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恋は妄想だけで十分。
妄想は自由だし傷つかなくてすむ。
だから偶然再会したあの日から、高比良さんは俺の推しとなった。推しは応援するものだし、活力源になる。推しのために仕事を頑張るなんて素敵な理由だ。
『来週の締め切り大丈夫ですか?』
「あ、はい。大丈夫です」
通話をしながらも、絵を描く手が止まらなかった。
貴重な仕事である小説のイラストの締め切りが迫っている。この仕事が終わったら、また高比良さんと食事に行くんだ。高比良さんにいっぱい美味しいものを食べてもらって元気になってもらうんだ。
そしてたくさん漫画を描くんだ。
まだまだ知ってる美味しいお店を高比良さんに紹介したいんだ。
『久我山さんがSNSに載せてる漫画、最近人気ありますよね』
「え? そうですか?」
『閲覧数すごいじゃないですか』
「そ、そうですかね」
実は自分でも気がついていた。なぜか最近いいね数や閲覧数やフォロワー数が今までの比じゃないくらいに増えている。
最近描き始めたのは、男が二人で食事をしてそのあとイチャイチャし始める脈略のない話だ。今まで同じような漫画をいくつも描いてきたのに、なぜかこの漫画は異様に人気があった。
『私もあの漫画のファンなんです。絶対にあの二人の続き描いてくださいね』
「グヘ」
直接ファンなんて言われたら嬉しくて気持ち悪い反応をしてしまった。
通話を切って、頑張って描こうとしたけれど、気を付くと横に置いあるスマホを見てしまっていた。こんなのはだめだ。あくまでも高比良さんは推しなんだから何かを求めてはだめだ。
いつかまたバリバリ働く高比良さんに戻るまで応援するのが俺の役目なんだから。
「へぇ、漫画も描いてるんだ」
「デヘ」
「すごいな」
高比良さんに自分の話をするとつい気持ち悪い反応をしてしまう。なんだから恥ずかしくて。褒められるとさらに気持ち悪い反応になってしまう。
気持ち悪がられるのも時間の問題だ。
「今度見せてよ」
「だめです」
思いの外きっぱりと断ってしまったが致し方のないことだった。
だって俺の妄想全開の漫画なんて読んだら高比良さんの目が潰れてしまうかもしれないから。小説のイラストの方だってそうだ。俺に依頼が来る仕事なんて一部の人間だけが喜ぶニッチなジャンルに決まってるんだから。高比良さんに見せるわけにはいかないんだ。
「お待たせしました」
ちょうどいいタイミングでテーブルにチャーハンがやって来てくれてほっとした。
新しくできたばかりのおしゃれな外観の中華屋は、見た目に反して味は町中華に近い。
ふわふわと湯気が出ているチャーハンはしっとり系で、具はネギと卵と刻んだチャーシューだけとシンプルだが、強火で炒められたごはんはしっかり味が付いていてどこか懐かしい味がする。
また痩せた気がする高比良さんが一口食べて笑顔になった。
「…………」
高比良さんが俺を見つめて目で笑顔でおいしいと伝えてくれている。
徹夜で仕事を仕上げておいて良かった。
帰ったらすぐに漫画が描ける。さっそくチャーハンを男二人が頬張る話を描こう。
二人は付き合うような関係じゃない。ただ冴えない男が美青年を好きなだけだ。美青年は鈍感だから自分が惚れられていることに気が付かない。
二人で美味しいものを食べ、そして脈略なく最後は二人でイチャイチャして終わる。俺が描きたいから描いている。
そんな漫画なのに今日もフォロワー数が増えていた。
今日の高比良さんは黒のタートルネックを着ていて、そのシンプルな服装が高比良さんの端正な顔立ちを引き立たせている。
頬杖をついてメニューを見ながら傾けたその横顔は、デッサンをするようになぞりたくなるし、レンゲを持つ何気ない指の仕草さえも芸術点をあげたくなるほどの完璧な美だ。
こんなに美しい人が傷つくところを見たくない。これは三年前にはなかった気持ちだった。
幸せになってほしい、という気持ちはあの結婚式からだ。
「実はそろそろ仕事に復帰しようと思ってるんだ」
「え?」
高比良さんはチャーハンに付いていた卵スープを覗き込んでいた。
「え? もうですか?」
「うん。さすがにこれ以上は休めないから」
「…………」
早すぎる。始まったばかりの俺の推し生活がもう終わってしまう。まだまだ紹介したい店があるのに。
