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第二章
第25話 旅立ち
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レイさんが王都に帰還してから、三ヶ月が経過した。
温暖なカトル地方にも冬が到来。
気候が安定しているフラル山とはいえ、山の上は冷える。
俺はこの時期になると、燃える石である燃石を使う。
燃石があれば、標高五千メデルトでも問題なく冬を越すことができる。
燃石はフラル山で豊富に採れるレア二の鉱石だ。
今日も採掘とトレーニングを終え、極寒の標高九千メデルトの山頂から自宅へ戻ってきた。
凍えるような寒さの中、暖炉の燃石に火をつけ部屋を暖める。
「暖かいな」
「ウォン!」
エルウッドと暖炉の前で身体を温め、自宅の清掃を始める。
元々荷物は少ないので整理整頓されているのだが、それでも綺麗にしたかった。
十八年間住んできた家。
そして、たった四日間だけ、レイさんと過ごした家。
両親との思い出、エルウッドとの思い出、たくさんの思い出が詰まっている。
明日は街に下りる。
クリスに頼んでいた剣が仕上がる日だ。
俺は剣を受け取ったら、そのまま王都イエソンへ出発するつもりだった。
この家ともしばらくお別れである。
「エルウッド、寝ようか」
「ウォン」
蝋燭の火を消す。
これからのことに思いを馳せながら就寝。
翌朝、両親の墓へ挨拶に向かう。
「父さん、母さん。俺は王都へ行ってくるよ。騎士団の試験を受けるんだ。合格して帰ってくるね」
荷物を揃え、下山を開始。
「雪が降ってきたか」
降雪の下山は時間がかかる。
いつも以上に慎重になる必要があるからだ。
吐く息は白く、手袋をしていても手が凍える。
それでも無事、昼前には街に着いた。
標高千メデルトのラバウトまで下りてくると、雪の影響は少ない。
気温もいくらか暖かく感じる。
いつものように市場で希少鉱石を売った。
そして、セレナとファイさんへ会いに行く。
旅の挨拶と、下山に使った天秤棒など旅に不要な荷物を預かってもらうためだ。
「アル、気をつけてね」
「アハハ、大丈夫だよセレナ。王都までの道のりは安全だもん」
「で、でも、なんだか最近は物騒だと聞いてるし」
「うん、ありがとう」
「試験頑張ってね! アルなら合格よ! でもちゃんと帰って来てよね」
「もちろん! 試験に受かって、この荷物を取りに戻ってくるよ」
セレナが心配してくれた。
そしてセレナの母親ファイさんが、俺の肩に手を乗せる。
「アル君、気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
「……息子の旅立ちって、こんな気持ちになるのね」
ファイさんが、そっと抱きついてきた。
「ファ、ファイさん!」
「アル君。あなたは私の息子よ。無事に帰ってきてね」
「はい……」
空気を読まず、エルウッドが野菜を食べ始める。
皆で笑った。
「そうだなエルウッド。ファイさんの野菜もしばらく食べられなくなるからな」
「ウォン!」
セレナとファイさんと別れ、道具屋へ向かう。
俺にとって初めての旅になるので、前回の下山時に旅道具を買い揃えていた。
購入していた馬を引き取る。
旅の道具一式で金貨二枚。
地図とテントが特に高かった。
馬は高価で金貨十枚。
そして、鞍や手綱等の馬の道具で金貨一枚を支払った。
馬は黒風馬という品種だ。
黒風馬は馬の中でも大型の品種で、体長は約三メデルト。
美しく艶のある黒い毛並みと、漆黒のたてがみが特徴。
旅に適している品種で、冒険者や旅人が好んで利用する。
非常に力があり、重い荷物を載せても長距離移動が可能。
さらに走っても速く、体力もあるという万能な馬だ。
馬を引き取った俺は、最後にクリスの工房へ向かった。
「おお! 来たかアル! ついに完成したぞ!」
三ヶ月前にオーダーした二本の剣。
レイさんの剣と、俺の剣だ。
「まず、こちらがレイ様の剣だ」
渡された剣は、レイさんがいつも使ってる細剣と同じ形状だった。
素材は俺が採った虹鉱石。
さらにいくつかの希少鉱石を配合してある。
製作中にクリスから提案があり、希少鉱石を提供した。
