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第一章:苦痛な日々からの脱却
1-7:己との闘い、理性を保て
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しばらく歩き、コンビニで飲み物やお菓子などを買い、マンションのオートロックを開け、雫の部屋前まで来た。雫の後ろでは、希空が目を輝かせながら、ワクワクしていた。雫は玄関のドアを開けた。昨日、掃除していて良かったとホッと胸を撫で下ろした。テーブルに買って来たものを出していると、突然、希空は雫の背中に抱きついてきた。
「……どうしたの?」
「ずるいです。雫は背が高くて、大人っぽくて、優しくて、良い香水つけてて、ずるい」
雫はもどかしい感情になった。今すぐこの可愛い子犬を抱き締めて、ベッドへ連れて行って、どんな風に啼くのか、どんな淫らな顔を見せてくれるのか……。雫はグッとその気持ちを抑え、希空を引き離し、テーブルに座らせた。ちょっと頬を膨らませ、残念そうな希空の顔も可愛かった。
雫ははぐらかしながら、テーブルに座り、お菓子の袋を開け、飲み物を希空に差し出した。
「雫さんって意外と慎重派なんですか? ああいう風にしたら、大体の男の人はすぐに触ってくるんですけどね」
「希空って意外と大胆なんだな。って、大体の男の人は?」
「……実は色んな男の人と寝ました。雫さんよりも年上のおじさんとも、学校の先生とも」
「えっ! 学校の先生とも! そんな風に見えない……」
「なんで男の人と寝るか分かりますか?」
雫もそれなりに遊びの延長で抱いたり、抱かれたりした事はあるが、そう言うのは考えた事無かった。ましてや、希空は自分より年下だし、家庭の事情もある事を考えると、雫は金銭的なものだと思った。
「金銭的なもので……?」
「お金なんて、正直どうでもいいんです。優しい人は終わったら、お札が何枚も入った封筒を渡してきました。でも、すべて断りました。僕はお金よりも自分の事を大切にしてくれて、快楽で全てを忘れられる時間が欲しいんです。……愛情が欲しいんです、それが偽りであっても。その場限りだけど、それが良いんです。お互いに割り切ってる訳だし、お互いの目的は達成される。こんな考えはダメですかね?」
希空は淡々と自分の考えを述べた。確かに、そういう割り切った関係はゲイ界隈ではよくある話だ。現に、自分もお互いのはけ口として、快楽を求め、体を交わらせていたし……。でも、そこに、その都度その都度の一時的な愛を求めるのは何か違うんじゃないかと思った。
「俺が言える立場じゃないけど、それって実際は愛じゃないよね? 希空は可愛いし、一緒にいて楽しいって思えるし、ちゃんとすれば……」
「でも、雫さんの方が知ってるじゃないですか? こっちの人は大体ヤリたい人ばかりって。付き合っても長続きする人は少ないって聞いた事あります」
「まぁ、確かにそうだけどさ」
「たぶん自分の場合は母の放任や学校でのイジメが原因だと思います。そのせいで、僕の心はぽっかりと大きな穴が開いちゃいました。その穴を埋めるために、誰かから優しくされたり、愛を感じたいんだと思います。一時的に満たされれば、それで良いんです。痛みを和らいでくれる鎮痛剤みたいな一時的なもので良いんです」
雫はワンチャンこの子を抱けると思っていた自分が馬鹿馬鹿しくなった。笑顔が可愛い希空に何か救いの手が無いのか模索した。でも、これだけしっかりと自分の意見がある子にありふれた言葉で返すのもおかしな話だ。雫はいつの間にか腕組みをし、首を傾げながら、考えていた。その様子を見て、希空は堪え切れず、吹き出して笑った。
「雫さんって本当に優しいんですね。こんな話しても、大体の人は面倒臭がったり、適当に流すのに」
「ごめん、良い返しが思いつかなくて……」
「なんか安心しました。雫さんに出会えて良かったです。……本当に」
希空は笑って誤魔化そうとしていたが、表情が悲しげだった。雫は居ても立っても居られず、無言で希空を強く抱き締めた。
「……雫さん、ズルいですよ。こんな時に抱き締めるなんて」
「…………」
「ねぇ? 聞いてます?」
「ごめん! 俺、ワンチャン希空とやれるって考えてた。本当にごめん!」
雫は自分自身に腹が立ち、歯を食いしばった。その力が抱き締める腕にも伝わるように、力が入った。希空は笑いながら、痛いから離すように雫に言った。雫は慌てて、抱き締めるのをやめた。
「……ごめん。痛かったよね」
「骨が折れるかと思いました」
「本当にごめん」
「男だから、仕方ないですよ。この人と体の関係を持ちたいって思うのは。ま、三大欲求ですしね」
雫が謝ると、希空は声を出して笑った。雫も希空の笑っている表情を見て、自然と笑みが零れた。ふと時計を見ると、十八時になろうとしていた。
「もうこんな時間なのか……。希空、今日は泊まっていくか?」
「泊まっていいんですか? そんな事言ったら、雫さんの事誘うかもしれませんよ?」
「ば、馬鹿な事言うなよ! そりゃ誘われたら、嬉しいけど、希空とはそう言う事をしないってさっき決めた。俺は友達として、希空を支えたいって思ったし、応援したいと思う」
「……そうですか。……そうですよね、ありがとうございます」
