君のために僕がいる

美珠

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1巻

1-2

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 ほほほ、と笑って席を立つ叔母を見て、え!? と慌てる万里緒。そんな万里緒に、叔母は素早く耳打ちをした。

「この人を必ずゲットしなさい」

 聞こえてんじゃないの? と思って彼、千歳を見ると、下を向いて苦笑していた。

「では、ごゆっくり」

 叔母は万里緒を置いて店を出ていった。
 何を話せばいいの、どうすりゃいいのよ、と万里緒は固まってしまう。
 すると彼が、例の路地裏の食堂の話を切り出してきた。

「あの店、よく行くんですか?」
「あ、はい、ですね。我ながらいい所を見つけたなぁ、と思ってます」

 ごく自然に会話がスタートしたけど、こんな受け答えで大丈夫だろうかと万里緒はちょっと不安だった。

「僕もいい店を見つけたと喜んでいたんですよ。あの日、E大へ挨拶あいさつに行ったんです。その数日後、藤崎さんもE大で内科医をしていると貴女の叔母様から聞きました」
「あなたもE大に勤務にされているのですか?」
「ええ。消化器外科です」

 これには驚いた。消化器外科ならば、万里緒がいる消化器内科と接点が多い。患者紹介をして外科で手術、という連携もよく行われる。

「ところで、写真で拝見するよりも、なんだかせてますね」
「ああ、最近ちょっと。あれ、半年前の写真なので」
「どうして見合いを?」
「叔母が何回もしつこく話を持ってくるので……いえ、結婚を勧めるものですから。私の家、病院なんですけど、私が跡取りだとか言われて……あまりピンと来ていないんですけど……」
「そうですか」

 うなずきながら、彼はコーヒーを口にした。万里緒もコーヒーでのどうるおす。
 そういう千歳こそ、どうして見合いなんか承知したのだろう。

「星奈先生は、どうして見合いを?」
「お世話になった教授から、会ってみないかと言われたので。私立病院のお嬢さんだからと薦められたのですが、跡取りとか、そういうことに僕はまったく興味はなくて……」
「そうですか」

 どうやら彼は断れない事情があって、渋々承知した見合いだったようだ。
 万里緒はキュートな彼にこうして再会することができ、ちょっと浮かれ気分になったけれど、彼にその気はないらしい。
 今回もダメか。
 そう思っていると、彼は笑顔で言った。

「藤崎先生は、僕をゲットする気で来たんですか?」
「は!? いいえ! あれは、叔母が勝手に言ったことであって……。たしかに私は三十になって周りにうるさく言われ始めたし、自分自身も結婚したいとは思っています。でも相手の方にも好みがありますし、無理むりいする気はないです」

 必死さを隠すために、ゆるく笑いながら、そう答えた。
 千歳はコーヒーを飲みつつ万里緒の話を聞き、それからこう言った。

「ご実家の病院をぐ気はあるんですか?」
「いいえ。弟がいますし。歯科医師ですけど、弟が継いでも問題ないと思います。ダメなら、弟が医師の女性と結婚すればいい話ですから」
「そうですか」

 目線を上げて千歳を見ると、やっぱりキュートで整ったイケメンぶりに胸がキュンとなる。
 いつも気になる相手ができてもアピールをせずに終わってしまう万里緒だが、このチャンスを逃したくない。でも、何も言葉が出てこない。しょうがないから、思いつくまま名前の話をしてみた。

「私の名前、万里緒なんですけど、弟は瑠維次なんですよね」

 それを聞いて千歳は、はは、と声を上げて笑った。そして、クルリとした目をしばたたかせながら聞いてくる。

「スーパー●リオ?」
「そう、よく言われるんです。先輩の医師からも『よろしく頼むよ、スーパー●リオ』って」

 何を言ってるんだ、私は。わけのわからない笑みを浮かべる。

「それで万里緒さんは、こうやって見合いをして、お互い気に入ったら、結婚をする気はあるんですか?」
「はぁ、まぁ、そうですね。どちらかと言うと、私は受け身なので……相手の方が進めてくだされば、ですね」
「相当受け身ですね」

