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第二章 当主編

第十二話 亡国の姫と異質の軍師

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 同年八月十五日夏。織田信長率いる二万の軍勢が越前、加賀かがに侵攻し、一向一揆と朝倉残党狩りが行われていた。

 織田の軍勢は田畑や家屋に火を掛け、民を見ると競う様に殺戮をしていく。

 そんな中、織田の軍勢に紛れ、山本勘蔵は護衛の疋田文五郎と風魔衆五人、犬彦を伴い、武田勝頼の命でとある任の為、闇働きを行った。

 闇働きの内容は、滅亡した朝倉の姫君を保護し、摂津の石山本願寺に送り、護衛するというものであった。

 そして、どうにか加賀、尾山御坊おやまごぼうに着くと坊官、七里頼周しちりよりちか下間頼照しもつまらいしょうに面会し。

 七里頼周は山本勘蔵達を迎えると、苦い顔で、

「お主が、あの武田を織田や徳川から勝利に導いた二代目山本勘助殿か……。お主が手緩い策で織田信長を逃がしたばかりに、せっかく奪った越前を失い、加賀も…。口惜しい……。この責如何するか!」

 と、責め立てたが、そこへ、下間頼照は、宥める様に、

「七里殿。その辺にしておれ、我ら一向衆、本願寺顕如ほんがんじきけんにょ様に恥を欠かす積もりか? それとも信心が足らぬと申している様なものぞ! 山本殿、亡き朝倉義景殿の姫君をお頼み申したぞ! 我らは此処で織田を引き付け、その隙に落ち延び下され!」

 すると、尼姿の十代半ばの娘、多分、朝倉の姫君が二人が山本勘蔵の前に来て、年長の姫らしき者が、

「私達の護衛に来て頂きありがとうございます。私はあおいと申します。妹のかつら共々、摂津の石山本願寺まで送り届けて下され、お願い致しますぞ」

 更に妹、桂と思われる少女は、

「教如様に嫁ぐのは、約定通り、葵姉上様でしょう ね。私は今、好きな殿方が出来ました。よろしくお願い申します」

 葵は驚いた様に、まさか……。

「桂。その好きな殿方とは、誰でしょうか? 知人でそのような器のある大名の殿方は居るのかえ?」

「その殿方は、大名の殿方では御座いません。私達を、憎き織田の魔の手から守ろうとして下さる殿方です……。そなたの事ですわ……。山本様……。いえ、勘蔵様……。どうか私を貴方様の嫁にして下さいませぬか?」

 葵は頭に手を押さえて、

「桂。お戯れを……。確かに山本殿は織田信長を合戦で破った方ですが、下賎な身分の低き者……。その様な者に名家朝倉の者が懸想するなど許されぬ事ですが、山本なら良いでしょう」

 山本勘蔵もこの桂の発言にろうばいし、

「俺には正室と側室、二人の妻がいり申す。しかし、亡き義景様の姫君で在られまする。桂姫様を嫁になど、身分が違いまする。どうか、俺の様な者は、たんなる家臣として扱って下され」

「成りませぬぞ山本殿! 桂の気持ちに応えないと、本当に尼になると誓いを立てているのじゃ……。それでは朝倉の血筋を残す役目が果たせぬ! 良いのか?」

「本当ですか、葵姫様……。桂姫様が尼に成るのは困りまする。しかしながら、亡き義景様の法要も済んでいないと思われます……。しかも、他家である。俺の妻に成るなど、世間の大名に笑われましょうぞ! ご再考して頂きたい」

 だが、葵は笑顔で、

「そうじゃ、桂は他の誰でも無い、そなた……。山本勘蔵の妻に成る事を決意したのじゃ。これは上意である。そなたは桂を妻にするのじゃ! 二言は許さぬ!」

 これには、流石の山本勘蔵も、反対できず。

「有難き幸せに存じる。必ずや朝倉家の血筋を絶やしませぬ」

 と堪念した。

「分からば、良いのじゃ! 桂を頼みまするぞ」

 こうして、山本勘蔵は朝倉義景の娘、桂姫を妻にする事を決めたのである。

 その日の内に、加賀一向一揆衆の本拠地、御坊山城にて、七里頼周と下間頼照に面会し、事の次第を打ち明けたのであった。

  当然、七里頼周と下間頼照は、葵姫との、本願寺次期教主である教如との婚姻を承諾したが、山本勘蔵が、桂姫との婚姻に難色を示したが、その日の夜、何と、本願寺教如が自ら船団を率い葵姫を向かいに来た。

 山本勘蔵が、本願寺教如に謁見した際。

「私の許嫁を救いに来た。山本勘蔵殿には、儂の義妹である。婚姻、承諾致す。尼にするのは、余りにも勿体無い。私の妻の妹を幸せにして下され、今日より、私は同じ、朝倉義景殿の娘姉妹を妻にする事で、義弟として扱う。何か御力になれる時は、できる限り助力致する」

  本願寺教如は、山本勘蔵に感謝の言葉を掛けた上に、自らの義弟として認めたのである。

 その夜、船団の船の上で本願寺教如と葵姫、そして、山本勘蔵と桂姫は共に同じ場所で祝言を挙げ、本願寺教如は山本勘蔵にある事を任せたのである。

「義弟殿、私の願いを聞いて下さらぬか?」

「教如様、それは一体?」 

「義弟殿にとある人物を家臣として迎えてくれぬか?」

「その人物とは?」

 何と、山本勘蔵の背後に猫背で、三十代前半? の痩せた汚い姿でいた牢人がいた。

「この本多正信ほんだまさのぶを家臣にして頂きたい。実は才はあるが、気難しいく、他の坊官から忌み嫌われておる。惜しい者故、そなた与える。使いこなせば、織田信長を窮地に持ち込めよう」

 俺も冷たい悪寒を感じる牢人に見えるが、父、山本勘助も醜い外見と年齢で仕官を断れた事もあり、気にしない事にし、

「本多殿にお聞き申す。そなたは何を得とする?」

 本多正信は鋭く警戒しながら、俺を見て、

「それがしの得は策略にございます。特に、敵を知れば負ける気はしませぬな」

 と、とぼけている。

 山本勘蔵は、こ奴、面白いと思い。

「あいわかった。本多殿。俺の家臣になれ! 亡き父と似た才がありそうだからな」

 本多正信は眼を見開き、驚きを隠す様に。 

「ありがたき幸せ」

  と、一言申したのである。

  その後、若狭わかさで本願寺教如と別れ、新たに、桂と本多正信を伴い、遠江、浜松城帰還したのであった。
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