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日付が変わり、除夜の鐘が鳴り響く中、俺と久保田はわざわざ毎年人でごった返す有名神社に来ていた。俺たちは行列に並び、時間をかけて先頭に立った。
賽銭を入れたあと鐘を鳴らし、手を叩いて拝んだ。
「今年こそは……今年こそは……」
久保田から脱出できますように。
「四六時中一緒にいられますように」
横にいる久保田から正反対の願い事が聞こえたが、俺はそれを打ち消すために何度もお願いをした。
「……悪霊退散、無病息災、平穏無事……」
「さ、帰りましょうか。風邪を引いてしまいます」
「……南無阿弥陀仏……」
「それ宗教違いますよ?」
まだ拝んでいるのに久保田に無理やり腕を引っぱられ、仕方なく来た道を戻るために、鳥居に向かって歩き出した。
「風邪を引くのが嫌なら何もこんな時間に来なくてもいいだろ」
一番人に揉まれる時間なのに。
「だって自慢したいじゃないですか」
「なにを?」
俺は久保田の声を聞くために体を寄せた。
「好きな人と年をまたいで来年も一緒にいられるなんて、こんなに素敵なことはありませんよ」
「誰に自慢?」
「神に。神なんか一度も信じたことありませんが」
「……じゃあなんで来たんだよ」
ここは神様の住処だぞ。
俺はコートに手を突っ込み、鼻水をすすった。
俺だってこんな寒すぎる神様の住処じゃなくて、早く家に帰って、久保田が買ってくれたコタツに入って猫のように丸くなりたいよ。
「本当は一度でいいから人混みの中をあなたと手を繋いで歩いてみたかったんです」
「…………」
珍しく久保田が普通の人間のようなことを言った。
何言ってんのこいつ。そんなことで今までの全部許したりなんかしないからな。俺はそんな単純な人間じゃないからな。
「あなたといると安心するし、落ち着くし、でも好きという気持ちは毎日増えていきます。ああ。ここにいる全員にあなたの良いところを言って回りたいです」
「やめろ」
なんだってこいつはこんなに俺のことが好きなんだ?
「僕はあなたと出会って愛も恋も知りましたし、嫉妬も知りました。あなたに起きてすぐに会えることに毎日感動していますし、感動の意味も知ることができました」
……もしかしてこいつは、限りなく人間に近づいたAIなんじゃないのか? 俺はその相手役として実験に使われているだけなんじゃないのか?
本当にそうだったらどんなにいいか。
久保田はポケットの中から俺の手を強引に引っ張り出すと、手を握りしめてきた。
久保田の顔は寒さのせいか、陶器でできた人形のように肌は白く、笑顔は固まっている。
「野坂さん」
「……なに?」
鳥居の手前で立ち止まった久保田を動かそうと手を引っ張るが、久保田はびくともしない。
「な、なんだよ?」
立ち止まった俺たちの横を、参拝客たちがじろじろ見ながら通り過ぎて行く。しかし久保田は、世界に俺たちだけしかいないみたいな目で俺に話しかけてきた。
「毎年こうしてここに来ましょうね?」
「…………」
久保田はまばたきさえせずに俺の返事を待っている。その圧力と周囲の好奇心の目に耐えられなくなった俺は、仕方なく頷いた。
するとその瞬間、久保田の顔から笑顔が消えた。
「生きててよかった」
「…………」
……まさか。
こんな日だというのに、まばたきをしない久保田の目に悪い予感がした。
……いや、そんなまさか。これ以上何も起きないよな?
俺は心の中で手を合わせ、平穏無事を祈りながら、久保田と共に神様の住処をあとにした。
初詣から帰ったあと、俺は正月の三が日を高熱を出して寝込んだ。そんな俺を久保田は看病してくれたが、今まで以上に最っ高にうざかった。
「野坂さん、お粥できましたよ。起きてください」
「…………」
「はい、あーん」
「……自分で食べる」
「だめですよ。風邪を引いているときは極力体力を使ってはだめなんです。はい、あーん」
「…………」
「スプーンは噛むものじゃないですよ? ちゃんと食べてください。はい、あーん」
「…………」
「上手に食べられましたねー。えらいですねー。すごーい。はい、あーん」
「…………」
「美味しそうに食べてますねー。食べるお口もかわいいですねー。はーい。もっと食べてくださーい。はい、あーん」
「……………」
少しも笑わずに能面のような顔でこれをやる久保田は、最っ高にうざい。
やっと寝られても、目を開けると必ず久保田の顔が視界にドアップで入る。こいつは俺の精神の限界を試そうとしているのか?
