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第5章:僕らは今、暗闇の中で歌い始める

#36:想望

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 比奈子のナレーションが終わると、ライトはゆっくりと暗転し、幕を閉じた。三人が舞台の中央に立つと、会場の照明がつき、再び幕が上がった。三人はやり切った表情を見せ、会場の皆に手を振った。
 会場は拍手喝采で、中には涙を浮かべている人もいた。そして、優は司会進行からマイクを受け取ると、深呼吸をし、喋り始めた。


「今日はありがとうございました! なんとかやり切る事が出来ました! 観に来て下さった方々、応援して下さった方々、ありがとうございました!」


 三人は会場に来ていた人達にもう一度、深々と礼をした。そして、舞台袖に捌けた。優は緊張の糸が溶け、その場に崩れるように倒れた。二人は驚き、優に声を掛けた。


「おい! 優、大丈夫か?」
「朝比奈、大丈夫ですか?」
「とりあえず、優君を保健室まで運びましょう。こっちは私達でなんとかするから」
「比奈子さん、ありがとうございます」


 会場が混乱しないように、春人は優をおんぶすると、楓雅が優にパーカーを羽織らせ、体育館横のドアから出て、急いで保健室へ向かった。保健室へ着くと、優をベッドへ寝かせ、保健医に見て貰った。保健医からは『疲労からくるもの』だと言われ、ベッドで休むように言われた。


「先生、外の救護室に居なきゃいけないから、申し訳ないけど、お願い出来る? 何かあったら、すぐ教えて」
「分かりました。ありがとうございます」
「優……。あれだけ無理すんなって言ったのに」


 保健医は外の救護室へ向かい、保健室は三人だけになった。優はうなされているようで苦しそうな声をしていた。二人は優の手を取り、ベッドサイドで目が覚めるのを待った。


 ◆◇◆◇◆◇


 一方、優が目を覚ますと、そこは劇の舞台となったフレデリック王国の玉座の間だった。優は夢ではないかと思ったが、体に感じる風や鳥のさえずり、瓦礫の冷たさを感じて、夢ではないと悟った。優は廃墟と化した玉座の間を注意深く見渡した。しばらくすると、前に聞いた事のある女性の声が脳内に響いてきた。


「――こっちに来て」
「……誰! ……どこ!」


 優は玉座の間を見渡し、大声で問いかけたが、人の気配は無かった。優が少し怯えていると、劇中に見た淡い水色の粒子が優に近付いてきた。優はその光を触ろうとしたが、何処かを指し示すようにふわふわと飛び始めた。優は半信半疑でその光を追った。優は光に導かれるように、城の一番高い塔の螺旋階段を上がり、アンティーク調の古びた木製扉に、頑丈に重々しい鎖がかけられた部屋の前にやってきた。


「……もしかして、シグニスの部屋?」


 光はその扉の前でふわっと消えた。優は恐る恐るドアノッカーに手をかけた。その時、封印が解けるような音とともに鎖が外れた。優はその部屋に恐る恐る入ると、目隠しをした女性がベッドに座り、こちらを見ていた。


「待ってたわよ」
「……こ、こんにちは?」
「怖がらないで。こっちに座って」


 優は女性に言われた通り、彼女の目の前にあった木製の丸椅子に座った。改めて彼女を注視すると、自分と似たような恰好をしていたのに気付いた。彼女はクスリと笑うと、目隠しを外した。彼女の瞳はとても美しく、吸い込まれるようだった。彼女は立ち上がると、優に挨拶をした。


「お目にかかれて光栄です。私はシグニス。フレデリック王国の第一王女です。それにしても、良かったわ。貴方ともっとお話がしたかったんだけど、魔力がほんの少ししか残ってなかったから、もうダメかと思ってました」
「シグニス……様? えっと……」
「ふふっ、驚きますわよね。当然ですわ。私が呼んだんだから。貴方の名前は優でしょ? それ位は知ってるわ。私の物語をいつも嬉しそうに読んでくれてたもの」
「えっと……。なんで僕はシグニス様に呼ばれたんでしょうか? さっきまで体育館に居たはずなのに……」
「敬称は必要無いわ。ここで話すのも味気ないし、庭園へ行きましょ」


 状況がつかめない優にシグニスは微笑みかけ、優の手を取ると、城の庭園へ案内した。庭園はとても綺麗だと言えない位に草木が伸びきっていた。シグニスは庭園に祈りを捧げると、荒れ果てた庭園は綺麗に草花が咲き誇り、美しい庭園へ姿を変えた。


「これ位、私の魔法ならあっという間よ」
「……凄い。綺麗な庭園ですね」
「そうでしょ? 良い庭師を雇っていたから。でも、私がここに遊びに来たら、庭師がお母様に叱られるからって大慌てだったのよ」
「へー……」
「そんな事は良いわ。あそこの噴水のベンチに行きましょ」


 シグニスは優の手を引っ張り、ピンク色の可愛らしい薔薇のアーチをくぐり、噴水のベンチに腰を掛けた。優が庭園を見渡していると、シグニスは優に体を向け、手を取り、訴えた。


「優、お願い。貴方の力が必要なの」
「僕の……力ですか?」
「貴方が私を演じてくれて、初めて分かったの。私は貴方みたいな人を待ってたの。そして、感じたの……。ルイとチェスターを」
「それはどういう意味ですか? まさか……春人と楓雅君が?」
「そう! あの二人こそ私が愛した二人よ。あの紅蓮のような赤い瞳、そして、氷結のような青い瞳……間違いないわ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! それはあまりにも虫が良すぎる話じゃないですか?」


 優は情報過多で頭がショートしそうだった。優は一つずつ情報を整理した。そして、二人が会場を縦横無尽で闘っている場面を思い返した。今思えば、人間業じゃないアクロバティックな動きであった事、二人の瞳がシグニスの言う通りの瞳だったのを思い出した。


「まさか……。仮にそうだとしても、確証が持てないです。だって、そもそもあの本は作り話で――」
「私には分かるの。絶対に間違えないわ。私を想う強い気持ちが……あの二人から感じられる。だから、確かめて欲しいの。あぁ……、そろそろ時間だわ。優、お願いね。信じてるから」


 そう言うと、シグニスは立ち上がって、薔薇のアーチをくぐっていった。優はシグニスを追いかけようとしたが、どんどん薔薇のアーチが伸びていき、その先にある眩しい光に吸い込まれていった。


「――待って、シグニス!」
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