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第1章:終わりの始まり
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その時、思わず耳を塞ぎたくなるようなけたたましい音がした。天井スピーカーから緊急アラートが流れる。防災訓練以外で耳にすることはまずない。健人は少し動揺しつつ、窓から離れた瞬間、下から突き上げられるような大きな揺れが突然襲ってきた。
健人は誰かに体を強く押されたような衝撃を受け、咄嗟にベッド柵を掴まろうと手を伸ばしたが、うまく掴めず、尻もちを思いきりついた。床頭台やベッドが活きのいい魚みたいにガタガタと暴れる。それと同時に、スタッフや患者の家族の悲鳴が聞こえる。健人は必死に這いつくばろうとするがうまく出来ず、藁をもすがる思いでベッドフレームの足元部分をギュッと掴み、体を可能な限り小さく丸め、揺れに耐えた。
「お、収まったの……か?」
揺れが収まった様子で、健人はゆっくりと顔を上げる。ベッドフレームを掴んでいた手は汗ばんでおり、立ち上がる時につるりと滑って転んでしまいそうだ。そして、まだ揺れているようなふわふわした感覚が体を襲う。今の自分の顔色はきっと悪いだろう、足先へ向かって血液がスーッと流れて落ちる感覚がした。健人は散乱した病室を見渡し、ただ呆然と立ち尽くす。数秒前まで綺麗だった病室は強盗が押し入った後かのような有様だ。放心状態に陥るとはこういう事なのだろうと、健人はざわつく心の中で思った。
その時、病室のスライドドアが建付けの悪い音を立てて、ゆっくりと開いた。そこには今日同行しているアンドロイドが立っていた。
「奥田看護師、無事ですか? 怪我はしていませんか?」
「……う、うん。だ、大丈夫……だと思う」
この空き個室に術後患者が転入予定で、健人はその準備をしてくる旨はアンドロイドに事前連絡していたが、自分が病室やリネン室、備品室を何度も行き来していたせいで入退室履歴が複数あったため、あちこち探したと言われた。健人は言葉を詰まらせながら謝り、アンドロイドとともにナースステーションへ戻った。
ナースステーション内は備品やモニターが倒れており、紙の書類も散乱する中、色んなスタッフが慌ただしく動いていた。災害対応レベルⅡと院内放送が流れ、傷病者受け入れ部門の立ち上げ応援や増床による病床コントロールなどで忙殺されて、そこからの事は正直あまり覚えていない。
ただ覚えている事は、謎の物体が都内の至る場所で突如として地中から突き出てきたという報道と目撃者によるネットへの書き込みだった。謎の物体はまるでそびえ立つ細長い氷山のようだった。
政府は緊急事態宣言を発令し、謎の物体を中心に半径五キロ圏内の立ち入り禁止及び飛行禁止空域と定めた。そのため、都内で何が起こっているのか分からなかった。突如起こった厄災で都内の至る場所は機能破綻し、人々の生活に多大な影響を与え、社会全体に深刻なダメージをもたらした。勿論、健人もその中の一人だ。母であるかおりの安否が心配になったが、通信制限のせいで連絡を取る手段がなかった。不安でまともに仮眠をとることが出来ず、自分の顔が日に日に強張っている気がした。
「今はしっかりとしなきゃ。こんな顔見たら、患者さんから心配されちゃう。今は我慢……大丈夫、自分なら出来る」
健人はその度、気迫を込めて両手で頬を叩き、自分を奮い立たせた。
しかし、自宅にも帰れず、病院に何日も寝泊まりをし、まともな食事も摂れず、さすがの健人も精神的に限界を迎えていた。それは他のスタッフも一緒で、現場は殺伐とし、息が詰まりそうだった。そんな時、看護師長が血相を変えて、災害対策本部からナースステーションへ息を切らしながら、戻って来た。看護師長は一度大きく深呼吸をすると、スタッフを手招きして、自分の元へ呼び寄せた。
「はぁはぁ……、皆よく聞いて頂戴。たった今、本部から災害レベルⅢに変更って通達があったの」
健人たちは大きく目を見開き、思わず驚きの声を漏らした。看護師長は咄嗟に人差し指を唇の前で立てる動作をし、声を潜めて、スタッフたちにこう言った。
「うちは幸いにも甚大な被害はそこまで無かったけど、実は物資も自家発電もギリギリらしくって……。ほら、アンドロイドのバッテリー残量もそろそろ無くなりそうだし、人命優先で患者様を選定し、都下の系列病院などに随時広域搬送する事が決定したの。だから、いつでも搬送出来るように準備して。皆が疲れているのは重々承知よ。でも、今は皆で一致団結して乗り越えましょう!」
スタッフ総出で搬送準備に取り掛かり、系列病院などへの広域搬送が着々と行なわれた。健人はもぬけの殻となった病棟を見て、寂しさと悔しさが複雑に絡み合う気持ちになり、目頭を押さえた。
