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第7章:僕達は制服を脱ぎ捨てた

#45:爆発

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 芸能活動の話を受けて、数日が経った。三人は休日を利用して、東京にある事務所へ挨拶をしに行き、芸能界についてのオリエンテーションや様々なレッスンを受けた。デビューは卒業してからする事になり、学業優先にしてくれていた。三人は学業を両立しながら、週末は東京でレッスンというハードなスケジュールを過ごしていた。
 クリスマスも年末年始もゆっくりする事が出来ず、優はストレスが溜まり、爆発しそうだった。その鬱憤を自分の家へ遊びにやってきた二人にぶつけていた。


「うわぁーっ! こんなに忙しいとは思わなかった! 休みたーい! どこか行きたーい! 嫌だぁ!」
「お前が選んだ道だろう? 少しは我慢しろよぉ。って言っても、俺も休みたい……」
「デビューして、売れたら、今以上に忙しいですよ……」
「そうかもしれないけど……。高校生活最後の冬休み、……ほぼ全部レッスン漬け。はぁ……」
「確かに。せめて気分転換ぐらいはしたいですね……」


 三人がため息をついていると、優は突然思いついたように、スマホを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。最初は深刻そうに話す優であったが、次第に明るい顔になり、嬉しそうに喋っていた。二人は優の電話が終わるまで、不思議そうに見ていた。


「――ありがとうございます! では、失礼します」
「優、お前、何処に電話かけてたんだよ」
「あのね! 宇佐美社長が卒業旅行だったら、行っていいよって」
「社長に直談判したんですね。思い切った行動に出ますね」
「おーっ! 卒業旅行か! それこそ高校生活最後って感じだな」


 三人は大喜びし、早速、旅行先を何処にするか話し合った。優はテーブルに置いたお菓子を退け、ノートパソコンを準備した。そして、優を挟む形で楓雅と春人がパソコン画面を覗く形で、三人で旅行サイトを検索し、卒業旅行プランを調べた。


「沖縄ってどうかな? 僕、沖縄行った事無いんだよね」
「沖縄良いですね。三月だと比較的過ごしやすい気候だったと思います」
「俺も沖縄行ってみてぇ!」
「……あ、でも、既に予約がいっぱいだ。金額も結構高めだな……。今からバイトって言っても、スケジュール的に厳しいし。やっぱり、無理なのかな?」


 優が肩を落とし、溜め息をついていると、春人が肩を組み、励ました。楓雅はそんな優を見かねて、立ち上がった。


「分かりました。朝比奈の為です。今からお父様に言って、別荘を用意してもらいます」
「はぁ? 金持ちの発想はぶっ飛んでんな」
「楓雅君、大丈夫だよ! 沖縄以外にも行ける場所は沢山あるし、本当にそういうの大丈夫だから!」
「いえ、もう決めました。別荘の一つや二つあっても、何ら問題ないので」
「えぇ……」


 楓雅はスマホを取り出し、父親に電話をした。楓雅は流暢なフランス語で電話をしていた。二人には会話内容がさっぱり分からなかった。父親との電話が終わると、楓雅は溜め息をつくと、二人の顔を見て、ニッコリと笑顔になった。


「とりあえず大丈夫みたいです。今、プライベートビーチ付きの別荘を手配してくれるそうです」
「え! プ、プライベートビーチ?!」
「うわっ、本当にコイツよく分かんねぇ。別に普通の別荘でよくね?」
「いいえ、ダメです。小向井君は朝比奈の水着姿を見たいと思わないんですか!」
「見たい!」
「……そんな見せる様なものじゃないんだけど」


 楓雅と春人はガッチリと握手し、お互いの思いを汲み取る様に深く頷いた。優は少し鼻息が荒い二人を見て、顔が引き攣った。そして、二人は優を見ると、目を一際輝かせた。


「……な、何?」
「善は急げです。今から服買いに行きましょう」
「三月だと海開きしてるらしいし、ついでに水着も買おうぜ」
「ええ、水着も!?」


 二人は優の背中を押し、急かした。春人は一足先に自宅へ戻り、買い物の準備をした。その間に、優は仕方なく準備し、楓雅とともに春人が自宅から出てくるのを待った。そして、一度、楓雅の家へ寄ってから、三人は電車を乗り継いで、近場にある大きなショッピングモールへ向かった。


「凄い……。こんなに大きいんだ。僕、ここ初めて来る」
「お前、ここにも来た事無いのかよ。通りで服装が地味なのか……」
「地味じゃなくて、シンプルなだけです!」
「とりあえず、どんなお店があるか見て回りましょう」


 目を輝かせ、はしゃぐ優に飽きれながらも、二人も買い物を楽しんだ。スーツケースを見たり、服を見たり、プライベートビーチ付きの別荘へ行くというのに、優は書店で観光ガイドを買ったりした。水着はシーズン的に売って無かったため、三人は撥水性のある短めのパンツを買うことにした。
 はしゃぎ疲れたのか、帰りの電車で優は二人の香水の香りに包まれ、電車の心地良い揺れですっかり寝てしまった。


「…………んんっ」
「すっかり寝ちゃいましたね」
「降りる時に起きてくれればいいけど」
「……す……き……」
「ん? 何喋ってんだ?」


 楓雅と春人は優の寝言に耳を澄ませた。二人はてっきりまた食べ物の夢でも見てるのかと思った。


「ふ……雅く……ん、はる……とぉ……、す……き……」


 二人は時が止まったような感覚に陥った。そして、車窓に刺し込む夕日がいつもより熱く感じ、顔が熱くなった。二人は咄嗟に手で口や目を隠し、電車の音に意識を集中させた。


「こんなの、ありかよ……」
「僕も不意を突かれましたね」
「俺、もう我慢出来ねぇ。めっちゃ……チューしてぇ……」
「したい気持ちは分かりますけど、旅行まで我慢ですよ。僕も流石にもう限界ですから」


 そんな事も知らず、優は下車する駅までぐっすり寝ていた。優が目を覚ますと、いつも見る視線より高いのに気付く。優は目を擦り、周りを見ると、いつの間にか最寄り駅のロータリーだった。そして、春人におんぶされていたのに、更に驚く。


「起きましたか?」
「起きたんなら、早く下りろ。重い」
「で! あれ? え! ばばばばばっば!」
「――いてぇな! そんな背中叩くな! 落ちるぞ」


 優は慌てて、春人の背中から下りた。優の慌てっぷりに楓雅はクスリと笑った。いまだに怒る優を見かねて、春人は駅前にあるたい焼き屋でカスタードクリームのたい焼きを買って、優の口の中に突っ込んだ。優は満足したのか、大人しくなった。そして、三人は一緒に家へ帰った。
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