木曜日のカフェタイム【完結済】

真柴理桜

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レモンゼリーパフェとハニー・カフェ・コンレーチェ

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「お母さん、葉汰ようたくん、今日もお休みなの?」

 カウンターに広げていた宿題を片付けながら訊ねる瑠花るか飛鳥あすかはひとつ頷いた。

「今月いっぱいはお休みね。確か今インターン中だから」
「いんたーん?」
「職業体験。葉汰君ももう4年生だしね。大学卒業したらここも卒業で社会人よ」
「……葉汰くん、やめるの……?」
「ずっといてもらえたら嬉しいけどね。そうもいかないでしょ?」

 カウンターテーブルに本日のおやつであるチョコチップクッキーと色とりどりのフルーツが乗ったプリンアラモード、それからミルクティがことりと置かれる。
 去年の初夏、葉汰と映画に行ってから一年が過ぎていた。夏休みが終わった辺りから、葉汰が木曜にいることが少なくなっていた。以前は毎週いたが、いない日ができ、隔週になり、今は月に一回いればいい方だろうか。
 木曜日にサントノーレに来れば会えると思っていた。
 ベルを鳴らして扉を開ければ「いらっしゃい」と笑顔で迎えてくれると、宿題が終わればコーヒーとおやつを出してくれて、他愛たわいもない話ができると思っていた。それが当たり前のように思っていたのだ。

 そっか……卒業したら、やめちゃうんだ……。

 春に大学を卒業した桃莉とうりがバイトを続けていたから気づいていなかった。葉汰もずっとサントノーレにいるのだと思っていた。

 カランとドアベルが音をたてる。

「いらっしゃいませ」
「こんにちわ」

 飛鳥の声に落ちついたアルトの挨拶が重なった。
 訪れたのは黒髪を肩口辺りで切り揃えた和装の美人で、手にした薄紫の風呂敷に包まれたものをカウンターに置き、瑠花の隣のスツールに腰を下ろすとにこりと微笑んだ。

「瑠花ちゃん、来てたのね。ちょうど良かったわ」
「花さん!お久しぶりです」

 瑠花もにこりと笑顔を返す。八島 花やじま はなは飛鳥の親友で、瑠花も小さな頃から交流がある。着物専門店を経営しており、いつも着物をお洒落に着こなしている、瑠花の憧れの人の一人だ。

「今日はカタログを持ってきたの。瑠花ちゃん、今6年生でしょ?卒業式のお衣装、もう決めた?」
「衣装?」
「えぇ。瑠花ちゃんが良かったら着物を着てみないかと思って」

 話ながら風呂敷を開く。中から出てきたのは2冊のカタログだ。

「私が頼んだの。スーツでも良いけど、袴も可愛いかと思って」

 コリコリとコーヒーミルで豆を挽きながら飛鳥が声をかけた。
 花はそれに一つ頷くと瑠花にカタログを差し出す。

「一つは販売用。もう一つはレンタルよ」

 カタログを受け取りパラパラとめくってみる。色鮮やかな着物と袴が並ぶそれは見ているだけでも楽しくなる。 

「可愛い!着てみたい!」
「着物はいいわよ。背筋が伸びるから立ち姿が綺麗に見えるし。なにより普段と違う恰好をすると特別な日って感じがするでしょう?」

 カタログを見ながらこれ可愛い!こっちもいいな!と悩む瑠花に飛鳥と花は顔を見合わせて笑い合う。

「やっぱり女の子はいいわねー。うち、男2人だからこういう時つまらないのよね」
「洋服で家の中あふれかえるけどね」
「それも楽しみじゃない?」
「そうね」

 笑いながら、飛鳥は「どうぞ」とコーヒーをカウンターに出す。

「ケーキはどうする?」
「今日はシフォンをいただくわ」
「かしこまりました」

 花がカップを手元に引き寄せるとふわりとコーヒーの香りが鼻孔をくすぐった。
 香りに惹かれる様に瑠花がカタログから顔を上げる。白いカップの中で濃褐色のうかっしょくが揺らめく。その横に、飛鳥がシフォンケーキが乗ったプレートをことりと置いた。
 きめ細かい卵色のシフォンケーキに緩めに泡立てた生クリーム、横にはメロン、オレンジ、キウイ、苺、ブルーベリーが並びいろどりを添える。生クリームにはベリーソースでハートが描かれていて可愛らしい。
 おやつにしようとしていたことを思い出し、瑠花はカタログを閉じると自身のカップを手元に寄せた。
 ミルクティが入ったカップを両手で包むようにして持ちながら水面を見つめる。ゆらゆらと揺れる柔らかなベージュに溜息がひとつこぼれていく。
 飛鳥が淹れてくれる紅茶は美味しい。なかでもミルクティは瑠花のお気に入りだし、葉汰もよく飲んでいた。でも……。ふわりと漂うコーヒーの香りに思い出す人がいる。