「……今までありがとう」
退避区域に指定された多くの住人は二十三区外や地方都市へ移住せざるを得ず、各避難地域へ向かう臨時バスターミナルには長蛇の列が出来ていた。健人は実家がある立川市行きの大型観光バスに乗った。何時間待っていただろうか、座席に座ると同時に深いため息が自然と出る。
担当患者やスタッフたちがとりあえず安全な場所へ逃げることが出来て、健人は自分なりに使命を果たしたと安堵し、力が抜けたかのように深い眠りへとついた。
健人は誰かに体を強く押されたような衝撃を受け、咄嗟にベッド柵を掴まろうと手を伸ばしたが、うまく掴めず、尻もちを思いきりついた。床頭台やベッドが活きのいい魚みたいにガタガタと暴れる。それと同時に、スタッフや患者の家族の悲鳴が聞こえる。健人は必死に這いつくばろうとするがうまく出来ず、藁をもすがる思いでベッドフレームの足元部分をギュッと掴み、体を可能な限り小さく丸め、揺れに耐えた。
「お、収まったの……か?」
揺れが収まった様子で、健人はゆっくりと顔を上げる。ベッドフレームを掴んでいた手は汗ばんでおり、立ち上がる時につるりと滑って転んでしまいそうだ。そして、まだ揺れているようなふわふわした感覚が体を襲う。今の自分の顔色はきっと悪いだろう、足先へ向かって血液がスーッと流れて落ちる感覚がした。健人は散乱した病室を見渡し、ただ呆然と立ち尽くす。数秒前まで綺麗だった病室は強盗が押し入った後かのような有様だ。放心状態に陥るとはこういう事なのだろうと、健人はざわつく心の中で思った。
その時、病室のスライドドアが建付けの悪い音を立てて、ゆっくりと開いた。そこには今日同行しているアンドロイドが立っていた。
「奥田看護師、無事ですか? 怪我はしていませんか?」
「……う、うん。だ、大丈夫……だと思う」
この空き個室に術後患者が転入予定で、健人はその準備をしてくる旨はアンドロイドに事前連絡していたが、自分が病室やリネン室、備品室を何度も行き来していたせいで入退室履歴が複数あったため、あちこち探したと言われた。健人は言葉を詰まらせながら謝り、アンドロイドとともにナースステーションへ戻った。
ナースステーション内は備品やモニターが倒れており、紙の書類も散乱する中、色んなスタッフが慌ただしく動いていた。災害対応レベルⅡと院内放送が流れ、傷病者受け入れ部門の立ち上げ応援や増床による病床コントロールなどで忙殺されて、そこからの事は正直あまり覚えていない。
ただ覚えている事は、謎の物体が都内の至る場所で突如として地中から突き出てきたという報道と目撃者によるネットへの書き込みだった。謎の物体はまるでそびえ立つ細長い氷山のようだった。
政府は緊急事態宣言を発令し、謎の物体を中心に半径五キロ圏内の立ち入り禁止及び飛行禁止空域と定めた。そのため、都内で何が起こっているのか分からなかった。突如起こった厄災で都内の至る場所は機能破綻し、人々の生活に多大な影響を与え、社会全体に深刻なダメージをもたらした。勿論、健人もその中の一人だ。母であるかおりの安否が心配になったが、通信制限のせいで連絡を取る手段がなかった。不安でまともに仮眠をとることが出来ず、自分の顔が日に日に強張っている気がした。
「今はしっかりとしなきゃ。こんな顔見たら、患者さんから心配されちゃう。今は我慢……大丈夫、自分なら出来る」
健人はその度、気迫を込めて両手で頬を叩き、自分を奮い立たせた。
しかし、自宅にも帰れず、病院に何日も寝泊まりをし、まともな食事も摂れず、さすがの健人も精神的に限界を迎えていた。それは他のスタッフも一緒で、現場は殺伐とし、息が詰まりそうだった。そんな時、看護師長が血相を変えて、災害対策本部からナースステーションへ息を切らしながら、戻って来た。看護師長は一度大きく深呼吸をすると、スタッフを手招きして、自分の元へ呼び寄せた。
「はぁはぁ……、皆よく聞いて頂戴。たった今、本部から災害レベルⅢに変更って通達があったの」
健人たちは大きく目を見開き、思わず驚きの声を漏らした。看護師長は咄嗟に人差し指を唇の前で立てる動作をし、声を潜めて、スタッフたちにこう言った。
「うちは幸いにも甚大な被害はそこまで無かったけど、実は物資も自家発電もギリギリらしくって……。ほら、アンドロイドのバッテリー残量もそろそろ無くなりそうだし、人命優先で患者様を選定し、都下の系列病院などに随時広域搬送する事が決定したの。だから、いつでも搬送出来るように準備して。皆が疲れているのは重々承知よ。でも、今は皆で一致団結して乗り越えましょう!」
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