君のために僕がいる

美珠

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1巻

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「こちら、名原なばら明良あきよしさん。検事をしていらっしゃるの」

 高級ホテルのラウンジで、万里緒まりおは叔母が勧める見合いの席についていた。叔母がセッティングした見合いに挑むのは、これで何度目だろう。たぶん五度目だ。
 目の前の叔母は手慣れた様子で、この場を仕切っている。

「名原さん、こちらはめい藤崎ふじさき万里緒です。歳は三十で、E大学付属病院で内科医をしているんですの」

 万里緒は、正面に座っている男性の顔をこっそりうかがう。
 ここ最近、とにかく仕事が忙しくて釣書きを見る暇もなかった。今日なんか当直明けで二時間しか寝ていないのに、無理矢理起きて化粧をし、慣れないヒールを履いてこの場にやって来たのだ。
 そうまでして、ムキになって見合いを受けたのには訳がある。
 以前、叔母に言われた一言が原因だった――

『あなたはお医者さんとして自立しているかもしれないけど、それだけじゃ女の幸せを得たとは言えないわ。一人の女として愛されないなんて、寂しい人生よ』

 そして最後に「ふふふ」と嫌味に笑ってみせた叔母にキレて、見合いを受けたのだ。
「そんなに言うなら、次の見合いで決めてやる。イイ男を持ってこないと承知しない」と啖呵たんかを切ってしまった。
 万里緒の家は医者一家だ。父も母も現役の医者で、藤崎病院という二百床ほどの私立病院を経営。弟もそこで、歯科を担当している。
 父の妹である叔母がとついだ先も、胸部外科で有名な私立成瀬なるせ病院だ。そこの長男と見合い結婚をした彼女は、院長夫人として夫を支え、一人息子を医者に育て上げた。
 子育てが一段落した今、優雅な生活を楽しむかたわら、仲人なこうどをすることを趣味としていた。そして、めいの万里緒の顔を見るたび、見合いをしろ、とうるさく言うのだから、世話焼きババァもいいところだ。
 今日も叔母は、自分が見合いをするわけでもないのに、綺麗な着物を着て、髪の毛もしっかりアップで決めている。

「それでは私、夫に言いつかった用事がありますので、これで失礼します。あとはお二人でごゆっくりとね」

 叔母はそう言って、笑いながら席を立ってしまった。万里緒は『相手のことを何も知らないのに、何を話せばいいのよ』と思いながら彼女を見送り、内心ため息をついた。
 すると、お相手の名原が口火を切った。

「万里緒さんって、珍しいお名前ですね」

 にこ、と笑うその顔は、検事に相応ふさわしく誠実そうで、優しさがにじみ出ているような表情だった。「イイ男でないと承知しない」と言った万里緒の要望にかなう素敵な人。ただ、ちょっと神経質そうだ。
 それに、珍しい名前と言われるのは、あまり好きではない。
 万里緒という名は、たしかに珍しい。そのせいで、学校でからかわれた記憶がある。名前にまつわる嫌な思い出がよみがえる。
 なんだか今回もあまり気乗りがしない。イイ男だとは思うけれど、ただそれだけじゃ満足してやらないぞ、という気持ちがムクムクと湧いてくる。
 進めたくない見合いだな、と思う。

「両親は、人と違った名前にしたいと思ったらしくて。弟もちょっと変わった名前で、瑠維次るいじというんです」
「それはまた面白いですね」

 それきり、会話は止まってしまう。
 万里緒は「それで?」と言いたかったけれど、何も言わず、目の前のケーキを口に含んだ。
 疲れた身体に染み込むような甘さで、とっても美味しい。
「次で決めてやる」と言ったのに、何をやってるんだか。
 まったく決めてやることができなかった。