ふわふわとしていた妄想から急に現実に押し戻された気分だった。
「カ、カウンセラーは何て?」
「焦るのは良くないって。でも今まで仕事しかしてこなかったから何をしたら良いかわからなくて」
高比良さんが困ったように笑いながら言った。それを見たらまるで自分のことのように胸が痛くなった。
「…………」
高比良さんは知ってるんだろうか。職場に元奥さんが押しかけてきてるって。このまま会社に戻っても辛い目にあってしまうのに。
「……会社の近くにも美味しいお店見つけておきますね」
そう言うことしかできなかった。
この人を守ってあげたい。推しには幸せになってもらいたい。俺にできることは何でもやってあげたい。
こんな気持になったのは初めてだった。
都内の生け花教室を検索し、すぐに目的の生け花教室のホームページが見つかった。
「高比良さんの元奥さんて、たしか生け花教室やってたよな」
結婚式のときたしかそう言ってた。顔はあまり覚えてないけど、高比良さんとお似合いだった記憶はある。旧姓も珍しい名前だったからうろ覚えだけど覚えていた。
『やめとけよ』
「何が?」
一日中パソコンの前にいる俺と違って、木島は仕事のあとにジムに行き、外で酒を飲んでから家でも酒を飲みつつゲームをしつつ俺と電話をしている。木島は体力オバケな上に器用で勘も良すぎるんだ。
『どうせ碌でもないこと考えてるんだろ? お前の歯が立つ相手じゃないぞ』
「でも高比良さんが苦しんでるし」
『離婚なんて結局はお互い様だろ?』
「そうだけど」
でもわからない。結婚なんかしたことないし、高比良さんはそんな人じゃないから離婚理由が高比良さんにあるとも思えない。なのに高比良さんは仕事を奪われて不公平だと思う。
せめて職場には来ないでほしい。元同僚としてそれをお願いに行くのはだめだろうか。
ホームページに載っている顔写真にやっぱり見覚えはなかったけど、体験教室という文字が気になった。
……男が一人で行っても大丈夫かな? 生け花なんて未知の世界だ。
『お前が言ってもややこしくなるだけだぞ』
わかってるけど、でも何もせずにはいられない。俺は高比良さんに幸せになってほしいんだ。
そのためならどんなことでもしたいんだ。
妄想は自由だし傷つかなくてすむ。
だから偶然再会したあの日から、高比良さんは俺の推しとなった。推しは応援するものだし、活力源になる。推しのために仕事を頑張るなんて素敵な理由だ。
『来週の締め切り大丈夫ですか?』
「あ、はい。大丈夫です」
通話をしながらも、絵を描く手が止まらなかった。
貴重な仕事である小説のイラストの締め切りが迫っている。この仕事が終わったら、また高比良さんと食事に行くんだ。高比良さんにいっぱい美味しいものを食べてもらって元気になってもらうんだ。
そしてたくさん漫画を描くんだ。
まだまだ知ってる美味しいお店を高比良さんに紹介したいんだ。
『久我山さんがSNSに載せてる漫画、最近人気ありますよね』
「え? そうですか?」
『閲覧数すごいじゃないですか』
「そ、そうですかね」
実は自分でも気がついていた。なぜか最近いいね数や閲覧数やフォロワー数が今までの比じゃないくらいに増えている。
最近描き始めたのは、男が二人で食事をしてそのあとイチャイチャし始める脈略のない話だ。今まで同じような漫画をいくつも描いてきたのに、なぜかこの漫画は異様に人気があった。
『私もあの漫画のファンなんです。絶対にあの二人の続き描いてくださいね』
「グヘ」
直接ファンなんて言われたら嬉しくて気持ち悪い反応をしてしまった。
通話を切って、頑張って描こうとしたけれど、気を付くと横に置いあるスマホを見てしまっていた。こんなのはだめだ。あくまでも高比良さんは推しなんだから何かを求めてはだめだ。
いつかまたバリバリ働く高比良さんに戻るまで応援するのが俺の役目なんだから。
「へぇ、漫画も描いてるんだ」
「デヘ」
「すごいな」
高比良さんに自分の話をするとつい気持ち悪い反応をしてしまう。なんだから恥ずかしくて。褒められるとさらに気持ち悪い反応になってしまう。
気持ち悪がられるのも時間の問題だ。
「今度見せてよ」
「だめです」
思いの外きっぱりと断ってしまったが致し方のないことだった。