少し寂しそうにする希空を見て、雫は希空の頭をわしゃわしゃと撫でた。そして、一緒に近くのコンビニへ晩御飯を買いに行った。コンビニの行き帰り、希空は雫と他愛も無い話をし、雫の隣を歩く何気ない瞬間を噛み締めながら、雫に気付かれないように、顔をほころばせた。
「……どうしたの?」
「ずるいです。雫は背が高くて、大人っぽくて、優しくて、良い香水つけてて、ずるい」
雫はもどかしい感情になった。今すぐこの可愛い子犬を抱き締めて、ベッドへ連れて行って、どんな風に啼くのか、どんな淫らな顔を見せてくれるのか……。雫はグッとその気持ちを抑え、希空を引き離し、テーブルに座らせた。ちょっと頬を膨らませ、残念そうな希空の顔も可愛かった。
雫ははぐらかしながら、テーブルに座り、お菓子の袋を開け、飲み物を希空に差し出した。
「雫さんって意外と慎重派なんですか? ああいう風にしたら、大体の男の人はすぐに触ってくるんですけどね」
「希空って意外と大胆なんだな。って、大体の男の人は?」
「……実は色んな男の人と寝ました。雫さんよりも年上のおじさんとも、学校の先生とも」
「えっ! 学校の先生とも! そんな風に見えない……」
「なんで男の人と寝るか分かりますか?」
雫もそれなりに遊びの延長で抱いたり、抱かれたりした事はあるが、そう言うのは考えた事無かった。ましてや、希空は自分より年下だし、家庭の事情もある事を考えると、雫は金銭的なものだと思った。
「金銭的なもので……?」
「お金なんて、正直どうでもいいんです。優しい人は終わったら、お札が何枚も入った封筒を渡してきました。でも、すべて断りました。僕はお金よりも自分の事を大切にしてくれて、快楽で全てを忘れられる時間が欲しいんです。……愛情が欲しいんです、それが偽りであっても。その場限りだけど、それが良いんです。お互いに割り切ってる訳だし、お互いの目的は達成される。こんな考えはダメですかね?」
希空は淡々と自分の考えを述べた。確かに、そういう割り切った関係はゲイ界隈ではよくある話だ。現に、自分もお互いのはけ口として、快楽を求め、体を交わらせていたし……。でも、そこに、その都度その都度の一時的な愛を求めるのは何か違うんじゃないかと思った。
「俺が言える立場じゃないけど、それって実際は愛じゃないよね? 希空は可愛いし、一緒にいて楽しいって思えるし、ちゃんとすれば……」
「でも、雫さんの方が知ってるじゃないですか? こっちの人は大体ヤリたい人ばかりって。付き合っても長続きする人は少ないって聞いた事あります」
「まぁ、確かにそうだけどさ」
「たぶん自分の場合は母の放任や学校でのイジメが原因だと思います。そのせいで、僕の心はぽっかりと大きな穴が開いちゃいました。その穴を埋めるために、誰かから優しくされたり、愛を感じたいんだと思います。一時的に満たされれば、それで良いんです。痛みを和らいでくれる鎮痛剤みたいな一時的なもので良いんです」
雫はワンチャンこの子を抱けると思っていた自分が馬鹿馬鹿しくなった。笑顔が可愛い希空に何か救いの手が無いのか模索した。でも、これだけしっかりと自分の意見がある子にありふれた言葉で返すのもおかしな話だ。雫はいつの間にか腕組みをし、首を傾げながら、考えていた。その様子を見て、希空は堪え切れず、吹き出して笑った。
「雫さんって本当に優しいんですね。こんな話しても、大体の人は面倒臭がったり、適当に流すのに」
「ごめん、良い返しが思いつかなくて……」
「なんか安心しました。雫さんに出会えて良かったです。……本当に」
希空は笑って誤魔化そうとしていたが、表情が悲しげだった。雫は居ても立っても居られず、無言で希空を強く抱き締めた。
「……雫さん、ズルいですよ。こんな時に抱き締めるなんて」
「…………」
「ねぇ? 聞いてます?」
「ごめん! 俺、ワンチャン希空とやれるって考えてた。本当にごめん!」
雫は自分自身に腹が立ち、歯を食いしばった。その力が抱き締める腕にも伝わるように、力が入った。希空は笑いながら、痛いから離すように雫に言った。雫は慌てて、抱き締めるのをやめた。
「……ごめん。痛かったよね」
「骨が折れるかと思いました」
「本当にごめん」
「男だから、仕方ないですよ。この人と体の関係を持ちたいって思うのは。ま、三大欲求ですしね」
雫が謝ると、希空は声を出して笑った。雫も希空の笑っている表情を見て、自然と笑みが零れた。ふと時計を見ると、十八時になろうとしていた。
「もうこんな時間なのか……。希空、今日は泊まっていくか?」
「泊まっていいんですか? そんな事言ったら、雫さんの事誘うかもしれませんよ?」
「ば、馬鹿な事言うなよ! そりゃ誘われたら、嬉しいけど、希空とはそう言う事をしないってさっき決めた。俺は友達として、希空を支えたいって思ったし、応援したいと思う」
「……そうですか。……そうですよね、ありがとうございます」
少し寂しそうにする希空を見て、雫は希空の頭をわしゃわしゃと撫でた。そして、一緒に近くのコンビニへ晩御飯を買いに行った。コンビニの行き帰り、希空は雫と他愛も無い話をし、雫の隣を歩く何気ない瞬間を噛み締めながら、雫に気付かれないように、顔をほころばせた。
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