上 下
26 / 394
第二章

第26話 エルウッドの実力

しおりを挟む
 ラバウトを出発して三日が経った。
 特にトラブルもなく順調だ。

 イーセ王国の主要街道には、五十キデルトごとに必ず宿場町がある。
 もちろん、それ以外にも大小様々な街や村が点在。
 主要街道は貿易路としても使われるため、快適に旅ができるように整備されている。

「ふう、やっと言うこと聞いてくれるようになったかな」
「ウォウォウォ」
「何だよ、エルウッド。馬の操縦は難しいんだぞ」

 苦労していた馬の操作も次第に慣れてきた。
 俺が購入した馬は、一日最長八十キデルト移動できる黒風馬ルドフィンという品種だ。
 しかし俺自身初めての旅ということもあり、一日五十キデルトのペースで進んでいた。

 季節は冬だが、温暖なカトル地方の平野は暖かい。
 そのため、宿には泊まらずテント泊をしていた。
 街や村で食材だけ購入して、日没と同時に調理。

 俺にとって初めての旅は、想像以上に楽しいものだった。
 旅は自由だ。
 こんな暮らしも悪くない。

 三日目もそろそろ日没を迎える。
 街道から逸れ、ちょうどいい草原を今日の宿泊地に決め、テントを張る。
 そして枯木に火をつけ調理開始。

「ウオゥゥ!」

 エルウッドが唸り声を上げて突然走り出した。

「エルウッド!」

 俺はすぐにエルウッドを追いかける。
 二百メデルトほど走ると、エルウッドの周りに毒大蜥蜴ヴェネヴァスが五匹も倒れていた。
 ヴェネヴァスは約二メデルトの体長で、鋭い牙と爪、そして毒を持った小型の四肢型爬類モンスターだ。

 その毒は、血液の凝固成分を破壊する。
 ヴェネヴァスの爪には毒腺があり、爪で傷つくと血が止まらなくなり、出血死することもあるほどだ。
 小型だが、毒の危険度が高くDランクモンスターとされている。
 だが、エルウッドが走り出してから、僅かな時間しか経っていない。

「え? エルウッドが倒したの?」
「ウォン!」

 エルウッドが頷く。

「ヴェネヴァスってDランクだよ? エルウッドの狼牙はEランクだよね? なのに、エルウッドがヴェネヴァスを五匹も瞬殺したってこと?」
「ウォン!」
「あ! もしかして今まで野宿が安全だったのは、エルウッドがモンスターを退治してくれたから?」
「ウォン!」
「うわー、エルウッドごめん! 旅は安全で順調だと思ってた! 全部エルウッドのおかげだったのか!」

 これまで野宿が安全だったのは、全てエルウッドのおかげだった。
 旅は楽しいと思っていた自分が恥ずかしい。
 エルウッドがいたから、楽しく旅ができていたのだ。

「ごめん、エルウッド。明日から宿に泊まるよ」 
「ウォウウォウ」

 エルウッドは首を横に振るが、エルウッドが危険な目に合うのは見過ごせない。
 それにしても、エルウッドは強いのだろうか?
 確かに狼牙の中では超希少種の銀狼牙だが、見た目は完全に狼牙である。
 額に角があるだけだ。
 今はレイさんの言いつけ通り、角を隠すために額当てつけている。

 モンスターの中でも最低ランクであるEランクなのに、Dランクのヴェネヴァス五匹を瞬殺するほどだ。
 エルウッドが特別に強いと思った方がいいだろう。
 まあ俺が産まれる前から標高五千メデルトで生活してたくらいだ。
 強くても納得できる。

 いずれにせよ、安全な旅を心がけることに越したことはない。
 ただ今日は日が暮れてしまったので、このままテント泊をすることにした。

 俺がテントに戻ると、しばらくしてエルウッドが戻ってきた。
 どうやら倒したヴェネヴァスの死骸を遠くに運んだようだ。
 モンスターの死骸に、肉食動物や別のモンスターが集まってくる可能性を考慮したのだろう。

「ウオォォォォン!」

 遠吠えするエルウッド。
 周囲に自分の存在をアピールしてるようだ。

「エルウッドごめんな。ありがとう」
「ウォン!」

 俺はエルウッドにお礼を伝え就寝。
 翌朝、テントを片づけながら、ラバウトの旅道具屋で買った地図を確認。

「今日の夕方にはラダーに到着するな」

 ラバウトから北へ二百キデルトの距離にある宿場町ラダー。
 今日はそこで宿泊する予定だ。

 日中の街道は安全だった。
 騎士団や自警団が巡回しているし、人通りがあるので盗賊が出ることは滅多にない。
 モンスターも日中はわざわざ街道に出ない。
 街道で旅人や隊商とすれ違いながら、宿場町ラダーに到着。
 
