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第6章:希望と絶望が踊る時間(シンクロイド視点)
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「健人、治療の時間だ」
やっぱりそうだ。この耳障りな声――クソジジイの声だ。
そそくさと帰り支度をする健人の顔は凍り付いたように強張り、手が震えて、何度も教科書を落としは拾い上げ、乱雑に学生鞄へ物を突っ込んでいく。蘇芳は健人が心配になり、思わず引き留める。
「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「蘇芳が気にすることじゃないよ。僕は大丈夫だよ。じゃあ、また明日ね」
俺様でも分かる、大丈夫ではないということが。俺様をはぐらかすようにぎこちない笑顔を浮かべる健人は、俺様を避けるように部屋を後にした。
「なんだアイツ? 明らかに何かを隠してる」
蘇芳は投げやりな態度が健人の気分を害したかもしれないと一瞬思ったが、恐らく違うだろう。。それよりも、クソジジイが言っていた『治療』という言葉に妙な引っ掛かりを感じた。
数分後、クソジジイが俺様の部屋の覗き窓前に戻ってきた。そして、操作盤で何やら入力したかと思えば、壁に映像が映し出された。蘇芳はそこに映し出された部屋に見覚えがあった。そして、研究員に案内されながら、入室する健人の姿があり、蘇芳は目を大きく見開いた。
「な、なんでアイツが手術室にいんだよ」
術衣姿の健人はリクライニングチェアに腰掛けると、研究員の手により、ゴーグルを装着させられ、脳波や心電図などのモニター類のコードが無数にも張り巡らせた状態になった。
「健人は君をここから出してあげたい一心で頑張っているんだ。君がろくに心を開いてくれないから、苦肉の策だよ」
「てめぇ、アイツに何しやがる!」
俺様はクソジジイを睨んだ。クソジジイは怯むことなく、冷徹な目を俺様に向けた。
「何って君が今まで受けてきたものを追体験するんだ」
「追体験?」
「ぐっ……、んっ! こんなの――。でも、やるって……はぁはぁ、決めたんだから。――っ!」
蘇芳は映像に目をやると、健人が歯を食いしばり、首を横に振り、うなされていた。震える拳をギュッと握り締め、急に上体を起こそうとする健人を研究員たちが押さえつける。健人は『治療』を受けている。いや、『治療』をさせられている。蘇芳はそう思うと怒りが沸き上がってきた。
「おい! こんなの今すぐ止めさせろ! 苦しんでるだろうが!」
「止める? 何故だ?」
「こんなの『治療』じゃねぇ! ただの『人体実験』だ! 俺様はともかくアイツに――人間にあんなことをするのは悪質だ」
「もう一度言うが、これは『君のために健人が自ら望んだ』ことだ」
「なっ、アイツが自ら望んだ? そんなの嘘に決まってる!」
「嘘だと思うなら、健人に聞いてみるんだな。あぁ、でも、健人は蘇芳には絶対に言わないと言っていたから、聞いたところで無意味だろう」
「もしかしてっ!」
蘇芳はクソジジイの言葉を聞いて、一瞬ハッとし、目を大きく見開く。俺様の顔色が変わったのが分かったクソジジイは淡々と話を続けた。
「しかも、今日だけではないぞ? 以前から『治療』はやっている。そんなのにも気付かないのか。結局、健人の努力は無駄だったってことか。非常に残念だ、ゴミはゴミらしく捨てられるのをただ待てばいい」
クソジジイは嘲笑うようにそう言った。蘇芳はクソジジイが目の前にいたら、ぶっ飛ばしたいと思った。自分の息子にこんな酷いことを平然な顔してやって退けるもんだ。極悪非道としか思えない。
蘇芳はクソジジイに対する憎悪よりも強い感情が芽生えた。
三十分以上にわたる治療と称するものは終わり、健人の体に装着されたものは全て外された。健人は涙や鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を袖で拭い、リクライニングチェアから体をゆっくりと起こし、床に降りる足元はおぼつかず、フラフラしていた。
蘇芳は膝から崩れ落ちるように、四つん這いになり、一点を見つめた。そして、胸元をギュッと掴んだ。胸がチクチクというか、ズキズキというか、胸を締め付けられる苦しい感覚だ。さっきまで隣で笑っていた健人の顔が脳裏に浮かぶ度に、ドクドクと脈打つように強くなる。蘇芳は床にポタポタと落ちる液体に気付き、頬に伝う何かを認識する。
「……な、何なんだよ、これ。……うっ、本当に何なんだよ!」
液体は止まらない、何度拭いても止まらない。俺様は泣くという感情動作をしたりしない。きっと不具合だ。蘇芳はこの行き場のない感覚を何かにぶつけたい衝動に駆られたが、健人から無闇に暴れないと釘を差されていたため、どうすることも出来なかった。