 千歳は、にこりと笑って小さくため息をつく。
 まずい。万里緒はあせった。さっきみたいな言い方をすれば、どうでもいいと思っているようにとられてもおかしくない。

「男の人は、可愛い女の人が好きですよね? でも私は職業柄もあって、気が強くなるばっかりで。だから、こういうことは受け身なのがちょうどいいと思うんですよ。どうでもいいというわけではないんです……なに言ってるか、自分でもわかんなくなってきました」

 どんどん墓穴を掘っている気がして、下を向いてしまう。
 この見合いは、失敗だな。万里緒が一人落ち込んでいると、千歳は意外なことを言った。

「この間、大通りで別れたあと、去りがたくて振り向くと、あなたはすでに背中を向けて歩いてました」
「え?」

 万里緒は自分のことを言われているのだと気づくまでに時間がかかった。あの日、千歳は万里緒のことを気にかけてくれていたというのか。だとしたら、なんてラッキー!
 それに、千歳はこんなことも言うのだ。

「気になったので呼び止めようかと思ったものの、やめときました。病院近くの食堂で会ったのだから、たぶん僕と同じ病院勤務のドクターだろうと思って。それなら、この先も会う機会はたくさんありますからね」
「同じ病院で働く医者だから、気になったんですか」
「そうじゃなくて、藤崎先生みたいに、食堂でビールを片手に『おじさん、もう一杯』ってやってる人、結構好きなんですよ。僕は、可愛いだけの女性には興味がないので」
「いや、あれは、その、疲れていたので。お酒でも飲んで気晴らししようかと……」
「いつもああやって、一人で?」
「まぁ、そうですね。バーとかで飲むこともありますけど、居酒屋のほうが好きです。ちなみに、お酒で一番好きなのは青島チンタオビール。苦みが少なくてフルーティーで……でも青島ビールを出す店をあまり知らなくて……行きつけは、ちょっと汚い中華料理屋さんなんですよ」

 何を言ってるんだよ私は、と万里緒は心の中で自分にツッコミを入れた。
 これほどまでに好意的な会話ができた見合いは、過去に一度もないのに、どうして青島ビールが好きだなんて、オヤジみたいなことを言ってしまったのか。自分のバカ、バカ。雰囲気がぶち壊しじゃないか。万里緒はさらに自分にツッコむ。

「いいですね。その店、今度連れて行ってください」
「へっ?」
「そういう店の料理って、どれもたいてい美味しいですよね」
「ええ、まあ」
「このあと時間があるなら、さっそく行ってみるのもいいですね。でも、着物を汚しちゃうとまずいかな」
「着替えてきます」

 万里緒は間髪容かんはついれずに言った。珍しいことに、今日は積極的に行動できる。

「じゃあ、僕も楽な格好に着替えてこようかな……その店、どこにあるの?」
「病院の近く、です」
「同僚のドクターやナースにばったり会ったりしない?」
「今までも会ったことないから、たぶん大丈夫です」

 あまりにも気取りのない店なので、医者や看護師たちは好まないのかもしれない。圧倒的に男性客、とくに肉体労働者が多く、仕事帰りに作業着姿のまま立ち寄る姿をよく見かける。万里緒のように女性のお客が一人で来るのは初めてだ、と店の主人が言っていた。

「そうですか。なんか本当に、藤崎先生って面白いですね。……じゃあ行きましょうか? その前に連絡先を交換しておきましょう」

 千歳はそう言い、携帯電話の番号が書かれた名刺を差し出した。
 千歳は万里緒を気に入ってくれたのか? それとも、ただの好奇心……?
 とにかく、二人はわりといい雰囲気で青島ビールを飲みに行く流れになった。
 お見合い六回目にして、ついに世話焼きババァが本物を持ってきたのかもしれない。



   2


 いったん解散し、それぞれ自宅で着替えた後、ふたたび駅で待ち合わせた。
 千歳は、シャツとチノパンというカジュアルスタイル。万里緒はゆるめのデニムをロールアップして、靴はヒールのないバレエシューズを履いてきた。
 そして二人は、目当ての中華料理屋に向かう。
 店に入り、向かい合って座ると膝と膝がぶつかってしまうような狭い席に腰を落ち着け、まずは、青島ビールを注文。お目当ての品が届くと、千歳が万里緒のためにビールをいでくれる。次は万里緒がごうとして手を伸ばすと、千歳はそれをやんわり断り、自らの手でグラスを満たした。