俺は剣を鞘から抜く。
全長約百二十セデルト。
身幅は三セデルトほどの両刃だ。
純白の剣身は見たこともない光を発している。
素材の虹鉱石を反映した七色の光りだ。
「凄く綺麗だ」
レイさんの美貌に勝るとも劣らない、とても美しい剣だった。
さすがはこの国でも指折りの鍛冶師であるクリスの作品だ。
「ガハハハ。これは俺の自信作だ! 虹鉱石をメインに、白鉱石、深鉄石、竜石といった希少鉱石を配合した特別な一振り。期間も予算も度外視したからな。俺の代表作と言ってもいい! ガハハハ」
「これは本当に凄いね! 素人の俺でも凄さが分かるよ!」
「そうだろそうだろ! ガハハハ」
クリスが腕を組む。
その表情は自信に溢れていた。
「この剣は凄いぞ。軽さは以前の剣の半分以下だが強度は数倍。それでいて、しなやかで柔軟性もある。絶対に折れない。特にレイ様の代名詞である神速の突きには無類の強さを発揮する。この剣は何でも突き通すぞ。レイ様が使えば、まさに鬼に金棒だ。ガハハハ」
「鬼って……」
「アル! 今のはレイ様に内緒だぞ!ガハハハ」
「アハハ、分かったよ」
「アルが提供してくれた希少鉱石のおかげだ! ありがとよ!」
クリスがこっそり教えてくれた。
この剣は素材代だけで金貨百枚以上、加工代で金貨百枚はするとのこと。
ただ、その素材は全て俺が提供している。
それでも金貨百枚という莫大な料金だった。
金貨百枚となると、一般には絶対流通しない国家間で使用される古金貨一枚と同じ価値だ。
ただ、この剣の支払いはレイさんが済ませている。
続いてクリスは俺の剣を棚から取り出す。
今までより声のトーンを下げ、神妙に話してきた。
「アルよ、俺はとんでもない剣を作ってしまった。この剣は凄いぞ。お前の黒紅石を元に、黒深石や赤鉱石、竜石などの希少鉱石を配合。今まで見たこともないインゴットが生まれた。もう一度作れって言われても……正直無理だ」
クリスから剣を受け取り、俺は鞘から剣を抜いた。
「こ、これは……」
全ての光を吸い込むような漆黒の剣身。
それでいて、自ら紅い光を発していた。
俺は長年鉱夫をやっているから、鉱石を見ると仕上げの状態がある程度想像できる。
しかし、こんな色や光は見たことがなかった。
全長は約二百セデルト。
身幅は十セデルトほどだが、剣先に行くほど幅が広がっており、剣先の幅は約十五セデルトの片刃だ。
柄の長さは四十セデルトもある。
レイさんは、俺の筋力だと普通の長剣では剣が持たないと言っていた。
そのため、当初は両手剣を勧めてくれた。
しかし、剣を注文する時に改めてレイさんとクリスと俺の三人で話し合った結果、この剣の形状を考えついた。
両手剣なみの剣身の長さと身幅を持つ片刃の剣。
クリスはこの剣を片刃の大剣と名付けた。
俺がいつもツルハシを振っていた動きで、最大の効果が出るように作られている。
完全オリジナルで、俺にしか扱えない剣だ。
「この剣は何でも斬るぞ。アル、本当に気をつけろよ」
この剣の金額も、素材で金貨百枚以上、加工代で金貨百枚とのこと。
しかし、もう二度と作れないそうだ。
今回レイさんは金貨二百枚もの加工代を支払っていた。
金貨二百枚ともなると、今の俺の全財産と同じである。
十年間、コツコツと希少鉱石を売って貯めた俺の全財産と同じ金額。
それが二本の剣の製作代と同じと考えると、いかにこの金額が異常か分かる。
そもそも剣士としてのデビューで、高名な鍛冶師に剣をオーダーするなんて貴族の子息くらいだろう。
「アルよ、今回の金貨二百枚は正規の値段だ。そして、これほどの金額を支払っていたことは知らなかったことにしろ。レイ様には気づかれるなよ。師匠が弟子に送る好意だからな。ガハハハ」
クリスの方から金額を教えてきたのだが、ここは素直に感謝だ。
「クリス、本当にありがとう! 俺はこの剣で、立派な剣士になるよ!」
「おいおい、お前は一流の鉱夫なんだ。また絶対帰って来いよ。お前が採った鉱石で武具を作るのが最高なんだ! ガハハハ」
「アハハ、ありがとう!」
クリスに礼を伝え店を出た。
ラバウトでの用事を全て済ませ、街の門の前に立つ。
王都のイエソンまでの距離は約千キデルト。
一日五十キデルトの移動でも二十日かかる。
「よし、エルウッド行こう!」
「ウォンウォン!」
