ヤバい奴に好かれてます。

たいら

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 夜は長いけど、長過ぎても困る。
 何度も久保田とババ抜きをして、負けたり勝ったりを繰り返していた。俺はその内に自分が酔い始めていることを気がついた。さっきからずっと楽しくて仕方がない。口から勝手に笑い声が漏れ出ている。
 久保田が俺の手からカードを引き抜くと、俺の手にはカードが一枚だけ残った。ジョーカーだ。久保田は自慢げに手元に揃った二枚のカードを見せてきた。
「僕の勝ちです」
「ふひひっ」
 どうしてか久保田が勝つ時はジョーカーが俺の元から離れない。久保田の指が場所を知っているかのようにすり抜けていく。
 なんでだ? おかしいな。
 俺は布団の上で散らばったカードを膝で踏みながら、久保田の首に腕を回した。久保田が俺の腰に手を回す。ずっとあぐらをかいていたせいで、浴衣の裾はすっかりはだけていた。
「…………」
 キスが終わると久保田の肩に頭を乗せた。久保田の手が腰を撫でていて、くすぐったい。
「くひひひっ」
 久保田の体にもたれかかっていると、腕が背中に回り、そのまま布団に押し倒された。
「よく泣くあなたも好きですが、よく笑うあなたもかわいいですね」
 上に覆い被さった久保田が、首筋に音をたててキスをした。くすぐったくて体を捩らせると、キスはさらに下に下がった。久保田のキスが浴衣の隙間に入り込んでいく。胸の間をキスし、唇が右の乳首へ移動した。
「あっ」
 唇に挟まれた乳首を久保田の濡れた舌が撫でる。潜り込んだ指がもう片方の乳首を触れた。
「……あっ……!」
 上に乗っかられ、足の間にいる久保田の体は、太くて熱い。その熱が移ったように俺の体も熱を帯び始めていた。舌と指で同時に攻められ、俺は久保田の髪に指を入れ、掴んだ。しかし久保田の舌の気持ち良さからは逃れられない。
「……あっ……あっ……あっ……!」
 指が突起を潰すような動きによって、徐々に硬さを増し、ついには久保田を求めるように勃ち上がってしまった。
「……あぁっ……んっ……んっ……!」
 足を動かしても何の抵抗にもならない。いたたまれない気持ち良さに、拳を口に当てて堪えていると、突然久保田の舌と指が動きを止めた。
 久保田が上から確認するように俺の顔を見た。相変わらず、久保田の顔は、派手さはないが人形のように整っている。眼鏡を取るとそれがよく分かる。その顔に凝視され、俺は思わず目をつぶった。
 てっきりいつものようにキスをされるのだと思っていた。しかし両頬を手のひらで挟まれただけだった。
「続きはあなたが酔っていない時にしましょう」
「…………」
 突然布団を顔まで被された。慌てて布団をはぎ取ると、久保田は電気を消し、隣の布団で寝始めていた。
「……嘘だろっ」
「嘘じゃないです。今日は運転したり川で遊んだり温泉入ったりして疲れたのでもう寝ます」
 俺は暗闇の中で、何もなかったかのように目をつぶった久保田の横顔に空き缶を投げつけた。






