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第3章:君の綺麗な指は鍵盤の上で踊り始める

#18:感謝

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 猫撫で声で喋りかけてくる女子達に二人は呆れ、冷たい目で睨み、溜め息をつきながら、言い放った。


「あのな、実際に投げ捨てるとこを目撃している訳だし、お前らみたいな幼稚な事しか出来ない奴が一番嫌いなんだよ」
「もう少し頭を使った方がいいんじゃないんですか? 補習でそういう事を教えて貰ったら、どうですか?」


 二人の棘のある言葉に、今まで猫を被っていた女子達は一瞬、血の気が引いたような顔をしていた。そして、女子達は面白くない顔をして、溜め息をついた。


「……あー、シラケる。朝比奈君、分かってるよね? どうなっても知らないから。もう行こう」
「お、おい! 優に謝れよ!」

 女子達は優を睨むと、三人を無視して、足早に音楽室から出ていった。女子達の足音が聞こえなくなったのが分かると、優は緊張の糸が切れたように、その場に座り込んだ。


「……優、大丈夫か? 音楽室から紙が落ちてくるのを部活のマネージャーが見て、おかしいと思って、俺に教えてくれたんだ。ほら、これお前の大事なもんだろ」
「すみません。来るのが遅くなってしまって。……朝比奈、立てますか?」
「ありがとう。なんか二人の顔見たら、安心したというか。……力抜けちゃった、えへへっ」


 優は春人から破られた楽譜を受け取ると、二人に礼を言った。優は破られた楽譜を見て、なんだか悲しくなってきて、破られた楽譜を強く抱き締めながら、涙を零した。


「嫌だなぁ……。どうして涙が出ちゃうんだろう? あはは……」
「優……」
「朝比奈……」


 涙を拭きながら、笑顔で誤魔化そうとする優を見て、春人は居ても立っても居られず、無言で優を抱き締めた。そして、楓雅も心配そうな顔をして、優に寄り添い、優の頭を優しく撫でた。二人の優しさのサンドイッチに、優は抑えていた感情が溢れてしまい、声を出して泣いた。


「皆があんな風に思ってるなんて知らなかった……。別に独占したい訳じゃないし、ただ二人が協力してくれるって言ったから、頑張ってたのに。なんで……なんで、こんな嫌な思いをしないといけないんだろう? 僕はただ好きな事をしたいって思っただけなのに……。やっぱり、僕は何もやらない方が良いのかな?」
「優、ごめんな…………」
「来るのが遅くなって申し訳ない」


 そうじゃないと優は言いたかったが、涙が止まらなく、首を横に振る事しか出来なかった。


「謝らないでよ。二人が謝ったら、僕……胸が苦しくなっちゃうよ」
「自分を責めないで下さい。一緒に好きな事、やっていきましょう」
「俺だってそうだよ。優がやりたい事、俺達にもやらせてくれ」
「春人に、楓雅君……。本当にありがとう」


 優は泣き止むと、二人の力で立ち上がり、破られた楽譜を机に置いた。春人と楓雅は破れた楽譜をパズルのように合わせていったが、元の楽譜を知らない為、頭を抱えた。


「大丈夫だよ。この楽譜なら覚えてるし、楽譜ならすぐ書けると思う。でも、メモとかしてるのが……」
「元が分かれば、貼り合わせて何とかなりそうですけど……」
「俺、テープ取ってくるよ。そんくらいしか出来ねぇけど」
「二人ともありがとう」


 優は楽譜の書き直し、楓雅は楽譜の修復、春人はテープを取りに行くついでに、全員分の飲み物を買って戻ってきた。綺麗なものとは言えないが、なんとか貼り合わせる事が出来た。そうこうしていると、グラウンドから部活のマネージャーらしき人が大声で春人の事を呼んでいた。


「やベ、ちょっとだけ抜けるつもりが、だいぶ時間過ぎてた。練習戻らねぇと」
「春人、ありがとうね。あっ、マネージャーにお礼を言って欲しい」


 春人は優に満面の笑みを見せ、グッドサインをし、音楽室を後にした。優はテープで補強された楽譜を手に取り、そっと抱き締め、二人の事を思った。優はテープで補強された楽譜の歌詞を転記して、補強された楽譜をファイルの中にしまい、鞄へ入れた。そして、優と楓雅は春人の助っ人が終わるまで、楽譜の最終チェックを行なった。


「前よりも良いと思います。堂々とした雰囲気が音に出てました」
「楓雅君の的確なアドバイスは本当に助かるよ。強弱をどういう風につけるかを少し悩んでたけど、今回は自分でも前より良いなって思った」
「これなら通しが出来そうですね」
「通しやってみて、おかしい所が無いかチェックしないとね。でも、曲だけの練習もしないとね」


 ◆◇◆◇◆◇


 春人は部活を終え、制服に着替え、音楽室へやってきた。疲れている筈なのに、春人はニコニコしながら、鞄から台本を出した。


「で、今日はどこからやるんだ?」
「さっき楽譜の最終チェックが終わって、通しで練習しようか、歌の練習をしようか? どうしようかなって」
「お、通しの前に歌う練習はしておきたいかな。曲のイメージも知っておかないと、台詞に感情入れれねぇし」
「小向井君は時には良い事を言うんですね」
「うるせぇ!」


 優は譜面台に楽譜を置くと、二人に自分の後ろへ来るように伝えた。左に春人、右に楓雅が楽譜を覗き込むように立った。思っていたより二人の距離が近くて、春人からはホワイトムスクの香りが、楓雅からはグリーンノートの香りがほのかに漂ってきた。
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