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さくるんの覚醒

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「いつかー、もういちどー、あなたにー、会いたい。」


出だしの歌詞を歌い始めた瞬間、部屋の空気が変わったのが分かった。

陣内先生の表情が、一見険しくなったように見えるけど、それは私の歌に、集中している証拠だと思う。


「だからー、今日も心のあの場所で、私はあなたを。

待って、いーまーす。」


歌いながら、ちょっと泣いてしまった。

笑えないなら、泣くしかないとは思ってたけど、本当に泣いちゃったらプロの歌い手とは言えないよね。

でも、陣内先生に、新生さくるんを印象付けるのには、成功したと思う。


「松笠さんは、歌い方も、歌う姿勢も、すごく変わりましたね。

何があなたをそんなに変えたと思いますか?」


「この前の先生の言葉を、深く考えてみたんです。

それで、自分が本当にしたいことは何か、やっと気付いたような気がします。

先生のお陰です。

まだ、気付いたばかりだけど、もう迷わないし、これからもっと変われるって、感じているんです。」


「そうですか。

お役に立てたようで、よかったです。

まだ、テクニック的なことは、これからもっと成長していってもらわないといけませんが、あなたの歌い手としての核は、出来たと思いますよ。」




さくるんの歌は、基本は出来てたし、声も可愛くって実力はかなりあった方だと思う。

だけど、圧倒的に、人に伝える気持ちがなかったよね。

私を見て、私の歌を聞いて!って気持ちがサラサラなかった。

プロの歌って、素質と表現力と、伝えたいっていう気持ちの、3つがなきゃダメだと思う。

今、歌った課題曲の、「もう一度」。

大好きだった、私の心の支えだった息子の大悟君を思って歌えば、伝えたい力なんて楽勝だっつーの。

人生経験を被せて歌うことだったら、他の49人の小娘研究生たちには、全く負ける気がしないわよ。

ちょっとカメラマンさん、あたしの最初のぶちかまし、ちゃんと撮影してくれたわよね?





「ちょっと、どうしちゃったの、松笠 桜。」


「これ放送したら、SMSでバズること、間違いなしだろ。」


「どのくらいの尺で放送します?

始めの目を開けたとこと、最後の涙目になったとこ、両方外せないですよね?」


「いっそのこと、全部流すか。

これ、かなりの番狂わせを起こしかねないな。」

それにしても、こんだけ歌えるって、どうやって今まで隠してたんだよ。」


「わざと、ですよね?

だとしたら、相当な演技力じゃないっすか。

だって、この桜ちゃん、放送前は期待値3位かなんかでしたよね?

一旦、自分をあえて思いっきり落として、そこから爆上げっていう作戦かな?」


「いやぁ、俺は前のこの子のボイスレッスンの時、ちょうどカメラを回してたんだけどさ、あれもあれで、素だったと思うぜ?

っていうか、そうとしか思えなかった。」


「益子さんもだませるほどの演技力って、化け物かよ。」




この時の放送が流れるのは、これから1か月後のこと。

その時の放送は、華乃アイドル学園の放送史上、もっともバズった神回と呼ばれ、さらに、アイドルの概念さえも変えた、伝説の回と語り継がれることとなった。
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