「……コーヒー、飲みたい……」

 ぽつりと零れた言葉に花が瑠花へと視線を向けた。瑠花の手の中にあるミルクティのカップと見比べる。

「再来週の木曜日」
「え?」
「葉汰君、入ってるわよ」
「本当!?」

 瑠花が勢いよく顔をあげた。右側の衿ぐりが大きめに開いたワンショルダー風Tシャツワンピの、オフホワイトのフリル袖がひらりと羽の様に揺れる。

「だからそれまで、いい子で待ってなさい」
「うん!」

 笑顔で頷いて、ミルクティを一口飲んだ。アッサムの芳醇ほうじゅんな香りと濃厚なミルクのコクが口の中に広がる。チョコチップクッキーはコーヒー風味でほのかに苦みがあり甘すぎず、ザクザクとした食感だ。プリンアラモードは卵の風味豊かな固めのプリンにほろ苦いカラメルがよく合い、甘さ控えめのホイップクリームとオレンジ、キウイ、苺、りんご、メロンといったカラフルでジューシーな果物が目も舌も楽しませてくれる。

「美味しいー」

 ふにゃりと頬を緩ませて笑う瑠花。その笑顔に飛鳥も笑みをこぼす。
 
「そういうところが瑠花のいいところよ」
「ん?」

 スプーンを咥えながら首をかしげる瑠花に「お行儀悪い」とたしなめながら飛鳥は笑う。美味しそうに食べる相手とテーブルを囲むのは楽しい。それだけで食事が美味しくなる気がするものだ。

「そのままでいてね」
「うん?」

 意味が分からないと言わんばかりの顔で、それでもなんとなく頷きながら、瑠花はカラメルのたっぷりかかったプリンを口にと運ぶ。しっかりとした固さがありながら口に入れるとスッと溶けていくような滑らかさがあり、いくらでも食べられそうだ。

「美味しいー」

 緩んだ頬と下がった眉尻、嬉しそうに細められたまなじりを飛鳥は微笑みながら見つめていた。



「コーヒー、淹れてあげないの?」

 おやつを食べ終わる頃、迎えに来た祖母と弟たちと一緒に瑠花が帰ってから、花はカウンターで作業をする飛鳥に声をかけた。

「え?」
「瑠花ちゃん。さっき飲みたがってたでしょ?」
「あぁ!あれはね、本当にコーヒーが飲みたいわけじゃないから。私が淹れても意味ないのよ。葉汰君じゃなきゃね」 
「葉汰君って、バイトの男の子?」
「そう」

 笑いながら頷く飛鳥に花も察した様に頷いた。

「もうそんな年頃なのね」
「可愛いでしょ?色気も食い気も両方しっかりあるの」

 茶目っ気たっぷりに笑う飛鳥に、葉汰のシフトを聞いた時とプリンアラモードを頬張っていた時の瑠花の嬉しそうな笑顔を思い出す。

「青春ねぇ」
「ねぇ」

 2人で顔を見合せ笑い合う。花としても産まれた時から見てきた子だ。なかなかに感慨かんがい深いものがある。

「ところで、飛鳥ちゃんも卒業式に着物着ない?おすすめの付け下げや訪問着があるの」
「……商売上手……!」





 木曜日。

「いらっしゃいませ」
「葉汰くん!」

 ドアベルを鳴らし、瑠花が店内に顔を出すと、カウンターから聞きたかった声がかかる。
 黒のリボンタイがついた白のノースリーブブラウスにウエスト部分がレースアップになった濃紺のハイウエストプリーツスカート姿の瑠花はスカートの裾をひるがえし、カウンターに駆け寄った。

「瑠花ちゃん、久しぶり」
「久しぶりー!」

 自然とこぼれる笑顔のままに、背負っていたランドセルを横にと置いて、瑠花はスツールに腰をおろす。

「葉汰くん、髪……!」
「え?あぁ!」

 驚く瑠花に葉汰は一瞬きょとんとし、それからすぐに頷いた。

「元に戻したんだ。似合う?」

 はにかみながら訊ねる葉汰。アッシュグレーだった髪色は今は黒い。

「黒髪もかっこいいよ。似合ってる」
「ありがとう」

 今までのアッシュグレーもおしゃれだなと思っていたけれど、見慣れないその髪色は新鮮で、短髪と相俟あいまって爽やかな男らしさがある。
 無邪気に笑いながら答える瑠花に葉汰も笑顔を返した。

