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第四章:Side Noa <互いの気持ちが徐々に>
4-7:聖女の力発動?
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希空は早々に食事を済ませると、スコーン作りの続きをした。台所から希空の鼻歌が聞こえてくる。エミュは希空がドレッドの儀式について覚えていない事に安心する反面、実際にこの目で見ている自分が許せなかった。あんなに楽しそうにお菓子作りをしている希空の表情や鼻歌が心にぐさりと刺さってくる。
(いつかはバレてしまうかもしれない。その時は自ら命を絶とう。……それまでは希空様の世話係を全うしよう)
エミュはそう考えていると、ティーカップが乗ったソーサーを持つ手が小刻みに震え、カチャカチャと小さく音が鳴る。「落ち着け」と震える手に言い聞かせながら、希空がいる台所へ持って行く。希空の鼻歌に近付くほど、エミュは手の震えが止まらなくなった。そして、希空がエミュを呼ぶため、台所からひょっこりと顔を出した時、エミュは驚き、手元が狂い、持っていたティーカップとソーサーを床に落としてしまった。
「大丈夫? 僕が急に出てきたからだよね、ごめんね」
いつものエミュならこういう事に動じず、割れた破片を拾い集めるはずだが、今は顔色が悪く、立ちすくんでいた。希空はしゃがんで、割れた破片を拾い始めた。
「エミュ? 大丈夫? 顔色悪いよ。……エミュ?」
「……あっ、すみません! 今、私が拾いますので。――ッ!」
希空が心配そうに下から顔色を窺う。エミュはハッとして、急いで破片を拾おうとしたら、鋭利な破片で指先を切ってしまい、切り傷から血が滲んできた。希空は慌てて、エミュの怪我した方の手を取った。
「血が出てる! 絆創膏なんて無いよね? どうしよう……。お願い、治りますように!」
「希空様、ありがとうございます。私は大丈夫で――」
慌てる希空を宥めるように、エミュは声を掛け、手を外そうとした。その時、蛍の光のように、白色の粒子の集まりがポッと傷口を照らし、少しずつ傷口が塞がっていった。光が消えると、傷口は分からなくなる位に治っていた。二人は唖然とし、顔を見合わせた。
「…………今の、なに?」
「ち、治癒魔法ですね……。詠唱もせずに、こんな事が……。信じられない」
エミュは自分の指をじっと見つめ、傷があった場所を擦ったり、押したりした。確かに痛みも傷口も無くなっていた。希空も自分の手を見つめたが、特に変わった所は無かった。そんな事をしていたら、石窯から焦げた臭いがしてきた。
「――ヤバい! 窯に入れっぱなしだ! 絶対焦げてるよぉ!」
希空はダッシュで石窯を開けた。開けた瞬間、ボワッと焦げた臭いと白煙が襲ってきた。希空は咳き込みながら、天板を取り出した。幸いにも表面だけが焦げたようだ。そして、小窓を全開にして、台所に充満した煙を手で振り払った。エミュは急いで破片を全て拾い終わると、風の魔法で台所の換気をしてくれた。手慣れた手つきで煙を操るのを見て、希空は煙が綿菓子のように見えた。
「これで大丈夫でしょう。火事だと思われたら、大変ですからね」
「エミュの風の魔法すごいね! 風の魔法ってブワーッて勢いよく吹き飛ばすイメージだったから」
「私は元々、風属性の魔法が得意なんです。それより、その焦げたものはどうされるのですか?」
「焦げている部分だけ削いで、自分用にする。こんなの流石にあげられないよ」
「でしたら、フィディスに与えればいいですよ。何でも食べますから」
エミュは気を付けていたつもりが、つい口を滑らし、フィディスの名を出してしまった。希空は急に笑顔が消え、思いつめた顔になった。エミュはなんとか取り繕うとした。
「いや、あの……。あっ! 騎士団の方々なら希空様の手作りでしたら、喜んで食べてくれると思いますよ!」
「騎士団の人達か……。食べてくれるかな?」
「はい! 騎士団の宿舎にある厨房はここよりも数倍広いですし、食材も沢山あると思いますよ。因みに、私達の食事もそこで作られているんですよ」
「……あんな薄味で噛み切れないハードパン。しかも、レパートリーは少ないし、騎士団の人達は食事に不満はないのかな?」
「それは……、中には残す者もいると聞きます」
「えっ! それ勿体無くない? 満足に食事がとれない人だっているのに……」
希空はスコーンの焦げた部分をナイフで削ぎながら、この際だからと思い、食事の不満をつらつらと言った。エミュは苦笑いしながら、希空の不満話を聞いた。
「ごめん。折角作って貰ってるのに、こんな事言って」
「いいえ、大丈夫ですよ。今度、料理人に相談してみます」
希空は嬉しそうにしていた。エミュは片付けが終わると、部屋を後にした。そして、急ぎ足でドレッドの部屋へ向かった。
「先程の治癒魔法……。そして、何よりもあの光……。間違えなく聖女の力。ドレッド様に報告せねば」