心配だからとトイレまで付いて来ようとする久保田を振り払い、体を拭こうとする久保田を振り払い、熱にうなされながら俺は思った。
……このままじゃだめだ。このままじゃ俺はだめになる。俺はまだまともな人間として生きたい……。このままじゃ自分の足で歩くこともできなくなりそうだ。
俺は風邪が治ったあと仕事を探すことを決意した。しかし熱で沸騰した脳みそでは、どう考えても久保田に潰される未来しか想像できなかった。久保田は俺を家に閉じ込めておくためならなんだってする男なんだ。そして恐ろしいほどに手段を選ばない男なのだ。
「あなたをここまで愛せる人間は僕しかいません。あなたのためならなんだってします。僕は一歩歩くごとにあなたを思い出し、一歩歩くごとにあなたが頭を占領します」
寝ている間に聞かされ続ける恐ろしい念仏が頭から離れない。まさか俺がこのサイボーグを作り出してしまったんじゃないかと自分の存在を恐ろしく感じる。
それでも俺は、人間として生きるために、布団から起き上がり、久保田に進言した。
「働きたい? 別にかまいませんよ?」
しかし久保田の返事はあっさりしたものだった。
「ほんとに?」
あんなに俺を外に出したがらなかった男が?
「ええ」
「……勝手に倒産させたりしない?」
俺がそう言うと、なぜか久保田の顔が笑顔になった。
「僕はあなたのことを心配しているだけですよ? あなたはニ度酷い目にあったでしょう? 僕はあなたに相応しくない会社と人間をこの世から抹消しているだけです」
「……それをやめてくれ。抹消する必要なんてないから。頼むから」
久保田が言うと冗談に聞こえない。
「ではこうしましょう。僕があなたに合う職場を探します。あなたはそこでなんのストレスも感じずに働いてみてください」
「そんなところある?」
「忘れましたか? 僕はあなたのためならなんだってするんですよ?」
そう言って久保田は、まるで人間のように笑った。
賽銭を入れたあと鐘を鳴らし、手を叩いて拝んだ。
「今年こそは……今年こそは……」
久保田から脱出できますように。
「四六時中一緒にいられますように」
横にいる久保田から正反対の願い事が聞こえたが、俺はそれを打ち消すために何度もお願いをした。
「……悪霊退散、無病息災、平穏無事……」
「さ、帰りましょうか。風邪を引いてしまいます」
「……南無阿弥陀仏……」
「それ宗教違いますよ?」
まだ拝んでいるのに久保田に無理やり腕を引っぱられ、仕方なく来た道を戻るために、鳥居に向かって歩き出した。
「風邪を引くのが嫌なら何もこんな時間に来なくてもいいだろ」
一番人に揉まれる時間なのに。
「だって自慢したいじゃないですか」
「なにを?」
俺は久保田の声を聞くために体を寄せた。
「好きな人と年をまたいで来年も一緒にいられるなんて、こんなに素敵なことはありませんよ」
「誰に自慢?」
「神に。神なんか一度も信じたことありませんが」
「……じゃあなんで来たんだよ」
ここは神様の住処だぞ。
俺はコートに手を突っ込み、鼻水をすすった。
俺だってこんな寒すぎる神様の住処じゃなくて、早く家に帰って、久保田が買ってくれたコタツに入って猫のように丸くなりたいよ。
「本当は一度でいいから人混みの中をあなたと手を繋いで歩いてみたかったんです」
「…………」
珍しく久保田が普通の人間のようなことを言った。
何言ってんのこいつ。そんなことで今までの全部許したりなんかしないからな。俺はそんな単純な人間じゃないからな。
「あなたといると安心するし、落ち着くし、でも好きという気持ちは毎日増えていきます。ああ。ここにいる全員にあなたの良いところを言って回りたいです」
「やめろ」
なんだってこいつはこんなに俺のことが好きなんだ?
