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誰だって四六時中、愛を押しつけ続けられたら辟易すると思う。
どんなに仲の良い恋人同士だって一定の距離感は必要だと思う。じゃないと飽きたり疲れたりしてしまうんじゃないか?
愛情によって窒息死することだってあるだろ?
しかし久保田というサイボーグは、常に俺をゼロ距離射程に置こうとする。逃げ出そうとする俺をいつでも打ちのめせる場所にいる。あいつは体力もサイボーグだからそれでも疲れることはない。でも俺は疲れるんだ。久保田を一瞬でも頭から追い出して、一息つきたいと思うのはおかしいことじゃないはずだ。
だって呼吸ができなくなったら死んじゃうんだから。
しかし俺の体はもはや久保田が育てた野菜でできている。あいつはこれから豚や鶏や牛さえも育てかねない。
このままではいつか俺の脳みそも一歩歩くごとに久保田を思い出し、一歩歩くごとに久保田が頭を占領するようになってしまうかもしれない。それじゃもはや洗脳じゃないか!
「野坂さん、申し訳ありません」
帰ってきたばかりの久保田が、突然玄関で床に手をついて頭を下げてきた。
「えっ、な、なに? どうしたの?」
てっきりまた俺が何かをしたのだと飛び上がった。久保田という奴の言動は常に嫌味も兼ね備えているからだ。
「使えない部下のせいで、明日からやむなく出張に行かなくてはならなくなりました」
「えっ⁉ 出張?」
「ええ。常に出張だけはしないようにと心がけ、使えない部下どもに押しつけてきたのですが」
「な、なんでそんなことを」
そりゃ嫌われるだろ。
「え? なんで俺に謝るの?」
「野坂さんの健康管理ができなくて申し訳ありません」
久保田はまた深々と頭を下げた。
「いや全然大丈夫だからっ!」
俺は全力で首を横に振った。
「い、いつまで?」
「明日から二日間です」
「二日間もっ⁉」
「はい」
……やった! 二日間久保田から解放される!
思わず久保田の前で飛び跳ねそうになるのを抑えた。
「二日分の食事は全て冷凍しておきますのでレンジで温めて食べてください」
「うん!」
「お弁当はどこかで購入した物を食べてもらえますか?」
「うん!」
「夜寝る時はちゃんとパジャマに着替えてくださいね」
「うん!」
「モーニングコールしますから」
「うん!」
「お腹を冷やさないように温かいお茶を飲んでください」
「うん!」
久保田がいない間、何をしよう? 自分の体が興奮し始めるのを感じた。
「行ってらっしゃい!」
「行ってきます」
俺は久々にワクワクして目がギンギンになって眠れなかった。だって久保田に会わない日なんていつ以来だろう? 久保田に出会う前の自分を忘れそうなほど俺は抑圧された日々を送っていたのだ。
翌日の朝、久保田を送り出すと、俺はスキップして電車に乗った。
今日は仕事しながら久保田の存在を意識しなくてもいいんだ。
「なんかきょうかいしゃのふんいきがちがうね」
ジョンソンが窓を拭きながら言った。
「そう?」
俺は掃除機をかけながら応える。
「うん。なんだろう? なんかみんないつもとかおがちがう」
通路を行き交う人々を見回すジョンソンに、耳元でそっと教えてやった。
「今日久保田が出張でいないらしいよ」
「えっ! くぼたいないのっ⁉ だからみんなたのしそうなんだっ⁉」
そうなのだ。今はここに久保田がいないのだ。心なしか照明がいつもより明るく見えるし、空気も澄んでいるように感じる。
俺は仕事が終わったあともメンテナンス部でくつろいでいた。
今日は俺の行動を監視する者がいないのだ。久保田といるとなんだかんだで規則正しい生活を送ることになる。だから今日は思い切りだらけてやるつもりでいた。なんだったら今日はここに泊まって朝までダラダラしたっていい。なんたって今日の俺は自由なんだから!