自分の目ではっきりと見たあの白い光に、温かさ。エミュは自分の指を見て触って、事実であることを再び確認した。これで希空に聖女の力があると証明されれば、あのような残酷な実験を止めてくれるだろうと、エミュは強く願い、ドレッドの部屋のドアをノックした。
(いつかはバレてしまうかもしれない。その時は自ら命を絶とう。……それまでは希空様の世話係を全うしよう)
エミュはそう考えていると、ティーカップが乗ったソーサーを持つ手が小刻みに震え、カチャカチャと小さく音が鳴る。「落ち着け」と震える手に言い聞かせながら、希空がいる台所へ持って行く。希空の鼻歌に近付くほど、エミュは手の震えが止まらなくなった。そして、希空がエミュを呼ぶため、台所からひょっこりと顔を出した時、エミュは驚き、手元が狂い、持っていたティーカップとソーサーを床に落としてしまった。
「大丈夫? 僕が急に出てきたからだよね、ごめんね」
いつものエミュならこういう事に動じず、割れた破片を拾い集めるはずだが、今は顔色が悪く、立ちすくんでいた。希空はしゃがんで、割れた破片を拾い始めた。
「エミュ? 大丈夫? 顔色悪いよ。……エミュ?」
「……あっ、すみません! 今、私が拾いますので。――ッ!」
希空が心配そうに下から顔色を窺う。エミュはハッとして、急いで破片を拾おうとしたら、鋭利な破片で指先を切ってしまい、切り傷から血が滲んできた。希空は慌てて、エミュの怪我した方の手を取った。
「血が出てる! 絆創膏なんて無いよね? どうしよう……。お願い、治りますように!」
「希空様、ありがとうございます。私は大丈夫で――」
慌てる希空を宥めるように、エミュは声を掛け、手を外そうとした。その時、蛍の光のように、白色の粒子の集まりがポッと傷口を照らし、少しずつ傷口が塞がっていった。光が消えると、傷口は分からなくなる位に治っていた。二人は唖然とし、顔を見合わせた。
「…………今の、なに?」
「ち、治癒魔法ですね……。詠唱もせずに、こんな事が……。信じられない」
エミュは自分の指をじっと見つめ、傷があった場所を擦ったり、押したりした。確かに痛みも傷口も無くなっていた。希空も自分の手を見つめたが、特に変わった所は無かった。そんな事をしていたら、石窯から焦げた臭いがしてきた。
「――ヤバい! 窯に入れっぱなしだ! 絶対焦げてるよぉ!」
希空はダッシュで石窯を開けた。開けた瞬間、ボワッと焦げた臭いと白煙が襲ってきた。希空は咳き込みながら、天板を取り出した。幸いにも表面だけが焦げたようだ。そして、小窓を全開にして、台所に充満した煙を手で振り払った。エミュは急いで破片を全て拾い終わると、風の魔法で台所の換気をしてくれた。手慣れた手つきで煙を操るのを見て、希空は煙が綿菓子のように見えた。
「これで大丈夫でしょう。火事だと思われたら、大変ですからね」
「エミュの風の魔法すごいね! 風の魔法ってブワーッて勢いよく吹き飛ばすイメージだったから」
「私は元々、風属性の魔法が得意なんです。それより、その焦げたものはどうされるのですか?」
「焦げている部分だけ削いで、自分用にする。こんなの流石にあげられないよ」
「でしたら、フィディスに与えればいいですよ。何でも食べますから」
エミュは気を付けていたつもりが、つい口を滑らし、フィディスの名を出してしまった。希空は急に笑顔が消え、思いつめた顔になった。エミュはなんとか取り繕うとした。
「いや、あの……。あっ! 騎士団の方々なら希空様の手作りでしたら、喜んで食べてくれると思いますよ!」
「騎士団の人達か……。食べてくれるかな?」
「はい! 騎士団の宿舎にある厨房はここよりも数倍広いですし、食材も沢山あると思いますよ。因みに、私達の食事もそこで作られているんですよ」
「……あんな薄味で噛み切れないハードパン。しかも、レパートリーは少ないし、騎士団の人達は食事に不満はないのかな?」
「それは……、中には残す者もいると聞きます」
「えっ! それ勿体無くない? 満足に食事がとれない人だっているのに……」
希空はスコーンの焦げた部分をナイフで削ぎながら、この際だからと思い、食事の不満をつらつらと言った。エミュは苦笑いしながら、希空の不満話を聞いた。
「ごめん。折角作って貰ってるのに、こんな事言って」
「いいえ、大丈夫ですよ。今度、料理人に相談してみます」
希空は嬉しそうにしていた。エミュは片付けが終わると、部屋を後にした。そして、急ぎ足でドレッドの部屋へ向かった。
「先程の治癒魔法……。そして、何よりもあの光……。間違えなく聖女の力。ドレッド様に報告せねば」
自分の目ではっきりと見たあの白い光に、温かさ。エミュは自分の指を見て触って、事実であることを再び確認した。これで希空に聖女の力があると証明されれば、あのような残酷な実験を止めてくれるだろうと、エミュは強く願い、ドレッドの部屋のドアをノックした。
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