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3巻
3-2
しおりを挟む3
「俺、万里緒も連れて来るのかと思ってました」
迎えに来てくれた車の中で、運転席に座る後輩医師の来生知也からそう言われた。それは、ある意味千歳への非難のように聞こえた。助手席には智也の彼女の増田千幸が座っている。
「連れて来ようと思ってなかったし」
そう言うと、千幸はこちらを見て、目を瞬かせる。
「星奈先生、冷たいですね。そういう言い方って……」
冷たい言い方と言われることは多くある。元々、千歳の言い方が淡々としているので、表情もなくしゃべるとそう思われるようなのだ。千歳にとっては普通なのだが、と思いながらもここは大人なので我慢する。
「そうかも。増田さん、タバコ吸っても大丈夫?」
増田千幸も知也と同じく万里緒の友達。大学卒業以来しばらく連絡を取ってなかったらしいが、最近旧交が復活したらしく、たまにメールや電話をしている。
「大丈夫ですよ。知也もずっと吸ってるし」
「ありがとう」
千歳はジッポーを取り出してタバコを咥えた。それから火をつけて、一口吸う。窓を開けて煙を吐くと、少しだけクラクラした。
「しばらく吸ってなかったのに、やめてなかったんですね」
「うん。でも、さすがに多くは吸えなくなったな。もう少ししたら、やめられそうだよ」
本当ですか? と言われたので、バックミラー越しに笑って見せた。
「それにしても、いきなりスノボしたいって……何かありました?」
「まぁ、少しだけね」
「何があったんですか? 万里緒と喧嘩ですか?」
「いや。ここに来る前に少し喧嘩っぽいことしてきたけど」
千歳が相談もなくいきなり北海道に行くと言ったから、万里緒を不機嫌にさせてしまった。今回は全面的に千歳が悪い。ただ、このまま何もせず家にいるとストレスが増すと思ったのだ。万里緒にも心配されそうだし、最悪素っ気ない態度を取ってしまう可能性があった。
「じゃあ、なんですか?」
なんですか、と言われても大学のしがらみについては、あまり言いたくない。だからストレス発散のため。それだけ伝えた。
「万里緒、連れてくればよかったのに」
「万里緒を連れて来たら、万里緒がタバコ臭くなるしね」
「は?」
聞き返されたが二度言う気はなかった。
「万里緒がタバコ臭くなるから、連れてこなかったんですか?」
「そう」
「そんな理由で?」
「うん」
知也は意味がわからないというふうに首を振った。
それは千歳のこだわりだった。けれど千幸は、助手席からまじまじと千歳を見てきた。
「どうかしたの、増田さん」
「……さっきは冷たいって言ったんですけど……星奈先生って、ちゃんと万里緒ちゃんのことが好きなんですね。すみません、変なこと言って」
改めて言われて、煙を外に吐き出す。
「好きだよ」
迷いなく答えたが内心、馬鹿みたいに照れている。
万里緒が好きだから、万里緒をタバコ臭くしたくなかった。つまり、それだけタバコを吸うと自分でもわかっていた。その理由はもちろん上司から言われたこと。
万里緒との結婚で周りが面倒になってきたことは確かだ。ただ好きな人と結婚したと言うのに、そのバックが大きいからってなんなんだと思う。
こういうのが大学病院のしがらみなのかと思うと、辟易する。
ここに万里緒を連れてこなかった本当の理由は、イライラしている自分を見せたくなかったから。こんなことを考えて不機嫌な千歳を見せたくないし、好きな人に不機嫌な態度を取りたくないから。
しかし、何も言わずに置いてきたのは、ちょっと後悔。
万里緒の寂しそうな顔が脳裏に浮かぶと同時に、出がけにベッドの上でしたキスの感触を思い出す。
やっぱり一人で来るんじゃなかったかも、と千歳は再度後悔していた。
* * *
「星奈先生、まだやるんですか?」
知也がそう言って、リフトに歩いて行こうとする千歳を引き留めた。
すでに知也の彼女、千幸は疲れたからと店に入って温かい物を飲んでいる。
「疲れてるだろ? 知也もホテルの部屋で増田さんと休んでていいけど」
「星奈先生一人でやるんですか?」
「もう少し疲れるまでやりたい」