俺とエルウッドと馬。
人間一人、モンスター一頭、動物一頭で、人生初の旅に出発した。
温暖なカトル地方にも冬が到来。
気候が安定しているフラル山とはいえ、山の上は冷える。
俺はこの時期になると、燃える石である燃石を使う。
燃石があれば、標高五千メデルトでも問題なく冬を越すことができる。
燃石はフラル山で豊富に採れるレア二の鉱石だ。
今日も採掘とトレーニングを終え、極寒の標高九千メデルトの山頂から自宅へ戻ってきた。
凍えるような寒さの中、暖炉の燃石に火をつけ部屋を暖める。
「暖かいな」
「ウォン!」
エルウッドと暖炉の前で身体を温め、自宅の清掃を始める。
元々荷物は少ないので整理整頓されているのだが、それでも綺麗にしたかった。
十八年間住んできた家。
そして、たった四日間だけ、レイさんと過ごした家。
両親との思い出、エルウッドとの思い出、たくさんの思い出が詰まっている。
明日は街に下りる。
クリスに頼んでいた剣が仕上がる日だ。
俺は剣を受け取ったら、そのまま王都イエソンへ出発するつもりだった。
この家ともしばらくお別れである。
「エルウッド、寝ようか」
「ウォン」
蝋燭の火を消す。
これからのことに思いを馳せながら就寝。
翌朝、両親の墓へ挨拶に向かう。
「父さん、母さん。俺は王都へ行ってくるよ。騎士団の試験を受けるんだ。合格して帰ってくるね」
荷物を揃え、下山を開始。
「雪が降ってきたか」
降雪の下山は時間がかかる。
いつも以上に慎重になる必要があるからだ。
吐く息は白く、手袋をしていても手が凍える。
それでも無事、昼前には街に着いた。
標高千メデルトのラバウトまで下りてくると、雪の影響は少ない。
気温もいくらか暖かく感じる。
いつものように市場で希少鉱石を売った。
そして、セレナとファイさんへ会いに行く。
旅の挨拶と、下山に使った天秤棒など旅に不要な荷物を預かってもらうためだ。
「アル、気をつけてね」
「アハハ、大丈夫だよセレナ。王都までの道のりは安全だもん」
「で、でも、なんだか最近は物騒だと聞いてるし」
「うん、ありがとう」
「試験頑張ってね! アルなら合格よ! でもちゃんと帰って来てよね」
「もちろん! 試験に受かって、この荷物を取りに戻ってくるよ」
セレナが心配してくれた。
そしてセレナの母親ファイさんが、俺の肩に手を乗せる。
「アル君、気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
「……息子の旅立ちって、こんな気持ちになるのね」
ファイさんが、そっと抱きついてきた。
「ファ、ファイさん!」
「アル君。あなたは私の息子よ。無事に帰ってきてね」
「はい……」
空気を読まず、エルウッドが野菜を食べ始める。
皆で笑った。
「そうだなエルウッド。ファイさんの野菜もしばらく食べられなくなるからな」
「ウォン!」
セレナとファイさんと別れ、道具屋へ向かう。
俺にとって初めての旅になるので、前回の下山時に旅道具を買い揃えていた。
購入していた馬を引き取る。
旅の道具一式で金貨二枚。
地図とテントが特に高かった。
馬は高価で金貨十枚。
そして、鞍や手綱等の馬の道具で金貨一枚を支払った。
馬は黒風馬という品種だ。
黒風馬は馬の中でも大型の品種で、体長は約三メデルト。
美しく艶のある黒い毛並みと、漆黒のたてがみが特徴。
旅に適している品種で、冒険者や旅人が好んで利用する。
非常に力があり、重い荷物を載せても長距離移動が可能。
さらに走っても速く、体力もあるという万能な馬だ。
馬を引き取った俺は、最後にクリスの工房へ向かった。
「おお! 来たかアル! ついに完成したぞ!」
三ヶ月前にオーダーした二本の剣。
レイさんの剣と、俺の剣だ。
「まず、こちらがレイ様の剣だ」
渡された剣は、レイさんがいつも使ってる細剣と同じ形状だった。
素材は俺が採った虹鉱石。
さらにいくつかの希少鉱石を配合してある。
製作中にクリスから提案があり、希少鉱石を提供した。
俺は剣を鞘から抜く。
全長約百二十セデルト。
身幅は三セデルトほどの両刃だ。
純白の剣身は見たこともない光を発している。
素材の虹鉱石を反映した七色の光りだ。
「凄く綺麗だ」
レイさんの美貌に勝るとも劣らない、とても美しい剣だった。
