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第二章:Side Noa <名ばかりの召喚聖女>
2-6:時間、未熟、大人の都合
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神聖セルベン王国に来てから一週間が過ぎようとしていた。学校の事も考えなくてもいいし、自分のやりたい事をやれるし、咎める人もいない。なんにしろ、誰かに怯えて、自分の存在をかき消すような事をしなくてもいい。歴史や魔法の勉学という縛りはあったが、希空にとっては、何もかも新鮮で興味をそそるものばかりだった。
「失礼します。希空様、お茶の時間にしましょうか」
「うん、ありがとう。ちょっと今良いとこだから、ちょっと待って」
「いえ、そのままでよろしいですよ。私がお茶を淹れますので」
何かあれば、エミュがやってくれるし、本を読んで、一緒におしゃべりして、夜はふかふかの大きなベッドでゆっくり休める。希空はあの魔法陣をやって、本当に良かったと思った。そう思いながら、本を読み終えると、エミュが絶妙なタイミングでお茶を出してくれた。
「よし、読み終わった!」
「希空様は本当に勤勉でいらっしゃいますね。私も希空様に負けず、もっと学びを深めなければ……」
「エミュは博識だし、僕のくだらない話にだって付き合ってくれるし、今更何を学ぶの?」
「そうですか? そう言って頂けると嬉しいですね」
二人は自然と笑みが零れる。最初はお互いに緊張していたが、今ではちょっとした冗談も言える程になった。実はエミュも希空と一緒にお茶を飲み交わしながら歓談するのが好きだった。しかし、今日は希空に伝えなければならない事があり、話を切り出すタイミングを窺った。
「エミュ? 今日はなんだか元気が無さそうだけど……」
「……いえ、そんな事はありません。それよりも今日は希空様にお伝えしなければならない事がありまして」
「ん? 何? もっと勉強しろ! とかかな?」
「いえ、そうではなく……。魔力の事についてでして」
◆◇◆◇◆◇
数時間前、エミュはドレッドの部屋へ呼ばれた。いつもより眉間に皺を寄せ、ただならぬ雰囲気を放つドレッドを見て、エミュはいつも以上に緊張し、固唾を呑んだ。
「先程、国王陛下と話し合ってきた。勿論、聖女の事だ。勉学に励んでいるようだが、これと言った兆候がないみたいだが……。どうなっている?」
「はい……。仰る通り、強い魔力は感じません。家事魔法はすぐに習得されましたが、それ以上は……」
「だろうな。聖女たる者、即戦力が無いと話にならない。このままだと本当に『名ばかりの聖女』になりかねん。その時は次の聖女を召喚する準備をしなければならない」
「そんな! それでは、希空様が余りにも可哀想です!」
「それは分かっている。召喚の儀式はそれなりに時間も労力も必要だ。もうアレをするしかない……」
「ドレッド様、アレとは……?」
ドレッドは机に置いてあった革装丁の古い本を開くと、エミュに見せるように置いた。エミュは恐る恐るドレッドの机の前へ行き、本を覗いた。そこには、『魔力増幅技法についての過程とその考察』と書かれており、その物騒な内容に驚愕したエミュは本の背表紙を確認した。それは時間が経過した血のような暗い朱色の背表紙で、エミュはそれが禁書である事に気付き、目を見開き、ドレッドの顔を見た。
「ドレッド様、これは禁書ではありませんか! それに、この技法は未完成であり、道徳に反しています!」
「お前は国王陛下に聖女の召喚に失敗しましたと直接言えるか? 失態を晒すんだぞ」
「失態だなんて……。たまたま聖女の力がまだ開花していない可能性もありますし――」
「今晩行なう。消灯時間を過ぎたら、皆に悟られないように、聖女を地下聖堂へ連れて来い」
「しかし、あまりにも――!」
「お前は聖女の世話係だ。分かってるな」
エミュは受け入れる事が出来ず、反論しようとした。しかし、今まで見た事が無い、鋭く睨むような目をするドレッドに恐怖を感じ、背筋が凍りそうだった。無言の圧力に負け、エミュはドレッドに深々と頭を下げると、部屋を退室した。そして、エミュは額から垂れる冷や汗を拭いながら、希空の部屋へ小走りで向かった。
エミュは希空の部屋のドアノブに手をかけようかと思ったが、手を引っ込めた。そして、胸を擦りながら、何度かゆっくり深呼吸した。
◆◇◆◇◆◇
エミュは先程の事を思い返し、どういう風に話そうか迷った。希空の尊厳を傷つけずに伝える事の難しさに、自然と眉間に皺が寄った。いつもと違う表情をするエミュを見て、希空は遠慮せずに話すように伝えた。
「希空様は日々勉強をなされて、今や家事魔法も問題無く使えています。しかし、魔力が、あの、……その――」
「聖女としての素質が無いって事でしょ?」
「いえ! そういう訳では……」
返答に困るエミュに対して、希空はニッコリと微笑み返した。そして、ソファから立ち上がると、窓辺へ行き、外を眺めた。
「エミュは嘘つけない人だよね。表情とかを見れば、すぐ分かるよ」
「も、申し訳ありません……」
