運ぶ重量は、人力だと百キルクが限界だと思う。
 だが、今は俺の馬がいるため五百キルクは運べる。
 燃石五百キルクで半銀貨五十枚、すなわち銀貨五枚の売上だ。
 しかし、金貨十枚には圧倒的に足りない。
 希少鉱石が採れれば、金貨にも届くのだが。

 ひとまずファステルに、鉱石の採掘をレクチャー。
 ツルハシの持ち方、振り方、鉱石の見つけ方、どこを掘るか等々、基本的なことを教えた。

 ファステルがツルハシを振り始める。
 とても華奢な体型をしているファステルだ。
 正直、五十回も振れないだろう。
 それでも弟のために働くファステルに、俺は胸を打たれた。

 ファステルの頑張りは想像以上だ。
 百回を超えてもツルハシを振り続けている。
 見た目は上品で可憐なファステルだが、大粒の汗をかき、顔を歪ませながらツルハシを振った。
 しかし、身体はどうしても疲労が溜まる。
 ついにファステルは限界を迎えたようだ。

「ファステル、大丈夫?」
「はあ、はあ。ごめん。少し休ませて。でもすぐ戻るわ」
「ファステル、無理するな。もうツルハシは握れないはずだ」

 ファステルはうつむき、唇を噛み締めている。
 手のひらは豆が潰れ血だらけだ。
 俺はリュックから治療キットを出し、ファステルの手を治療する。

「あ、ご、ごめんなさい」
「これではもう無理だ。鉱石採掘は重労働なんだよ。ファステルにはもっと」
「お金を稼がないと弟がっ!」
「……分かってる、ファステル。今日は俺も手伝うから、一緒に金を稼ぐ方法を考えよう」
「はい。……ごめんなさい。アル、ありがとう」

 俺はツルハシを持ち、燃石を掘り始めた。
 それを見ていたファステルが、唖然とした表情を浮かべている。

「ね、ねえ、アル?」
「ん? どうした?」
「私はこの量の燃石を採るのに百回以上振ったわ。あなたはたった五回振っただけで同じ量を採るの?」
「まあ本職だからね」
「だからって……」

 その後も俺はツルハシを振り、百キルクほど採掘した。
 採った燃石を厚手の麻袋に入れ、片手で軽々と持ち荷車へ乗せる。

「あ、あの、アル? 鉱夫の人って皆こうなの? 百キルクの鉱石って片手で持てるの?」
「あー、えーと、どうやら俺は特別らしいんだよね」
「え?」

 ファステルに俺が採掘していた環境を話す。

「あ、あなた……本当に人間なの?」

 ファステルは、まるで化け物を見ているような目で俺を見ている。
 俺は気にせず、その後も燃石の採掘を続け、荷車で運べる量を採ってしまった。
 麻袋五つ分で約五百キルクの燃石だ。

「ファステル、これで銀貨五枚分だ」
「一回でこの金額は凄いわ! 普段の数倍以上よ!」

 ファステルは喜んでいるが、これでは全く足りない。

「やはり燃石は効率が悪い。希少鉱石を探してみよう」

 俺はツルハシを二本持ち、両手で一気に掘り始めた。

「ちょ、ちょっと、アル? ツルハシって同時に二本持つモノなの?」
「いや、普段はこんな掘り方しないよ。でもさっき掘ってみて分かったけど、この鉱山は深く掘れば希少鉱石が出ると思う。だがらスピード重視で掘ってみるよ」
「アルのやることをいちいち驚くのがバカらしくなるわね……」 