「僕はあなたと出会って愛も恋も知りましたし、嫉妬も知りました。あなたに起きてすぐに会えることに毎日感動していますし、感動の意味も知ることができました」
……もしかしてこいつは、限りなく人間に近づいたAIなんじゃないのか? 俺はその相手役として実験に使われているだけなんじゃないのか?
本当にそうだったらどんなにいいか。
久保田はポケットの中から俺の手を強引に引っ張り出すと、手を握りしめてきた。
久保田の顔は寒さのせいか、陶器でできた人形のように肌は白く、笑顔は固まっている。
「野坂さん」
「……なに?」
鳥居の手前で立ち止まった久保田を動かそうと手を引っ張るが、久保田はびくともしない。
「な、なんだよ?」
立ち止まった俺たちの横を、参拝客たちがじろじろ見ながら通り過ぎて行く。しかし久保田は、世界に俺たちだけしかいないみたいな目で俺に話しかけてきた。
「毎年こうしてここに来ましょうね?」
「…………」
久保田はまばたきさえせずに俺の返事を待っている。その圧力と周囲の好奇心の目に耐えられなくなった俺は、仕方なく頷いた。
するとその瞬間、久保田の顔から笑顔が消えた。
「生きててよかった」
「…………」
……まさか。
こんな日だというのに、まばたきをしない久保田の目に悪い予感がした。
……いや、そんなまさか。これ以上何も起きないよな?
俺は心の中で手を合わせ、平穏無事を祈りながら、久保田と共に神様の住処をあとにした。
初詣から帰ったあと、俺は正月の三が日を高熱を出して寝込んだ。そんな俺を久保田は看病してくれたが、今まで以上に最っ高にうざかった。
「野坂さん、お粥できましたよ。起きてください」
「…………」
「はい、あーん」
「……自分で食べる」
「だめですよ。風邪を引いているときは極力体力を使ってはだめなんです。はい、あーん」
「…………」
「スプーンは噛むものじゃないですよ? ちゃんと食べてください。はい、あーん」
「…………」
「上手に食べられましたねー。えらいですねー。すごーい。はい、あーん」
「…………」
「美味しそうに食べてますねー。食べるお口もかわいいですねー。はーい。もっと食べてくださーい。はい、あーん」
「……………」
少しも笑わずに能面のような顔でこれをやる久保田は、最っ高にうざい。
やっと寝られても、目を開けると必ず久保田の顔が視界にドアップで入る。こいつは俺の精神の限界を試そうとしているのか?
心配だからとトイレまで付いて来ようとする久保田を振り払い、体を拭こうとする久保田を振り払い、熱にうなされながら俺は思った。
……このままじゃだめだ。このままじゃ俺はだめになる。俺はまだまともな人間として生きたい……。このままじゃ自分の足で歩くこともできなくなりそうだ。
俺は風邪が治ったあと仕事を探すことを決意した。しかし熱で沸騰した脳みそでは、どう考えても久保田に潰される未来しか想像できなかった。久保田は俺を家に閉じ込めておくためならなんだってする男なんだ。そして恐ろしいほどに手段を選ばない男なのだ。
「あなたをここまで愛せる人間は僕しかいません。あなたのためならなんだってします。僕は一歩歩くごとにあなたを思い出し、一歩歩くごとにあなたが頭を占領します」
寝ている間に聞かされ続ける恐ろしい念仏が頭から離れない。まさか俺がこのサイボーグを作り出してしまったんじゃないかと自分の存在を恐ろしく感じる。
それでも俺は、人間として生きるために、布団から起き上がり、久保田に進言した。
「働きたい? 別にかまいませんよ?」
しかし久保田の返事はあっさりしたものだった。
「ほんとに?」
あんなに俺を外に出したがらなかった男が?
「ええ」
「……勝手に倒産させたりしない?」
俺がそう言うと、なぜか久保田の顔が笑顔になった。
「僕はあなたのことを心配しているだけですよ? あなたはニ度酷い目にあったでしょう? 僕はあなたに相応しくない会社と人間をこの世から抹消しているだけです」
「……それをやめてくれ。抹消する必要なんてないから。頼むから」
久保田が言うと冗談に聞こえない。
「ではこうしましょう。僕があなたに合う職場を探します。あなたはそこでなんのストレスも感じずに働いてみてください」
「そんなところある?」
「忘れましたか? 僕はあなたのためならなんだってするんですよ?」
そう言って久保田は、まるで人間のように笑った。
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