知也は疲れた顔をしていた。上級ゲレンデを何往復もしていれば、疲れるのは当たり前だ。千歳も疲れていたが、もっと疲れたい気分だった。
「星奈先生、これ以上はダメですよ。一緒にホテルに帰りましょう」
「一人で帰って」
ストレス発散のために北海道まで来て、ちっともストレス発散になっていない。明日には帰るというのに、いくら身体を動かしても心が晴れなかった。
「どうしたんですか? なんか、ちょっと荒れてません?」
「そんなことない」
そんなことあるくせに、と思いながら知也から目線を逸らす。
「ありますよ。相変わらず、スノボの腕はプロ級ですけど、滑り方がなんだかイライラをぶつけているような感じで。もしかして、職場で何かありました?」
職場で何か、と言われて、ため息をつく。
「別に。あと一回だけ滑ったら帰るよ」
「万里緒のこと、なんか言われたんですか? 星奈先生、病院に引き留められてるでしょう?」
知也を見ると、大きく息を吐いた。気温は氷点下なので、白い息が口元を覆った。
「北海道病院でも、万里緒と結婚させたのは星奈先生を引き留めるためだって噂が……万里緒の前では言わないけど。万里緒もそんなことを言われてるって、薄々は知ってると思います」
万里緒が知っているというのは何となく予想できる。以前、万里緒から、しがらみで会ってくれたんでしょう? と言われたことがあったから。万里緒は、千歳に対してどこか引け目を感じているように思う。自信のなさが態度に表れているから。
「周りは万里緒と僕を、誰が結婚させたって言ってるわけ?」
「美山教授です。俺はそんなことないって知ってます。二人を知っているし、でも、見合いがうまくいったことは、美山教授にとって星奈先生を病院に引き留めるひとつの要素になっただろうって思います。万里緒は、E大を支援する藤崎病院の娘だから」
しがらみっていうのは、こんなところにまで及ぶのかと思う。
選んだ相手がたまたま、大病院のお嬢様だっただけなのに。
確かに見合いをしたときは、しぶしぶだった。会いたいと思って会ったわけではなかった。でも、そんな相手に惹かれて好きになって、結婚したのは自分の意思なのに。
「星奈先生を辞めさせたくないだけですよ」
「余計に辞めたくなった。そんな目で見られてるのか? 僕と万里緒は」
「でも辞めてしまったら、E大に関連した病院には行けなくなります」
言われた言葉に思わず笑った。病院は日本だけではないから、別に気にしない。
しかし、もし辞めてアメリカに行くとしたら、万里緒はどうするのだろうかと思う。ついてきてくれると思うが、万里緒を千歳の事情に巻き込んで辞めさせるのも、と思う。
「結婚してる理由が誤解されているなら……その、病院スタッフの前でイチャついてみたらどうですか?」
「はい?」
「結婚したのが万里緒のバックのせいだと思われないように、ですけど」
人前でイチャつく。その言葉に思わず眉を寄せた。千歳は、そういうのを人前でするのが苦手だ。イチャつくも何も、病院にいるときは仕事中だ。仕事中にそんなことできるわけない。
「イチャつく件はパス」
「でも、星奈先生と万里緒って、一緒にいても夫婦っぽく見えないというか。星奈先生は、甘い雰囲気なんてなさそうだし、万里緒は万里緒で仕事中はキッパリしすぎてて、旦那がいるように思えないしで」
夫婦のように見えないと、誰かに言われたことがある。自分でもたまに自覚するときもある。それは互いに、病院では仕事に徹しているからではないかと思う。そこに甘い雰囲気なんてない。むしろあってはいけないと思うのだが。
「……知也、ホテルに帰ってて。やっぱり滑ってくる」
千歳がにこりと笑って言うと、白い息を吐いた知也はうなずいた。
「もう暗くなってますから、気を付けてくださいね」
「わかった。じゃあ」
そうか、自分たちはあまり夫婦に見えないのか。そう思いながら千歳は万里緒を思った。
万里緒は自分が今まで付き合ってきた女たちとは、性格も容姿も明らかに違う。千歳の好みは色白でふわりとした雰囲気の可愛い系だと思っていた。でも万里緒は違う。