木村さんはすぐに帰ってしまったが、ジョンソンは机の上にお菓子を並べて、食べながら漫画を読んでいる。
俺はコンビニで買ってきたコロッケとアメリカンドッグと唐揚げを食べていた。久しぶりに食べるジャンクな味は涙が出るほど美味い。久保田が唯一地球上で再現できない味だ。
「ねぇ、前から思ってたんだけどジョンソンてなんで毎日バイトしてるの? 留学生でしょ? 大学は大丈夫なの?」
時間があり余っている俺は、前から気になっていたことを聞いてみた。
ジョンソンがチョコレートとポテトチップスを同時に口に放り込みながら言った。
「あめりかにかえりたい。だからおかねためてる」
「なんで?」
「にほんじんのおんなのこおもってたよりかわいくなかった」
「あっそう」
それはどうにもならない悩みだ。
「それにべんきょうがむずかしすぎる」
「ふーん。大学で何やってんの?」
「うちゅうこうがく」
「宇宙?」
「にんげんをうちゅうにとばしたい」
「へー」
「ほんとうはすーぱーさいやじんになりたかった。でもむりそうだから」
「へー」
それは絶対に無理な話だ。
「それよりのさか」
「ん?」
「やきにくたべたくない?」
「食べたい!」
「いいとこしってる。いっしょにいく?」
「行く!」
気づけば俺は勢いよく答えていた。
だって今日は久保田がいないんだ。まだ家に帰りたくない。久保田のいない自由を満喫したい!
「……ここは?」
俺は天井に張り巡らされたアニメの女の子のポスターを見ながら聞いた。
「やきにくや」
「へー」
なかなかのカルチャーショックだった。
店員がみんなヒラヒラを頭に付け、フワフワのワンピースを着た人形のようなメイクをした女の子たちで、肉を運んできてくれ、網の取り換えまでしてくれるのだ。
俺の知らない間に巷の焼肉屋はこんなことになっちゃったのか?
肉以外の情報が多すぎないか?
俺はそう思いながら目の前でジョンソンが焼いてくれるホルモンを一つ食べてみた。
「……うまい」
「だろ?」
少し辛くて甘い味つけが絶妙だ。いくらでも食べられそうな気がする。これなら汚いおじさんがやってても通ってしまうだろう。
それなのになぜ……。
しかし俺はたくさんの疑問をビールで飲み込んだ。まぁ美味しいからいっか。
追加注文するたびに派手な爪とメイクをした女の子が持ってきてくれるが、俺は焼かれたホルモンを食べ続けた。
「のさか」
「ん?」
「このあとじかんある?」
「ある!」
すかさず答えていた。
まだ帰りたくない! もっと遊んでいたい!
ジョンソンに促されるまま、焼肉屋が入っているビルの屋上に来た。
風が強くて吹き飛ばされそうになるのを、足を踏ん張って堪えた。他にも屋上には数人いて、暗闇の中をレゲエを流しながらそれぞれが両手を上げてゆっくりと揺れている。
「ねぇ、みんなここで何してるの?」
「ゆーふぉーをよんでる」
「は⁉」
「きょうははれてるからたぶんゆーふぉーみれる」
UFO⁉
えっ? UFOってそんな富士山みたいに見られるものなの?
ジョンソンは他の人と同じように両手を上げて揺れ始めた。
「…………」
俺もジョンソンを見ながら同じように手を上げ、パーカーの裾が捲れ、髪が風に飛ばされそうになりながら体を揺らしてみた。本当にこんなことでUFOが現れるのか?
すると突然ポケットに入れていたスマホが鳴った。画面を見ると久保田からだった。
『野坂さん、今どこにいますか? 家じゃないですよね?』
「UFOを呼んでる」
『は?』
久保田が珍しく聞き返した。
「もうすぐ来るらしいから」
『野坂さん、正気ですか?』
「お前が言うな」
俺はスマホを持っていない方の手を空にかざし、レゲエに合わせて体を揺らし続けた。
『野坂さん、一人の時に何をしても自由ですが、UFOだけは呼ばないでください』
「え? どうして?」
『風邪を引いてしまいます』
「大丈夫だよ。今度は自力で治すから」
『野坂さん』
「なんだよ」
『明日帰ります』
「えっ⁉」
『出張は今日で切り上げます』
「えっ⁉ ちょっと待って! なんでっ⁉」
『あなたが心配だからです』
「えっ! やだっ! 帰らないでっ!」
俺の大切な時間が終わっちゃう!
『絶対に帰りますから』
そう言うと久保田は電話を切ってしまった。
「…………」
こうなったら仕方がない。本気でUFOを呼ぶしかない。まだまだ自由時間を終わらせるわけにはいかないんだ!
俺は両手を上げ、全力で揺れた。
しかし結局朝まで揺れていたがUFOは現れなかった。
「……なんでだよ」
俺は朝方ジョンソンと別れ、一睡もせずに歩いて駅まで行き、始発で家に帰った。そして玄関のドアを開けると、久保田が立っていた。
どんなに仲の良い恋人同士だって一定の距離感は必要だと思う。じゃないと飽きたり疲れたりしてしまうんじゃないか?