   * * *


「三号室の患者さん、血糖値が落ち着かないから一日四検よんけんしてください。で、内服薬出しておいたから、食前に飲ませるようにお願いします」

 万里緒はカルテにそう書いて看護師に渡した。が、思わぬ言葉が返ってくる。

「先生、糖尿病内科にせたほうがいいんじゃないですか?」

 万里緒はちょっとムッとし、すかさず反論した。

「この内服薬で血糖値が治まるようなら、しばらく続けていこうと思うの。そうじゃなければ、糖尿病内科にてもらいます。私の指示に、何か文句ある?」
「いえ、そういうわけでは」
「じゃあ、指示通りにお願いね」

 万里緒はスツールから立ち上がり、看護師に背を向けた。そして三号室に足を運び、患者さんに、投薬を始めることとなった経緯を説明する。最後に「内服薬の準備ができ次第、看護師が持ってきますからね」と言うと、患者さんは「わかりました」と応じた。
 万里緒が病室を出てナースステーションの前を通りかかると、看護師二人が抗議の声をあげていた。

「藤崎先生って、カワイイし仕事できるけど、かたくなよね? さっきなんて『私の指示に文句ある?』って言われちゃった」
「先生にも考えがあるんだろうけど、でも……」

 それを聞いて、イラッとした。考えなしに薬を選ぶわけがない。
 万里緒は堂々と、看護師二人の話に割って入った。

「患者さんには、すべてをきちんと説明して納得してもらっていますよ。あなたたちは薬の副作用に留意していてね」

 看護師二人はヤバイという顔をし、「はい」とだけ答えた。

「それじゃ、お願いします」

 万里緒はその場をあとにした。
 一生懸命やっていても、こんなふうに陰で悪口を言われるなんて割に合わない。
 ああ、ストレスが溜まる。
 その上、デスクの上は未整理のカルテが山積みだ。今日も帰りは遅くなるだろう。
 忙しすぎて、私生活なんてあったもんじゃない。
 ましてや、恋愛だの結婚だのと言っていられない。
 昨日は見合い後、帰宅してすぐ爆睡したから、夜中に目が覚めてしまった。
 おかげで今日も寝不足だ。
 まったく本当に何をやってるんだか、と肩を落としながら医局へ向かう。
 その途中、先輩医師に呼び止められた。

「今日新患しんかんが来るんだけど、藤崎、お前が担当してくれな?」
「は? え? でも、外来診察したのは……」
「俺、重症患者が二人もいて手一杯なんだよ。よろしく頼むよ、検査入院だから」

 自分の患者なんだから自分でろよ! と心の中で悪態をついたが、医師歴十五年のベテランである彼に、医師歴やっと五年目の万里緒は何も言えなかった。

「わかりました」
「ありがとなー、さすがスーパー●リオ!」

 万里緒が自分の名前にコンプレックスを感じてしまうのは、このせいなのだ。子どもの頃から、何度からかわれたことか。父が某ゲームキャラの大ファンという理由で、名前をつけたのだが。
 万里緒はさらに肩を落とした。


   * * *


 カルテ整理はなかなか終わらなかった。量が多いせいもあるけれど、叔母の顔がちらついて仕方なかったからだ。

『万里緒ったら、次は決めてやると息巻いていたくせに、見合いをした翌日、先方から断られるなんて、一体何がいけなかったのかしら? まぁ、しょうがない。今度また、いい話があったら持ってくるけどね』

 先ほど叔母から電話がかかってきて、そう告げられた。
 最後はいつも通り、「ふふふ」と嫌味な笑いを漏らしていたっけ。
「もうちょっと、可愛い女にならないとね」と、叔母は言外げんがいに匂わせていたのだ。
 そんな叔母に対し、「可愛くなくて悪かったね」と内心で毒づく。


 午後八時近くまで頑張っても、カルテ整理はいっこうにはかどらなかった。
 万里緒はひどくお腹がいていることに気づき、何か食べに行こうと、白衣を脱いで立ち上がった。
 愛用のローヒールをカツカツ鳴らし、病院の外へ。
 つい、ため息をこぼして空を見上げると、星は二つか三つしか見えなかった。東京の空は明るいので、星の光が薄れてしまうのだろう。
 しばらく歩き、万里緒は路地裏の食堂に入った。そこは夜勤明けに偶然見つけた店で、昼は五百円、夜は七百円で日替わり定食が食べられるのだ。あまりにも驚いて「こんなに安くていいの?」と店主に聞くと、「もうけはある程度出てるから、大丈夫」と笑われた。以来、この店を気に入って、たまに足を運んでいる。