「大丈夫。自分も薄々気付いてた事だから。ここに来てから、国王陛下との謁見の話も無いし、ドレッド様も僕を見る目が怖くなってきてるし。フィディスが言ってた通り、結局は『名ばかりの聖女』なんだよ」
遠くを見つめる希空の表情はどこか寂しげで、エミュは申し訳ない気持ちになった。
「失礼します。希空様、お茶の時間にしましょうか」
「うん、ありがとう。ちょっと今良いとこだから、ちょっと待って」
「いえ、そのままでよろしいですよ。私がお茶を淹れますので」
何かあれば、エミュがやってくれるし、本を読んで、一緒におしゃべりして、夜はふかふかの大きなベッドでゆっくり休める。希空はあの魔法陣をやって、本当に良かったと思った。そう思いながら、本を読み終えると、エミュが絶妙なタイミングでお茶を出してくれた。
「よし、読み終わった!」
「希空様は本当に勤勉でいらっしゃいますね。私も希空様に負けず、もっと学びを深めなければ……」
「エミュは博識だし、僕のくだらない話にだって付き合ってくれるし、今更何を学ぶの?」
「そうですか? そう言って頂けると嬉しいですね」
二人は自然と笑みが零れる。最初はお互いに緊張していたが、今ではちょっとした冗談も言える程になった。実はエミュも希空と一緒にお茶を飲み交わしながら歓談するのが好きだった。しかし、今日は希空に伝えなければならない事があり、話を切り出すタイミングを窺った。
「エミュ? 今日はなんだか元気が無さそうだけど……」
「……いえ、そんな事はありません。それよりも今日は希空様にお伝えしなければならない事がありまして」
「ん? 何? もっと勉強しろ! とかかな?」
「いえ、そうではなく……。魔力の事についてでして」
◆◇◆◇◆◇
数時間前、エミュはドレッドの部屋へ呼ばれた。いつもより眉間に皺を寄せ、ただならぬ雰囲気を放つドレッドを見て、エミュはいつも以上に緊張し、固唾を呑んだ。
「先程、国王陛下と話し合ってきた。勿論、聖女の事だ。勉学に励んでいるようだが、これと言った兆候がないみたいだが……。どうなっている?」
「はい……。仰る通り、強い魔力は感じません。家事魔法はすぐに習得されましたが、それ以上は……」
「だろうな。聖女たる者、即戦力が無いと話にならない。このままだと本当に『名ばかりの聖女』になりかねん。その時は次の聖女を召喚する準備をしなければならない」
「そんな! それでは、希空様が余りにも可哀想です!」
「それは分かっている。召喚の儀式はそれなりに時間も労力も必要だ。もうアレをするしかない……」
「ドレッド様、アレとは……?」
ドレッドは机に置いてあった革装丁の古い本を開くと、エミュに見せるように置いた。エミュは恐る恐るドレッドの机の前へ行き、本を覗いた。そこには、『魔力増幅技法についての過程とその考察』と書かれており、その物騒な内容に驚愕したエミュは本の背表紙を確認した。それは時間が経過した血のような暗い朱色の背表紙で、エミュはそれが禁書である事に気付き、目を見開き、ドレッドの顔を見た。
「ドレッド様、これは禁書ではありませんか! それに、この技法は未完成であり、道徳に反しています!」
「お前は国王陛下に聖女の召喚に失敗しましたと直接言えるか? 失態を晒すんだぞ」
「失態だなんて……。たまたま聖女の力がまだ開花していない可能性もありますし――」
「今晩行なう。消灯時間を過ぎたら、皆に悟られないように、聖女を地下聖堂へ連れて来い」
「しかし、あまりにも――!」
「お前は聖女の世話係だ。分かってるな」
エミュは受け入れる事が出来ず、反論しようとした。しかし、今まで見た事が無い、鋭く睨むような目をするドレッドに恐怖を感じ、背筋が凍りそうだった。無言の圧力に負け、エミュはドレッドに深々と頭を下げると、部屋を退室した。そして、エミュは額から垂れる冷や汗を拭いながら、希空の部屋へ小走りで向かった。
エミュは希空の部屋のドアノブに手をかけようかと思ったが、手を引っ込めた。そして、胸を擦りながら、何度かゆっくり深呼吸した。
◆◇◆◇◆◇
エミュは先程の事を思い返し、どういう風に話そうか迷った。希空の尊厳を傷つけずに伝える事の難しさに、自然と眉間に皺が寄った。いつもと違う表情をするエミュを見て、希空は遠慮せずに話すように伝えた。
「希空様は日々勉強をなされて、今や家事魔法も問題無く使えています。しかし、魔力が、あの、……その――」
「聖女としての素質が無いって事でしょ?」
「いえ! そういう訳では……」
返答に困るエミュに対して、希空はニッコリと微笑み返した。そして、ソファから立ち上がると、窓辺へ行き、外を眺めた。
「エミュは嘘つけない人だよね。表情とかを見れば、すぐ分かるよ」
「も、申し訳ありません……」
「大丈夫。自分も薄々気付いてた事だから。ここに来てから、国王陛下との謁見の話も無いし、ドレッド様も僕を見る目が怖くなってきてるし。フィディスが言ってた通り、結局は『名ばかりの聖女』なんだよ」
遠くを見つめる希空の表情はどこか寂しげで、エミュは申し訳ない気持ちになった。
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