さすがはこの国でも指折りの鍛冶師であるクリスの作品だ。
「ガハハハ。これは俺の自信作だ! 虹鉱石をメインに、白鉱石、深鉄石、竜石といった希少鉱石を配合した特別な一振り。期間も予算も度外視したからな。俺の代表作と言ってもいい! ガハハハ」
「これは本当に凄いね! 素人の俺でも凄さが分かるよ!」
「そうだろそうだろ! ガハハハ」
クリスが腕を組む。
その表情は自信に溢れていた。
「この剣は凄いぞ。軽さは以前の剣の半分以下だが強度は数倍。それでいて、しなやかで柔軟性もある。絶対に折れない。特にレイ様の代名詞である神速の突きには無類の強さを発揮する。この剣は何でも突き通すぞ。レイ様が使えば、まさに鬼に金棒だ。ガハハハ」
「鬼って……」
「アル! 今のはレイ様に内緒だぞ!ガハハハ」
「アハハ、分かったよ」
「アルが提供してくれた希少鉱石のおかげだ! ありがとよ!」
クリスがこっそり教えてくれた。
この剣は素材代だけで金貨百枚以上、加工代で金貨百枚はするとのこと。
ただ、その素材は全て俺が提供している。
それでも金貨百枚という莫大な料金だった。
金貨百枚となると、一般には絶対流通しない国家間で使用される古金貨一枚と同じ価値だ。
ただ、この剣の支払いはレイさんが済ませている。
続いてクリスは俺の剣を棚から取り出す。
今までより声のトーンを下げ、神妙に話してきた。
「アルよ、俺はとんでもない剣を作ってしまった。この剣は凄いぞ。お前の黒紅石を元に、黒深石や赤鉱石、竜石などの希少鉱石を配合。今まで見たこともないインゴットが生まれた。もう一度作れって言われても……正直無理だ」
クリスから剣を受け取り、俺は鞘から剣を抜いた。
「こ、これは……」
全ての光を吸い込むような漆黒の剣身。
それでいて、自ら紅い光を発していた。
俺は長年鉱夫をやっているから、鉱石を見ると仕上げの状態がある程度想像できる。
しかし、こんな色や光は見たことがなかった。
全長は約二百セデルト。
身幅は十セデルトほどだが、剣先に行くほど幅が広がっており、剣先の幅は約十五セデルトの片刃だ。
柄の長さは四十セデルトもある。
レイさんは、俺の筋力だと普通の長剣では剣が持たないと言っていた。
そのため、当初は両手剣を勧めてくれた。
しかし、剣を注文する時に改めてレイさんとクリスと俺の三人で話し合った結果、この剣の形状を考えついた。
両手剣なみの剣身の長さと身幅を持つ片刃の剣。
クリスはこの剣を片刃の大剣と名付けた。
俺がいつもツルハシを振っていた動きで、最大の効果が出るように作られている。
完全オリジナルで、俺にしか扱えない剣だ。
「この剣は何でも斬るぞ。アル、本当に気をつけろよ」
この剣の金額も、素材で金貨百枚以上、加工代で金貨百枚とのこと。
しかし、もう二度と作れないそうだ。
今回レイさんは金貨二百枚もの加工代を支払っていた。
金貨二百枚ともなると、今の俺の全財産と同じである。
十年間、コツコツと希少鉱石を売って貯めた俺の全財産と同じ金額。
それが二本の剣の製作代と同じと考えると、いかにこの金額が異常か分かる。
そもそも剣士としてのデビューで、高名な鍛冶師に剣をオーダーするなんて貴族の子息くらいだろう。
「アルよ、今回の金貨二百枚は正規の値段だ。そして、これほどの金額を支払っていたことは知らなかったことにしろ。レイ様には気づかれるなよ。師匠が弟子に送る好意だからな。ガハハハ」
クリスの方から金額を教えてきたのだが、ここは素直に感謝だ。
「クリス、本当にありがとう! 俺はこの剣で、立派な剣士になるよ!」
「おいおい、お前は一流の鉱夫なんだ。また絶対帰って来いよ。お前が採った鉱石で武具を作るのが最高なんだ! ガハハハ」
「アハハ、ありがとう!」
クリスに礼を伝え店を出た。
ラバウトでの用事を全て済ませ、街の門の前に立つ。
王都のイエソンまでの距離は約千キデルト。
一日五十キデルトの移動でも二十日かかる。
「よし、エルウッド行こう!」
「ウォンウォン!」
俺とエルウッドと馬。
人間一人、モンスター一頭、動物一頭で、人生初の旅に出発した。
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