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第9章:思いやりの心と相手を理解するということ(シンクロイド視点)

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 そして、医務室のプレートが遠くに見えた時、蘇芳は突然、琥太郎に胸ぐらを掴まれ、壁に叩きつけられた。琥太郎は歯をギリギリとさせ、鋭い眼光を蘇芳に向ける。


「急になんだ」
「お前は自分のことしか考えないんだな。俺たちは散々改造された同士だが、俺たちをあの部屋から出してくれたのはあいつらのお陰なんだぞ」
「それくらい分かっている。それには感謝している」
「だったら、少しは相手のことを考えろ。理解しろ。敬意を払え」
「俺様なりに考えている。さっきはアイツに無理をさせたのは謝罪する」
「あの人を見返してやりたいのは分かるが、まずは健人ときちんと向き合え。って言っても、特殊研究室での希薄な関わり合いを考えるに、お前には健人を守ることは一生不可能だろうな」


 蘇芳は苛立ち、胸ぐらを掴んでいる琥太郎の手を振り解いた。こんな獣人野郎に言われる筋合いはないと反論する。


「俺達の関わり合いが希薄だと? 見てもいない貴様に言われる筋合いはない!」
「じゃあ、教えてやろうか。健人がどんな思いをしてきたか」


 蘇芳は仕方なく話を聞くことにした。どうせ大したことではないと安易に考えた自分を後で後悔するとは思わずに。
 最高司令官である父の息子なのに、パンドラもなければシンクロイドもいない。そんな中での学園生活は酷いものだったらしい。常に後ろ指を指され、あること無いこと噂され、嫌がらせも受けて、孤立状態だった。それでも俺様を助けるために人一倍頑張って、いつか心を開いてくれると期待し、俺様の元へ足繁く通っていたという。そんな健人に手を差し伸べたのが夏希だと言う。成果が得られないことに、健人は毎日泣き、弱音を吐いていたそうだ。


「お前も見ただろう? あの治療を」
「あの治療か……。見たぞ」
「あれは普通はやらない。いや、やってはいけないものだ。俺たちは健人にやらないように何度も口酸っぱく言った。しかし、健人はお前を理解するために必要だと言って実行へと移した、計り知れない苦痛を代償に」
「それは分かっている。この目で実際に見たからな」
「今のお前は健人のパンドラの力しか見ていない。健人は『お前にとって都合の良い道具』じゃないんだぞ。俺から言うことはもう何も無い。じゃあな」


 琥太郎は医務室の前を通り過ぎ、背中を向けたまま、俺様に手のひらをヒラヒラと振って、その場を後にした。
 蘇芳は無言で医務室前へ行き、ノックして入室した。空きベッドが並ぶ中、窓際のベッドだけカーテンで閉め切られていた。蘇芳はカーテンの前にやってきた。開けていいものか躊躇したが、カーテンの隙間からベッドサイドの椅子に腰掛ける夏希とバチッと目が合った。明らかに不機嫌な夏希はカーテンを少し開け、俺様の腕を引っ張ると、椅子に無理矢理座らせた。そして、夏希は何も言わずにカーテンを閉め、医務室を出ていった。


 ベッドでは健人が寝息を立てている。健人の顔色は少し良くなっており、呼吸も落ち着いているように見える。ベッドサイドにある生体モニターは見る限り正常範囲内だ。


「健人……」


 蘇芳は椅子から立ち上がり、ベッドサイドの床に跪くと、健人の手を両手で優しく包み込み、健人の顔をじっと見つめ、寄り添った。
 もしも、健人の意識が戻らず、一生寝たままになってしまったら、自分はどうなってしまうのだろうかと蘇芳はふと思った。そうなれば、夏希たちがきっと怒り狂うだろう。夏希以外にもそう思う人はいるだろう。しかし、今は自分のことより健人のことだ。


「貴様は……貴様はどんな人間なんだ? 俺様に色々と教えてくれ。俺様には分からない」


 蘇芳は握り締めた健人の手を自分自身の額に当て、願った。しばらくすると、健人の指がピクリと動いた。蘇芳は顔を上げ、健人の顔を見る。健人はゆっくりと目を開けると、俺様の顔を見るなり、優しく微笑み返す。
 俺様が悪いのに、何故笑っていられる? 貴様のことを考えずに、私利私欲のためだけに行動したというのに、俺様を何故責めないんだ?


「貴様、じゃなくて、健人、大丈夫か? 無理をさせてしまって、申し訳ない」
「うん、よく寝たから大丈夫だよ。もしかして、ずっとそばにいてくれたの? ありがとう」
「いや、感謝されるようなことはしていない。むしろ健人のことを考えずに行動してしまって、本当に申し訳ない」


 蘇芳は健人に頭を下げると、健人は頭を上げるように言った。そして、健人はゆっくりと起き上がると、スマートウォッチを操作し始める。


「タイムアタック一位だったんだ。これで少しは見返すことが出来たかな? って、僕がこんなへっぽこじゃ駄目か。あははっ、なんちゃって」


 何故、俺様に気を遣う? その笑顔はなんだ? そんなの嬉しくない。前の時と同じだ。胸の中がモヤモヤして、チクチクして、何かが込み上げてきそうで震える。


「俺様は一位になれて良かった、とは今は思えない」
「なんで? 僕の父さんを見返してやりたかったんでしょ? だったら、それでいいじゃん」
「良い訳ないだろ!」


 蘇芳は少し俯き、声を荒げた。健人はその声に驚き、言葉を失った。二人の間にはしばしの沈黙が訪れた。
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