「こんばんは」
「いらっしゃい。いつもの日替わり定食でいいかな? 今日は塩サバか、豚の生姜しょうが焼きの二種類から選べるよ」
「それじゃあ、豚の生姜しょうが焼きをお願い」

 万里緒はすっかり常連なので、店のおじさんとおばさんが気易きやすく声をかけてくれる。

「なんだか元気がないみたいだな。疲れてる?」
「ですね……まだ仕事が残っているけど、今日はもうやめちゃおうかな……」

 明日は休みだから、ゆっくり寝坊をして、夕方にでもカルテを片づけに来ればいいか、と思えてきた。

「おじさん、私、荷物取ってきます。五分くらい待っててくれます? この席、取っておいてください」

 万里緒が頼むと、おじさんもおばさんも、「いいよ。行っといで」とこころよく引き受けてくれた。
 いつもこんな感じだから、何度でも通いたくなるのだ。ここでは他人の顔色をうかがったり、嫌味な噂話や陰口を気にしたりする必要がない。この店は、万里緒にとっていやしの場所とも言える。
 急いで病院に戻り、バッグを手に、ふたたび食堂へと向かう。
 すると、ちょうど料理ができ上がったところだった。
 美味しそうな匂いが胃を刺激する。すぐにはしを取り「頂きます」と言って口に運んだ。

「今日はビールも飲んじゃおうかな。ジョッキでお願い」

 万里緒が言うと、おじさんがすぐに用意をしてくれた。

「明日は休みなのかい?」
「そうなんです」

 ビールはよく冷えていて、とても美味うまかった。のどをぐびぐび鳴らして飲む。
 そうしてふと、斜め前の席を見ると、庶民的な定食屋には不似合いの、いかにも高級そうなスーツに身を包んだ男性客がいた。食堂の隅に置かれたテレビを見ながら、塩サバをつまんでいる。目はくるんとしていて、唇はアヒル口という愛嬌あいきょうのある顔立ちで、品の良さが感じられる、イイ男だった。
 テレビを見ながら時々笑みをこぼす口元が、とくにキュートで可愛い。
 素敵な人だなぁ、と心がホワッと温かくなる。
 そうは思っても、ここで万里緒のほうから話しかけでもしない限り、彼と知り合いになるチャンスはないだろう。
 万里緒は医師という職業柄、気ばかり強くなっていくが、実はあまり積極的なタイプではない。
 今、目の前にいる男性にときめきを感じているのはたしかだけれど……
 歳はいくつぐらいだろう。
 どんな仕事をしているのだろう。
 ああいう素敵な人には、きっと美人で可愛らしい彼女がいるんだろうな。
 あれこれ思いを巡らせる万里緒をよそに、斜め前のイケメン君は、彼女のことなど気にも留めていない様子だ。

「おじさん、もう一杯」

 万里緒はビールを飲み干し、二杯目を頼んだ。疲れているせいか酔いが早い。それでも飲みたいから飲む。

「マリちゃん、大丈夫かい?」
「平気ですよ」

 運ばれてきた二杯目を一口飲むと、胸がスッとした。
 たまにはこんなふうに一人で飲むのもいいな。
 仕事のストレスが溜まっても、グチグチしていないで、食べて飲んでさっぱり忘れるのがいい。
 そうして二軒目に行こうかな、と考えていたところで、携帯電話が鳴った。
 嫌な予感がしたが、案の定だった。