愛情によって窒息死することだってあるだろ?
しかし久保田というサイボーグは、常に俺をゼロ距離射程に置こうとする。逃げ出そうとする俺をいつでも打ちのめせる場所にいる。あいつは体力もサイボーグだからそれでも疲れることはない。でも俺は疲れるんだ。久保田を一瞬でも頭から追い出して、一息つきたいと思うのはおかしいことじゃないはずだ。
だって呼吸ができなくなったら死んじゃうんだから。
しかし俺の体はもはや久保田が育てた野菜でできている。あいつはこれから豚や鶏や牛さえも育てかねない。
このままではいつか俺の脳みそも一歩歩くごとに久保田を思い出し、一歩歩くごとに久保田が頭を占領するようになってしまうかもしれない。それじゃもはや洗脳じゃないか!
「野坂さん、申し訳ありません」
帰ってきたばかりの久保田が、突然玄関で床に手をついて頭を下げてきた。
「えっ、な、なに? どうしたの?」
てっきりまた俺が何かをしたのだと飛び上がった。久保田という奴の言動は常に嫌味も兼ね備えているからだ。
「使えない部下のせいで、明日からやむなく出張に行かなくてはならなくなりました」
「えっ⁉ 出張?」
「ええ。常に出張だけはしないようにと心がけ、使えない部下どもに押しつけてきたのですが」
「な、なんでそんなことを」
そりゃ嫌われるだろ。
「え? なんで俺に謝るの?」
「野坂さんの健康管理ができなくて申し訳ありません」
久保田はまた深々と頭を下げた。
「いや全然大丈夫だからっ!」
俺は全力で首を横に振った。
「い、いつまで?」
「明日から二日間です」
「二日間もっ⁉」
「はい」
……やった! 二日間久保田から解放される!
思わず久保田の前で飛び跳ねそうになるのを抑えた。
「二日分の食事は全て冷凍しておきますのでレンジで温めて食べてください」
「うん!」
「お弁当はどこかで購入した物を食べてもらえますか?」
「うん!」
「夜寝る時はちゃんとパジャマに着替えてくださいね」
「うん!」
「モーニングコールしますから」
「うん!」
「お腹を冷やさないように温かいお茶を飲んでください」
「うん!」
久保田がいない間、何をしよう? 自分の体が興奮し始めるのを感じた。
「行ってらっしゃい!」
「行ってきます」
俺は久々にワクワクして目がギンギンになって眠れなかった。だって久保田に会わない日なんていつ以来だろう? 久保田に出会う前の自分を忘れそうなほど俺は抑圧された日々を送っていたのだ。
翌日の朝、久保田を送り出すと、俺はスキップして電車に乗った。
今日は仕事しながら久保田の存在を意識しなくてもいいんだ。
「なんかきょうかいしゃのふんいきがちがうね」
ジョンソンが窓を拭きながら言った。
「そう?」
俺は掃除機をかけながら応える。
「うん。なんだろう? なんかみんないつもとかおがちがう」
通路を行き交う人々を見回すジョンソンに、耳元でそっと教えてやった。
「今日久保田が出張でいないらしいよ」
「えっ! くぼたいないのっ⁉ だからみんなたのしそうなんだっ⁉」
そうなのだ。今はここに久保田がいないのだ。心なしか照明がいつもより明るく見えるし、空気も澄んでいるように感じる。
俺は仕事が終わったあともメンテナンス部でくつろいでいた。
今日は俺の行動を監視する者がいないのだ。久保田といるとなんだかんだで規則正しい生活を送ることになる。だから今日は思い切りだらけてやるつもりでいた。なんだったら今日はここに泊まって朝までダラダラしたっていい。なんたって今日の俺は自由なんだから!