 朝、目を覚ますと、隣の布団はすでに畳まれ、久保田はすでに身支度を整えていた。久保田の顔はなんだかいつもより白くさっぱりしているように見える。温泉効果か。
「今からお母さんと散歩に行ってくるので、あなたはゆっくりしていてください。朝食はお母さんの部屋で一緒にとりましょう」
 久保田はそう言って機敏な動きで部屋を出て行った。
「…………」
 久保田とは逆に俺の寝起きは最悪だった。浴衣は帯だけを残してどこかに行ってしまっているし、喉は痛いし、頭も痛いし、寝癖はいつもよりひどい。そしてなにより……。
「……いてて」
 俺はとりあえず朝風呂を浴びようと、獣のように四つん這いになって風呂へ向かった。
「あんた今日姿勢悪いわね。どうしたの?」
「え? そ、そう?」
 朝食の席に座る母さんの鋭い指摘に焦った。
 テーブルの上には三人分の朝食が並べられていた。焼き魚に卵焼きに味噌汁にご飯に海苔に漬物。ザ旅館の朝食。とても美味しそうだ。しかしそんな朝食よりも気になることがあった。
 ……乳首がジンジンする。
 シャツが擦れる度に乳首の存在を意識してしまう。昨日ビールで酔ったあと、久保田に何をされたのかは明白だった。
 ……どんだけいじってくれたんだあいつ……!
 シャツに擦れた乳首がビンビンに反応している。何もなかったなんて絶対にありえない。
 ……ついに酔っているうちに? いやでもまだ肝心な決定的なゴールは決められていないはず。それだけはさすがに自信があった。
「野坂さん、食欲ないですか?」
 久保田が何も気づいていないかのように、さっぱりとした顔で心配そうに眉をひそめて聞いてきた。
 こいつ、人の乳首散々いじった翌日によくそんな顔できるな。お前のせいで俺の乳首は今勃ちっぱなしなんだよ! ちょっとの刺激で起っきしちゃうんだよ!
「残すなら私が代わりに食べるわよ?」
 何も知らない母さんが勝手なことを言ってくる。
 俺は仕方なく、猫背のままで味噌汁を飲んだ。……おいしい。飲み過ぎて後悔している朝にはとても優しい味だ。焼き魚も美味しい。川魚がこんなに美味しいなら、将来もっと年を取ったら川の近くに住もう。毎日川魚を自分でとって食べるんだ。家も自分で建てよう。野菜も自分で育てて、川のほとりにポツンと一人で住むんだ。
「このあとお母さんとお土産を見に行くんですが野坂さんはどうしますか?」
「……行かない」
 俺は俯きながら答えた。現実の俺は久保田によって囚われの身の上なのだ。
「帰りはお母さんも一緒に車で帰りましょう。駅まで送って行きますから」
「ええ。ありがとう」
「俺も駅まででいいから」
「野坂さんは家まで送って行きます」
「…………」
 どうしてだ。俺の意向は全部聞かないつもりか? 俺をどこまで自分の思い通りにするつもりだ?
 俺はお前のぬいぐるみか? 俺の乳首はお前のおもちゃなのか?
 俺は久保田を睨みつけたが、久保田はすました顔をしたままだ。
 誰か助けてよ。職場の人間さえこいつの言いなりなんだ。俺の家はこいつの買った物で溢れかえっているし、俺の物が勝手に捨てられたりもしているんだ。どこにいても久保田に動向を把握されていて逃げ場もない。誰か助けてくれ。
 誰か……!
 しかし母さんは土産という名の大量の賄賂を持って、のほほんと帰って行った。
「野坂さん」
 背中の方から久保田に呼ばれた。
 しかし俺は無視をした。家に着いてもこいつは勝手に上がり込んできて帰らないからだ。
「今日はオムライスにしてみました」
「…………」
「野坂さんがオムライスが好きだとお母さんから聞いたので作ってみたんです」
「いらない」
 俺は畳の上に横になったままで、自分で自分のために買った温泉饅頭を食べた。
 俺はもうこいつの作った物は食べない。もう会社にも行かない。家からも出ない。こいつが俺から離れるまで風呂にも入らないし、髭も剃らない。このまま薄汚れて髭の伸びた爺さんになってやる。それで一人でポツンと住んでやるんだ!
「野坂さん」
「…………」
「また何か怒ってますか?」
「…………」
 久保田の声が近づいて来ても饅頭を食べ続けていた。リモコンを手にしてテレビを付ける。テレビの中ではアナウンサーが焼き鳥を食べながらビールを飲み、感想を述べている。俺はそれをじっと見た。
「もしかして、お母さんを勝手に連れてきたこと怒ってます?」
「…………」
「お母さんにどうしてもあなたに会いたいと言われてしまったんです」
「…………」
「お母さんが喜んでくれたらと思ったのですが、分かりました。今後はあなたの意に沿わないことはしません」
 そう言うと久保田は、横を向いて寝ていた俺の体をあお向けに倒した。
「え?」
 覆い被さってきた久保田は、俺の顔の横に手をついた。久保田の能面のような顔面が間近に迫る。
「ちょ、ちょっと」
「…………」
「申し訳ありませんでした。実は僕はここまで人を好きになったのはあなたが初めてなので、少々やり過ぎてしまっている面があるかもしれませんね」
「少々なんてもんじゃねーだろ!」
 他人事みたいに言うな!
 俺は久保田の胸を押し返した。
「……ど、どけよっ」
「僕の中にはあなたにしてあげたいことと、僕がしたいことが混在しているんです。僕の中心にはあなたがいて僕の行動すべてにはあなたがいるんです。つまりあなたが僕を動かしているんです」
 なんだよそれっ。意味が分からないっ。
「な、なんで俺なんだよっ」
「分かりません。なにせここまで人間を好きになったのは初めてですから。あなたには僕を引きつける何かがあるんでしょうね」
 ないっ、そんなもんないっ。
 久保田の顔が焦点が合わなくなるくらい近づいていた。顔面の迫力が怖くて、俺は思わず顔を両手で覆った。
「……や、やめて、もう分かったからっ」
「何が分かったんですか?」
「…………」
 上から降ってくる冷静な声が怖い。怖いよー。
「野坂さん」
「……はい」
「オムライス食べますか?」
「……た、たべる」
 俺が起き上がると久保田はあっさりと引き下がった。結局、また俺は猫背になりながらオムライスを食べることになったのである。
 やっぱり、こいつは狂ってる。
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