上 下
11 / 352
第一章

第11話 相席

しおりを挟む
 いつの間にか寝てしまったようだ。
 窓の外を見ると、空は赤く染まっていた。
 紅く染まる鮮やかな夕焼けだ。

 せっかくなので、室内の風呂に入ることにした。
 宿の個室に風呂があるなんて、さすがは高級宿。
 俺は今朝、山を下りてきたので身体が汚れている。
 それはエルウッドも同じだ。
 
 俺はエルウッドの身体を洗う。
 おとなしく従うエルウッド。
 本当にいい子だ。

 身体を洗いさっぱりしたところで、宿の食堂へ向かった。
 いや、食堂というより高級レストランだ。

「お一人ですか?」
「は、はい。それと、この子も大丈夫ですか?」

 エルウッドを指差す。

「狼牙ですね。声を出さないようにしていただければ問題ございません」
「分かりました。エルウッド、声を出しちゃだめだよ」

 エルウッドが声を出さず頷く。
 生息数が少ない狼牙は希少価値があり、貴族など富裕層に飼われることが多い。
 そのため、こういった高級レストランでは、すんなり受け入れられるようだ。
 狼牙はある程度人語を理解することも、受け入れられる理由だろう。
 しかも、エルウッドは狼牙の中でも超希少種の銀狼牙で、人語を完璧に理解している。

 俺は角大羊メリノのコース料理と葡萄酒をボトルで注文。
 そして、エルウッドには高級な生肉と生野菜をお願いした。
 メニュー表を見て金額に驚いたが、今の俺は金貨を持っている。
 今日は贅沢すると決めたし、エルウッドにも良い食事をさせたかった。

 葡萄酒を口に含む。
 黒葡萄のふくよかな香りが口に広がる。
 驚くほど美味しい。
 そして、角大羊メリノは臭みがなく、衝撃を受けるほど柔らかい。
 いつも食べてる干し肉とは大違いだ。
 エルウッドも美味しそうに生肉を食べている。

「エルウッド、これ美味しいな」

 エルウッドは無言で頷く。
 しっかりと言いつけを守っていた。
 コース料理を食べ終わり、葡萄酒のボトルは残り半分ほど。
 時間もあることだし、あとは少しずつ飲みながらまったりと過ごすつもりだ。

「アル!」
「え? レ、レイさん!」

 突然名前を呼ばれて驚いたが、相手はレイさんだった。

「夕食はここで?」
「はい、今日は特別に贅沢しています」
「そう、それは良かったわね。ふふふ」

 レイさんが優しく微笑んでいる。

「レイさんも食事ですか?」
「私は先程、駐屯地で打ち合わせがてら食事を済ませたわ。少しだけお酒を飲みに来たの」

 ラバウトには騎士団の駐屯地がある。
 だが、ちょうど宿泊施設を改装中らしく、この宿に泊まることになったそうだ。

「相席いいかしら?」
「も、もちろんです」
「あら、美味しそうな葡萄酒を飲んでるわね」
「レイさんも良かったら飲みませんか?」
「いいの? ありがとう。ふふふ」

 グラスをもう一つもらい乾杯した。

「ところで、宿に泊まってるってことは、あなたの家はラバウトじゃないのかしら?」
「はい、俺はフラル山の標高五千メデルトに住んでます」
「え? どういうこと?」
「両親が家を作ってそこに住んでいたんです。でも両親は他界したので一人暮らしで、今は週に一回、鉱石を売りに街へ下山する生活をしてます」
「標高五千メデルトって、人が住めるのかしら?」
「はい、意外と快適ですよ?」
「ふふふ、そうなのね。一度行ってみたいわね」

 レイさんが驚きの発言をした。
 俺の家はまだ誰も来たことがない。
 というか、誰も来ることができない家だった。

「ん? アル、この子は?」
「一緒に暮らしてるエルウッドです」
「この子は狼牙ね。あら、この子は……。角があるのね……。え! 角? ぎ、銀狼牙!」

 レイさんはエルウッドが銀狼牙であることに驚いている。
 というか、銀狼牙であることを見抜くとは、さすが騎士団の隊長だ。

「よく分かりましたね」
「え、ええ。そ、そうね。文献を読んだことがあるのよ。銀狼牙は知的でとても誇り高い種族よね」
「エルウッド、レイさんが褒めてるぞ」
「エルウッド、よろしくね」

 エルウッドは言いつけ通り声を出さず、嬉しそうにレイさんを見上げている。
 俺はエルウッドの目線の先を見る。

 改めてレイさんの美しさに驚くばかりだ。
 これほど美しいひとは見たことがない。
 紺碧の瞳に吸い込まれそうになる。
 レイさんって、まつ毛長いな。

「ふふふ、何を見てるの?」
「あっ、いえっ! ご、ごめんなさい!」

 つい、レイさんに見惚れてしまった。
 俺は焦りを隠すように葡萄酒を飲む。
 レイさんは笑顔で、俺を見つめている。

「ねえ、アル。あなたは明日、山へ帰るのよね? 私も一緒に行っていい?」
「そうです。山に帰……。ええっ!」

 危うく葡萄酒を吹き出すところだった。
 まさに青天の霹靂である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

処理中です...