「予定より早く到着したな。まだ夕方前だけど、先に宿を探すか」

 宿場町ということで、街道沿いには宿がたくさん並んでいる。
 各宿で激しい呼び込みが行われていた。
 俺はいくつかの宿を見て回る。
 しかし、馬小屋のある宿がなかなか見つからない。

「お兄さん! 宿をお探しですか? 馬と狼牙もいるんですね。うちなら馬小屋もあるし、狼牙を部屋に入れてもいいですよ!」

 赤毛の若い女性が声をかけてきた。

「一泊いくらですか?」
「狼牙と馬、そしてお兄さんの夕飯と朝食もつけて、全部で銀貨一枚でどうですか?」
「それはちょっと高いかな。他所を当たるよ」
「お兄さん待って! なかなか手強いですねー。装備品が新しいから新人冒険者だと思ったのに」
「商人みたいなものです」
「あちゃー、商人さんか。じゃあ、半銀貨七枚でどうですか?」
「そうですね、じゃあ半銀貨八枚払いますよ」
「え! いいんですか! たくさんサービスしますね!」

 銀貨一枚でも良かったのだが、言い値をそのまま聞くわけにはいかない。
 騙されることがある。
 逆に値切りすぎると、宿で良いサービスを受られないかもしれない。
 こういう時は、値引きの額よりも少し多めにすると印象が良い。
 商人のトニーに教えてもらった宿屋の値引き交渉テクニックだ。
 ただし、物を買う時は徹底的に値引きしろと教えられた。

 係の男性に馬を預け、受付で赤毛の若い女性に半銀貨八枚を払う。

「夕食は日没後、朝食は日の出後です。馬の食事はこちらでやっておきますね。狼牙の食事はお兄さんと一緒でいいですか?」
「はい、それでお願いします」
「狼牙ちゃん、かわいいですね! たくさんサービスしますね!」
「ウォン!」

 エルウッドが喜んでいる。
 ここまでエルウッドのおかげで安全な旅ができたので、ゆっくりしてもらいたい。

 部屋に案内された。
 ランクとしては中級宿だ。
 トイレは共同で、宿に風呂はない。

 部屋に荷物を置いて、まずは街の大衆浴場へ向かう。
 ラバウトを出てから初めての風呂だ。
 ゆっくりと湯船に浸かったので疲労は取れた。
 そして、風呂上がりに水角牛クワイのミルクを飲む。
 これが本当に美味しい。

 宿に帰ると、ちょうど夕食の時間だった。

「お兄さん、お帰りなさい! 夕食の支度ができてますよ!」

 食堂に用意されていた夕食。
 地元産の食材がふんだんに使われたメニューに驚く。
 想像以上に豪華だったため、俺は麦酒も注文。
 エルウッドは生肉を美味しそうに食べている。

 赤毛の若い女性が麦酒を運んでくれた。
 呼び込み、受付、ホール担当と大活躍の女性である。

「お兄さん、ラバウトから来たんですか?」
「そうです」
「行き先は王都ですか?」
「ええ、そうですよ」
「やっぱり! じゃあ今の王都の状況知ってます?」
「え? どういうことですか?」
「実はクロトエ騎士団の一番隊隊長が変わったそうなんですよ」

 王国が誇るクロトエ騎士団は周辺国で最強と名高い。
 その騎士団のエースでもある一番隊隊長はレイさんなのだが……。

「一番隊の隊長ってレイ・ステラー様ですよね?」
「そうです。レイ様が隊長でした」
「じゃあ今は誰が隊長を?」
「副隊長だったザイン・フィリップ様が隊長になったんですって。三ヶ月前、この街に一番隊が来た時にザイン様を見かけたけど、本当にかっこよくて私ファンになっちゃったんですよー」
「確かに真面目な好青年ですもんね」

 レイさんに絶対服従だったザインさんが、一番隊隊長になったとは驚きだ。
 では、レイさんはどうしているのだろうか。

「レイ様はどうしてるんですか?」
「なんと! 団長に昇進されたんですって!」
「ええ! き、騎士団の団長!」
「そうなんですよ。以前から噂されていましたからね。というか、お兄さん。ザイン様に会ったことあるんですか?」
「ん? ああ、ありますよ。俺も三ヶ月前にラバウトでお会いしたんです」

 赤毛の女性にザインさんと会ったことを話した。
 もちろん、力比べで俺が勝ったことは内緒だ。
 女性は大喜びだった。

 それにしても、レイさんが騎士団団長とは驚いた。
 騎士団の団長なんて、一般人では手の届かない雲の上の存在だ。
 気軽に会えないような気がする。

 しかし、俺は王都へ向かうしかない。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

処理中です...