『五号室の患者さんが腹痛を訴えています』
「わかったわ。腹痛が治まらないようなら、ペンタジンを投与してください」
『承知しました』

 簡単なやりとりを済ませ、電話を切る。
 すると、テレビを見ていたイケメン君が万里緒のほうを振り返って話しかけてきた。

「お疲れ様です」
「はぁ、どうも」
「ドクターですよね?」
「はい……よくわかりますね」
「話の内容から、そう思いました」

 イケメンでキュートな彼は、そう言ってはしを置き立ち上がる。

「ごちそうさまです」

 そのままレジへ向かい、代金を支払う。それからもう一度万里緒のほうを見て、「お仕事、頑張ってください」と微笑ほほえんだ。
 彼が食堂の引き戸を開けて出て行く姿を見ながら、万里緒はビールをすべて飲みきった。

「おじさん、私もごちそうさま」
「はいよ、ビール三杯と定食で千二百六十円ね」

 万里緒は会計を済ますと、急いで店を出た。どうしても彼を追いかけたくなってしまったのだ。
 だが、すでに彼はいなかった。
 肩を落とす万里緒の背後でガラリ、と引き戸を開ける音がした。次いで、店主のおじさんが首を出して辺りを見回し、はぁーと大きなため息をつく。

「どうしたの? おじさん」
「いやね、さっきのカッコイイお客さん、携帯電話を置き忘れていったんだよ……初めてのお客さんだから、連絡のとりようもなくてなぁ」
「ええ!? そんな大切なものを?」

 携帯電話なんかなくした日には、万里緒だったら絶対に仕事に支障をきたす。彼も恐らく、ものすごく困るに違いない。
 おじさんが困惑顔で握りしめている彼の携帯電話は、最新型のスマートフォンだった。
「これ、どうしよう」とおじさんがぼやいていると、コツンコツンと硬い靴音が路地裏に響いた。見ると、彼だった。

「あ、やっぱり店に置き忘れていたんですね。すみませんでした」

 おじさんは携帯電話を持ち主の手に返し、ほっとした表情で店に戻った。
 イケメンの彼は、万里緒に向けてもう一度、「ご心配をおかけしてすみませんでした」と頭を下げた。

「いえ、そんな。私は別に何も……」
「お帰りですか?」
「はい」
「じゃあ、そこまで一緒に行きましょうか?」

 そう言って彼は、大通りの方角を指さした。
 思わず追いかけたくなってしまったキュートなイイ男。連絡先を自分から聞く勇気はないけれど、少しの間、一緒に歩けるだけでも嬉しい。

「帰りはいつもこの時間なんですか? 随分ずいぶん遅いですね」

 彼の声は、少しだけかすれた、低音ボイス。低すぎず、ちょうどいいくらいのトーンだ。声を聞いただけでも心がホワッと温かくなる。

「病院勤務なので、これくらいは普通です。それに、まだ医者になってやっと五年というところですから」
「医師は忙しいし、大変ですよね。早く帰って寝たほうがいい。そうすればきっと、頭がすっきりしますよ」

 そう言って、にっこり微笑ほほえんだ顔につい見惚みとれてしまった。ますます彼のことが気になりだした万里緒だったが、楽しい時間はすぐに過ぎ、大通りが見えてきた。
 ――思い切って二軒目に誘うべきか、誘わないべきか。
 ほんの数秒考えて、誘うのはやめた。というか、タイミングがつかめなかった。

「では、気をつけて帰ってください」
「はい」

 万里緒とは反対方向へ去っていくキュートな彼。背が高く、足も長い彼のうしろ姿を見送った。

「お尻の形もキュート……キュッと上がってて、可愛い」

 ああ、やっぱり勇気を出して誘っておけばよかったかなぁ。
 万里緒はいつもこうだ。気に入る相手がいても、アピールできずに終わる。

「優しい言葉をかけてくれたし、素敵な人なんだろうな。それにスマートでスタイルもよかったな」

 万里緒は、無意識のうちに高級スーツの中身を想像している自分に気づき、顔がかっと火照ほてった。
 初めて会った男性の、服の中身を想像するってなんだろう。
 でも、もう会うことはないんだろうな。そう思うと残念でならなかった。