「葉汰くん、インターン終わったの?これからはずっと来れる?」

 ランドセルから宿題のドリルを取り出しつつ訊ねる瑠花。

「とりあえず一旦終了かな。また年明けた頃に少し行くけど」

 しばらくはいるよと笑う葉汰に、瑠花もそっかーと安心した様に笑った。

 カウンターに宿題が広げられていき、ノートに書き写した計算式を解いていく瑠花を見ながら葉汰はカウンター内の雑用をこなしていく。馴染んだ日常に自然と緩みそうになる口元を意識して引き締めた。
 カウンター内を粗方片付け終わると、葉汰は戸棚から瑠花専用のコーヒー豆を取り出した。コーヒーミルに適量入れて豆を挽く。マシンに豆をセットしてエスプレッソを抽出し、温めたミルクを泡立てフォームミルクを作り上げる。それから背の高いグラスに蜂蜜を注ぐ。その上にそっとフォームミルクを注ぎ、蜂蜜とミルクの二層にする。最後にスプーンをグラスの縁にあてスプーン伝いにエスプレッソを静かに注いだ。こうすることでミルクの泡と液体の間に綺麗にコーヒーが入るのだ。

「おーわり!」

 ちょうど淹れ終わった辺りで瑠花の宿題も終わったようで、カウンターの上に広げていたドリルを片付けだす。それを見て、葉汰はカウンターにそっとグラスをのせた。その横にマドラーをのせた小皿も添える。

「すごい!綺麗!どうなってるの?これ」

 出されたグラスに瑠花が感嘆の声を上げる。
 下から蜂蜜、ミルク、コーヒー、ミルクフォームと綺麗に四層に分かれたコーヒーは見た目にも楽しい。

「ハニー・カフェ・コンレーチェって言ってね、比重の違いで分かれるんだよ。飲むときは掻き混ぜてから飲んでね」

 瑠花がキラキラした瞳でグラスを見つめる。楽しそうに笑うその姿に葉汰の頬は自然と緩む。自分が淹れるコーヒーで喜んでもらえるのは素直に嬉しい。
 キッチンカウンター下の冷蔵庫から今日のおやつであるレモンゼリーを取り出す。1cm角に切られたピンク、紫、青、緑、黄色といった色とりどりのカラフルなゼリーがカクテルグラスの中で透明なゼリーに閉じ込められている様子は水の中の様で涼し気だ。その上に冷凍庫から取り出したレモンソルベをのせて仕上げにミントとサクランボを添えると瑠花の前にすっと出した。

「はい、今日のおやつはレモンゼリーパフェだよ」
「ありがとう!いただきまーす」

 手を合わせて、まずはグラスに手をかける。マドラーで全体を掻き混ぜてからそっとグラスに口をつけた。蜂蜜の甘さとコーヒーのコク、ミルクのまろやかさが口の中に広がる。

「おいしいー」

 ほぅと息をつきながら瑠花が頬を緩ませる。次にスプーンを手に取ってレモンソルベを口にと運ぶ。爽やかなレモンの酸味と甘酸っぱさが舌の上でとろけていく。ゼリーは透明なものとカラフルなもので固さが違い、食感の違いが面白い。透明なゼリーは柔らかめで、カラフルなゼリーは固めだ。どちらも冷たくてさっぱりとしており、暑くなってきた今の季節にぴったりで、いくらでも食べられそうだ。
 夢中で食べていた瑠花だが、ふと空気が揺れる気配に顔を上げる。笑いながら自身を見つめる葉汰と目が合って、首を傾げる。

「なぁに?どうしたの?」
「んー、可愛いなぁって」
「ふぇっ!?」

 笑いながら言われた言葉に瑠花の動きが止まる。スプーンを口に当てたまま固まった瑠花に葉汰は続ける。

「本当、美味しそうに食べるから見ていて癒される」
「あ、ありがとう……」 
「ん?どういたしまして?」

 何が?と首をひねる葉汰に瑠花は耳まで真っ赤にしながらうつむいた。
 
「だから……そういうところなんだよ……!」

 俯きながら口の中で小さくつぶやかれた言葉は誰に聞かれるでもなく霧散した。



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