だって俺の妄想全開の漫画なんて読んだら高比良さんの目が潰れてしまうかもしれないから。小説のイラストの方だってそうだ。俺に依頼が来る仕事なんて一部の人間だけが喜ぶニッチなジャンルに決まってるんだから。高比良さんに見せるわけにはいかないんだ。
「お待たせしました」
ちょうどいいタイミングでテーブルにチャーハンがやって来てくれてほっとした。
新しくできたばかりのおしゃれな外観の中華屋は、見た目に反して味は町中華に近い。
ふわふわと湯気が出ているチャーハンはしっとり系で、具はネギと卵と刻んだチャーシューだけとシンプルだが、強火で炒められたごはんはしっかり味が付いていてどこか懐かしい味がする。
また痩せた気がする高比良さんが一口食べて笑顔になった。
「…………」
高比良さんが俺を見つめて目で笑顔でおいしいと伝えてくれている。
徹夜で仕事を仕上げておいて良かった。
帰ったらすぐに漫画が描ける。さっそくチャーハンを男二人が頬張る話を描こう。
二人は付き合うような関係じゃない。ただ冴えない男が美青年を好きなだけだ。美青年は鈍感だから自分が惚れられていることに気が付かない。
二人で美味しいものを食べ、そして脈略なく最後は二人でイチャイチャして終わる。俺が描きたいから描いている。
そんな漫画なのに今日もフォロワー数が増えていた。
今日の高比良さんは黒のタートルネックを着ていて、そのシンプルな服装が高比良さんの端正な顔立ちを引き立たせている。
頬杖をついてメニューを見ながら傾けたその横顔は、デッサンをするようになぞりたくなるし、レンゲを持つ何気ない指の仕草さえも芸術点をあげたくなるほどの完璧な美だ。
こんなに美しい人が傷つくところを見たくない。これは三年前にはなかった気持ちだった。
幸せになってほしい、という気持ちはあの結婚式からだ。
「実はそろそろ仕事に復帰しようと思ってるんだ」
「え?」
高比良さんはチャーハンに付いていた卵スープを覗き込んでいた。
「え? もうですか?」
「うん。さすがにこれ以上は休めないから」
「…………」
早すぎる。始まったばかりの俺の推し生活がもう終わってしまう。まだまだ紹介したい店があるのに。
ふわふわとしていた妄想から急に現実に押し戻された気分だった。
「カ、カウンセラーは何て?」
「焦るのは良くないって。でも今まで仕事しかしてこなかったから何をしたら良いかわからなくて」
高比良さんが困ったように笑いながら言った。それを見たらまるで自分のことのように胸が痛くなった。
「…………」
高比良さんは知ってるんだろうか。職場に元奥さんが押しかけてきてるって。このまま会社に戻っても辛い目にあってしまうのに。
「……会社の近くにも美味しいお店見つけておきますね」
そう言うことしかできなかった。
この人を守ってあげたい。推しには幸せになってもらいたい。俺にできることは何でもやってあげたい。
こんな気持になったのは初めてだった。
都内の生け花教室を検索し、すぐに目的の生け花教室のホームページが見つかった。
「高比良さんの元奥さんて、たしか生け花教室やってたよな」
結婚式のときたしかそう言ってた。顔はあまり覚えてないけど、高比良さんとお似合いだった記憶はある。旧姓も珍しい名前だったからうろ覚えだけど覚えていた。
『やめとけよ』
「何が?」
一日中パソコンの前にいる俺と違って、木島は仕事のあとにジムに行き、外で酒を飲んでから家でも酒を飲みつつゲームをしつつ俺と電話をしている。木島は体力オバケな上に器用で勘も良すぎるんだ。
『どうせ碌でもないこと考えてるんだろ? お前の歯が立つ相手じゃないぞ』
「でも高比良さんが苦しんでるし」
『離婚なんて結局はお互い様だろ?』
「そうだけど」
でもわからない。結婚なんかしたことないし、高比良さんはそんな人じゃないから離婚理由が高比良さんにあるとも思えない。なのに高比良さんは仕事を奪われて不公平だと思う。
せめて職場には来ないでほしい。元同僚としてそれをお願いに行くのはだめだろうか。
ホームページに載っている顔写真にやっぱり見覚えはなかったけど、体験教室という文字が気になった。
……男が一人で行っても大丈夫かな? 生け花なんて未知の世界だ。
『お前が言ってもややこしくなるだけだぞ』
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