千歳の前ではグジグジしたところがあるし、よく泣いて笑う。顔立ちはどちらかというと綺麗系。スタイルは抜群で、もう少し背が高かったらモデルでも通用するかもしれない。少し下がり気味の大きな目には付け睫毛のような長い睫毛が縁取っていて、綺麗な服が似合う人。それでいて、仕事ではキッパリしたところがあり、患者に対しては真面目で丁寧だ。
そんな彼女を心から好きだと思う。
でも、周囲にいる人間にはその気持ちが見えないらしい。
考え事をしながら、千歳は上級者コースを一気に滑り終えて、肩で大きく息を吐く。
「明日、早く帰ろう」
万里緒に会いたいと思った。
置いてきたことを後悔しながら、万里緒の笑顔を思い浮かべる。
結局、どんなときだって万里緒の傍がいいんじゃないか、と今さらながらに気づく。
そうして千歳は、ホテルに戻ったらすぐに、明日の飛行機を早い便に変更しようと考えていた。
* * *
知也と千幸に謝って、千歳は一足早く、昼過ぎに東京へ着く便で帰ることにした。
帰宅してリビングのドアを開けると、ソファーに座っていた万里緒は驚いたように見上げてきた。
「お帰りなさい、星奈先生。早かったですね」
「予定より早い便で帰ってきたから」
自分で予定を決めておきながら、本当に何をやっているんだろう、と思う。それでも一刻も早く家に帰って万里緒に会いたかったのだ。
「今起きたの?」
万里緒は、起きたばかりのようなルームウエアを着ていた。モコモコしているワンピースに、同じようにモコモコした靴下。
「さっき、お風呂入ったんです。ずっと寝てて、何もしたくなかったし」
「そう。どうりでいい匂いがする」
万里緒の頭に鼻を寄せると、シャンプーの香りがした。
頭にキスをして、それから頬にキスをする。
それでスイッチが入った。万里緒に会いたいと思って帰ってきたから余計に。
キスをして抱きしめて、抱き上げると万里緒は瞬きをした。
「星奈先生……したいの?」
「うん」
短く答えて、万里緒が抵抗しないのをいいことにそのまま寝室へ連れ込む。
「星奈先生」
「なに?」
「今度は、スキーとかスノボできなくてもついて行きますから。なんか、置いて行かれたようで寂しかったし」
「ごめん。本当に悪かったよ」
そう言って小さくキスをして万里緒の首元に顔をうずめる。
「星奈先生、ゴム、してもらってもいい?」
まだ二人でいたいと言う万里緒の要望はもちろん聞くが、来年には妊娠してもらいたいと思っている。それでも今は万里緒の希望を了承した。
「わかりました」
そうしてゴムを用意してから、ベッドの上で万里緒の身体を抱きしめる。
この温もりだ。千歳は万里緒の身体に堪らない気持ちになった。
* * *
千歳は昨日、突然思い立ったように北海道へ行ってしまった。
けれど万里緒は、千歳から一緒に行こうとは言われなかった。
そのことが、すごく寂しかったし、なんでと拗ねる気持ちもある。
モヤモヤした気持ちを抱えたまま、万里緒はその日、お風呂にも入らないで眠った。
翌日は休み。万里緒は朝お風呂へ入り、モコモコのワンピースと靴下を履く。特にやることもないので、結局もう一度ベッドに入って眠った。
そうして昼過ぎに起きた万里緒は、しんとしたリビングに入ってソファーに座る。
休みに千歳がいないことなんて珍しくないのに、何故か寂しくて仕方がない。
はあ、とため息をついたところで、玄関を開ける音が聞こえた。
まさかと思って見ていると、リビングのドアを開けて千歳が入ってきた。帰ってくるのは今日の夜遅くと聞いていたのに。
「今起きたの?」
千歳は万里緒の格好を見てそう言った。確かに、今はお昼過ぎだから寝巻を着ている時間ではない。
「さっき、お風呂入ったんです。ずっと寝てて、何もしたくなかったし」
「そう。どうりでいい匂いがする」
千歳はそう言って、万里緒を抱きしめた。顎を掴まれ、上を向かされてそのままキスをされる。万里緒の身体を抱き上げた千歳の身体は、すごく熱かった。
「星奈先生……したいの?」
「うん」
短く答えるのはいつものこと。万里緒は千歳に運ばれるまま特に抵抗しなかった。
千歳と愛し合うのは好きだから。
「星奈先生」
「なに?」