 俺は希少鉱石がありそうな雰囲気や目安、確認方法をファステルに教えた。

「どう? ありそう?」
「うーん。この雰囲気なら、もう少し掘ればあるかもしれないな」

 初めてやった両手掘りで、俺は十メデルトほど岩壁を掘り進めた。
 この掘り方はなかなか効率的だ。

「お! あったぞ!」
「え! 本当に?」
「ファステル! 希少鉱石の採り方を教えるから見てて」

 緑鉱石を発見。
 レア五の希少鉱石で、宝飾用として使用される緑鉱石。
 とても美しい鉱石で、その価値は高い。

 ただし、硬度二と鉱石の中でも非常に脆く割れやすい。
 採掘には細心の注意が必要だ。
 俺はファステルに採り方や注意点を伝え、緑鉱石を採掘した。

「凄い! とても綺麗!」

 採れたのは直径約十セデルトの緑鉱石。
 透明度が高く高品質だ。

「こんな宝石が似合う女性になりたいな」

 ファステルが小声で呟いていた。

「ファステルなら宝石モデルにだってなれるさ」
「や、やだっ。聞こえてたの。恥ずかしい」

 ファステルは笑顔だが、どこか諦めたような悲しげな表情だ。
 力になりたいが、俺にできることといえば採掘を教えることしかない。

「ファステル、緑鉱石は半径一メデルトくらいの範囲に集中して生成される傾向があるんだ。もし発見したら周りも必ず掘るんだよ」
「はい! 先生!」

 俺はその周囲も掘り進め、結局この日は約十キルク分もの緑鉱石を採掘することができた。

「アル! 凄いわ! こんな量の緑鉱石は初めてよ!」
「品質もいいね。上手くいけば金貨二、三枚はいけるかもしれない」
「え! き、金貨?」
「うん、ラバウトだとレア五は十キルクで金貨一枚ほどの価格だからね。交渉次第では行くと思うよ」
「ありがとう、アル!」

 ファステルが俺に抱きついてきた。

「あ、あの」
「アル、ありがとう!」
「いや、あ、あの……」

 エルウッドの視線が冷たいような気がするのは、気のせいだろうか。

 運べる量の鉱石を採り尽くしたので、ラドマ村へ戻ることにした。
 荷台は採掘した鉱石を載せているため、ファステルを馬に乗せ、俺は馬の手綱を取り徒歩で帰る。

「アル、ありがとう」
「気にしないで。これは明日、市場で売ろう」
「そうね。今日はもう店を用意してる時間はないものね」
「今日はこれを自宅に置いて外食しよう。前祝いだね」
「……本当にありがとう、アル」

 日没前にファステルの自宅へ戻ってきた。
 俺は燃石が入った麻袋を左右に一袋ずつ持ち、家の中へ運んでいく。

「ね、ねえ、アル。これ一つ百キルクの麻袋よ。二つなんて普通持てないでしょ? それも軽々と……」
「だってほら、早く夕食に行きたいじゃん?」
「もう、アルったら」

 ファステルが笑う。
 ようやくファステルの本当の笑顔を見ることができた。
 弟のデイヴのこともあり、これまで常に辛そうで思いつめたような表情だったが、その笑顔はとても魅力的で美しい。

 そして俺たちは街へ向かった。

 ◇◇◇

「あの男、やっぱりファステルさんに近づいてる! くそっ! くそっ!」

 ファステルに迫った男、ドミニ・ルーゴがファステルの家の前にいた。
 左手の爪を噛みながら呟いている。

「ファステルさんは私のものだ! 私と結婚するんだ!」

 右手には松明を持っている。

「は、初めからこうしていれば良かったんだ。デュフ、デュフフ」

 ◇◇◇

 俺たちが夕食を食べ終わり家へ戻ろうとすると、叫び声が聞こえた。

「火事だ!」
「ありゃやべーぞ!」

 ファステルの家の方向で、黒い煙が激しく立ち上っている。

「え? ま、まさか、私の家?」

 ファステルは呟くと同時に、突然走り始めた。
 俺とエルウッドも追う。

 転んではすぐに起き上がり、ファステルはとにかく走った。
 必死に走り自宅まで戻ってくると、家は激しく燃え上がっている。

「家が! 家が! どうして!」

 ファステルが泣き叫んでいる。

 家の中には運悪く燃石があった。
 それも五百キルクという大量の燃石だ。
 火が発生すれば簡単に燃える。
 木造の家なんて一瞬で燃えてしまう量だ。

「いやあぁぁぁぁ! 家がぁぁぁぁ!」
「ファステル! 危ない! ダメだ!」

 自宅へ入ろうとするファステルを必死に抑える。
 家は完全に燃えており、どうしようもない。

 ファステルの家は村の郊外にある。
 家屋の密集度が低く、近隣に燃え移ることはない。
 周りに家がなかったことだけが不幸中の幸いだ。

 ファステルは燃え尽きていく家の前で、崩れ落ちている。
 ここまで何度も転んできたファステル。
 全身泥だらけだった。

「なんで……。なんでなの……。普通にしてたのに……。真面目に生きてきたのに……。私……もうだめだ。……ごめん、デイヴ。こんなお姉ちゃんを許して」

 声をかけることができない。
 自宅に燃石を運び込んだのは俺だ。
 責任を感じる。

 そこへ、ドミニと呼ばれた男がやってきた。

「デュフフ、ファステルさん。家が燃えちゃいましたね。でも安心してください。私が全部面倒見てあげますよ? さあ結婚しましょう」
「ま、まさか、ドミニ……。お前がやったの?」

