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第3章:君の綺麗な指は鍵盤の上で踊り始める

#21:鑑定

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 楓雅の叔父は本を手に取ると、虫眼鏡で本をじっくり眺め、本の中身を丁寧に調べた。


「外見上は怪しい文字も魔法陣も見当たらない。何かしらの仕掛けがあるかもしれないが、それを調べるにはもっと時間が必要だって言っています」
「やっぱり、僕の思い違いなのかな……?」


 優が落胆していると、楓雅の叔父は閃いたのか、水晶のペンデュラムを手に取ると、優に手を出すように促した。


「本に手をかざして、目を閉じて、自分が見た事をイメージしてごらんって朝比奈に言っています」
「分かった。……なんか緊張するけど、やってみる」


 優は本に恐る恐る手を当てた。そして、楓雅の叔父がその上に水晶のペンデュラムをかざした。優は目を閉じて、夢に出てくる女性や劇の事などを頭の中でイメージした。
 自分がイメージしていたものが映像化され、自分の体を通り抜けるかのように流れていく。その後、眩しい程の光が出現し、思わず目を閉じた。そして、目を開けると、真っ暗な空間で涙ぐむ女性が立っていた。女性が優の方を振り向き、何かを言っていた。優は聞き返そうとしたが、どんどん女性が遠ざかっていき、弾ける様に細かい粒子となった。優は突然立ち上がり、思わず叫んだ。


「――待って!」


 突然立ち上がり、叫ぶ優に二人は驚いた。そして、優は涙を流しながら、意識を失った。優は春人の方へ倒れ込み、咄嗟に春人が受け止めた。楓雅が叔父に状況を聞くが、黙り込んで、首を横に振り、多くは語らなかった。楓雅は優を休ませるために客室の準備を使用人にさせた。春人は優をお姫様抱っこすると、楓雅に案内され、客室のベッドに優を優しく寝かせた。


「病院に連れて行った方が良いんじゃないか?」
「とりあえず、今は表情も落ち着いてますし、大丈夫だと思います」
「それより、なんだったんだろう?」
「叔父様は問題ないとしか言わなかったですけど……。ペンデュラムがあんなに反応して、尚且つ、ひびも入っていたのに、……叔父様は一体何をお考えなのか」


 時計の秒針が動く音がはっきりと聞こえる位の静寂に包まれた客室。一分一秒がこんなにも長いのかと感じた二人は優が目覚めるのをじっと待った。楓雅は使用人に紅茶を準備するように伝えた。間もなくして、使用人がティーカップなどを乗せたワゴンを室内に持ち込んだ。楓雅は春人に紅茶を進めたが、首を横に振り、遠慮した。楓雅はため息をつき、カップをテーブルに戻した。二人が痺れを切らし、少し苛立っているとベッドでモソモソと動く優の姿があった。


「…………ん? あれ、ここ何処?」
「優!」
「朝比奈!」
「え? どうしたの、二人とも」


 優は目を擦りながら、起き上がった。辺りを見渡すと、先程と違った部屋で一瞬現実なのか分からず、ポカンとした。優の目覚めに、春人は思いっきり優に抱きつき、楓雅は安堵した表情を見せ、ベッドサイドに座り、優の頭を優しく撫でた。状況が読めない優は二人に少し困惑した。


「そんなに抱きついたら、痛いよ」
「優! 生きてて良かったぁ! お前、叫んだと思ったら、気絶するから、ビックリしたぜ」
「大袈裟だよ。ほら、大丈夫! 日々の疲れだよ、たぶん。あははぁ」
「――朝比奈、何か見たんですか?」
「うん、それがね……」


 優は楓雅の叔父に鑑定してもらった時に見た事を話した。優はただの妄想話だと思われると話をはぐらかそうとしたが、二人は真剣な表情で話を最後まで聞いてくれた。まるで本の世界に迷い込んだかのような錯覚に陥った事、最後に暗い空間で涙ぐんで、自分を見ていた女性の事などを事細かく説明した。


「なるほど。……朝比奈が言った事を整理すると、その女性……いや、お姫様は何かが悲しくて、泣いていたって事ですかね?」
「たぶん、そうだと思う。でも、なんで泣いてるのか分からなかった。本にもそういうシーンは何度か出てくるけど、自分が見たシーンは……無かったし、最後に何か言ってたんだけど、聞き取れなくて」
「とりあえず優が無事ならいいよ。楓雅の叔父さんだって、問題ないって言ってたんだし」
「そうですね。分からない部分はありますけど、悪さをしてる訳じゃないみたいですし……」


 優は二人が自分の事を気遣っているのに察したのか、申し訳なくなり、ベッドから飛び出し、笑顔で元気アピールをした。


「ほら、元気! 大丈夫、大丈夫! ……なんかお腹空いちゃったなぁ」
「急に何言い出すかと思ったら、腹減ったかよ」
「もうこんな時間ですか……。夕食はうちで食べていくと良いでしょう」
「やった! 金持ちの食事! 興味あったんだよなぁ」
「春人、下品だよ!」