木村さんはすぐに帰ってしまったが、ジョンソンは机の上にお菓子を並べて、食べながら漫画を読んでいる。
俺はコンビニで買ってきたコロッケとアメリカンドッグと唐揚げを食べていた。久しぶりに食べるジャンクな味は涙が出るほど美味い。久保田が唯一地球上で再現できない味だ。
「ねぇ、前から思ってたんだけどジョンソンてなんで毎日バイトしてるの? 留学生でしょ? 大学は大丈夫なの?」
時間があり余っている俺は、前から気になっていたことを聞いてみた。
ジョンソンがチョコレートとポテトチップスを同時に口に放り込みながら言った。
「あめりかにかえりたい。だからおかねためてる」
「なんで?」
「にほんじんのおんなのこおもってたよりかわいくなかった」
「あっそう」
それはどうにもならない悩みだ。
「それにべんきょうがむずかしすぎる」
「ふーん。大学で何やってんの?」
「うちゅうこうがく」
「宇宙?」
「にんげんをうちゅうにとばしたい」
「へー」
「ほんとうはすーぱーさいやじんになりたかった。でもむりそうだから」
「へー」
それは絶対に無理な話だ。
「それよりのさか」
「ん?」
「やきにくたべたくない?」
「食べたい!」
「いいとこしってる。いっしょにいく?」
「行く!」
気づけば俺は勢いよく答えていた。
だって今日は久保田がいないんだ。まだ家に帰りたくない。久保田のいない自由を満喫したい!
「……ここは?」
俺は天井に張り巡らされたアニメの女の子のポスターを見ながら聞いた。
「やきにくや」
「へー」
なかなかのカルチャーショックだった。
店員がみんなヒラヒラを頭に付け、フワフワのワンピースを着た人形のようなメイクをした女の子たちで、肉を運んできてくれ、網の取り換えまでしてくれるのだ。
俺の知らない間に巷の焼肉屋はこんなことになっちゃったのか?
肉以外の情報が多すぎないか?
俺はそう思いながら目の前でジョンソンが焼いてくれるホルモンを一つ食べてみた。
「……うまい」
「だろ?」
少し辛くて甘い味つけが絶妙だ。いくらでも食べられそうな気がする。これなら汚いおじさんがやってても通ってしまうだろう。
それなのになぜ……。
しかし俺はたくさんの疑問をビールで飲み込んだ。まぁ美味しいからいっか。
追加注文するたびに派手な爪とメイクをした女の子が持ってきてくれるが、俺は焼かれたホルモンを食べ続けた。
「のさか」
「ん?」
「このあとじかんある?」
「ある!」
すかさず答えていた。
まだ帰りたくない! もっと遊んでいたい!
ジョンソンに促されるまま、焼肉屋が入っているビルの屋上に来た。
風が強くて吹き飛ばされそうになるのを、足を踏ん張って堪えた。他にも屋上には数人いて、暗闇の中をレゲエを流しながらそれぞれが両手を上げてゆっくりと揺れている。
「ねぇ、みんなここで何してるの?」
「ゆーふぉーをよんでる」
「は⁉」
「きょうははれてるからたぶんゆーふぉーみれる」
UFO⁉
えっ? UFOってそんな富士山みたいに見られるものなの?
ジョンソンは他の人と同じように両手を上げて揺れ始めた。
「…………」
俺もジョンソンを見ながら同じように手を上げ、パーカーの裾が捲れ、髪が風に飛ばされそうになりながら体を揺らしてみた。本当にこんなことでUFOが現れるのか?
すると突然ポケットに入れていたスマホが鳴った。画面を見ると久保田からだった。
『野坂さん、今どこにいますか? 家じゃないですよね?』
「UFOを呼んでる」
『は?』
久保田が珍しく聞き返した。
「もうすぐ来るらしいから」
『野坂さん、正気ですか?』
「お前が言うな」
俺はスマホを持っていない方の手を空にかざし、レゲエに合わせて体を揺らし続けた。
『野坂さん、一人の時に何をしても自由ですが、UFOだけは呼ばないでください』
「え? どうして?」
『風邪を引いてしまいます』
「大丈夫だよ。今度は自力で治すから」
『野坂さん』
「なんだよ」
『明日帰ります』
「えっ⁉」
『出張は今日で切り上げます』
「えっ⁉ ちょっと待って! なんでっ⁉」
『あなたが心配だからです』
「えっ! やだっ! 帰らないでっ!」
俺の大切な時間が終わっちゃう!
『絶対に帰りますから』
そう言うと久保田は電話を切ってしまった。
「…………」
こうなったら仕方がない。本気でUFOを呼ぶしかない。まだまだ自由時間を終わらせるわけにはいかないんだ!
俺は両手を上げ、全力で揺れた。
しかし結局朝まで揺れていたがUFOは現れなかった。
「……なんでだよ」
俺は朝方ジョンソンと別れ、一睡もせずに歩いて駅まで行き、始発で家に帰った。そして玄関のドアを開けると、久保田が立っていた。
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