 ファステルがドミニを睨みつける。

「デュフフ、この生意気な態度もいいですね! 興奮します!」
「殺してやる! お前を殺して私も死ぬ!」

 ファステルがドミニに飛びかかった。

「デュフフフ、ファステルさんと一緒に死ぬのもいいですね! それこそ永遠の愛です! たまりません。愛してますよ、ファステルさん! ファステル!」

 ドミニは飛びかかってきたファステルに抱きつき、羽交い締めにする。

「ついに私の妻になりましたね。二人で愛を育みましょう。ああ、柔らかい! いい匂い! 最高だ! 最高だ! やっと手に入った! デュフフ」
「殺してやる! 殺してやる!」

 羽交い締めにされながらも、必死に暴れるファステル。
 絹のような髪を振り乱し、叫びながら暴れる。
 治療した手の包帯が解け、乾いた傷が開き血が流れていた。
 その姿を見て、俺の心の中に言い表せないような黒い感情が生まれる。

 俺は生まれて初めて人を憎んだ。
 心の底から憎んだ。
 俺は二人に近づきドミニの右腕を掴む。

「ひっ! な、なんですか! 痛い!」

 ドミニはファステルを離した。
 地面に崩れ落ちるように座り込むファステル。
 俺はさらに力を込める。

「痛いっ! やめてっ! 痛いっ! 離せっ! 離せっ!」

 俺には怒りしかなかった。

「貴様のせいで……。ファステルが……。ファステルが!」
「痛いっ! 離せっ! 痛いいいいいいっ!」

 鈍く低い音が響く。
 掴んだ腕の骨が折れた。
 いや、へし折った。

「ぎゃああああああああああああ!」

 ドミニが絶叫を上げる。
 それでも俺は握り続けると、骨が細かく砕ける音に変わった。
 すり潰されるような骨の音。

「ぎゃああああ! 腕が! 腕が!」

 俺はドミニの腕を文字通り握り潰した。
 圧縮された右腕を左手で抑え、地面を転げ回るドミニ。

 俺は倒れているドミニの喉を掴み、片手で持ち上げた。
 ドミニの両足が地面から離れる。
 宙に浮いたドミニの足が暴れているが関係ない。

「ファステルの全てを……全てを燃やしやがって。何もかも奪いやがって」
「ぐ、苦じい。ぐう、許じで。許じでぐだざい。苦じい。もうファズ……テさ……にば……近付……まぜん……。お願い……まず……。お……願……まず。じ……ぬ……」

 ドミニは体中から全ての液体を垂れ流している。

「もう喋るな」

 それでも俺は手を離さない。
 さっきの腕のように、首の骨を握り潰そうと力を入れた。

「アル! もういい!」

 ファステルが俺の背中に抱きついてきた。
 俺が手を離すと、ドミには音を立て地面に落下。
 猛烈な勢いで息を吸う。

「ヒュー、ヒュー、べへへ、べへへへへ」

 顔が歪みすぎて泣いているのか笑っているのか分からない。
 涙と鼻水と涎が混ざっている。

「べへ、べへへへ、べべへ……へへ」

 上手く声が出ないようだ。
 ブラブラと揺れる右腕を庇いながら、走って逃げていった。
 ドミニの右腕はもう二度と使い物にならないだろう。

「アル、ありがとう」

 ファステルが俺に抱きついたまま声をかけてきた。
 なぜこんな状況なのに、ありがとうと言えるのか。
 気丈なファステルの言葉に、俺は涙が止まらなかった。

「お、俺のせいだ。燃石を家の中に運んだ俺のせいだ。ごめん、ファステル。ごめん」
「いいえ! アルのせいじゃないわ! あなたと出会って私は救われたのよ! アル、あなたのせいじゃないわ!」
「ごめん。ごめんよ、ファステル。君の大切なものが全てが燃えてしまった……。ごめん……ごめん……」

 ファステルの境遇が自分と似ていたこともあり、心の底から悔しくて辛くて、悲しかった。
 そんな俺をファステルはさらに強く抱きしめる。

「アル、あなたがいて良かったわ。ありがとう」
「ごめん、ファステル。ごめん……ごめんよ」

 俺はそれしか言葉が出ない。
 止まらない涙。

 俺は自分の無力さを呪い、拳を握りしめていた。
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