無償の愛

ななおか。

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異世界なんかより、無償の愛をください

絶望と善人

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ピピピピピ…ピピピピピ…

「ん、ぅ…。」

うるさいな…もう少しだけ、寝かせて。

ピピピピピ…ピピピピピ…

…しつこい…。

カチッ

気持ちいいほどの音が鳴ると、刻まれ続ける時刻に目を見開いた。

「は、っ…!?…8時30分!!」

会社の出勤時刻は8時。

もうすでに遅刻確定だ。

「やばい!何でこんな遅くまで寝て…。」

飛び起きると、そこはベッドではなくリビングのソファーの上だった。

何で、こんなところで寝てたんだろう…。

そう考えたとき、昨日のことが頭の中に流れ込んできた。

そうだ、俺、愛にフラれて…。

「…会社、休もうかな。」

有給は使い果たしていたはずだ。

だから、給料が少し減るだろうけど、会社に行って迷惑かけるくらいなら、行かない方がいい。

頭の奥がじくじくと痛んで、精神力を削る。

はぁ、俺ってダメ人間だな。

そう考えては、泣きそうになって情けない。

ピルルル…ピルルル…

「!?」

びっくり、した。

携帯が小刻みにカタカタと揺れているのを見て、少しだけ安心した。

画面を確認すると、相手は課長だった。

少し面倒くさいけど熱血肌でいい課長だと、俺は感じている。

「…は、はい。棗谷です。」

恐る恐る声を絞り出した。

『ああ、棗谷くん。今日は休み?』

いつもと同じ、元気はつらつという感じの声が聞こえる。

最後が少し頼りなさげなのは、もしかしたら心配してくれているのかもしれない。

「すみません。今日は調子が悪いので、休ませていただこうかと思いまして…今連絡を取ろうとしていたところです。」

自分の声はやっぱり少し枯れていて、寂しかった。

『…そうか。…棗谷くん、…君のせいじゃないから、自分で自分を責めないでほしいのだがな…。』

珍しく、課長が言葉を濁すから、何かあったのだろうなと察した。

ただ、はあまりにも予想外で、俺を絶望の淵へと突き落とすには充分過ぎた。

『君は、今日付けでクビだ。』


しばらくの沈黙のあと、俺は少しだけ思ってしまった。

ああ、俺にはもう、本当に失うものなんてなくなってしまったんだなぁ、と。

「……。」

俺は何だか虚しくて、泣きそうで、声も出せなくなった。

それに対して何を思ったのか、焦ったように課長は言った。

『か、会社でリストラしなきゃいけなくなって、多くの有給を使っていて、実績もあまり…じゃないや。活躍できていなかった人を、リストラしていくことになったんだ。』





そこから、ほとんど覚えていない。

どうやって課長に返事したのか、どうやって電話を切ったのか…それすらも記憶にない。

給料はあとで口座に入れておくとメールがあったがどこか浮き足立っていて、現実じゃないみたいな感覚がずっと付きまとっていた。

なんで、こんな風になったんだろう。

お腹は空いていなかったが、何かしていないと気が狂う気がして、冷蔵庫を開けた。

笑えるほど何も入ってなかった。

コンビニまで行くくらいなら…と、適当に上着を羽織ると、サンダルを引っ掻けて扉の鍵を閉めた。

目的地につくと、見たような顔がそこをうろついていた。

その人は俺を見ると駆け寄ってきた。

俺はあいにく驚く気力もなかったので、死んだような目でその人を見据えた。

「平生さん!」

俺の名前を嬉しそうに呼ぶ彼を少し鬱陶しく感じてしまい、何となく気まずくて、俺は彼から視線を逸らした。

「…シュン、さん…。」

それが解ったのか、彼は困ったように頭を掻いた。

俺は昨日のことを思い出して、この人はいつでも良い人だと思った。
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