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きっかけ
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松木君、久しぶりだな。突然こんなものを送りつけたんで、読んでもらえるかどうか自信がないんだが、このことを告白するのには君のような立場の人がふさわしいかと思ったんだ。君の他には、誰にも明かすつもりはない。君が読んでくれなければこの一連の出来事は闇に葬られてしまう。もっと簡単に便箋にまとめたかったが、とても簡単にはいかなかった。面倒だろうとは思うが、どうか最後まで目を通してくれ。
単刀直入に言うが、今ニュースなんかで騒ぎになっている加賀美聡子殺しの犯人は僕だ。それだけじゃない。加賀美先生の小説を読んで、他にふたり、殺してしまった。信じてくれるか? ……いや、君が信じてくれなかったとしても、これは事実なんだ。あとあと書くが、証拠もある。ひとつずつ順を追って説明していくから、必要に応じて一緒に入れた小説を読んでくれ。
君に送った小説は、三作品とも加賀美先生がやっていた〈鏡の部屋〉というサイトに載っていたものだ。加賀美先生は亡くなったがサイトは閉鎖されていないから、検索すればまだ問題なく読めるはずだ。
僕のような加賀美先生のファンは、この〈鏡の部屋〉で先生本人とやり取りしたり、書き下ろしのちょっとした短編小説を読んだりするのを楽しみにしていた。もともとサイトに載っていた作品が、あとから出版されることもあったからね。次に出版されるのはどれか――これが、ファンの間では鉄板の話題だったんだ。
僕は当然、サイト上にある作品は全部読んだし、いちいち感想を書いて送ったりもしていた。〈鏡の部屋〉は加賀美先生本人が運営していたから、たまに先生から返事がもらえることがあった――僕も、とうとうこの間返事をもらったんだ。感想を打ったコメントに、〈いつもありがとう〉っていう一言だけだったけどね。ファンにとっては、信奉している作家先生からの言葉は、どんなに短くたって宝石のように価値があるものなんだ。自分が常連であることを先生の方で分かってくれている、自分を覚えてくれていると分かる一言だったから、なおさらさ。
君にこの感覚が理解されるかは分からないが、僕は加賀美先生を敬愛していたし、実を言うとひとりの女性として愛していた。人から先生と呼ばれる立場にある人だ、知的な美しさを持った女性に違いないと信じていたんだ。加賀美先生は顔を公表していなかったから、もちろんどんな人なのかを知っているわけじゃない。だけど、顔も知らないということがかえって想像力をかきたてるということはある。平安時代の貴族が、和歌のやり取りだけで恋をはじめたというのと似たようなものだと言ったら、気取り過ぎかもしれないが。
とにかく、最初のきっかけは『標本男』だ。すべてはこの小説からはじまったんだ。
単刀直入に言うが、今ニュースなんかで騒ぎになっている加賀美聡子殺しの犯人は僕だ。それだけじゃない。加賀美先生の小説を読んで、他にふたり、殺してしまった。信じてくれるか? ……いや、君が信じてくれなかったとしても、これは事実なんだ。あとあと書くが、証拠もある。ひとつずつ順を追って説明していくから、必要に応じて一緒に入れた小説を読んでくれ。
君に送った小説は、三作品とも加賀美先生がやっていた〈鏡の部屋〉というサイトに載っていたものだ。加賀美先生は亡くなったがサイトは閉鎖されていないから、検索すればまだ問題なく読めるはずだ。
僕のような加賀美先生のファンは、この〈鏡の部屋〉で先生本人とやり取りしたり、書き下ろしのちょっとした短編小説を読んだりするのを楽しみにしていた。もともとサイトに載っていた作品が、あとから出版されることもあったからね。次に出版されるのはどれか――これが、ファンの間では鉄板の話題だったんだ。
僕は当然、サイト上にある作品は全部読んだし、いちいち感想を書いて送ったりもしていた。〈鏡の部屋〉は加賀美先生本人が運営していたから、たまに先生から返事がもらえることがあった――僕も、とうとうこの間返事をもらったんだ。感想を打ったコメントに、〈いつもありがとう〉っていう一言だけだったけどね。ファンにとっては、信奉している作家先生からの言葉は、どんなに短くたって宝石のように価値があるものなんだ。自分が常連であることを先生の方で分かってくれている、自分を覚えてくれていると分かる一言だったから、なおさらさ。
君にこの感覚が理解されるかは分からないが、僕は加賀美先生を敬愛していたし、実を言うとひとりの女性として愛していた。人から先生と呼ばれる立場にある人だ、知的な美しさを持った女性に違いないと信じていたんだ。加賀美先生は顔を公表していなかったから、もちろんどんな人なのかを知っているわけじゃない。だけど、顔も知らないということがかえって想像力をかきたてるということはある。平安時代の貴族が、和歌のやり取りだけで恋をはじめたというのと似たようなものだと言ったら、気取り過ぎかもしれないが。
とにかく、最初のきっかけは『標本男』だ。すべてはこの小説からはじまったんだ。
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