   * * *


 数週間後、万里緒のもとに、またしても叔母が見合い話を持って来た。なんてお節介せっかいなババァなんだろうとうんざりしながら、それでも断りきれなかった万里緒は今日も有名ホテルのレストランに向かっている。

「万里緒、今度こそ決めるでしょうね? あなたの要望通り、またイケメンだからね」

 嫌味ったらしく、「イケメン」と強調する叔母を見て、万里緒はため息をついた。

「叔母さん、私、時が来たらいい人捕まえて結婚する。でも今はまだ医者として駆け出しの身だから、仕事が優先。お見合いは、これで最後にしてくれる?」
「……藤崎家の娘がいつまでも独身でいちゃダメよ? 仕事をやめろとまでは言わない。でも、早く結婚して家庭をつくるのもあなたの役目。あなたたち姉弟のうち、医者になったのは万里緒だけなんだから、あなたが跡取りなのよ?」

 叔母が言う通り、瑠維次は藤崎家の長男とはいっても、藤崎病院の跡取りとは言いにくい。しかし、瑠維次のお陰で病院に歯科を開設することになり、病院は新たな患者を獲得しているのだから結構なことじゃないか。そんなことを考えながら、万里緒は叔母の話を聞き流していた。
 この前の検事との見合いの時、万里緒はスーツを着ていた。それがよくなかったのだと叔母に注意されたので、今日は淡い紫色の着物を着てきた。
 すでに先方は待っている、と言われて急ぎ足でホテルの中を歩く。
 そうして息せき切って出向いたのだが、予約してあった席に見合い相手の男性はいなかった。飲みかけのコーヒーが置かれているだけだ。

「あら、どうしたのかしら?」
「怖くなって逃げた?」

 万里緒が言うと、帯のあたりをパン、と叩かれた。

「そんな人じゃないわよ。今度のお相手はね、あなたと同じお医者さんなんだから」
「へ?」
「あなた、お見合い写真を見てもいないんでしょ? 釣書きだって読もうとしないし、人の話は聞かないし、まったくもう……」
「ばれちゃった? すみません」
「相手の方はね、うちの息子の指導医だった方なんだけど、ものすごく評判のいい先生なのよ。……こうしてお見合いしてくれることになったのも、うちの主人が八方に手を回して頼んだからよ」

 叔母が、くどくど言う。万里緒はうんざりしながら予約席に腰掛けた。
 万里緒の目の前には、コーヒーカップが一客だけ置かれている。どうやら彼は一人で来たらしい。『私も一人で来たかったな、そのほうがまだ気が楽だった』と思う。
 そのとき、聞き覚えのある声がした。

「すみません、緊急の電話が入ってしまったもので……」

 万里緒は目を見開き、それからパチリ、と大きくまばたきをした。相手の男性は微笑ほほえみながら、じっとこちらを見ている。

「まぁ、緊急電話だなんて! 患者さんに急変でも?」

 叔母がやや大げさに心配げな声を上げる。

「いえ、以前いた病院からの電話で、入院患者のことで聞きたいことがあるから、と……」

 そう説明しながら、彼は万里緒に視線を戻した。
 この前の、食堂で会った彼だった。整った顔立ちで、ヒップラインとアヒルっぽい唇がキュートなあの人物。
 日の光の下で見る彼は、あの夜出会ったときよりも、なんだかキラキラしていた。
 彼は万里緒の前に座り、自己紹介をする。

「初めまして、星奈ほしな千歳ちとせです」

 にこりと笑った顔は万里緒の心をキュンとさせるくらい素敵で可愛くて、カッコイイ。眼尻にあるしわさえ魅力的だ。
 可愛い名前だな~、と万里緒は思った。
 しばらくボーッと見ていると、叔母が万里緒のそでを引っ張る。

「あ、あ、初めまして、藤崎万里緒です」

 しどろもどろになりながら、ようやく名前を告げた。

「まぁ、この子ったら先生に見惚みとれちゃって。先生、よかったら二人でお話をなさってくださいな。そのほうがよろしいわよね」


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