【センチネルバース】forge a bond ~ぼくらの共命パラダイムシフト~

沼田桃弥

文字の大きさ
上 下
2 / 47
第1章:終わりの始まり

2.

しおりを挟む
 その時、思わず耳を塞ぎたくなるようなけたたましい音がした。天井スピーカーから緊急アラートが流れる。防災訓練以外で耳にすることはまずない。健人は少し動揺しつつ、窓から離れた瞬間、下から突き上げられるような大きな揺れが突然襲ってきた。
 健人は誰かに体を強く押されたような衝撃を受け、咄嗟にベッド柵を掴まろうと手を伸ばしたが、うまく掴めず、尻もちを思いきりついた。床頭台しょうとうだいやベッドが活きのいい魚みたいにガタガタと暴れる。それと同時に、スタッフや患者の家族の悲鳴が聞こえる。健人は必死に這いつくばろうとするがうまく出来ず、藁をもすがる思いでベッドフレームの足元部分をギュッと掴み、体を可能な限り小さく丸め、揺れに耐えた。


「お、収まったの……か?」


 揺れが収まった様子で、健人はゆっくりと顔を上げる。ベッドフレームを掴んでいた手は汗ばんでおり、立ち上がる時につるりと滑って転んでしまいそうだ。そして、まだ揺れているようなふわふわした感覚が体を襲う。今の自分の顔色はきっと悪いだろう、足先へ向かって血液がスーッと流れて落ちる感覚がした。健人は散乱した病室を見渡し、ただ呆然と立ち尽くす。数秒前まで綺麗だった病室は強盗が押し入った後かのような有様だ。放心状態に陥るとはこういう事なのだろうと、健人はざわつく心の中で思った。
 その時、病室のスライドドアが建付けの悪い音を立てて、ゆっくりと開いた。そこには今日同行しているアンドロイドが立っていた。


「奥田看護師、無事ですか? 怪我はしていませんか?」
「……う、うん。だ、大丈夫……だと思う」


 この空き個室に術後患者が転入予定で、健人はその準備をしてくる旨はアンドロイドに事前連絡していたが、自分が病室やリネン室、備品室を何度も行き来していたせいで入退室履歴が複数あったため、あちこち探したと言われた。健人は言葉を詰まらせながら謝り、アンドロイドとともにナースステーションへ戻った。
 ナースステーション内は備品やモニターが倒れており、紙の書類も散乱する中、色んなスタッフが慌ただしく動いていた。災害対応レベルⅡと院内放送が流れ、傷病者受け入れ部門の立ち上げ応援や増床による病床コントロールなどで忙殺されて、そこからの事は正直あまり覚えていない。
 ただ覚えている事は、謎の物体が都内の至る場所で突如として地中から突き出てきたという報道と目撃者によるネットへの書き込みだった。謎の物体はまるでそびえ立つ細長い氷山のようだった。
 政府は緊急事態宣言を発令し、謎の物体を中心に半径五キロ圏内の立ち入り禁止及び飛行禁止空域と定めた。そのため、都内で何が起こっているのか分からなかった。突如起こった厄災で都内の至る場所は機能破綻し、人々の生活に多大な影響を与え、社会全体に深刻なダメージをもたらした。勿論、健人もその中の一人だ。母であるかおりの安否が心配になったが、通信制限のせいで連絡を取る手段がなかった。不安でまともに仮眠をとることが出来ず、自分の顔が日に日に強張っている気がした。


「今はしっかりとしなきゃ。こんな顔見たら、患者さんから心配されちゃう。今は我慢……大丈夫、自分なら出来る」


 健人はその度、気迫を込めて両手で頬を叩き、自分を奮い立たせた。
 しかし、自宅にも帰れず、病院に何日も寝泊まりをし、まともな食事も摂れず、さすがの健人も精神的に限界を迎えていた。それは他のスタッフも一緒で、現場は殺伐とし、息が詰まりそうだった。そんな時、看護師長が血相を変えて、災害対策本部からナースステーションへ息を切らしながら、戻って来た。看護師長は一度大きく深呼吸をすると、スタッフを手招きして、自分の元へ呼び寄せた。


「はぁはぁ……、皆よく聞いて頂戴。たった今、本部から災害レベルⅢに変更って通達があったの」


 健人たちは大きく目を見開き、思わず驚きの声を漏らした。看護師長は咄嗟に人差し指を唇の前で立てる動作をし、声を潜めて、スタッフたちにこう言った。


「うちは幸いにも甚大な被害はそこまで無かったけど、実は物資も自家発電もギリギリらしくって……。ほら、アンドロイドのバッテリー残量もそろそろ無くなりそうだし、人命優先で患者様を選定し、都下の系列病院などに随時広域搬送する事が決定したの。だから、いつでも搬送出来るように準備して。皆が疲れているのは重々承知よ。でも、今は皆で一致団結して乗り越えましょう!」


 スタッフ総出で搬送準備に取り掛かり、系列病院などへの広域搬送が着々と行なわれた。健人はもぬけの殻となった病棟を見て、寂しさと悔しさが複雑に絡み合う気持ちになり、目頭を押さえた。


「……今までありがとう」


 退避区域に指定された多くの住人は二十三区外や地方都市へ移住せざるを得ず、各避難地域へ向かう臨時バスターミナルには長蛇の列が出来ていた。健人は実家がある立川市行きの大型観光バスに乗った。何時間待っていただろうか、座席に座ると同時に深いため息が自然と出る。
 担当患者やスタッフたちがとりあえず安全な場所へ逃げることが出来て、健人は自分なりに使命を果たしたと安堵し、力が抜けたかのように深い眠りへとついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

きっと世界は美しい

木原あざみ
BL
人気者美形×根暗。自分に自信のないトラウマ持ちが初めての恋に四苦八苦する話です。 ** 本当に幼いころ、世界は優しく正しいのだと信じていた。けれど、それはただの幻想だ。世界は不平等で、こんなにも息苦しい。 それなのに、世界の中心で笑っているような男に恋をしてしまった……というような話です。 大学生同士。リア充美形と根暗くんがアパートのお隣さんになったことで始まる恋の話。 「好きになれない」のスピンオフですが、話自体は繋がっていないので、この話単独でも問題なく読めると思います。 少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

ポケットのなかの空

三尾
BL
【ある朝、突然、目が見えなくなっていたらどうするだろう?】 大手電機メーカーに勤めるエンジニアの響野(ひびの)は、ある日、原因不明の失明状態で目を覚ました。 取るものも取りあえず向かった病院で、彼は中学時代に同級生だった水元(みずもと)と再会する。 十一年前、響野や友人たちに何も告げることなく転校していった水元は、複雑な家庭の事情を抱えていた。 目の不自由な響野を見かねてサポートを申し出てくれた水元とすごすうちに、友情だけではない感情を抱く響野だが、勇気を出して想いを伝えても「その感情は一時的なもの」と否定されてしまい……? 重い過去を持つ一途な攻め × 不幸に抗(あらが)う男前な受けのお話。 *-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-* ・性描写のある回には「※」マークが付きます。 ・水元視点の番外編もあり。 *-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-* ※番外編はこちら 『光の部屋、花の下で。』https://www.alphapolis.co.jp/novel/728386436/614893182

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

処理中です...