【センチネルバース】forge a bond ～ぼくらの共命パラダイムシフト～

第１０章：寄り添うとは一体なんだろうか（シンクロイド視点）

２８．

「健人さぁーん！」


　そんな気まずい雰囲気をぶち壊すように、夏希の元気いっぱいの声が遠くから聞こえた。蘇芳が後ろを振り向くと、夏希がパタパタと走る足音をさせ、満面の笑みでこちらに手を大きく振っていた。そして、夏希は健人に飛び掛かるように背中から抱きついた。


「おわっ！　おはよう。夏希君は今日も元気いっぱいだね。太陽みたいだよね」
「えへへっ、健人さんに褒められちゃった」
「裏を返せば、太陽みたいにむさ苦しいってことだぞ」
「そんなこと思ってないから。蘇芳、一言余計だよ」
「あっ、もしかして健人さんを取られたから、嫉妬してるんだ！　そうだよねぇ、こんなにイチャイチャしてるのを見せつけられたら、妬かない訳無いよねぇ」
「はぁ？　俺様がこれ如きで嫉妬なんかしない！」
「あっ、口調が荒くなってる。ふふっ、やっぱり、嫉妬してるんだ」
「し、してないと言ってるだろ！」


　蘇芳は夏希に散々煽られ、その煽りにまんまと乗ってしまい、口調が強くなる。蘇芳はニタニタ笑う夏希を睨み付け、取っ捕まえようとした時、二人の間に琥太郎が割り込んできて、軽蔑の眼差しをギロリと向ける。


「夏希は健人から離れろ。見るに耐えない。蘇芳もこんな奴のしょうもない煽りを真に受けるな。みっともない。健人、大丈夫か？　昨日は良く眠れたか？　この不良に何もされなかったか？」
「琥太郎君もおはよう。昨日はお陰様でよく眠れたよ。蘇芳がね、カレーを作ってくれたんだよ。美味しかったなぁ。蘇芳って料理上手なんだよ。色々なレシピを学習しているみたいで、今度、皆でパーティしよう。絶対に楽しそう」


　健人の朝日のような笑顔に、三人は心が和み、自然と笑みが溢れる。蘇芳はそんな日々がこれからも続くと良いなと心の中で思った。しかし、健人の笑顔が増える度、周囲の奴らの健人に対する態度は徐々に厳しいものへと変わっていった。


＊＊＊＊＊


　早四ヶ月が過ぎ、蘇芳はアカデミーでの生活にも慣れ、講義は良い退屈しのぎになった。実践訓練でも健人に気を遣えるようになり、無駄のない立ち回りに教官も高く評価してくれた。
　蘇芳は健人と一緒にいるのはもちろんのこと、夏希や琥太郎とカフェテリアで他愛もない話をし、ご飯を食べたり、最初はぎこちない笑顔も夏希のスパルタ教育のお陰か、不気味とは言われなくなった。皆の楽しそうな雰囲気を客観的に見ると、温室の暖かい風が体内を流れるような心地良さがそこにはあった。その空間に自分が存在していると思うと、蘇芳は思わず薄ら笑いをした。


「蘇芳、どうしたの？　ニヤニヤしちゃって。今の話で面白いところあった？」
「いや、まぁ、なんだ。面白いなと」
「何それ。今日の実践訓練で夏希君たちと良い勝負だったから、思い出し笑いとか？」
「あーっ、僕たちのことを馬鹿にしてるでしょ？　まぁ、健人さんに言われるのは良いけど、蘇芳に言われるのはなんか癪に障るなぁ。琥太郎もそう思わない？」
「それは夏希に同意だ。しかし、今日は健人たちに少し手加減しただろ？　バレバレだぞ」
「あははっ、バレてたかぁ。ちょっと考えごとしてたの」
「そういうのは訓練外でしろ」
「もうそんなに怒んないでよ。いっぱい撫でてあげるから、許してよ。ほ～ら、よしよし！　良い子だねぇ」
「――だから、人前で撫でるな！」


　蘇芳が夏希と琥太郎の恒例のじゃれ合いに呆れ笑いする。蘇芳は健人にふと目をやると、健人が隠すように机の下でスマートウォッチを見て、顔を強張らせていた。蘇芳は硬直する健人に呼びかけ、健人の肩を揺さぶると、健人はスマートウォッチを手で隠し、飛び上がるほどに驚く。蘇芳は心配になり、「大丈夫か？」と尋ねると、健人は笑いながら、オウム返しに答える。しかし、蘇芳は健人の目が笑っていないように感じた。


「ご、ごめん！　ちょっと急用が出来たから、先に行くね」
「お、おい！　俺様は――」
「蘇芳は一人で先に帰ってて。本当にごめんね」


　健人は顔の前で手を合わせ、謝ると、慌ただしくカフェテリアを後にした。蘇芳たちはぽかんとし、今までの盛り上がりが消失したかのように静まり返った。時計を見ると、そろそろ夕食の時間だ。三人は各々の部屋へ戻ることとし、その場はお開きとなった。
　部屋に戻った蘇芳は何か引っ掛かるような気がした。そんな慌てるような用事なんて無いはずなのにと疑問に感じながらも、夕食の支度をする。