「乾杯」

 カチン、と音を立ててグラスを合わせる。ごく小さなグラスなので、一気にグイッと飲み干せる量だ。

「あ、青島ビールってたしかに苦みが少ないかも」
「そうでしょう? 飲みやすいんですよ」

 それから二人は、小さなテーブルの上に並べきれないほど料理を注文した。エビチャーハン、かにのあんかけ、ギョーザ、酢豚。どれも美味しいので、品数を絞ることができなかったのだ。

「穴場だなあ。それにしても藤崎先生、本当に一人でここへ?」
「はい。びっくりしますよね? 星奈先生はこういうところ、あまり来なさそうだし」
「やっぱり、藤崎先生って面白い。それに結構男前な感じですね」
「男みたいっていうことですか」
「そうじゃないけど、藤崎先生、男友達多いでしょ?」
「ああ、わりと多いかもしれません」
「だと思った」

 千歳が笑うと、眼尻にしわができる。そんなところに大人の魅力を感じるけれど、顔そのものは少年っぽい印象だった。

「あの、事前に叔母からあまり聞かされていなかったんですが……星奈先生って、お歳は、いくつなんでしょうか?」
「僕ですか? 三十六ですよ。もうすぐ三十七。オッサンですみません」
「いや! そんな歳に見えないです!」

 万里緒が慌てて首を振ると、千歳は苦笑しながら言葉をつけ加えた。

「自分で言うのもなんですが、いつも実年齢よりも若いって言われます。童顔だからかな。職業柄、幼く見えてしまうのは辛いことですが」
「あの、星奈先生、敬語はやめませんか? どう考えても私、年下だし、医師としても後輩ですから。ちなみに、先生もいらないです」
「だったら君も、先生はよして?」
「いや、私は星奈先生と呼びます。これから病院でお世話になることも色々あるだろうし」

 千歳は、「そう」と言って肩をすくめた。
 現実に、消化器内科と消化器外科は連携プレーが多いのだ。たとえば、内科を受診した患者の疾患しっかんに対して手術などの必要性があれば、外科に紹介し、そのまま外科で手術、ということもある。内科と外科の医師が何度も話し合いや相談の場を設けることもある。

「あ、でも星奈先生、今日は仕事のことは忘れましょう」
「そうだね、せっかく美味しいビールと料理を楽しんでいるんだからね」
「このかにのあんかけをチャーハンに乗せて食べると絶品ですよ。かけてもいいですか?」

 そう万里緒が聞くと、千歳はうなずいた。

「へぇ、こうやって食べるんだ? 初めて知った。あ、ほんとに美味しい」
「でしょう? これで、青島ビールがますます進むんですよ」

 そう言ってしまってから、『やだ、私ったら、またオヤジみたいなこと言ってる』と気づき、ちょっと後悔した。けれど、千歳はちっとも気にしていない様子で、チャーハンを食べながらギョーザ、酢豚もどんどん平らげていく。

「ここ、たしかに美味しいね。仕事帰りに、また来ようかな」
「お店の雰囲気は大丈夫ですか? 私は好きですけど」
「うん、僕も結構好きだよ。こういう店に女の人が一人で通っているっていうのは意外だったけどね」

 そんな話をしながら、青島ビールを飲み続けた。相変わらず美味しくて、つい一口でグラスの半分以上をけてしまう。すると千歳がすかさず、万里緒のグラスにビールをいでくれる。

「星奈先生もこの店を気に入ってくれたようでよかったです。内心ホッとしました」
「ホッとしたの?」
「はい。この前の見合いの相手は、高級レストランが好きそうな感じの人だったんですよね。好きな食べ物はフランス料理で、自分でもこだわって作るとかなんとか……」

 そんな話を始めると、コツ、と左膝に少し強く当たるものがあった。ちょっと動いただけで膝と膝がぶつかってしまうような至近距離にいるから? でも今のは、意図的に膝をぶつけられたような気もする……
 不思議に思って会話を止めると、千歳が万里緒を軽くにらんでいた。