「今度は、スキーとかスノボできなくてもついて行きますから。なんか、置いて行かれたようで寂しかったし」
昨日は言えなかった本音を伝えて、見上げると千歳が笑う。
寝室のドアは開いていた。だからそのまま万里緒はベッドに下ろされる。
「ごめん。本当に悪かったよ」
そう言って小さくキスをして万里緒の首元に顔をうずめる。千歳の熱い身体が覆いかぶさって、思わず甘いため息を漏らしてしまう。
「星奈先生、ゴム、してもらってもいい?」
まだ二人でいたい。だってまだ、こんなことくらいで、不安になって気持ちを確かめ合ったりしている。万里緒は結局いつも千歳に甘えている気がしているから。
「わかりました」
了承した千歳は、近くにあるチェストからコンドームを取り出す。それを枕元にいくつか置いたのを見て、何回かするのかも、とドキドキした。
抱きしめてくる千歳の身体の熱が、否応なく万里緒の身体も高めていく。
キスをされて、それがどんどん深くなっていくのを感じて、自らも舌を絡めて千歳の背を抱きしめた。その間にも、千歳にワンピースの裾を持ち上げられ、万里緒の胸が揺れながら顔を出す。
「こういうとき、下着をつけていないといいね」
唇を離した千歳にそう言われて、瞬きをする。
「そうですか?」
「うん。すぐに、触れるからね」
そう言って温かい手が万里緒の胸を覆う。そして揉み上げて、胸の先の方を指で摘み転がされる。
「ん……っ」
そこに触れられると声が出た。その声に導かれるように、千歳の唇が固くなった胸の先に近づいていく。濡れた舌がそこを撫でて、開いた唇にジュッと音を立ててのまれた。
何度もされていることだけど、そのたびに違う快感が引き出される。
舌と唇で胸を愛撫されながら、千歳の手は万里緒の腕を撫でて、剥き出しになっている腹部へたどり着く。ヘソのあたりを円を描くように撫で、腰にずらされた手がショーツにかかった。
万里緒は膝を軽く閉じて、ショーツが下げられていくのを見る。モコモコの靴下はそのままに、ショーツが取り去られ、千歳が万里緒の足を開いた。
足の間を千歳に見られて、万里緒は恥ずかしさに目を閉じる。その間にも、千歳の手が足をたどって足の付け根を触ってくる。さらに、その部分にキスをされ、万里緒の身体が震えた。
足の付け根を撫でられながら、秘めた部分に吐息を感じる。次の瞬間、濡れた柔らかい感触がそこを下から上へと撫でるように移動した。それが千歳の舌だとわかって、万里緒は息を詰める。
何度も撫でるように舐められて、しだいに潤ってきたそこからぴちゃぴちゃと濡れた音が聞こえてくる。さらに、尖った部分を唇で吸われて、万里緒はその刺激に足の指を丸めた。
「あっ……っ」
その間にも、万里緒は千歳に胸を揺らされるように揉まれたり、脇腹を撫でられたり、臀部を撫でられたりされるわけで。
千歳に触られるたびに身体が感じて堪らない気持ちになっていく。
秘めた部分を舐めていた舌がゆっくりと離れて、その喪失感にさえ感じてしまう。千歳の身体が万里緒から少し離れる。そして、シャツを脱ぐ気配がした。
千歳が離れたことで、とたんに寒くなった万里緒が腕を擦ると、千歳がすぐに布団で二人の身体を覆った。そうして、千歳はパンツのベルトに手をかけて、下着ごとそれをずらす。
枕元に手を伸ばし、コンドームのパッケージを開けて、反応しきった自分のモノに被せていく。万里緒の目にも千歳のそこが興奮しているのが見えて、勝手に下半身が疼いてしまう。
「千歳、きて」
千歳の腕を軽く引くと、腰が近づいてくる。それによって、さらに大きく足が開いて、千歳の目の前に秘めた部分が晒されるが、構わない。
「千歳……っ」
「わかってる」
そう言って千歳が万里緒のそこに自身をあてがう。そうして、ゆっくりと、焦らすように万里緒の中に入ってくるので、堪らず声に出してしまう。
「はやく……っ」
万里緒の要求通り、千歳のものが奥まで届いたとき、声にならない声が出た。千歳が欲しくてたまらないみたいに、自然と腰が浮き上がって身体が反応する。
「そんなに狭くすると、早く終わるよ、万里緒」
ため息をつくように言われて、だって、と思う。
「寂しかった。急に、これからは、行かないで」
