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第四章:Side Noa <互いの気持ちが徐々に>

4-9:男の園(第二騎士団宿舎)と肝っ玉母さんカレン

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 エミュはいつも通りの時間に起きた。しかし、うなされたのか、目覚めは最悪だった。エミュは身なりを整えて、希空の部屋へ行った。ノックをし、部屋へ入ると、焼き立てのスコーンの香りが漂ってきた。希空は台所からひょっこりと出てくると、太陽のような笑顔で出迎えてくれた。希空の笑顔はいつ見ても心が温かくなり、自然と自分も笑顔になってしまう。


「希空様、おはようございます。今日は随分早いのですね」
「うん。楽しみにしている子供達の事を考えてたら、うずうずしちゃって。早起きして、スコーンを焼いてた」
「そ、それにしても、沢山焼かれたんですね」
「ごめん。つい調子に乗って、焼き過ぎちゃった。でも、今焼き上がったので最後だから、安心して」


 希空は石窯から天板を取り出し、スコーンを竹籠に移した。竹籠から落ちそうな位にスコーンがこんもりと積まれていた。持ち運びには難があると思ったエミュは棚から茶色の紙袋を数枚出し、希空に渡した。希空はエミュから紙袋を受け取ると、アールグレイのスコーン、クランベリー入りのスコーン、そして、何も入っていないスコーンと種類毎に詰めていった。


「まだ出発するには早いですし、朝食もまだですし、折角なので、騎士団宿舎の厨房へ行かれますか? 朝食を摂った後でも構いませんが……」
「ううん、行ったり来たりするの大変だし、厨房へ行って、そこでご飯を食べるよ。食べ終わったら、孤児院にスコーンを届けてくるよ」
「では、そうしましょうか」


 希空は三つの紙袋を両手で抱えた。エミュはクローゼットからフード付きケープとキャンバス生地で作られた大きめのサコッシュバッグを取り出した。エミュが紙袋を代わりに持とうとしたが、希空はまだ焼き立ても入っているし、紙袋を開けておかないと、湿気るからと言い、遠慮した。


 二人はスコーンの美味しそうな香りを漂わせながら、部屋を後にし、騎士団宿舎へ向かった。二階建てのレンガ造りの宿舎で、中に入ると、掃除がきちんと行き届いていないのか、風通しが悪いのか、若干の湿っぽさと埃臭さ、そして、男のニオイが混ざった表現しがたい空気が漂っていた。希空は顔を引き攣らせて、先へ行こうとするエミュの服を引っ張って、制止させた。


「希空様、どうされましたか?」
「あ、あのさ……。エミュはこんなとこに毎日食事を取りに来てるの?」
「はい、そうですよ。いつもは厨房の裏口から入りますけど、朝は仕込みもあって、忙しいので、正面玄関から入ってます」
「それにしても、見る限り、えーと、何と言うか……。掃除ってしてるんだよね? 単に風通しが悪いだけ?」
「あーっ、……掃除はしているとは思いますよ。しているとは」
(あっ、二回言った。って事はしていないって事だな。ま、聞かなくても見れば分かるけど)


 希空は疑いの目でエミュを見ると、エミュは目を泳がせながら、苦笑いした。そして、今の話は無かった事にするように、希空を食堂へ案内した。食堂へ続く廊下を歩いていると、眠そうな兵士達とすれ違う。すれ違いざまに、希空が会釈すると、団員達は皆、驚いた様子だった。


 エミュ曰く、騎士団は第一と第二があり、教会側にあるのが第二騎士団の宿舎で、主に神官の護衛や教会の門番が主な仕事だ。第一騎士団よりかは規則的にも緩く、朝食も訓練の集合時間までに食べれば良い事になっており、皆バラバラで食べるそうだ。それを聞いて、掃除が行き届いていない感じだったり、軍服ではなく、Tシャツ姿だったりと、希空はなんとなく察した。


「希空様、こちらが食堂です。そして、その奥が厨房です」
(なんだか学生食堂みたいだな……。ちょっと狭く感じるけど)


 古びた木製の長机と椅子が規則正しく並んでいた。流石に食券機はないが、入り口にはトレイが置かれ、それを持ち、右から左へ流れるように、カウンターに置かれた食事を取るシステムみたいだ。エミュが希空に設備の説明をしていると、朝食を摂っていた団員達が手を止め、こちらを見ていた。希空が会釈すると、団員達は少し照れながら、頭を下げた。
 エミュがカウンター越しに厨房を見渡し、背中を向けて、仕込み作業をしている恰幅の良い女性に声を掛けた。


「カレン! おはようございます。お忙しいところ恐縮ですが、今よろしいですか?」
「あぁ、エミュ様。おはようございます。お隣にいらっしゃるのが聖女様かしら? あら、エミュ様に負けず劣らずの美人じゃない」
「希空と申します。よろしくお願いします。僕の事は敬称無しで『希空』って呼んでください」
「いいのかい? 聖女様って呼ばなくて?」


 カレンは何度も聞き返してきたが、希空は大丈夫と答えた。カレンは昔、修道女をしていたそうだが、第二騎士団の宿舎が建てられてからは、ずっとこの宿舎で料理人として働いているという。カレンには申し訳ないが、修道女の風貌は感じず、食堂の肝っ玉母さんみたいな雰囲気だ。


 エミュに荷物を預け、希空はカレンの後ろをついて、厨房の物品の場所やパントリーの中を案内してもらった。業務用冷蔵庫みたいなものもあり、それを開けると、白い冷気が出てきた。中には、肉類や魚類もあり、鮮度を保つために、氷雪石ひょうせつせきで温度を保っているそうだ。


「希空は料理が好きなのかい? ここの連中は大食いばっかりだから、作るってなると大仕事だよ」
「はい、皆さん、鍛えてらっしゃいますし、なんとなく想像出来ます。一日中、教会にいるのも段々飽きてきたので、何か出来ないかなと思って」
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