「今日見合いした相手の前で、前の見合い相手の話は禁句じゃないか?」
「あっ、すみません」
「謝るほどじゃないけど、君は男の前でほかの男の話を平気でするタイプ?」
「ま、そうですね。男友達のこととか普通に……いけません? 友達なんだから恋愛対象外ですよ?」

 千歳は苦笑いしながら「そっか」と言った。

「気にするほうがどうかと思いますよ。前回の見合い相手のことも、本当に恋愛対象外ですから」

 言ってしまってから、万里緒ははっとした。「あんたはものの言い方がきつい。言葉にとげがある」と、いつも母に注意されているのだ。

「すみません。今の言い方、気にさわりました?」
「別に。ただ、君はさっぱりした性格なんだなって思うだけ」
「ええ、まあ、そうかもしれません……」
「それで、彼氏はいないの?」
「彼氏がいたら、星奈先生とこうして会うことはなかったでしょう。少し前に別れました」
「へぇ、どうして?」

 わざわざ理由を聞くか? と思ったけれど、万里緒はその質問にも応じることにした。

「元彼は会社員だったんですけど、いつも私に愚痴ぐちっぽく言っていたんです。俺はしがないサラリーマンだって。あとそれから、私の給与明細を見て、その辺の男より稼いでるとか、格差があり過ぎるとか。私だって、何もせずにこの職を得たわけじゃないのに。努力もしたし、きつい思いだってしてきた」
「そうだね。研修医は、眠る時間もなくてきついよね。僕も、あの時代には戻りたくないな」
「でしょう? そういう時期を乗り越えたから、今があるんです。今だって、それほど自分の時間があるわけじゃない。それなのに、元彼は私の仕事を理解してくれないどころか、当直が続いたりしてしばらく会わなかったら、部屋に女の子を引っぱり込んでたし。あんな男、別れて正解」

 言うだけ言うと、なんだかスッとした。けれど言い終えてから「あ、しまった」と思った。そうは言っても、後の祭りだ。
 初対面の見合い相手、しかもこれから仕事上接点があるだろう先輩医師に、元彼のことをあらいざらい愚痴ぐちってしまった。
 しかし千歳は、万里緒を見つめてただうなずくだけ。

「僕の同期の女医も、君と同じようなこと言ってたよ」
「それで、その女医さんは、その後どうされたんですか?」
「彼女に相応ふさわしい相手と結婚したよ」
相応ふさわしい相手、ですか?」
「医者とお見合い結婚したんだ。医者同士が結ばれる例は、結構多い」
「ですよね、やっぱり」

 万里緒が同意すると、千歳はにこりと微笑ほほえんだ。彼の笑顔を見ると、万里緒は心がホワッとする。

「しかし、ほかに女がいたなんて、君も可哀そうに」
「そうなんですよ。しかも浮気現場を目撃しちゃった。裸で抱き合ってるところを見ちゃったんです。あっ、すみません、初対面なのに色々愚痴ぐちってしまって」
「そんなこと、気にしないで。出会った男が悪かったんだと思うよ……しかし君、酒が強いね。もう一杯どうぞ?」

 いていたグラスにビールをがれる。万里緒は、この人にまだ一回もおしゃくをしていない、と気づいた。

「すみません、さっきから私がいでもらってばかり。星奈先生にもおぎします」
「ゆっくり飲むから、まだいいよ」
「じゃあ、次は私がぎますね」
「そう? ありがとう」
「……あの、今日私と会って、どう思いました? 気が強い女だな、って思いました?」
「そうだね。でも、気が弱かったら医師は務まらないでしょ? だからいいんじゃない? それで」

 今のままの万里緒でいいと言ってくれた男性は初めてだ。周りの友人たちもありのままの万里緒のことを受け入れてくれてはいるが、初対面でここまで肯定してくれる人はいなかった。

「あの……星奈先生は彼女、いるんですか?」
「話が飛ぶね。彼女は……いない……かな?」

『なんだ、その曖昧あいまいな返事は』と言いたかったが、やめておいた。そんな万里緒の心中を察してか、千歳がからかう。

「『なんでそんな曖昧あいまいな返事するの?』って顔してる」
「……うーん、ですね」
「正確に言うと、もう一ヶ月くらい連絡取ってなくて自然消滅っぽい恋人はいる。いや、もうすぐ二ヶ月になるかな? ……別れ話は、まだきちんとしていない」
「それで、教授に勧められて私と見合いをした、と」
「まぁ、そうなるね」
「ちなみに、その彼女は医師ですか? それとも看護師?」