 楓雅の家で物凄い豪華な食事を堪能していたら、すっかり日が暮れていた。楓雅の叔父に改めて礼をすると、優と春人は楓雅の家を後にした。


「いやぁ、坊ちゃんが食べる料理はすげぇな。料理人がいるって言ってたぞ。俺、この世で最後かって位、食っちまった」
「楓雅君のご両親も素敵な方だったなぁ。春人の食いっぷりにはドン引きだったけど」
「うるせぇ。もう食えないって思ったら、つい食っちまうんだよ。……それより、そのネックレスどうしたんだよ」
「これはね、帰る間際に楓雅君の叔父さんに引き留められて。何言ってるか分からなかったけど、このネックレスを着けなさいって感じで半ば強引に着けられて……」


 優は胸元から水晶のペンデュラムネックレスを取り出すと、おもむろに月にかざした。水晶は月の光でもキラキラと輝き、とても綺麗だった。春人は物珍しそうに水晶を覗き込んだ。


「叔父さんが帰る間際に、渡してきてさ。何かあったら、投げろ! みたいなジェスチャーされてさ。そんな時なんて来るのかな?」
「無いんじゃね? 優が危ない目に合わないように、俺もアイツも見守ってる訳だし」
「何それ。なんか僕一人じゃ危ないって言ってるみたいじゃん」
「いやいや、違うって。……はぁ、こんな状況でもアイツの事をいちいち気にしなきゃなんねぇんだよ!」


 突然、頭を両手で搔き、喚く春人に優は声を出して笑った。春人は喚き終わると、自転車を停めた。優は何かと思い、自転車を停めて、春人の方を振り向いた。春人は優の両肩に手を置き、真剣な眼差しで見つめた。優はキョトンとした表情で春人を見つめた。


「お、俺はな。好きな奴を危険な目に合わないように守るのが俺の務めなんだよ。って言っても、お前は鈍感だし、すぐはぐらかすからな」
「そんな言い方しなくてもいいじゃ――」
「俺はお前が世界で一番好きなんだよ! 会った時からずっと、これからもずっと……。お前がいない世界は考えられない!」


 優は突然の告白に顔がボッと真っ赤になった。春人も頬を少し赤くし、照れていた。いつも見慣れている春人が月明かりによって更にカッコ良く感じ、春人の置いた手から熱さを感じた。そして、春人は優の潤んだ唇に吸い寄せられるように、口を近付けた。しかし、あと一歩と言う所で知らない番号から電話がかかってきた。


「は、春人。……電話だよ」
「んぅっ! あぁっ! 誰だよ! ……はい、もしもし! 誰だよ! 今、お取込み中なんだけど!」


 春人は悔しそうな顔をし、声を荒げ、その知らない電話に出た。春人は第一声を聞いた瞬間、背筋が凍りそうでゾッとした。そして、瞬時に辺りを見回し、何かに警戒した。


「もしもし? お取込み中ってなんですか? あぁ、もしかして、約束破りました? うちの食事が最後の晩餐になったみたいで、実に光栄ですね」
「お前、どっから見てんだよ! あと、俺は番号教えてないぞ!」
「さて、僕は小屋から斧を持ち出して、そちらへ向かいましょうかね」
「いや、違うんだ! まだ何もしてない! 一ノ瀬、信じてくれ!」


 血の気が引いて、青ざめる春人に優は首を傾げた。そして、春人は楓雅に言われた通り、手を震わせながら、優にスマホを渡した。優は分からないまま、その電話に出た。


「朝比奈? 何もされてませんか?」
「うん、あれ? 楓雅君? どうしたの?」
「いや、夜道は危険だから、そこの筋肉バカがちゃんとエスコート出来ているのか心配になったで」
「なんだ、楓雅君も心配してくれてたんだ。ありがとう。二人とも過保護過ぎだよ。大丈夫だよ」
「良かったです。今日はゆっくり休んで下さいね」
「うん、ありがとう。楓雅君もゆっくり休んでね。バイバイ!」


 いまだに周囲を警戒している春人に声を掛け、スマホを返した。春人は優からスマホを受け取ると、楓雅の電話番号を『悪魔』と優に見えないように物凄い速さで登録し、ポケットにしまった。そして、すぐさま自転車に乗ると、その場を逃げるようにして、帰ろうとした。


「急にどうしたの! ちょっと待ってよ!」


 優も急いで自転車に乗り、爆速で自転車をこぐ春人を必死に追いかけた。家に着くと、春人は再び辺りを見渡し、問題ない事を確認すると、焦ったような表情で別れを告げた。
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