「クソ、クソ、クソッ! なんなんだよ! ぜってぇ許さねぇ!」
蘇芳は目から零れ落ちる液体を何度も袖で拭っては声を殺して、泣いた。そして、床に塞ぎ込み、拳をギリギリと強く握り締め、床に何度も叩きつけた。
やっぱりそうだ。この耳障りな声――クソジジイの声だ。
そそくさと帰り支度をする健人の顔は凍り付いたように強張り、手が震えて、何度も教科書を落としは拾い上げ、乱雑に学生鞄へ物を突っ込んでいく。蘇芳は健人が心配になり、思わず引き留める。
「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「蘇芳が気にすることじゃないよ。僕は大丈夫だよ。じゃあ、また明日ね」
俺様でも分かる、大丈夫ではないということが。俺様をはぐらかすようにぎこちない笑顔を浮かべる健人は、俺様を避けるように部屋を後にした。
「なんだアイツ? 明らかに何かを隠してる」
蘇芳は投げやりな態度が健人の気分を害したかもしれないと一瞬思ったが、恐らく違うだろう。。それよりも、クソジジイが言っていた『治療』という言葉に妙な引っ掛かりを感じた。
数分後、クソジジイが俺様の部屋の覗き窓前に戻ってきた。そして、操作盤で何やら入力したかと思えば、壁に映像が映し出された。蘇芳はそこに映し出された部屋に見覚えがあった。そして、研究員に案内されながら、入室する健人の姿があり、蘇芳は目を大きく見開いた。
「な、なんでアイツが手術室にいんだよ」
術衣姿の健人はリクライニングチェアに腰掛けると、研究員の手により、ゴーグルを装着させられ、脳波や心電図などのモニター類のコードが無数にも張り巡らせた状態になった。
「健人は君をここから出してあげたい一心で頑張っているんだ。君がろくに心を開いてくれないから、苦肉の策だよ」
「てめぇ、アイツに何しやがる!」
俺様はクソジジイを睨んだ。クソジジイは怯むことなく、冷徹な目を俺様に向けた。
「何って君が今まで受けてきたものを追体験するんだ」
「追体験?」
「ぐっ……、んっ! こんなの――。でも、やるって……はぁはぁ、決めたんだから。――っ!」
蘇芳は映像に目をやると、健人が歯を食いしばり、首を横に振り、うなされていた。震える拳をギュッと握り締め、急に上体を起こそうとする健人を研究員たちが押さえつける。健人は『治療』を受けている。いや、『治療』をさせられている。蘇芳はそう思うと怒りが沸き上がってきた。
「おい! こんなの今すぐ止めさせろ! 苦しんでるだろうが!」
「止める? 何故だ?」
「こんなの『治療』じゃねぇ! ただの『人体実験』だ! 俺様はともかくアイツに――人間にあんなことをするのは悪質だ」
「もう一度言うが、これは『君のために健人が自ら望んだ』ことだ」
「なっ、アイツが自ら望んだ? そんなの嘘に決まってる!」
「嘘だと思うなら、健人に聞いてみるんだな。あぁ、でも、健人は蘇芳には絶対に言わないと言っていたから、聞いたところで無意味だろう」
「もしかしてっ!」
蘇芳はクソジジイの言葉を聞いて、一瞬ハッとし、目を大きく見開く。俺様の顔色が変わったのが分かったクソジジイは淡々と話を続けた。
「しかも、今日だけではないぞ? 以前から『治療』はやっている。そんなのにも気付かないのか。結局、健人の努力は無駄だったってことか。非常に残念だ、ゴミはゴミらしく捨てられるのをただ待てばいい」
クソジジイは嘲笑うようにそう言った。蘇芳はクソジジイが目の前にいたら、ぶっ飛ばしたいと思った。自分の息子にこんな酷いことを平然な顔してやって退けるもんだ。極悪非道としか思えない。
蘇芳はクソジジイに対する憎悪よりも強い感情が芽生えた。
三十分以上にわたる治療と称するものは終わり、健人の体に装着されたものは全て外された。健人は涙や鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を袖で拭い、リクライニングチェアから体をゆっくりと起こし、床に降りる足元はおぼつかず、フラフラしていた。
蘇芳は膝から崩れ落ちるように、四つん這いになり、一点を見つめた。そして、胸元をギュッと掴んだ。胸がチクチクというか、ズキズキというか、胸を締め付けられる苦しい感覚だ。さっきまで隣で笑っていた健人の顔が脳裏に浮かぶ度に、ドクドクと脈打つように強くなる。蘇芳は床にポタポタと落ちる液体に気付き、頬に伝う何かを認識する。
「……な、何なんだよ、これ。……うっ、本当に何なんだよ!」
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「クソ、クソ、クソッ! なんなんだよ! ぜってぇ許さねぇ!」
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