 きっと看護師だろうな、と思いながら確かめてみた。

「はっきり聞くね。君って面白いな、本当に」

 膝頭がまたコツンと当たって、二人の距離がいっそう近くなる。千歳は少し目を細め、ひと呼吸置いてから言った。

「君の予想通り、看護師だよ」
「……私、何も言ってませんけど?」
「看護師って言うとき、少し語気がきつくなってたよ。それに君って……何もかも顔に出ちゃう人なんだね。言いたいことがダダ漏れだけど?」

 千歳は、さも可笑おかしそうに笑って言った。
 顔に出る、というのはたしかによく指摘されてきたことだ。でも、ここ二、三年はあまり言われなくなっていた。大人になるにしたがい、思っていることを顔に出さないようにしたほうが何かと都合がいい、ということを学んだつもりだったのに……千歳は、万里緒の心の内など容易たやすく見抜いてしまうらしい。

「星奈先生は、人の心を読むのが上手なんですね」
「だてに年は食ってないから」

 千歳は万里緒よりも六つ年上だ。だから、彼のほうが上手うわてだったとしても構わないじゃないかという気にもなる。
 千歳は万里緒がありのままの姿を見せても、肯定してくれている。そのことが、とても嬉しかった。
 世話焼きババァの言うとおり、必ずゲットしないと、逃がした魚は大きいとやむことになりそうだ。
 そうは言っても、ゲットできる可能性はあるのか?

「星奈先生、看護師さんと連絡を取り合わなくなってから、もう二ヶ月になるとおっしゃいましたよね。それで、教授に勧められてお見合いをすることにしたんですよね?」
「うん、そう。偶然は大事にしたい」
「偶然?」
「あの食堂で偶然会った女性が同じ病院に勤務するドクターで、しかも見合い相手だとわかったときは、こんな偶然あるのかって不思議でたまらなかった。そういう縁って、なんだかロマンチックだと思うんだ。しかも実際に会ってみたら、興味深い女性だった。僕は藤崎さんのこと、結構好きだよ」

 こんなにうまくいっていいのだろうか。万里緒のほうこそ不思議でたまらない。
 ひょっとして何か裏があるのでは、と疑念さえ湧いてくる。

「そんな顔をしなくても、裏はないから安心して。僕は本当のことだけ言ってる」
「い、いや! 疑っているわけじゃないんですけど」

 万里緒は激しく首を振りながら、言い訳がましく否定した。
 それにしても、なんでこの人は万里緒の心をこんなにも読めるのだろう。エスパーか?

「あのぅ、結構好きと言ってもらって嬉しいんですけれど……」
「けど、何?」
「いや、あの、星奈先生って優秀な医師であり、しかもイケメンじゃないですか。こんなイイ男をゲットしたがらない女性はいないよなぁ、って」
「それはつまり、彼女ときちんと別れて来いと、暗に言ってるわけだ?」
「いや、そう、ですね。でも……やっぱりいいです。私みたいな気の強い女より、きっと看護師の彼女のほうが可愛いだろうから」

 ――ああ私ったら、大きな魚をみすみす逃がそうとしているよ。
 万里緒は自分に内心ツッコんだ。

「あのねえ藤崎さん、さっきも言ったけど、僕は可愛いだけの女に興味はないんだよね」
「……私、結構可愛くないですよ?」
「僕は可愛いと思うけど。可愛いし、面白いよね。リアクションとか、行動とか、路地裏の定食屋や青島ビールが飲める店をチョイスするところもユニークだと思う」
「そうでしょうか」
「ただね……この店に案内されて、最初はちょっとだけ君のセンスを疑った」
「へ?」
「お互いの膝が当たるような狭い席で男女が食事するなんて、その気かな? って」
「違いますよ! 店が狭いことは知っていたけど、膝が当たるなんて思ってもみなかったし! そっ、それに! ここに来ることになったのは星奈先生がそう望んだからであって、私が無理に連れてきたわけじゃないですよ!」

 万里緒が力いっぱい否定すると、千歳は「ぷはっ」と噴き出して笑った。


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