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第2章:時に残酷でも、僕は前を見なければならない

#13:記憶

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 二人が小さな声でやり取りしていると、それに気付いたのか、優は眠い目を擦り、大きく背伸びをした。楓雅は優に気付かれないようにスマホをポケットに忍ばせた。しかし、春人は手元が狂い、カウンターの反対側にスマホを落としてしまった。優は春人のスマホを拾って、渡そうとした時、撮影モードになっている事に気付く。


「ん? あれ? ……なんで撮影モードになってるの? あ! なんで僕の寝顔撮ってんの!」
「いやぁ、つい……可愛かったから。でも、俺だけじゃなく、こいつも撮ってたんだぜ!」
「はぁ? 楓雅君はそんな事するような人じゃありません!」
「はぁ? なんでそんな事言えんだよ!」
「まぁまぁ、筋肉バカ落ち着いて」 
「はぁ? 誰が筋肉バカだよ!」
「ってか、やっぱり、二人とも仲良いんじゃん」
「「どこがだよ!」」


 優は春人にスマホを返し、自分の寝顔写真をその場で消去させた。春人はガッカリしており、その姿を見て、楓雅は鼻で笑った。優は気を取り直して、返却本の整理をした。その間、楓雅は小説を読み、春人はカウンターで寛いでいた。優は一通りの仕事を終えると、カウンターに戻り、二人に声を掛けた。


「……あのさ、実は有志出てみたいなって思ってるんだけど、やっぱり、僕はそういうの向いてないかな?」
「僕はそんな事無いと思いますよ。朝比奈は磨けば光る原石だと思います。後悔する位ならやってみると良いですよ」
「俺もそう思う。優は絶対に人気者になれる! 優はピアノ弾けんじゃん。 昔、余裕で優勝してんだからさ。それにしても、あん時の優はすっげぇ可愛かったなぁ」
「何ですか、それ。詳しく教えて下さい」
「あのな、優の母ちゃんが一生のお願いだからって言って、優にピンク色のワンピースを無理矢理着せてさ――」
「ああっ! その話はやめてぇ!」


 優は今までで一番恥ずかしい話をされ、顔を真っ赤にして、ワーワー言い、春人の話を遮った。


「あれは本当に恥ずかしかったんだよ! しかも、あの時、結構大きい会場なのにさ、春人が空気読めてなくて、大声で僕の名前を呼んでさ。会場騒然だったんだから。……あれは本当に黒歴史」
「うわ、幼い頃から空気さえも読めなかったんですね。可哀想に」
「今、さらっと俺の悪口言っただろ」


 閉館時間になっても、図書室には誰も来る事は無く、終始、三人は優の黒歴史やピアノの話、過去の学園祭有志について話をした。
 そして、職員室へ鍵を返しに行き、途中まで三人で帰った。楓雅を見送ると、優と春人は二人で帰った。帰っている途中で家の近くにある小さな公園へ立ち寄った。


「なぁ、この公園、覚えてるか?」
「うん、春人がよくジャングルジムから落ちたり、水飲み場でビーム! って遊んで、おじさんにめっちゃ怒られた公園でしょ?」
「いや、まぁ、確かにそうだけどさ。それより、あそこのベンチに座ってさ、二人であの本読んでたよな」
「ああ、あの本?」


 優は鞄から本を取り出し、春人に渡した。春人は懐かしそうに本のページをめくった。そして、何かを思い出したかのように本を閉じ、優に返した。


「優、小さい頃に、『僕もぉ、この本のお姫様になりたぁい』って言ってたじゃん」
「なんか言い方に凄い悪意を感じるんだけど……」
「だったら、この本を題材にした寸劇しようぜ。メインに出てくる登場人物はお姫様と暗黒騎士と聖銃士だったろ? いいじゃん! いいじゃん! 三人でやろうぜ!」
「え、でも、楓雅君と二人で他のものをやるんでしょ?」
「いやいや、だから、やらないって。ってか、お前がメインじゃないとあいつは絶対にやってくれねぇぞ」
「そうかなぁ?」


 春人がなんだか嬉しそうな表情をしていて、優は思わず笑ってしまった。優は春人が昔何気なく言った言葉をちゃんと覚えていてくれて、少し嬉しかった。二人は優の自宅前で別れ、家路に着いた。
 春人は自宅に帰ると、海外に滞在していた時の荷物を全部引っ張り出し、父親に渡された本を見つける。そして、近くに置いていたランニングウェアに着替え、優の自宅を訪れた。玄関に出てきたのは優の母親だった。いつ見ても優に似て、美人だなと春人は思った。


「あら、春君! 随分大きくなったのね! いらっしゃい」
「優の母ちゃん、お久し振りです。優って部屋にいます?」
「いるんじゃない? 優ちゃん! 春君来てるわよ!」


 優は部屋から出て、返事をしながら、階段を下りてきた。春人が本当に来ている事に驚いて、昔の癖で春人に尋ねた。


「……え! 何? ご飯食べに来たの?」
「なんで俺が来たら、ご飯っていう流れになんだよ。確かにご飯食ってねぇけど……じゃなくて!」
「あら、まだご飯食べてないの? うちで食べていけば良いじゃない。春君のお母さんに電話しとくわぁ」
「だってさ。食べてけば?」
「じゃ、食っていきます! お邪魔します!」


 春人は優の自宅に上がり、夕ご飯をご馳走になった。昔から変わらない母の味に、春人は舌鼓を打った。そして、リビングで海外滞在中の話や春人がいなかった時期の優の様子を母親が話した。


「それでね、この子ったら、『春人君にはシー! シー! だよ。優ね、春人君のお姫様になるの』って毎日言ってて、寝る前に春君の写真にチューしてたのよ」
「うわ……、なんでそれ話すかな」
「可愛い! ホームビデオとか無いんですか!」


 台所で洗い物をしていた優の母親は春人に向かって、グッドサインをして、上品に笑った。次から次へと出てくる優の黒歴史に、優はワーワー言いながら、二人の会話を遮った。そして、思い出したかのように、春人は一冊の本を優に渡した。


「これ、俺の親父から。優が読んでるの、翻訳途中で止まってる本だろ? あれの日本語版。これを優に渡せって言われてたのをすっかり忘れててさ」
「え、いいの? 嬉しいなぁ。これでちゃんと読める。春人、ありがとう」
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