万里緒が言うと、頬に千歳の大きな手が触れる。
「わかった。ごめん、万里緒」
そう言って、腰を動かされる。その動きにあわせて、肌同士がぶつかる音が聞こえる。音にまじって、下半身の濡れた音までが聞こえてくる。実際には聞こえていないのかもしれないが、千歳が動くたびに万里緒の中が潤っていくのが、わかるから。
「あっ、あっ……ん」
声を出してしまうのはしょうがないこと。
だって、千歳を待っていた。千歳が好きで堪らないから。
万里緒の名を呼ぶ千歳の低い声に、万里緒の中が反応する。
これ以上ないくらい一つになりたくて、万里緒は千歳に向かって腕を伸ばした。
千歳は腰を揺らしながらそれに応えて、万里緒の身体を強く抱きしめる。
万里緒は、大好きな人の確かな重みを感じながら、深いキスを繰り返すのだった。
4
月曜の朝。今日から仕事ですよ、と思いながらうつ伏せになり、肘をついて上半身だけを起こすが、すぐにそのままベッドへ突っ伏した。視線を移すと、そこにはごみ箱。夫婦の寝室のごみ箱は、それなりに卑猥なものでいっぱいだ。ティッシュの山ができているし、使用済みの避妊具も見え隠れしている。
スノーボードをしに行くと土曜日の早朝に出て行った夫は、翌日の昼過ぎ、突然帰ってきた。
夫は帰るなり、まるでスイッチが入ったように万里緒を抱きかかえて寝室へ。それから布団の中で愛し合った。いつもと同じ夫の重みが気持ちよくて、万里緒はその感覚に溺れた。
今回、千歳は万里緒になんの相談もせずにスノーボードへ行ったけれど、夫には何か、急にストレス発散を思い立つような悩みがあるのかもしれない。
千歳は何の理由もなく、万里緒を置いて行ったりはしないと思うから。
夫は素晴らしい医師であり、三十七歳という若さですでに揺るぎない地位が確立されている。将来は医局長になる話まであるという夫は、何か悩みがあってもそれを表に出したりはしないのかもしれない。
万里緒がぐるぐると考えながら隣の夫を見ていると、寝ているとばかり思っていた夫の手が万里緒の背中を撫でた。
「おはよう、万里緒」
「おはよう、千歳」
夫の千歳はにこりと笑った。それから時計を見てため息。
「もう起きないとね」
「はい。そういえば、消化器内科と消化器外科の合同忘年会、二十二日に決まりましたよ」
「そう。行くの?」
「だって、ホテルでやるらしいですよ。行かないと損です」
内科と外科合同の忘年会はいつも多くの人が来る。だからいつも会場を取っていたのだが、今回は豪勢にも高級ホテルでやるらしい。先輩医師の阿部も、子どもを預けて妻を連れてくるそうだ。
「女性も男性もドレスアップ必須、だそうです」
「じゃあ、スーツ?」
「そうですね。私はドレスです」
千歳が万里緒を見て笑みを浮かべる。万里緒の好きな笑顔。
「楽しみだな」
そうして話しているだけで、すでに時計の針は十分以上進んでいた。
二人でやばいな、と言いながら起き上がって支度をする。
今日も医師としての仕事が待っているから。
* * *
あっという間に十二月二十二日。
今日は、消化器内科と消化器外科の合同忘年会の日だというのに……
「わりーな、マリオ。俺、奥さん迎えに行ってくるから。後輩の里川と福本は患者数多いし、可哀そうだろ?」
バン、と阿部に肩を叩かれて、くそう、と思う。
もう時間は午後四時半。仕事もラストスパートだというのに、そのラストスパートで新患の入院を任された。確かに万里緒の後輩医師たちはいっぱい患者を抱えているので、普通に考えれば少し余裕のある万里緒が受け持つのが自然だ。しかし、今日は忘年会で、ドレスアップで、高級ホテルなのである。
「たぶん出血性胃潰瘍。内視鏡得意だろ? クリップしてトロンビン散布して、今日は欠食にして、点滴やってればOK。ああ、もちろんピロリ菌検査忘れるなよ?」
そう言って帰る用意をする阿部を見て、まだ退社には早いですけれども、と思った。
「もう帰るんですか?」
「おお。だって、俺今日は半日勤務の予定だもん」
「じゃあ、なんでこんな時間までいるんですか?」
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