木曜日のカフェタイム【完結済】

真柴理桜

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塩ラーメンとチャーシュー丼

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 サントノーレを出て15分ほど歩いた所に目的の映画館はある。
 入って右側には公開前の映画のポスターが並び、その流れで公開中の映画のグッズが並ぶ。左側にはチケット売り場のカウンターと自動券売機が並んでいる。チケットカウンターで招待券をチケットに交換してもらい、時間を確認する。開場まではまだ時間があった。

瑠花るかちゃん、飲み物は何にする?」

 売店に並びながら上方にあるメニューを眺める。あ、柚子ジンジャー美味うまそう。フルーツティーは結構しっかりフルーツ入れてるんだな。飲みやすいようにだろう。細かくカットされたフルーツがドリンクの上に盛られた写真がメニューに載っている。

「レモネードにしようかな。あとポップコーン食べたい!」
「映画館で食べるポップコーン、美味しいよね。何味?」

 メニューにはキャラメル、塩、バター醤油、チーズと4種類が並ぶ。

「キャラメルか塩……葉汰ようたくんは何が好き?」
「Lサイズならハーフ&ハーフ出来るしキャラメルと塩どっちも頼もうか。二人で摘まめばよくない?」
「うん!」
「ポップコーンの他には何かある?」

 他にもアイスクレープやスコーン、チュロスといったスイーツ系やホットドックやホットサンドも売っている。朝食は食べたがそれはそれ。見ていると食べたくなってくるのは人のさがだろう。

「うーん、他のも美味しそうだけどお母さんのお店で食べられるかなって」

 「ポップコーンはお母さん作らないし」と瑠花に言われ、葉汰も確かにと納得する。クレープ、スコーン、チュロス、どれも思い返せばおやつで食べた記憶がある。ホットドックやホットサンドもまかないで出てきたことがあった。

「ポップコーンだけでいっか」
「だね!」

 瑠花と二人、顔を見合わせて笑いあい、ドリンクとポップコーンを買うと丁度いいタイミングで入場開始のアナウンスが流れた。
 


 観終わった後、しばらく席から立てなかった。内容もさることながら圧倒的な映像美に目を奪われる。アニメの世界観を損なわない完璧な再現率。夢と魔法が作り出した幻想がスクリーンの中で三次元として確かに存在していた。
 隣に座る瑠花も同様で、ぼーっと何も映さないスクリーンを眺めていた。葉汰が「行こっか」と声をかけると瑠花は我に返ったように頷いた。

「すごかったねー!めっちゃ綺麗だったー!」

 映画館を出て、並んで歩く。話しながら目をキラキラと輝かせて笑う瑠花に葉汰も頷いた。ヒロインのドレスが素敵だったとかダンスシーンが綺麗だったとかあのシーンの迫力がすごかったとか印象に残ったシーンを熱心に語る瑠花に葉汰も自然と笑みがこぼれる。
 葉汰は基本的に映画は一人で観る派だ。それでも同じものを同じように楽しめる相手なら一緒に観るのもいいかもしれない。自分とは違う視点からの感想を聞くのも面白い。

「面白かった!葉汰くん、連れてきてくれてありがとね!」
「どういたしまして。俺も観たいと思ってたしね」

 笑顔の瑠花に葉汰も笑いかける。 
 
「瑠花ちゃんと観れて良かったよ」

 隣を歩く瑠花を見つめながら葉汰が言う。瑠花は一瞬目を見開いてパチパチと瞬きをしたかと思えば、ふいっと葉汰から視線を反らした。

「……葉汰くん、そういうとこだよ……」

 白皙はくせきの肌を朱に染めてぽつりと囁かれた言葉は葉汰の耳に届くことはなく空気に溶けた。





「いただきます」

 パチンと手を合わせてからまずはスープを一口。割り箸を取り、目の前で湯気を立てるラーメンをすくい、熱々の麺をズズズッと一気にすすり上げる。
 透き通ったスープがよく絡んだ中細の平麺はつるっとした食感で香りも良く、甘味のなかにジワリと塩味が広がる優しい味わいのスープとの相性もいい。トッピングで乗せられているのはチャーシューと半熟煮卵と白髪しらがねぎで、しっとりとしたチャーシューは柔らかく、肉のとろりとしたあぶらの甘みが舌を楽しませ、黄身までしっかりと味の染みた煮卵は絶品だ。
 映画を観た後、昼時だったこともあり、何か食べようという話になった葉汰と瑠花が選んだ店は塩ラーメン専門店だった。ポップコーンと同じく、あまり家で食べないからとラーメンを食べたがった瑠花を葉汰がお気に入りのラーメン屋に案内したのだ。
 専門店というだけあり置いてあるラーメンは塩ラーメンのみで、どうかするとチャーシュー丼やチャーハンといったご飯系や餃子や唐揚げといったサイドメニューの方が種類があるくらいだ。
 塩ラーメンを啜る手を止めて、チャーシュー丼に手を伸ばす。ふと視線をあげれば向いの席では瑠花が掬った麺にふーふーと息を吹きかけて、口にと運んでいるところだった。
 下ろしていた長い髪はラーメンが運ばれてきた時にササッとヘアクリップで留めていた。仕草に合わせて一つに纏められた髪の毛先がふわふわと揺れる。見慣れないその髪型はなんだか新鮮だ。
 少量掬った麺をズズッと啜り、ほんのりと上気した頬をゆるめながら嬉しそうに食べる姿はいつだって見ていて楽しい。カフェでおやつを食べている時もそうだけれど本当に美味しそうに食べる子だと、葉汰はいつも思う。馴染みのラーメン屋の味をいつもよりも美味しく感じる気がするのは間違いなく目の前の少女によるところが大きい。

「ごちそうさまでした」

 「美味しかったね」とふわりと笑った瑠花に葉汰も笑顔を返す。

「気に入ってもらえて良かった」

 自身のすすめる店だ。口にあったなら素直に嬉しい。
 時計を見れば1時過ぎ。飛鳥には閉店時間である6時までにサントノーレまで送ると言ってある。

「ねぇ瑠花ちゃ……」

 声をかけようとして思わず息を飲んだ。瑠花は留めていたクリップを外したところで、軽く首を揺らし、さらりと流れ落ちる亜麻色の髪の動きに葉汰は目を奪われる。手入れのいき届いた長い髪はつややかで、光の輪が煌めいていた。

「なぁに?葉汰くん」
「え?あ、えっと……」

 訊ねられ、誤魔化すように視線が揺れた。こういうちょっとした仕草が本当、困る。

「あ、あのさ、この後、良かったら少し買い物しに行かない?」
「行く!!」

 打って響くように返された答えに、葉汰が笑う。食い気味の返答が恥ずかしかったのか瑠花は僅かに頬を染めた。それを隠すかのように、瑠花はぷいっと顔を背けた。

「じゃあ行こっか」

 葉汰が瑠花に笑いかけると、瑠花は視線だけを動かして葉汰を見て、それからこくんと頷いた。




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